サクセス-星のひかりかた-

 彼の名は、葉月哲哉。
科警研より捜査等の科学技術支援として、本庁組織対策部第六課『特殊組織犯罪臨時対策本部』へ出向してきた巡査。
しかし、何故か彼は捜査班や情報班ではなく突入班を希望し、同時期に新設された第五隊へ配属される。
配属後も上司や同僚との交流関係は良く、「出向組だから」と区別される事もない。
温厚な性格で、隊にすっかり馴染んでいる。
与えられた仕事は、FB(フルバック)として情報分析と状況探索を担う、後方支援。
特警隊は独自のシステムを使用しているのだが、彼は入隊後間もなくして操作をマスターしていた。
どんな状況下でも巧みに使いこなし、雛達をしっかりナビゲートし、統括指揮にも貢献。
その的確さは、長である野原も一目置いている程だ。
だが、任務はそれだけではない。
後方支援役は、『特警隊最終攻防の要、そのラインを担う《壁》』なのである。
従ってFBにも接近格闘時の戦法が存在しており、彼もまたその訓練を受けていた。
…が。

今日までの出動で、それが発揮された事はない。

極稀に、対象が放った武器の類が飛んでくる事はあった。
それでも、葉月までもが前衛へ出張る必要はないまま終わっている。
用意はしていても、せいぜい無茶して飛び込んだ機動隊員の脱臼を治してやる等の、初期治療に貢献する位。
それだけ前衛が優秀である証、なのではあるが。

これは、今の彼が抱える悩み。
仲間の誰にも打ち明ける事無く、気付けば季節は真夏のピークを迎えていた。


 重苦しい沈黙が降りた。
ここは夢の森埋立地のとある一区画、これまた捕り物の現場である。
激しく照り付ける太陽の下、そこでは追い詰められた通り魔と特警隊の面々が、厳しく睨み合っていた。
数メートル先には応援の機動隊。
更に東京湾に面した公道と言う事もあって、犯人は行き場を完全に失っている。
但し、機動隊と特警隊との協力体制は今一つの状態。
万全の体制とはいえない状態で、特警隊は確保のタイミングをずっと懸命に窺っている。
その内の一人、御影はとうとう痺れを切らした。

「もう我慢の限界だわ。速攻で決めるわよ」
『ま、待ってください御影さん!無茶は駄目ですよ!?』

慌てたのは葉月。
本部へのデータ転送を一時停止にし、インカムのマイクへ手を当てた。

『エアガンは、ガス残量がかなり少ない筈です。賭けに出るとしても、今の状態じゃ単独行動は危険過ぎます』
「それは…。でもさぁ」
『実弾用拳銃の方は使用禁止のままです。弾変えても使えませんよ?』
「ビーンバッグくらい使わせなさいよ。哲君も何か言ってやって」

無論、CG(センターガード)の主要武器であるエアガンのガス残量は、終始頭の中で計算している。
残念なのは今回の確保対象が、それを予定通り使わせてくれない輩であったという事。
御影が反論しようとしたところを割って入ったのは、彼女と同じポジションである勇磨の声。
彼もまた焦れている。

「オレのも残り僅かッスよ、葉月さん。どうします?」
『人質は解放しましたが、犯人は相変わらず元気に動き回っています。これ以上、牽制の銃撃が当たるかどうか』
「じゃあ、どうしろって言うのよ!?あたし格闘苦手なのよ?」
「オレ達のヘタレ技じゃ、返り討ちに遭ってアウト。マズいッスよ」
『それは僕だって同じです』
「今使えるのは、雛だけ…って事か」

それを聞いた雛は絶句した。
確保対象は格闘技をやっている上に、銃撃からの退避が的確である事から、戦闘経験者の可能性があった。

『高井さんは被害者の所だし、隊長は忙しいし…』
「やっぱり自由に動けるのは、私…しか居ないか」

第五特警隊には通常、突入班隊員が四人居るのだが…
今回は違った。
副隊長・高井は別行動中、隊長の野原は指揮で手が離せない。
本来は本部から統括指揮を執る管理官が来るのだが、今日に限って到着が遅れているようだ。
第五隊各班を指示する特警指揮だけでも忙しいのに、統括指揮まで兼任していて大変であった。
本庁へ行っていた課長は、現在こちらへ向かっている最中。
署での留守番役を捜査班の待機組に頼んでいる程、人手が足りなかった。

