サクセス-星のひかりかた-

 『今だ、撃って!!』
「食らえぃ!」
「うりゃぁ!」

二人が同時に撃ち、圧力を高められた水の塊が一気に力強い放物線を描く。
それは飛沫を上げて、犯人に命中。
男はびしょ濡れになった。
そこは、機動隊が放水銃で牽制を試みた場所。
あちこちに、水で描かれた線が走っていた。

「よっしゃぁ!」
「哲君、命中させたわよ!」
「了解!三人共、下がって!!」

葉月が走りながら、街灯の電流コードを引っ張って来た。
三人が下がったのを確認し、切れている端同士を結ぶ。
それを、犯人に向かって延びている水の線に近づけた。

「葉月さん!?」
「哲君、アンタ何を…!?」

途端にコードはショートし、小さな火花が猛烈な速さで水の線を伝う。
電気は既に遮断されていたが、ケーブル内にはまだスタンガン並の強さは残っている。
特警隊の接近戦用グローブは電磁警棒も扱う為、感電防止の素材が使われていたのだが…
直後に犯人が倒れ込み、葉月の体も弾かれ派手に尻餅を付いた。

「うわっ!」
「葉月さんっ!!」
「哲君!」
「葉月!」

彼自身も痺れたのか、ひっくり返ったままだ。
ケーブルから流れた電流は、軽く零式の倍はあったと思われる。
雛が走り寄り、背中を支えて助け起こした。

「葉月さん、大丈夫!?」
「え、えぇ…何とか。それより犯人は?」
「それなら。ほら」

雛が前方を指差す。
たった今、機動隊が犯人の身柄を確保したところだった。

『機動隊長より統括指揮へ。現時刻を持って、被疑者の身柄を確保した!』
「良かったぁ……」

葉月は溜息を一つ吐いて、撥ね跳んだ眼鏡を拾い、かけ直した。
無線のやり取りを終えて、野原も駆けつけてきた。

「葉月、体は大丈夫か⁉」
「はい。もう平気です」
「葉月さんの方が、無茶し過ぎッスよ!」
「いやぁ。コンタクトに替えるの忘れてました」
「直前までデータとか混線して、大変だったもんね…」
「システムがパンク寸前とか言ってたのよね」
「車の中へ、使ってた端末そのまま持ってって作業してたので。眼鏡から替えるの失念してました」
「オレらが心配してるのは眼鏡じゃなくて、葉月さんの体の方ッス!」

勇磨が言い、その隣で御影が頷く。
当の本人は残っている痺れを取ろうと、手をマッサージしながら苦笑を浮かべていた。
自分でも、無謀だったとは思っている。

「僕は皆さんみたいに戦えないから、自分の得意分野なら役に立てると思って」
「確かに哲君も、電気や電線扱える資格持ってるけどさ。あんな無茶しなくても」
「蔵間の言う通りだ。一歩間違えてたらどうなっていたか、良く考えろ」

あくまで野原は、隊長として冷静だった。

「すみません。確かにそうなんですが、手っ取り早いのはこれしか思いつかなくて。それに…」
「それに?」
「僕だって、これでも今は特警隊員です。皆が命張って頑張っているのに、見てるだけなんて嫌だったんです」

いつも最前線へ直接参加出来ていない自分に、歯痒さを隠せないでいた。
葉月は出向当初、所属を捜査分野のバックヤードではなく、敢えてフォワードの特警隊員を希望していた。
自分を変えたかったからだ。
この出動だって、実際は後方支援の仕事をきちんとこなしていた。
だが、それでも。

そんな気持ちを、仲間は理解してくれた。
困ったように顔を見合わせていた皆は、ふんわりと笑顔になる。
野原は笑えない症状の為、代わりに眉を上げた。

「…そっか。確かに、黙ってなんて見てられないよね」
「お飾りなんて、あたしも御免だわ」
「オレ達、そんな目で見た事無いッスよ?」
「解ってます。仲間ですから」
「葉月、お前さんの言い分は解かった。が、FBが居なくなるような事は困るな」
「申し訳ありませんでした」

