星々を結ぶ絆

 『出動、無事解決出来たようで安心しました』
「あぁ。データの協力、有難うな」
『気にしないでください。逆に先輩のお陰で、本部も貴重な運用記録が取れました』
「まだ本部の仕事、兼任してるのか?」
『えぇ。人手が足りないのは、何処も同じですから』
「隊長職で充分、手一杯だろう?オーバーワークだぞ」

この日の夜。
準待機として宿直しているのは、野原一人。
事の発端となった和泉へ、報告の電話をかけていた。

『大丈夫ですよ。先輩と違って私は体の後遺症、無かったんですから』
「怪我が無くとも、他があるだろう。俺の事云える身かよ」
『それに、離れた場所から私が出来る事って言ったら…。これ位しかないですし』
「まだまだあるだろ。世話焼きのお前なら」
『…にはは。そうですね、雛さんとも約束しましたし』
「最後の対決の時は、刻々と迫ってるからな」

疲れが出たのか、二人の会話の中には弱音も混じっていた。
窓の外の夜空を見上げ、野原は思っていた事を漏らす。

「そろそろ、覚悟を決めんとなぁ…」
『──大丈夫ですよ。先輩達は、私が守ります』

後輩のその返事は、予想もしなかった。
ポーカーフェイスが崩れかける。

「え?」
『今度こそ、悲しみを繰り返さないように。これ以上増やさない為に、私が全てを賭して守ります』

あの時に零した悔し涙は、もう二度と繰り返したくない。
野原だけではなく、和泉もまた強く願っている。
そして、その為には命をも捨てる覚悟だと…

「何言ってんだ。出来損ないで半人前のくせに」
『う…』
「大体、周りが無事でもお前が帰らないんじゃ本末転倒だろうが。違うか?」
『そ、それは』
「それに、無事終わらせて佐野さんに貰われるんだろ?」
『もう、すぐそうやって意地悪な事言うんですから!私は真面目に話してるんですよ?』

受話器の向こうで、和泉がしどろもどろになってるのが丸判りだ。
図星を突かれたり揶揄われたりで、怒りが含まれているかも知れない。

『それに、あれは佐野さんが勝手に決めた事です。《私がちゃんと仕事に集中出来る為》とかって口実を付けて』
「それだけじゃないの、お前も解かってるんだろ?」
『…佐野さんは何も知りません。私も自分の事、話してませんから』
「どうして話し合わない?」
『…』

野原の疑問は、二人の関係を知る者なら誰でも思う事だった。
和泉が黙ってしまった事から、野原へ伝え難い状態になっているのは判る。
怒られてしまうから言えないのか。
良からぬ何かが起きているのか。
単に打ち明け難いのか、脈ナシだから話す気が無いのか。
彼女の沈黙を探っても、答えを選べそうな空気は察せなかった。

「仕方ないなぁ…。いいか?今のお前にはそうやって想ってくれる人が居る。仲間も居る」
『あの人の求婚(アレ)は、先輩が考えてるのとは違うんですって。私も付き合い自体、ずぅーっと断っているのに!』
「良いじゃないか、物好きが見付かったんだから。…まだ他にも居るけどな」
「他って、加奈恵ちゃんと小暮君は違いますよ?あの二人は、恩義を別の感情と勘違いしているだけです』
「…その二人も居たか。前途多難だな」
『?』

準備室時代から、野原のライバル的存在は居た。
事あるごとに和泉は誰かに奪われる…もとい、コンビとして居る時間を妨害されてしまう。
ペアを組んだのは自分だったのに、と何度溜息を吐いた事か。
今も環境は変わらないどころか、隊長として互いに多忙になって更にハードルが高くなった。
ちなみに、野原は和泉と共に「静かな温泉旅館でゆっくり湯治がしたい」と思っている。

『佐野さんの事は置いといて。私を今の配置に据えたのは、本部長です』
「俺達は従順に務めて、頑張るしかないと?」
『そんな感じです』
「とにかく、お前には俺だって居る。決して一人じゃないんだからな」
『え…?』
「無理だけはするな」

本部長が口にしない、和泉を隊長へ就かせた本当の意味。
それが反対派の出向組が多い隊だったり、準備室跡がある城南に据えた理由。
気付いている筈なのに、彼女は「それでも」と自分を省みず突っ走っている。
だから野原は、ずっと「出来損ない」とか「半人前」と謂うのだ。
…自分の事は棚に上げて。

『はい。…でも』
「何だ」
『先輩だって同じなんですからね?どんなに出来が悪くても、後輩がこうやって心配してるんですから』
「…ふーん。そうきたか」
『第一、雛さん達だけじゃなくおやっさんも居るんですから。決して無理しないで下さいね』

和泉も、野原の揶揄の真意を解かっている。
そう揶揄した相手と同じ事を行おうと、同じ道を歩もうとしているのにも気付いている。
だから「そんな出来損ないは、自分一人で充分」だと言いたい。

「はいハイ」
『はい、は一回だけ!』
「了解」
『本当に素直じゃないんだから』

ワザとなのか、不器用なりの本音なのか。
和泉は溜息を吐いている。

「おう、そうだとも。今に始まった事じゃない」
『だから、半人前がわざわざお節介焼きたくなるんですよ。先輩、それ解かってます?』
「それが俺とお前の絆なのか?」
『まぁ…、そう言う事ですかね。先輩にとっては、腐れ縁なのかも知れませんが』
「いや。感謝してるさ」
『本当ですか?何だか気味が悪いです』
「好きなように思え。あ、心配もしてるからな」
『…段々、恥ずかしくなってきました』

二人共、いつの間にか弱音の虫は、何処かに溶けてしまっていた。

「今日のキーワードは、それだったな」
『絆の事ですか?』
「組織としての絆、パートナーや仲間としての絆。それらを再確認した一日だった」
『成程』
「でもな。そう思ったのは、俺だけじゃなかったみたいなんだ」
『そちらのユニット1…、雛さんと志原巡査ですね』

雛と勇磨コンビの動きが、これまでと打って変わり、急に良くなった。
野原も、指揮を執りながらもちゃんと見ていた。
二人の間に何かあったのは明白だが、話の内容までは知らない。
あの時飛んでいた捜査用ドローンは、残念ながら音声を拾っていなかった。

『私も映像見てました。途中から空気が変わって、二人がらしく動けるようになったと』
「だよな。俺でも気付いたんだから、ああいう空気に敏感なお前なら尚更だろう」
『…隊長と云う立場は、そういうのが余計に見え易いポジションですね』
「ん。やっと、あれなら今後も大丈夫だと思えた」
『本当に良かったです。これで第五隊も安泰だ』
「うむ。特警隊(ウチ)にとっては重要な事だからな」
『その通りです』

和泉も頷きながら、野原の分まで微笑んでいた。
受話器の向こうの声は心なしか少し軽くなっているように感じる。
この調子で、彼の重荷が少しでも早く消えるように願った。
「笑顔が一日でも早く、彼へ戻るように」と。

「いやぁ、珍しく語ったな。長電話ですまなかった」
『気にしないで下さい。私も色々話せて、良かったです』
「そうか。…それじゃ、またな」
『はい。おやすみなさい』

電話を切った後も、野原は余韻を味わっている。
一度知ってしまった過去の悲しみは、どんなに忘れようとしても、消える事は決して無い。
でも、絶望に暮れるだけが未来ではなかった。
それを守る為にも、俯いてばかりでは居られない。

「頑張らないと。…な」

窓に映るのは、満月一歩手前の淡い光。
呪文のように唱えてから、カーテンを閉じた。

■『星々を結ぶ絆』終■
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