星の悩み

 「──何て情けない」

事件現場より帰還した、第五隊の面々。
隊員室へ着いて早々、開口した御影の一言であった。
押さえようのない怒りが込められている。

「単なる相撃ちならともかく。何で、よりによって二人共…」
「蔵間はいつも、アレしか使わないだろうが」

濡れた頭をタオルで拭きながら、勇磨も項垂れている。
かれこれ、一時間以上はシャワー室に居ただろう。
一番先に現場を出発した筈が、一番最後の帰還者になっていた。

「風邪引かなくて良かったけどさ。それにしても、あの機動隊のヤツ!」
「それよりオレは、『例の弾をこの世に生み出した奴』を恨みたいね」
「ハァ!?何か言った?」
「……別に」

勇磨の顔はまだ青白い。
怒りと情けなさが入り混じった表情で、こみ上げてくる何かにジッと耐えている様子。
それは怒りなのか、はたまた吐き気なのか。

「今度会ったら、犯人より真っ先に例の弾当ててやるんだから!!」
「まぁまぁ。落ち着いて、ね?」
「葉月が温かいお茶淹れてくれたから、それ飲んで落ち着け」

高井と雛がそれぞれの相棒をなだめ、席に着かせた。
葉月から湯飲みを受け取ると、未だご機嫌斜めの御影は一気に飲み干す。
勇磨も有難く受け取って、医務室で貰ってきた吐き気止めを茶と一緒に胃の中へ流し込んだ。

「ふぅ、思い出すと余計に腹が立つわ」
「余計にお茶が美味く感じるッス。葉月さんに感謝だ…」
「そうね美味しいわ。哲君おかわり!」
「はい」
「葉月さん、私も手伝うよ」
「雛さんはお茶菓子をお願いできますか?」
「任せて!どれにしようかなぁ~」

葉月に頼まれた雛が、何処からか一斗缶を引っ張り出して菓子を探り出す。
次々に出してくるそれに、「後どれ程隠し持っているんだろう」と不思議がる人間はもう居ない。
彼女は嬉しそうに選ぶと、皆に配りだした。

「ツイてないのにも程があるわよ、全くもう!」
「雛が傍に居なくて、良かった」
「確かに、不幸中の幸いよね。お互いの相棒連れてなかったのは」
「…」
「え、えっと…。御影も口直しにどうぞ」

返事に困り、目を合わせたのは高井と雛である。
やれやれ、と野原がデスクから顔を上げた。

「全て、悪気があってやった事じゃない。もうそれ位にしとけ」
「でも隊長──」
「一服したら、早く報告書と備品関連の書類まとめろ。じゃないと、二人だけ居残り決定な」
「げ…」
「破損したの、インカムだけじゃないだろう?」
「受令機とか、本庁サテライトのマーカーですかね。手帳とかのID関連チップは無事です」
「つまり通信機器系、全部水没ッス」
「エアガンも水被りですから、修理には時間かかりますね」
「急いで発注書作成して、課長のサイン貰え。夜までに本部へ送る事」
「はい」
「はーい」

今回の現場は、とにかく狭かった。
建物間の狭い土地に無理やり建てたような、細いビル。
その中での捕り物にしては、突入した人数が多過ぎた。
先に包囲していた機動隊が、こんな時に限って特警隊設立反対派である。

「大変」のレベルが一気に上がった。

一番最初に居たのは、犯人への説得を試みていた交渉班と捜査員。
そこへ特警隊の現場入りに触発された反対派の機動隊長が、我先にと突入命令を出してしまう。
…当然連携が取れる筈もなく、現場の指揮管制は滅茶苦茶になる。
敵味方入り乱れるビル内で、更に犯人が無線をジャミングさせる発炎筒を焚いた。
それは直ぐに充満し、指揮は完全に麻痺。
雛と高井は犯人を確保したものの、混乱のせいで後方警戒中だった相棒とはぐれてしまった。
事態がそれだけなら良かった。
だがその先で、勇磨と御影が遭遇してしまったのは……

二連発の不運だった。
煙の中、焦っていた機動隊員が勇磨と御影を犯人と間違えた。
互いがエアガンを構え、第五隊迷物の弾を撃ち放った先には──

「あら。お菓子も美味しい」
「このお茶にピッタリだな。流石は雛だ」
「生還出来たから、美味しく感じるんじゃないかな…」
「そうね。……『はぐれた』ってのは解ってたのよ」
「オレも」
「だけどさ。無線使えないし、部屋の外では機動隊が派手にやってるしで」
「そうだったな」
「あの状態で、『前方に居るのは銃持ったヤツだ、危ない!』なんて言われちゃ、ねぇ!?」
「味方の識別も、ロクに出来ないとは。…我ながら情けないな」