長の言う事は、もっともだ。
だが、それは葉月の士気を削ぐものではない。

「今後はこんな無理をせず、自分の出来る事をしてくれ。得意分野は、まだあるだろう?」
「はい!」

野原が差し出した手に引かれ、葉月は立ち上がる。
雛は笑顔で言った。

「でもね。葉月さん、格好良かったよ」
「え…」

それに一瞬勇磨の顔が引きつったが、御影に阻止された。
嫉妬して暴れるような馬鹿でもない。

「そうね。哲君もやるじゃない」
「やっぱりウチの突入班は、ライトスタッフ揃いッスね」
「ん。立派なFBとして、今後も期待してるぞ」

予想もしてなかった発言に、葉月は照れ笑いを浮かべて答える。

「恐縮…、です」


 この後、やっと現場へ到着した正之助。
被害者の保護を引き継ぎ、高井も戻ってきた。
事の次第を野原から報告されて、二人は目を丸くする。

「葉月、無理させてすまなかった。大丈夫か?」
「葉月巡査、体は何ともないのかね!?」
「はい、大丈夫です。犯人も確保出来ましたし」

そう言って、安心してもらおうとピースサインをしてみせる。
もう手の痺れも取れていた。
グローブの一部分は焦げてしまったが、指に傷はない。

「機動隊の放水銃が使えれば、良かったんですけどね」
「そうだね。ウチの警備車にも付いていれば、葉月巡査が特攻かける必要もなかったんだが」
「電撃特攻作戦、か。葉月がショートした後倒れたの見て、俺もかなり焦ったんだぞ?」
「すみませんでした。あれでも受け身は取れてたんですよ、尻餅ついちゃいましたけど」
「そうか。柔道の訓練はいつも、葉月が一番頑張ってやってるもんな」

第五隊での柔道訓練は、指導資格を持っている正之助と捜査班長が、一緒に教えている。
入隊規定の黒帯はギリギリで取得したものの、実質まだ白帯クラスの葉月。
懸命についていこうと、熱心に教えを乞うていた。

「課長のご教授のお陰です」
「そうかい?でも、帰ったらメディカルチェックは受けてもらうからね」
「…はい」

今日も警察医が、医務室へ往診に来ている。
これも特警隊の試験運用の一環らしいが、回数が多いのは第二と第五だけとなっていた。
野原のようにPTSDを抱えたメンバーが居る隊には、本部より一層の配慮がなされている。

「野原君。本部から帰還許可が下りたよ」
「そうですか。じゃあ、我々は帰りましょう」
「報告書のデータを見たら、本部でもきっと驚くぞ。第五(ウチ)の臨機応変ぶりに」
「悪い方に驚いてくれなければ、良いんですが」

この事件をきっかけに、葉月は特警隊員として自覚を更に強く持った。
訓練や講習にも積極的に参加し、メニューも増やした。
コッソリと自主トレーニングも始めた。
秘密にしているのは、まだ恥ずかしいからだ。
後に訪れる人事異動の話にも、彼は古巣へ帰る道を断つと決める。


 ──ところで。
特警隊を散々困らせたにも関わらず、新たなヒーローの誕生に存在を忘れられた犯人は、どうなったかというと。
感電した事に懲りて、深く反省していた。
その後の事情聴取や裁判にも、とても素直に応じたと言う。
深く謝罪の意を示し、更生の道を真面目に励む事となったらしい。

だが、この男も討伐軍メンバーであった。
現場ですぐに判明しなかったのは、犯行声明が出ていなかった為だ。
この逃走犯は海外での傭兵経験があり、ぶつけた車内にも武器が数点残されていた事も後に判明する。
逮捕後の聴取でも、自ら名乗り出ている。
テロ行為へ向かう途中で遭遇した検問により、今回のような逃走劇を繰り広げたのだ。
特警隊への挑発も兼ねていたらしく、本部の懸念材料はまた一つ増えた。
「これからは、討伐軍メンバーの中にこのような実行犯が増えるだろう」という危惧。
そして雛が捕まえたいと願う犯人は、これ以上に危険な存在だと思われる。

五つ目の星、一つ強くなったその光。
果たして最後まで、無事に輝き続ける事が出来るだろうか──


■『サクセス-星のひかりかた-』終■
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