星々を結ぶ絆
「和泉先輩、システムがシグナルを受信しました!」
「何処から?」
「発信は夢の森署。第五隊からですの」
所変わり、ここは大田区第二城南島の第二特警隊。
管制ブースに座っていた隊員から、報告が入った。
「先輩から…?」
見れば、待機中になっている運用システム《シュテルンビルド》でリンクラインのランプが点滅している。
オレンジに光るそれは、他隊からの『データ共有申請』を意味していた。
モニターにも「送信先:第五」と書かれたアイコンが点滅している。
電話を切って一時間も経っていないのに、と和泉は怪訝な顔をする。
が、直ぐにピンと来た。
「リンク承諾!待機(スリープ)解除してユニゾン開始」
「はい」
「それと野原警部補へ連絡を」
「了解ですの!」
デスクから立ち上がり、指示を出す。
その間にも思考を巡らせ、手早く次へ駒を進める決断を下していく。
「回線維持、第一隊へシグナル発信。承諾を確認後、ユニゾンエリアを『拡大(ワイド)1』へ」
「はい!」
「小暮君は佐野課長に連絡、至急呼び戻して下さい」
「了解であります!」
「副隊長二人と篠原君は、捜査班と城南署の刑事課と生活安全課から、それぞれ情報収集を頼みます」
「了解」
「任せろ」
「はーい」
隊員達も立ち上がり、支援体制を作っていく。
これで新たなデータも、早く共有が出来るだろう。
「第五隊と、お電話繋がりましたの」
「有難う加奈恵ちゃん」
和泉は自分のデスクに置かれた電話の受話器を取った。
「和泉です」
『早い承諾、感謝だ。第一ともリンク張ったのか』
「はい、発端は彼らでしたから。上がってない情報とか、まだありそうな気がして」
『成程な。でもまた、風杜さんに嫌がられるんじゃないか?』
「それは覚悟の上です。大体、第一隊が悪いと先輩も思いませんか?」
『お前も言うなぁ』
「見た目からしておかしな連中ですよ?怪しんで聴取だ何某だって拘束してくれたなら、こんな事にはなりませんでした」
『…くれぐれも穏便に』
「解ってます」
彼女に同意を求められた時、恐らく野原は苦笑したかった事だろう。
第一の長と折り合いが悪い和泉なのに、こんなに突っかかっているのだから。
いつもは「和が乱れる」と気にして、本部長室以外は本部にも第一にも顔を出さない彼女が。
「エリアをワイドに切り替えたので、本部にもアラームが飛んだ筈です。これで、即時対応が出来るかと」
『ん。良い判断だ』
「有難うございます。第五が少しでも楽に完遂出来るよう、支援させてください」
声の間に、受話器の向こう側の慌しさが聞こえる。
こちらも決して暇ではないが、それでも「大丈夫だろうか」と心配してしまう。
後遺症の残る身体で、無理をしていないだろうかと。
傍に居られないという、距離のもどかしさもある。
しかし。
いざとなれば、和泉には隊を率いて援護に出る覚悟が、準備がある。
それは今回も同じだった。
野原の第五特警隊でも、事は進んでいる。
高井と勇磨が情報収集に他課へ走り、御影は出動準備を行っていた。
雛も、戻ってきた正之助へ事の次第を報告中である。
「ユニゾンレベルをアラートにするには、ちょっと大袈裟か?」
『私もそうかとは思ったんですけど、一応検討をお願いしようと思って。本部でやってもらえば、文句言われませんよね』
「あぁ。でも、試験運用のチャンスだと思えば良い」
『それは解かっているのですが…』
「そうだったな。よし、第五(こっち)で変えてみよう」
野原は考えを閃くと、送話口を手で押さえた。
「葉月、ユニゾンレベルを緊急(アラート)へ変更。全体リンクに切り替えて、ありったけの情報を引き出せ」
「え…りょ、了解!」
リアルタイムのユニゾンレベルは、システム起動後初の五隊全体へと移行した。
これで残り二隊の管制システムにも、緊急のシグナルが発信される。
アラートシグナルを受信した場合、リンク承諾は必須の決まりだ。
ユニゾン中の隊のシステムも、自動的に全体規模へと切り替わる仕組みになっていた。
「運用変更、成功だ。現在応答待機中」
『有難うございます。こっちで捕まえた奴も、罪名切り替えてもう一回調書取ってもらいますね』
「そうだな。何か自白する(うたう)かも知れない」
この二人の判断が引き金となって、特警隊の独自ネットワークはその機能をフルに発揮した。
更に各部での情報を集め一つにまとめれば、犯人の影を即座に追える。
先駆隊が準備室設立時、真っ先に作り上げたかったこのシステムは、やっとその花を咲かせ輝いている。
「お爺ちゃん。これも父さん達が、先駆隊が作りたかったものなんだよね?」
「そうだよ。隔たり無く繋がるシステムと、それを良い方向へ使ってくれる仲間達を育てたかったんだ」
「システムと仲間を育てる…。格好良いね」
「そうだとも。特警隊は準備室時代から、イケてて格好良かったんだぞー♪」
「もう、お爺ちゃんったら…」
その一連の作業を、雛と戻ってきたばかりの正之助は熱い眼差しで見つめている。
