星の悩み

 その日の夜。
課長室で正之助と二人の隊長が、茶と書類を囲んでいる。
大田区の第二隊から夢の森へ、急いで車を走らせてきた和泉が居た。

「今回の事案は、本部としても笑って済ませられるものではありません」
「末っ子が現場でいじめられたからって、兄弟まで殴り込みに行っちゃいかんだろ」
「殴り込みには行ってませんよ。二番目はちゃんと、おとなしくしてました」
「お嬢のところは、班は違えど同じ志向の部隊から来てるからね。身に詰まされたんじゃないかな」
「えぇ、彼らなりに考えさせられたようです。それもあってか、皆さんの事をとても心配していましたよ」

彼女は、終業間近に送られてきた第五隊からの共有データで報告を知り、驚く。
今夜第二隊は準待機で、時間が空いていたのは彼女にとって幸いだった。
隊員達も、第五へ向かう彼女へ差し入れを託した。

「だからって、わざわざ夢の森(こっち)まで来なくても良かったんだ。お前は大袈裟なんだよ」
「何言ってるんですか先輩。今回のだって、一つ間違えれば…」
「解ったわかった。もうそれ以上言うな」

怒った後輩をなだめて、野原は茶を啜った。
和泉も「むぅ」と唸って、湯飲みに口を付ける。

「これで、お嬢もやっと安心出来ただろう?」
「えぇ。ウチの隊員達も、きっと」
「第二との絆が一層深まったのは良い事だ。なぁ野原君?」
「そうですね。仲間にまで敵対されたら、流石にやっていけません」
「お嬢が来た途端、これだ。素直じゃないぞ」
「え?……それは……」

照れを隠している事は、正之助も解っている。
野原の好きな塩大福を手渡して、ちょっと揶揄ってみた。
テーブルへ湯呑を置いた和泉には、おススメの最中を手渡した。

「ほら。心配してくれたお嬢に、ちゃんと謝りなさい」
「……和泉、すまなかった」
「有難うね。お嬢」
「私の事は気にしないでください。気持ちとか色々、届けに来ただけですし」

そう言って、テーブルへ置かれた書類を指でトントン叩く和泉。
抱えてきた心配は、「気持ち悪い」と彼らに拒絶されなかっただけで充分だった。
野原との絆は、今もシッカリ結ばれているのだから。

「わざわざ隣の隊舎から、反対派の隊長さんが特警隊へ何しに来たかと思えば。これですからね」
「押しかけたのか?連中が?」
「えぇ。シッカリとインターホン押して、呼び出してくれました。保安ゲート壊されなくて良かったです」
「詫び状とは、一応向こうも反省してくれてる証じゃないか。あの班長だけじゃなく、隊長クラスの判子まで押してある」
「違いますよ。第五(ここ)の報告を受けて、本部長が関係方面へ直々に『遺憾の意』を表明したんです」
「呪文発動かぁ。光榊さんの魔法は良く効くんだよね」
「…それじゃ、奴さんは上から怒られたのか」

野原は呆れた。
怒りも半分混じっている。
反対派とはいえ下っ端の組織なのに、そこまで特警隊を嫌悪しているとは。
所属は違えど同じ警察官ではないか。
上層部の派閥争いも、拒抗する機動隊の真意も、理解出来そうにない。

「でしょうね。それで放置出来なくなったから、『仕方なく態度に示した』って感じでした」
「確かに。そうじゃなきゃ、敵対する相手にこんなモノ書かないもんな」
「でも、それを出してきたって事だけでも進歩したと思わなきゃいかんよ。準備室の時より、明らかに変わってきている」
「こんなので、…ですか?」

そう言って野原がヒラヒラさせたのは、件の機動隊からの『詫び状』と書かれた封筒。
第二隊を通じて、「夢の森へ届けて欲しい」と頼まれていた。
「そうだよ」と正之助は頷いている。

「これは確かに、第五隊の大長・友江正之助が受理した。奴さんに何か言われたら、そう返してくれ」
「はい」
「俺も了承しとく。第五隊長も『分かった』と言ってたって、伝えて欲しい」
「了解です」

和泉は、正之助がこれを受け取ってくれた事にも安心している。
万が一にも、憤慨の果てに拒絶されてしまえば……
事はもっと深刻さを増しただろう。

「志原巡査と蔵間巡査、本当に怪我がなくて良かったです」
「うん。色々悪化せずに済みそうだよ」
「隊が違うのにも関わらず、心配してくれて嬉しかった。第二隊の突入班の皆にも感謝してる」
「仲間の星々を想うのも、遺された《導く星》の使命です。……私に資格なんて無いんですが」
「そんな事はない」
「そうだよお嬢」

正之助の礼に、和泉は少し寂し気に微笑む。
野原もポーカーフェイスで無口のまま、隣に座るその頭をポンポンと撫でる。
そして、彼女の言葉の真意を思い出した。
これは隊長章にも、デザインとして示されている。

「和泉は良く頑張ってる。こんなに無理するな」
「野原君も『感謝してる』とさ」
「…はい」

子供扱いされているようにも取れる、彼からの不器用な感謝の表現であった。
──残念ながら反対派の妨害や対抗は、これで終わらなかった。
こんな内訌(ないこう)が起こる度に、特警隊は頭を悩ませ苦戦を強いられる。
そして討伐軍を壊滅させる時まで、それは続く。

常に命の危険と隣り合わせの彼ら。
今回の事件もこうして笑って終われたのは、幸運に恵まれている証かも知れない。
そしていつか、そう思い出しては微笑む日が来る事だろう。

■『星の悩み』 終■
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