星々を結ぶ絆
現場急行中の車両内でも、情報共有を中心とした連携は続いている。
特警隊の出動は、第五のみであった。
だが、スターシーカー上では応援要請に備えて待機中の部隊が幾つも存在する。
真っ先に体制を整えたのは、和泉率いる第二隊突入班。
彼女からの厳しい指摘で動かざるを得なくなったのは、第一隊の臨場当番。
広域応援部署である周囲の警察署や執行部隊からも、職質や検問、通行規制等の支援が始まっていた。
情報支援も、かなりの数が集まっているようだ。
皆、『集団犯罪の連鎖反応』を警戒している為だけではない。
第五隊を応援してくれている。
今回は海上の船が関わっているので、その辺の対応も抜かりない。
埋立地同士を繋ぐ連絡橋に被害が及んだ場合も、支援手段は想定済み。
城南の警備部隊舎にはヘリポートがあり、羽田空港も近い。
有事の際は航空隊と連携を取り、特警隊も輸送ヘリを使用出来る規定がある。
現在、特警隊の全てが状況ごとユニゾンを続けている。
連鎖反応が万が一起きたとしても、これなら何処でも対応し易い。
「只のパパラッチだと思ってたのに」
「そうだね」
御影にとって、ここまで大事になったのは全くの予想外だった。
皆にとっても、それは一緒だったようだ。
「オレだって同じだよ。最初はストーカーかと思ったんだから」
「腕章とかも無くて、外見が一般人と大差なかったんですよ」
「私、全然気付かなかった。隊長と一緒だったからだよね」
雛は野原と帰還したのが幸いして、未だ被害を受けていない。
交代せずに勇磨の買出しについて行っていれば、遭遇していただろう。
「パトロールから一番早く戻れたんだし、余計にそう感じるんじゃないか?」
「そっか…、葉月さんゴメンね。交代してもらった上に、嫌な思いさせちゃった」
「気にしないでください。雛さんがあんな奴等に絡まれなくて、本当に良かったですよ」
「そうよ。もし雛に絡んだら、あたしがあの《特製スペシャルα》をお見舞いしてやるわ」
「オレも、あの密閉容器ごとぶつけてやる」
「持ってくれば良かったのに」
「…」
御影と勇磨が燃えているところへ、野原がサラリと黒い一言。
一瞬にして車内は凍りついた。
「隊長、やっぱり例の取材陣来てますよ。この航空写真見て下さい」
「ん?」
空気を変えたのは、葉月と車載パソコンのモニター。
上空からの撮影写真が表示されている。
「あぁ、この一番後ろの集団がそうか。機材みたいなの持ってるな」
「やはり、船で上陸してますね。この形状はピースソウル所蔵の小型ボートです」
「隊長、もうすぐで着きます」
「サイレン止めて、そのまま裏口のゲートから入場。工事の守衛には、本部から話がついてる」
「了解」
指定されたゲートには、所轄が誘導棒を持って立っていた。
非常線の配備は、彼らの到着より先に整ったようだ。
高井が言われた通りに運転し、車両は裏道から最奥の工事区画のゲートへと走る。
詰所の影に駐車すると、砕石の山の向こうからは騒がしい声が聞こえてきた。
外装が所々へこんだ重機も見える。
「何かさぁ、お子様が鉄パイプ持って暴れてるみたいじゃない?」
「暴走族か、程度の低いチンピラって感じだよな」
「討伐軍の実行役メンバーは出てきてないからな。こんなものだろう?」
「あれ、ピースソウルだけなんだ」
取り合えず、現着最初の感想はこんなものだ。
「今暴れてる列の後ろの塊。あの中に居るのが例の取材陣です」
「そうそう。あの赤いスタジャンの奴」
「本当だ。カメラ持ってる」
「狙い易いわねー。もう少し先に出れば、バズーカで仕留められるんじゃない?」
約一名は最早、戦闘態勢へ突入…
その寸前で相棒に止められ、不満顔の御影。
「おいおい」
「まだ出るなよ。もう少し様子を探ってくれ」
「りょーかい…」
包囲網はもう少しで完成する。