「大丈夫だよ、私一人でも。…多分だけど」

気丈に答えるが、その顔には疲労の顔が見えている。
クソが付く程暑い中、ろくに水分も摂っていない。
ここまで犯人を追い詰め人質を無事保護出来たのは、ほとんど彼女の功績だった。

『雛さんも無理しちゃ駄目です。確保の時が一番、危険なんですから』
「そうだよ雛、相手は凶暴なんだから。これだけ追い詰められてんだ、何するか判らない」
「一人で勝てる訳ないわ。危険過ぎる」
「でも。ここでやらなきゃ、いつまでも進展しないじゃない」

そう言って、攻撃態勢に入る雛。
焦心に駆られているのは、彼らから離れた場所で指揮を執っていた野原もまた然り。
彼も下手に動けない。

『待て友江。最悪の場合、犯人が海に飛び込む事も考えられる』
「でも隊長!このままじゃ…」
『深追いするな。仕方ない、ここは連絡を取って機動隊に出てもらおう』
「そんなぁ!」
「雛が頑張ってここまで追い詰めたって言うのに、最後に機動隊(あっち)が良いトコ取りなんて酷いッスよ!」

一連のやりとりを聞きがら、葉月は考える。
車を降りて、改めて現場を眺めては手元のデータと照らし合わせた。

(雛さんにはこれ以上一人で無理させられないし、志原君と御影さんのエアガンもあてには出来ない)

葉月も一応訓練は受けているものの、雛のような格闘スキルまでは持っていない。
犯人は格闘技経験者である以上、中途半端な技では足手まとい以上に、こちらの身までもが危なくなる。
一撃必倒となる、何かがあれば良いのだが…
警備車のトランクを覗いても、武器は接近戦用・電磁警棒の予備と刺又《叉護杖(さごじょう)》しかない。
隊長専用の指揮車内には、テイザー銃が収納ケースごと放置されている。
が、彼には資格が無いので扱えない。
この間にも、ジリジリと犯人との距離が縮まっていく。

(テイザー銃の使用免許、お願いして取らせてもらえば良かった…。この状況、一体どうすれば)

その時、葉月の視界には犯人が車で壊した街灯が映った。
折れ曲がっている部分からは、何本かの電流コードが剥き出しになっている。
そして、背面には東京湾。

(テイザー銃と零式…。離れた所へ電撃──そうか、これだ!)

一つの名案が浮かんだ。
トランクから接近戦用のグローブを引っ掴んで、葉月は現場へ走り出す。

『CGのお二人に、お願いしたい事があるんです』
「何?」
『水弾、残ってますよね?』
「残ってるッスよ」
「幸いな事に一発分ね」
『合図を出したら、その場所から動かずに、対象へ向かって撃って下さい』
「?別に良いッスけど…」
「いきなりどうしたのよ、哲君?」

CGの二人は不思議がり、雛も心配する。
葉月の方を振り返ると、彼は頷いて微笑んだ。

「でも、ガスの残量少ないんじゃ──」
『大丈夫。この状況なら命中しなくても、ギリギリ当たれば良いです』
「…何だか良く解からんが、任せるッス!」

先に機転が利いたのは勇磨だ。
『水弾』と呼んでいる、水を圧縮し放水するセットを取り付けにかかった。
数分もせずエアガンを構えた二人を見て、犯人は逃げようと慌てふためいた。

「犯人が逃げちゃうよ!」
『隊長、確保の指示を!』
『…本当に大丈夫なのか、葉月?』

離れた場所からでも判る、葉月の自信に満ちた真剣な頷き。
それに応えて、野原は統括指揮の無線を入れた。

『特警統括指揮より、現場の各員へ。これより状況を開始する、各自確保の態勢に入れ』
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