弾の装填をいつものホローポイント弾にしなかったのは、果たして悪かったのか良かったのか。
勇磨は、最後まで答えが出せなかった。
「これが実弾だったら」という恐怖よりも、別な感情が先にある。
恐らく《常識では考えられないモノ》を被弾したショックで、麻痺しているのかも知れない。
それ程『腐ったトマト弾』の威力は、最悪なのだ。
思えば、初めて作る事になったあの日からそうだった。
すっかり腐敗した現物に気分を悪くし、あろう事か彼の相棒までビニールシート越しに試作品を被弾する始末。
二度目は地下道に逃げた銀行強盗犯に拉致され、そこから逃げる途中で被ったトラップ。
そして、今回の相撃ち。

直接の被害はなくとも、弾着(ヒット)後の見た目の凄まじさときたら……
そんな場面に吐き気を催した数なんて、もう思い出したくない。
勇磨は、飲んだ薬の早効を願う。

「それって、反対派が連れてきた本庁の特捜の人でしょうか」
「葉月もそう思ったか。でもな、あれは本物の特捜じゃなさそうだ」
「えっ⁉」
「公安じゃないかと思う。連中の気配は不気味だから、すぐ判る」

葉月が持ってきたお茶を受け取って、有難そうに啜る野原。
彼もまた頭が濡れていて、タオルを被ったままだった。

「オーラとか気にしてる暇、無かったッス…」
「混乱し過ぎてたもんね」
「今回はインカムのランプも、味方のサインにはならなかったのよ」
「狭すぎる所為で、空気の循環がかなり悪かったもんな」
「あれが発煙筒じゃなくて、火事だったら。もう超大惨事だったわよ」
「それは怖いよ…」

ビル内は設備が粗悪で、自動的に排煙する機能が作動しなかった。
消防の現場検証が入れば、オーナーは基準違反に問われるだろう。

「挙句の果てに、外に出たら。ねぇ?」
「何でオレ達が、放水喰らわなきゃなんねーんだよ!」
「隊長まで水被っちゃったじゃないの!」
「…夢中で止めに走ったからな。インカムやられなくて良かった」

最悪な弾を相撃ちし、互いがそれの激臭によろめいて外に出た時だった。
正面入口の外には何故か、エントリープランにはなかった機動隊の装甲車が鎮座。
放水銃が向けられ、二人は水浸しになる。
それは直ぐに止まったが、『踏んだり蹴ったり』と称するには既に十分だった。
ちなみに、指揮所から素早く飛び出して放水を止めさせた野原も、跳ね返る無数の水滴を浴びてしまう。
古傷が冷えて痛まないようにと、メディカルチェックが長引いたり薬を服用しなくてはならなくなった。
彼にとっても災難だ。

「お陰で、ニオイとか汚れはすぐに落ちたけどさ。放水銃使うの下手過ぎよ」
「一体、何処狙ってたんだか」
「あの発炎筒は以前にも使われたヤツだったが、機動隊の連中にとっては初めてだったのかも知れないな」

証拠品分析で、第五隊初出動時に現場で使われた物と同型だったと判っている。
当時も、彼らは一苦労させられた。

「僕、逮捕役の捜査員に『入ってくるのでさえかなり苦労したのに、何故出るのまでこんなに厳しいんだ?』って聞かれましたよ」
「私も同じ気持ちだったよ」
「捜査班も大変だったみたいですね」
「令状持ってた捜査員(ひと)なんて、機動隊に包囲されてたって話じゃないか。愚行にも程がある」
「バカな話よ、全く!」
「…悪い事って、どうしてこんなに重なっちゃうんだろうね」

頬杖を突いて、相棒達の文句を聞いていた雛。
ポツリと漏らしたその一言に、一同は深く頷く。
今回は負傷者もなく無事に犯人も逮捕出来たから、こうして半ば笑い話の範囲で済んだ。

「連携が最悪だったからな。俺達だけじゃない、皆苦労させられたさ」
「今回は酷過ぎましたね。負傷者ゼロという結果は、本当に奇跡です」

もしもこれが、死傷者を出す結末となっていたら。
警察の不祥事として、マスコミの絶好の餌になり面子丸潰れ……だけではない。
一般市民の信頼をも損なってしまう、一大事になり兼ねない事態だったのだ。