現在は捜査チームによる説得と、証拠撮影中。
特警隊はその場で待機となった。
モニターを凝視したままの葉月から、更に一報が入る。
「海上のボート集団は、海保が押さえたらしいです」
「集団って、海の上まで居たの!?」
「海上保安庁もお疲れ様ッスね」
「シュプレヒコールも支離滅裂だし、今回のはヤラセ感がプンプンする」
野原はやる気喪失か呆れ果てたのか、現場に背を向ける。
高井も解かっているらしく、敢えてやる気の無い提案をしてみた。
「野原隊長。機動隊に引き継いで、自分達は帰りますか?」
「それ良いな」
「和泉隊長、『こんなに支援してるのに!』って怒りませんか?」
「《雷迅(らいじん)》で百叩きと、馬鹿力平手打ちで全治二週間。高井はどっちが良いと思う?」
「え~っ…。穏便に『お嫁に貰う』っていうのはどうでしょう?」
「ほぉ。逆に、俺が和泉姓になるのも有りだな」
「否定しないんですね…」
ちょっと待ってとツッコんだのは、お馴染み開発室コンビ。
二人のやる気は、『異様』の二文字しか浮かんでこない。
「高井さん、そりゃ無いッス!」
「どっちの事だ?」
「隊長の将来じゃない方の話ッス!」
「折角来たんだから、ちょっと位暴れ…仕事しましょうよ~」
似た者同士が焦れる。
雛と葉月は、苦笑いに徹した。
「おっと、工事の代理人が出てきたな。話してくるから、全員ここで待機」
「了解!」
一同は、その場で整列した。
現場到着から数十分経った頃、ようやく多い腰を上げた特警隊。
器物損壊の犯人達は、既に捜査チームが確保している。
現在騒いでいる連中は、先程より若干少なくなっていた。
拡声器片手に喚き散らしていた者は、物騒な物を構えるメインキャストに恐れをなしたのか降伏した。
それが特警隊を出動させる為の陽動である、何よりの証だ。
彼らの前に装備を構えた雛達が『出てくるだけ』で、目的は果たされる。
それを理解している隊員達も、後は所轄と支援組に任せて、出来るだけ相手にしない。
目標は首謀者である、赤いスタジャンの男だけ。
その取り巻きも、投降すれば相手にしないつもりでいた。
が…
「小賢しいわね」
足元の鉄パイプを拾おうとした二名は、それもろとも辛子ネット弾を被り撃沈。
運良く拾えた一名も、高井の逮捕術にまんまと動けなくなった。
「その記者気取りも、今日でお終いよ」
「オレ達の痛い一撃の後は、公安のネチネチ攻撃か。バカな事しなきゃ良かったのに」
「降伏するなら、今の内ですよ?」
一対三の状況で、犯人一人が取る行動は二択しかない。
赤いスタジャン男は、ポケットから折りたたみナイフを取り出した。
「へぇ。今時の記者ってのは、ナイフまで持ち歩いてるのか」
「銃刀法違反まで重ねるとは。ねぇ」
そのまま向かってくると、思われたが…
「あ、逃げた」
「ケツの小さい男ね」
「二人共、後を追うよ!」
雛が先行して、後を追った。
勇磨は巧みに逃げる犯人を追いながら、彼女のフォローに入る。
「雛、マーカー使おうか?」
「大丈夫。次の角で追い詰める!」
そう言うと雛は走る速度を上げ、先に曲がり角へ出た。
「退路は、あたし達に任せて!」
「うん、お願い!」
御影は追走を止め、射撃体勢へ入る。
勇磨は雛に追い着き、犯人を角の壁際へ追い込んだ。
高井も御影の隣に付き、腰のホルダーから警棒を抜く。
「これで四対一です、おとなしく武器を捨てなさい!」
「…」
犯人に一番近い雛が、投降を呼びかける。
しかし、それに応じる気配は無い。
「勇磨。その位置から、対象の動いてる腕かナイフを狙える?」
「照準を大きく取れば…。でも、雛に当たるかも知れない」
駄目だと躊躇する声を、雛は遮った。
それに驚いて、勇磨は視線を相棒へ向ける。
「私達これまで一緒に組んできたんだから、パターンは想定出来るよね?」
「でも、外したら…」
「大丈夫、勇磨の腕は確かだよ。私は信じてる」
後姿で顔は見えないが、最後の一言はしっかりとした確証を帯びた声音だった。
真っ直ぐ犯人を見つめる瞳と同じく、心もまた相棒を信じている。
何一つ臆する事無く、電磁警棒を構えた。
「──解かった」
一呼吸置いて、勇磨は決断した。
自分も彼女と同じ、真っ直ぐに犯人を見つめ銃を構える。
「行くよ!」
「おう!!」
返事の後に決着が付くまでは、たったの数秒だった。
雛は振り上げられた腕のナイフに構わず、真っ直ぐ犯人の懐へ飛び込んでいく。
陽の光がナイフに反射し、勇磨はそれが振り下ろされる前にトリガーを引いた。
もう躊躇わない。
この一発で『相棒を守るのだ』と、自信を持って。
ナイフの光が筋を帯びて下がるまでには十分の猶予を持って、それは命中した。
弾かれた光が手を離れ、同時に雛が重心を低くし正面の懐へ電磁警棒を突く。
鋭い吐息と共に、放出された弱電流が抵抗を奪う。
みぞおちに放たれた電撃と衝撃で、犯人は立って居られない。
重力に引かれて、その体は崩れ落ちた。
「やっ…た!」
無言のまま雛が警棒を振り下ろし見得を切った時には、すっかり戦意喪失していた。
地面に突き刺さったナイフも、その姿を写しながら輝いている。
この一部始終は、上空を飛ぶ捜査用ドローンがシッカリ撮影していた。
指揮の野原も第二隊の和泉も注視し、息を呑んで見守っていた。
雛と勇磨の間の空気も良い方へ変わり、ホッと胸を撫で下ろす。
圧倒された主犯が、しおらしく連行されて行く。
その横で、雛はようやく深く息を吐いた。
「雛ぁ、今回もお見事!」
「わわっ、危ないよぉ!?」
御影が抱きついてくる。
警棒の電源は、切れたばかりだ。
「んー、流石は接近戦の達人。格闘センスもバッチリ!」
「そんな事ないよ」
「《零式》も、雛みたいな優秀な隊員に使ってもらえるなんて。きっと本望ね」
「御影ったら。おだてても、何もないよ?」
「おだてるなんて、失礼な。あたしは『先刻の動きが見事だった』って、褒めてるのよ」
「それは、勇磨がバッチリフォローしてくれたからだよ。だから上手くいったんだ」
「…そうかもね」
嬉しそうに言った雛には悪いが、アッサリとした感想しか出ない。
始めは躊躇った彼に、御影はじれったさを感じていた。
いつもの事だったが、珍しく今回はそれがすぐに消えた。
「志原。今回だけは、アンタもやったじゃん」
「まぁな」
勇磨はぶっきらぼうに答えて、顔を反らす。
「雛が、信じてくれたから…」
「ん?何だって?」
御影は耳に手を当てて、意地悪に聞えない振りをする。
「な…、何でもない!」
「あらまぁ。良いじゃないの、絆がちょっと深まって」
「まだまだだ」
「相手を思いやるのは当然だけど、自分らしく戦うっても結構大事なのよ。やっと解ったでしょ?」
「……まぁな」
エアガンを腰のベルトに仕舞って、勇磨は背を向けた。
そのまま早足に歩き出す。
「まぁまぁ、照れちゃって。雛も良かったね」
「うんっ」
頬を染めて、雛は微笑んだ。
その、あまりにも嬉しそうな表情ときたら。
御影は揶揄を止めた。
「さぁ、帰るぞ」
「はーい♪」
高井が御影の背中をポンと叩いて、勇磨の後を追う。
「帰ろ、雛」
「うん」
「高井さんに呼ばれたから、先行くわね」
親友を解放した御影は、高井の横に並んで歩き出す。
二人は勇磨を追い抜いて、先に行ってしまった。
雛は、走って勇磨に追い着く。
「勇磨」
「…ん?」
横に並んだ相棒が視界に入っても、照れてすぐに前を向いてしまう勇磨。
雛は、そんな彼を横目で見ながら微笑む。
「先刻はありがとう。私が言った事、聞いてくれて」
「…うん」
「答えてくれて、嬉しかった」
「そうか」
返事は小さいが、嬉しそうである。
雛も嬉しくなったのだが、恥ずかしさの方が勝る。
頬がほんのり赤く染まった。