「反対派にとっちゃ、俺達も敵に入るんだろうよ」
「敵って。隊長、そりゃ酷いッス」
「大体、何で警察同士がこんなにいがみ合ってるのよ!?」
「組織にも色々あるのは分かってる。けど、ちょっとな…」

野原は、かつて同じように辟易していた人物を思い出す。
その時も味方としての連携が成されなかっただけで、最悪な事態を迎えた。
昔から続く、特警隊の最大の悩みである。

「生憎、準備室時代から変わらず……か」
「え?」
「いや。六課や本部でも、色々頑張ってくれてはいるんだがな」

忌まわしい過去に、これ以上囚われては居られない。
野原は茶を啜って、頭の中から嫌な気分を追い出した。


 士気がすっかり下がってしまった、第五特警隊オフィス。
勢い良くドアが開いて、課長の正之助がバタバタと入ってきた。
駐車場からここまで、全力疾走で上がってきたのだろう。
「受傷者無し」の報告は聞いているものの、安否を己の目で確かめるまで安心出来ない。
その所為もあり、余計に息が荒かった。

「今帰った!全員、無事か!?」
「おかえりなさい課長。皆、怪我はありません」
「あれ?お爺ちゃん本部に居たんでしょ、無線聞かなかったの?」
「バッチリ聞いてたとも」

正之助は息を整えながら、全員の顔を見回す。
やっと胸を撫で下ろし、一安心した。

「ジャミングが始まった時から、もう心配で心配で。怪我がなくて、本っ当に何よりだ!」
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「すみませんでした」

野原の言葉の後に、御影と勇磨が素直に頭を下げた。
正之助は上司だけではなく、親友又は相棒の家族なのだ。
余計な心配をかけたくない。

「無事なら良いんだよ。出張らない私には、心配する事くらいしか出来ないからね」
「課長も優しいお方です」
「こういうところって、雛と似てますね」
「似てるッス」
「そうかい?」
「そうかな。エヘヘ」

雛が照れ笑いを浮かべると、御影達もつられて笑った。

「メディカルチェックは、ちゃんと受けたね?」
「はい。あたしも志原も隊長も、シッカリ受けました」
「吐き気止め出してもらったッス」
「そうなの?あたしは飴ちゃん貰ったんだけど」
「俺は、神経痛の予防薬を」
「うんうん。野原君は、右肩とかシッカリ温めるんだよ?二人も風邪引かないようにね」
「有難うございます!」
「課長、ご心配おかけしました」
「…あたしだけ、何か変じゃない?」
「御影は無事で良かったよ」
「ところで。パトカーのドア、開けっ放しで大丈夫なのかな?」
「これから掃除するところなんです。なぁ、志原と蔵間よ?」
「そ、そうそう!」
「早くやらないとな。ニオイ付いてそうだし」
「…そうですね」

今朝納車されたばかりの、低床ミニバン型の車両。
傍目には、各警察署に配備されている『犯罪抑止対策活動車』として使われるパトカーと変わらない。
特警隊仕様は外装が特殊装甲化されている為に、中身が全く違う。
窓ガラス部分に上から金網が貼ってあったり、タイヤのホイール部分が小型警備車のそれと同じ構造になっていたりと、細部に変更も施されている。
隊専用の管制システムも使用出来るよう、パソコンやモニター等のオリジナル装備も搭載。
それも、急遽ビショ濡れの二名を収容する事が決まった為に、ブルーシートを敷いたりタオルが散乱したままになっている。
もしも、これで血痕の一つでも付いていれば…
何かの事件現場と化す、そんな有様であった。

「あれは下ろしたてだからな。キレイに使わないとね」
「課長の言う通りだ」
「そ、そうッスね」

報告書に始末書、申請書作成に活動車の掃除。
野原からのお情けは、期待するだけ無駄のようだ。
意気消沈した相棒の背中に、哀感が漂う。
哀れと思った雛は声をかける。

「勇磨、大丈夫?」
「…うん」
「あの地下道でも、酷い目に遭ってたよね。本当に体、大丈夫?」
「何とか…。アレは作った時から凄かったし、もうマジで御免だ」
「いやぁ。我ながら物凄いモノ作っちゃったわね、あたし」

御影はアハハと笑っているが、周りの視線は決して暖かくない。
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