俯いている勇磨は、そこまで気付いていない。
半歩前に出て歩きながら、話を続けた。
「オレも嬉しかった。雛が、信じてくれたから」
「当然だよ。勇磨は私のパートナーだもん」
ね?と微笑みかける雛に、彼にもつい笑顔が遷った。
「そうだな」
「うん!」
横目でも、視線はしっかりと繋がっている。
そして絆も。
御影を追い越せるのは、未だ先だろう。
それでも、昨日までの物よりは強くなったんじゃないかと思う。
──これが、《絆》なのだ。
そう実感出来るようになった。
今回の出動で、勇磨は何か変われたような気がしてならない。
『雛に止められてるから、まだ口外しないけど。あたし達はいずれ、あの子の為に命張らなきゃいけない時がくるんだからね』
あの時。
御影の主旨が、一切理解出来なかった勇磨。
『…もしかしたら。一連の話や事件に共通する何かを、友江は握っているのかも知れないぞ』
高井と葉月との三人で推察した、彼女の事。
まさかとは思いつつ、当たっているような気がずっと続いている、不審な点の数々。
雛を中心に渦巻く謎と、隠されているだろう過去の大きな秘密。
『アンタが雛と、本当の深い絆を結べたら分かるわよ。あの子が背負っているものの重さを』
変わったと思う今でも、それは未だ解からない。
雛に教わるのか、自分で答えを導くのか、それすらも。
頭から離れないキーワードが、声に出た。
「本当の、深い絆…か」
「ん?」
「へ?いや、何でもない!」
慌てて首を横に振る。
恥じらいの所為なのか、手は汗ばみ始めていた。
手袋の中がジンワリ蒸れだす。
「どうかした?」
「いや、ちょっと考え事。大したコトじゃない」
(そうだ。今はそれよりも、考えるべき事があるじゃないか)
勇磨は我に返った。
「…そっか」
「うん」
フワリと笑っている相棒に、微笑を返す。
そして、この笑顔を守りたいんだと気付く。
しかし。
(オレ、全然告白の『こ』もろくに言えてねーじゃん!オレのバカ、小心者!!)
もう一つ、永遠に封印していたかった事まで思い出してしまった。
自分が雛を異性としても好きなのを、当人以外に知られまくってる事である。
(皆にモロバレしてたし。嗚呼、どうしよ…)
微笑みに、とうとう脂汗が滲み出してきた。
慌てて視線を外し、ズカズカと先に歩き出す。
「え、え…?勇磨どうしたの?」
雛は、相棒の豹変振りに困惑した。
慌てて後を追い掛ける。
「ねぇ、勇磨ってば!どうしたのー?」
高井はクスクス笑っている。
御影は勇磨の態度に呆れて、溜息を吐いた。
「可愛いじゃないか」
「もどかしいのよ。あたしは」
「志原の事が、だろ」
「うーん…。それだけじゃないかも知れない」
雛に突然口止めされた、彼女の両親についての一切の話。
理由は解かり兼ねたが、親友の自分にも言えない何かがあるらしい。
御影は承諾する代わりに、困った時はちゃんと相談するようにと約束したのだが…
「雛もよ。本当に大丈夫なのかしら?」
「友江か…」
高井も、三人で推察した事は他言無用にしようと決めていた。
長からして醸し出している、隊内の雰囲気。
既に気付いていたが、今も黙っている。
当然、相棒にも話していない。
勇磨は「何か知ってるらしい」と言ったが、それも本当なのか。
そして自分達が導き出した答えは、当たっているのか。
「きっと、大丈夫なんじゃないか?」
「え?」
互いが秘密にしている事は、一つに繋がっているとは知らずに。
「…そうね。あたし達も居るんだし」
「そうだろ?」
「あたし、黙って見守るのは性に合わないんだけど」
「ハハハ。蔵間なら出来るさ」
「そこは、『みーこなら出来るぞ』って言って欲しいわね」
「仕事中はそう呼んじゃ駄目だって、お互い決めたじゃないか。仕事終わって帰ってからにしよう」
「やった♪今夜も手伝うから、美味しいモノ沢山作ってよね!」
特警隊の出動は、第五のみであった。
だが、スターシーカー上では応援要請に備えて待機中の部隊が幾つも存在する。
真っ先に体制を整えたのは、和泉率いる第二隊突入班。
彼女からの厳しい指摘で動かざるを得なくなったのは、第一隊の臨場当番。
広域応援部署である周囲の警察署や執行部隊からも、職質や検問、通行規制等の支援が始まっていた。
情報支援も、かなりの数が集まっているようだ。
皆、『集団犯罪の連鎖反応』を警戒している為だけではない。
第五隊を応援してくれている。
今回は海上の船が関わっているので、その辺の対応も抜かりない。
埋立地同士を繋ぐ連絡橋に被害が及んだ場合も、支援手段は想定済み。
城南の警備部隊舎にはヘリポートがあり、羽田空港も近い。
有事の際は航空隊と連携を取り、特警隊も輸送ヘリを使用出来る規定がある。
現在、特警隊の全てが状況ごとユニゾンを続けている。
連鎖反応が万が一起きたとしても、これなら何処でも対応し易い。
「只のパパラッチだと思ってたのに」
「そうだね」
御影にとって、ここまで大事になったのは全くの予想外だった。
皆にとっても、それは一緒だったようだ。
「オレだって同じだよ。最初はストーカーかと思ったんだから」
「腕章とかも無くて、外見が一般人と大差なかったんですよ」
「私、全然気付かなかった。隊長と一緒だったからだよね」
雛は野原と帰還したのが幸いして、未だ被害を受けていない。
交代せずに勇磨の買出しについて行っていれば、遭遇していただろう。
「パトロールから一番早く戻れたんだし、余計にそう感じるんじゃないか?」
「そっか…、葉月さんゴメンね。交代してもらった上に、嫌な思いさせちゃった」
「気にしないでください。雛さんがあんな奴等に絡まれなくて、本当に良かったですよ」
「そうよ。もし雛に絡んだら、あたしがあの《特製スペシャルα》をお見舞いしてやるわ」
「オレも、あの密閉容器ごとぶつけてやる」
「持ってくれば良かったのに」
「…」
御影と勇磨が燃えているところへ、野原がサラリと黒い一言。
一瞬にして車内は凍りついた。
「隊長、やっぱり例の取材陣来てますよ。この航空写真見て下さい」
「ん?」
空気を変えたのは、葉月と車載パソコンのモニター。
上空からの撮影写真が表示されている。
「あぁ、この一番後ろの集団がそうか。機材みたいなの持ってるな」
「やはり、船で上陸してますね。この形状はピースソウル所蔵の小型ボートです」
「隊長、もうすぐで着きます」
「サイレン止めて、そのまま裏口のゲートから入場。工事の守衛には、本部から話がついてる」
「了解」
指定されたゲートには、所轄が誘導棒を持って立っていた。
非常線の配備は、彼らの到着より先に整ったようだ。
高井が言われた通りに運転し、車両は裏道から最奥の工事区画のゲートへと走る。
詰所の影に駐車すると、砕石の山の向こうからは騒がしい声が聞こえてきた。
外装が所々へこんだ重機も見える。
「何かさぁ、お子様が鉄パイプ持って暴れてるみたいじゃない?」
「暴走族か、程度の低いチンピラって感じだよな」
「討伐軍の実行役メンバーは出てきてないからな。こんなものだろう?」
「あれ、ピースソウルだけなんだ」
取り合えず、現着最初の感想はこんなものだ。
「今暴れてる列の後ろの塊。あの中に居るのが例の取材陣です」
「そうそう。あの赤いスタジャンの奴」
「本当だ。カメラ持ってる」
「狙い易いわねー。もう少し先に出れば、バズーカで仕留められるんじゃない?」
約一名は最早、戦闘態勢へ突入…
その寸前で相棒に止められ、不満顔の御影。
「おいおい」
「まだ出るなよ。もう少し様子を探ってくれ」
「りょーかい…」
包囲網はもう少しで完成する。
現在は捜査チームによる説得と、証拠撮影中。
特警隊はその場で待機となった。
モニターを凝視したままの葉月から、更に一報が入る。
「海上のボート集団は、海保が押さえたらしいです」
「集団って、海の上まで居たの!?」
「海上保安庁もお疲れ様ッスね」
「シュプレヒコールも支離滅裂だし、今回のはヤラセ感がプンプンする」
野原はやる気喪失か呆れ果てたのか、現場に背を向ける。
高井も解かっているらしく、敢えてやる気の無い提案をしてみた。
「野原隊長。機動隊に引き継いで、自分達は帰りますか?」
「それ良いな」
「和泉隊長、『こんなに支援してるのに!』って怒りませんか?」
「《雷迅(らいじん)》で百叩きと、馬鹿力平手打ちで全治二週間。高井はどっちが良いと思う?」
「え~っ…。穏便に『お嫁に貰う』っていうのはどうでしょう?」
「ほぉ。逆に、俺が和泉姓になるのも有りだな」
「否定しないんですね…」
ちょっと待ってとツッコんだのは、お馴染み開発室コンビ。
二人のやる気は、『異様』の二文字しか浮かんでこない。
「高井さん、そりゃ無いッス!」
「どっちの事だ?」
「隊長の将来じゃない方の話ッス!」
「折角来たんだから、ちょっと位暴れ…仕事しましょうよ~」
似た者同士が焦れる。
雛と葉月は、苦笑いに徹した。
「おっと、工事の代理人が出てきたな。話してくるから、全員ここで待機」
「了解!」
一同は、その場で整列した。
現場到着から数十分経った頃、ようやく多い腰を上げた特警隊。
器物損壊の犯人達は、既に捜査チームが確保している。
現在騒いでいる連中は、先程より若干少なくなっていた。
拡声器片手に喚き散らしていた者は、物騒な物を構えるメインキャストに恐れをなしたのか降伏した。
それが特警隊を出動させる為の陽動である、何よりの証だ。
彼らの前に装備を構えた雛達が『出てくるだけ』で、目的は果たされる。
それを理解している隊員達も、後は所轄と支援組に任せて、出来るだけ相手にしない。
目標は首謀者である、赤いスタジャンの男だけ。
その取り巻きも、投降すれば相手にしないつもりでいた。
が…
「小賢しいわね」
足元の鉄パイプを拾おうとした二名は、それもろとも辛子ネット弾を被り撃沈。
運良く拾えた一名も、高井の逮捕術にまんまと動けなくなった。
「その記者気取りも、今日でお終いよ」
「オレ達の痛い一撃の後は、公安のネチネチ攻撃か。バカな事しなきゃ良かったのに」
「降伏するなら、今の内ですよ?」
一対三の状況で、犯人一人が取る行動は二択しかない。
赤いスタジャン男は、ポケットから折りたたみナイフを取り出した。
「へぇ。今時の記者ってのは、ナイフまで持ち歩いてるのか」
「銃刀法違反まで重ねるとは。ねぇ」
そのまま向かってくると、思われたが…
「あ、逃げた」
「ケツの小さい男ね」
「二人共、後を追うよ!」
雛が先行して、後を追った。
勇磨は巧みに逃げる犯人を追いながら、彼女のフォローに入る。
「雛、マーカー使おうか?」
「大丈夫。次の角で追い詰める!」
そう言うと雛は走る速度を上げ、先に曲がり角へ出た。
「退路は、あたし達に任せて!」
「うん、お願い!」
御影は追走を止め、射撃体勢へ入る。
勇磨は雛に追い着き、犯人を角の壁際へ追い込んだ。
高井も御影の隣に付き、腰のホルダーから警棒を抜く。
「これで四対一です、おとなしく武器を捨てなさい!」
「…」
犯人に一番近い雛が、投降を呼びかける。
しかし、それに応じる気配は無い。
「勇磨。その位置から、対象の動いてる腕かナイフを狙える?」
「照準を大きく取れば…。でも、雛に当たるかも知れない」
駄目だと躊躇する声を、雛は遮った。
それに驚いて、勇磨は視線を相棒へ向ける。
「私達これまで一緒に組んできたんだから、パターンは想定出来るよね?」
「でも、外したら…」
「大丈夫、勇磨の腕は確かだよ。私は信じてる」
後姿で顔は見えないが、最後の一言はしっかりとした確証を帯びた声音だった。
真っ直ぐ犯人を見つめる瞳と同じく、心もまた相棒を信じている。
何一つ臆する事無く、電磁警棒を構えた。
「──解かった」
一呼吸置いて、勇磨は決断した。
自分も彼女と同じ、真っ直ぐに犯人を見つめ銃を構える。
「行くよ!」
「おう!!」
返事の後に決着が付くまでは、たったの数秒だった。
雛は振り上げられた腕のナイフに構わず、真っ直ぐ犯人の懐へ飛び込んでいく。
陽の光がナイフに反射し、勇磨はそれが振り下ろされる前にトリガーを引いた。
もう躊躇わない。
この一発で『相棒を守るのだ』と、自信を持って。
ナイフの光が筋を帯びて下がるまでには十分の猶予を持って、それは命中した。
弾かれた光が手を離れ、同時に雛が重心を低くし正面の懐へ電磁警棒を突く。
鋭い吐息と共に、放出された弱電流が抵抗を奪う。
みぞおちに放たれた電撃と衝撃で、犯人は立って居られない。
重力に引かれて、その体は崩れ落ちた。
「やっ…た!」
無言のまま雛が警棒を振り下ろし見得を切った時には、すっかり戦意喪失していた。
地面に突き刺さったナイフも、その姿を写しながら輝いている。
この一部始終は、上空を飛ぶ捜査用ドローンがシッカリ撮影していた。
指揮の野原も第二隊の和泉も注視し、息を呑んで見守っていた。
雛と勇磨の間の空気も良い方へ変わり、ホッと胸を撫で下ろす。
圧倒された主犯が、しおらしく連行されて行く。
その横で、雛はようやく深く息を吐いた。
「雛ぁ、今回もお見事!」
「わわっ、危ないよぉ!?」
御影が抱きついてくる。
警棒の電源は、切れたばかりだ。
「んー、流石は接近戦の達人。格闘センスもバッチリ!」
「そんな事ないよ」
「《零式》も、雛みたいな優秀な隊員に使ってもらえるなんて。きっと本望ね」
「御影ったら。おだてても、何もないよ?」
「おだてるなんて、失礼な。あたしは『先刻の動きが見事だった』って、褒めてるのよ」
「それは、勇磨がバッチリフォローしてくれたからだよ。だから上手くいったんだ」
「…そうかもね」
嬉しそうに言った雛には悪いが、アッサリとした感想しか出ない。
始めは躊躇った彼に、御影はじれったさを感じていた。
いつもの事だったが、珍しく今回はそれがすぐに消えた。
「志原。今回だけは、アンタもやったじゃん」
「まぁな」
勇磨はぶっきらぼうに答えて、顔を反らす。
「雛が、信じてくれたから…」
「ん?何だって?」
御影は耳に手を当てて、意地悪に聞えない振りをする。
「な…、何でもない!」
「あらまぁ。良いじゃないの、絆がちょっと深まって」
「まだまだだ」
「相手を思いやるのは当然だけど、自分らしく戦うっても結構大事なのよ。やっと解ったでしょ?」
「……まぁな」
エアガンを腰のベルトに仕舞って、勇磨は背を向けた。
そのまま早足に歩き出す。
「まぁまぁ、照れちゃって。雛も良かったね」
「うんっ」
頬を染めて、雛は微笑んだ。
その、あまりにも嬉しそうな表情ときたら。
御影は揶揄を止めた。
「さぁ、帰るぞ」
「はーい♪」
高井が御影の背中をポンと叩いて、勇磨の後を追う。
「帰ろ、雛」
「うん」
「高井さんに呼ばれたから、先行くわね」
親友を解放した御影は、高井の横に並んで歩き出す。
二人は勇磨を追い抜いて、先に行ってしまった。
雛は、走って勇磨に追い着く。
「勇磨」
「…ん?」
横に並んだ相棒が視界に入っても、照れてすぐに前を向いてしまう勇磨。
雛は、そんな彼を横目で見ながら微笑む。
「先刻はありがとう。私が言った事、聞いてくれて」
「…うん」
「答えてくれて、嬉しかった」
「そうか」
返事は小さいが、嬉しそうである。
雛も嬉しくなったのだが、恥ずかしさの方が勝る。
頬がほんのり赤く染まった。
俯いている勇磨は、そこまで気付いていない。
半歩前に出て歩きながら、話を続けた。
「オレも嬉しかった。雛が、信じてくれたから」
「当然だよ。勇磨は私のパートナーだもん」
ね?と微笑みかける雛に、彼にもつい笑顔が遷った。
「そうだな」
「うん!」
横目でも、視線はしっかりと繋がっている。
そして絆も。
御影を追い越せるのは、未だ先だろう。
それでも、昨日までの物よりは強くなったんじゃないかと思う。
──これが、《絆》なのだ。
そう実感出来るようになった。
今回の出動で、勇磨は何か変われたような気がしてならない。
『雛に止められてるから、まだ口外しないけど。あたし達はいずれ、あの子の為に命張らなきゃいけない時がくるんだからね』
あの時。
御影の主旨が、一切理解出来なかった勇磨。
『…もしかしたら。一連の話や事件に共通する何かを、友江は握っているのかも知れないぞ』
高井と葉月との三人で推察した、彼女の事。
まさかとは思いつつ、当たっているような気がずっと続いている、不審な点の数々。
雛を中心に渦巻く謎と、隠されているだろう過去の大きな秘密。
『アンタが雛と、本当の深い絆を結べたら分かるわよ。あの子が背負っているものの重さを』
変わったと思う今でも、それは未だ解からない。
雛に教わるのか、自分で答えを導くのか、それすらも。
頭から離れないキーワードが、声に出た。
「本当の、深い絆…か」
「ん?」
「へ?いや、何でもない!」
慌てて首を横に振る。
恥じらいの所為なのか、手は汗ばみ始めていた。
手袋の中がジンワリ蒸れだす。
「どうかした?」
「いや、ちょっと考え事。大したコトじゃない」
(そうだ。今はそれよりも、考えるべき事があるじゃないか)
勇磨は我に返った。
「…そっか」
「うん」
フワリと笑っている相棒に、微笑を返す。
そして、この笑顔を守りたいんだと気付く。
しかし。
(オレ、全然告白の『こ』もろくに言えてねーじゃん!オレのバカ、小心者!!)
もう一つ、永遠に封印していたかった事まで思い出してしまった。
自分が雛を異性としても好きなのを、当人以外に知られまくってる事である。
(皆にモロバレしてたし。嗚呼、どうしよ…)
微笑みに、とうとう脂汗が滲み出してきた。
慌てて視線を外し、ズカズカと先に歩き出す。
「え、え…?勇磨どうしたの?」
雛は、相棒の豹変振りに困惑した。
慌てて後を追い掛ける。
「ねぇ、勇磨ってば!どうしたのー?」
高井はクスクス笑っている。
御影は勇磨の態度に呆れて、溜息を吐いた。
「可愛いじゃないか」
「もどかしいのよ。あたしは」
「志原の事が、だろ」
「うーん…。それだけじゃないかも知れない」
雛に突然口止めされた、彼女の両親についての一切の話。
理由は解かり兼ねたが、親友の自分にも言えない何かがあるらしい。
御影は承諾する代わりに、困った時はちゃんと相談するようにと約束したのだが…
「雛もよ。本当に大丈夫なのかしら?」
「友江か…」
高井も、三人で推察した事は他言無用にしようと決めていた。
長からして醸し出している、隊内の雰囲気。
既に気付いていたが、今も黙っている。
当然、相棒にも話していない。
勇磨は「何か知ってるらしい」と言ったが、それも本当なのか。
そして自分達が導き出した答えは、当たっているのか。
「きっと、大丈夫なんじゃないか?」
「え?」
互いが秘密にしている事は、一つに繋がっているとは知らずに。
「…そうね。あたし達も居るんだし」
「そうだろ?」
「あたし、黙って見守るのは性に合わないんだけど」
「ハハハ。蔵間なら出来るさ」
「そこは、『みーこなら出来るぞ』って言って欲しいわね」
「仕事中はそう呼んじゃ駄目だって、お互い決めたじゃないか。仕事終わって帰ってからにしよう」
「やった♪今夜も手伝うから、美味しいモノ沢山作ってよね!」
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