受話器を置いた野原も、二人の後ろ姿を見ていた。
システムの確立から僅か数分で、犯人の詳細が割れた。
高井が刑事課で入手した情報は正解で、本庁の捜査チームが既に動いているらしい。
じきに正式な出動要請も下るだろう。
「今回も早いな。実に感心だ」
正之助はそう言いながら、今後の統括指揮のイメージを作っている。
「課長。これで我々も、いつでも出られると思います」
「うむ。署でのユニゾン作業は、私が引き継ごう」
課長といえども、システムの操作はちゃんと研修済みである。
正之助は現在のものが完成するのに協力していたし、葉月よりも内情を詳しく知っていた。
年の功もあるが、「頭も柔らかい方だ」と自ら語っている程だ。
「宜しくお願いします」
「なぁに、ちょっとした裏技も知ってるんだ。任せなさい」
「裏技なんてあるんですか?」
「え、野原君知らないの?お嬢に聞かなかった?」
「アイツが何か知ってるんですか?」
正之助は意気揚々と自分の警察手帳をシステムにスキャンさせ、IDを入力した。
そして、ブースに座って指をポキポキ鳴らすなり手早くパスワードを入れ、別の回線を張り始める。
「これで、統括指揮もラクになるってもんだ♪」
「これって特殊回線じゃないですか。本当に裏技だ、こんなのを和泉も知ってると?」
「うん。前に星の宮銀行の事件があったろう、あの時お嬢はこの回線使ってたよ。《スピカコード》使った通信が来てたろう?」
「来てました。アイツ、こんな事いつの間に…!」
野原の脳内に、和泉が一人でカタカタと端末を操作しながら簡単そうに扱っている姿が思い浮かぶ。
その顔は難しそうなのか、はたまたニヤリと笑っているのか…
彼女へ伝授したのは恐らく、準備室時代の室長である。
それらを考えると、羨ましさと生意気で小憎らしさが溢れてくるではないか。
「自分も、もっと率先して教わりにいくべきだった」と、今さながら後悔した。
「回線確保まで手順も短くなったし、何より処理が早いよ。今のシュテルンビルドは、随分とお利口さんだなぁ」
「各署の刑事課と…本庁の捜査支援とのリンクですね。緊急警報も鳴らさずに、そんな事出来たんですか」
「お前さんのIDコードなら使えるだろ。覚えておきなさい」
何やらゴニョゴニョと、楽しそうに野原へレクチャーし始めた。
「雛。課長ってスゴイ爺ちゃんだな」
「良く分かんないけど、昔取った杵柄なんだって」
それが先駆隊メンバーの話だと雛は解かっていたが、難しい事は解らない。
システムの事は、更にサッパリ分からない。
エヘヘと誤魔化した。
「ウチのジジイ共と気が合いそうで怖い」
「勇磨のお爺ちゃんかぁ。どういう人なの?」
「実家は親族経営だからジジイとその兄弟とか、全員揃ってるんだ。奴らもこういうの強くて、将来合わせるのが怖い」
「将来…?」
「あ!いや、何でもない」
「?」
「ちょっと志原。アンタも弾のチョイスくらい、自分でしなさいよ」
「あぁ?」
後ろで御影が武器の最終チェックをしつつ、ぼやいている。
「いつものだけで良い」
「何言ってんの、相手はストーカー紛いのテロシンパじゃない。派手にお灸据えてやるわよ」
燃えているのが怒りなのか正義なのか、それとも趣味なのか。
雛には判断が付きかねた。
「ねっ、雛?」
「え?」
(そんな、同意を求められても…)
常識ある者の返答を求め、雛の目が泳ぐ。
が、御影の相棒は『聞かなかった』事にして、装備の確認をしていた。
…困った。
ここは一人、ポソポソ呟いてみる。
「あんまり荒っぽい事すると、後が面倒にならないかな」
「そうね…。じゃ、あたしもいつものにしとこうかしら」
御影の「いつもの」は、あの恐怖の《腐ったトマト弾》がもれなく含まれている。
駄目だこりゃ、と思うしかない。
愛想笑いに溜息が混じった、その時である。
出動要請を寄越したのは、特警隊本部より本庁管制センターの指令台が先であった。
『──警視庁より入電。通称《第二夢の森再開発地区》にて、集団による器物損壊事件発生。第五特警隊への出動要請…』
「ほら、お呼びがかかった!」
「蔵間…。嬉しそうなのは、お前だけだ」
「本庁受令台より、詳細データを受信!」
「葉月巡査、課長権限により許可する。全データ受信とスターシーカー起動、サテライトとリンク強化」
「マップは届いたか?」
「届きました。スターシーカー待機(スリープ)解除、そちらへマップ出します」
壁に備え付けられたモニターに電源が入り、マップが映し出された。
現場は、夢の森署がある第一夢の森と隣接する埋立地。
夢の森署からのルートが浅黄色の線で表示されるが、赤枠で囲まれた現場へ真っすぐ行ける道がない。
「本庁サテライトシステムとリンク強化中。現場周辺の人員とPC(パトカー)、GPSサーチ更新始まりました」
「うんうん、絶好調だね。我々の道中はそういかなさそうだけど…」
「当該地区は、第四夢の森橋の向こうです。仮橋は車両の通行が出来ないので、第三橋から迂回になりますね」
「面倒な所を選びやがる。さて、どう規制したら良いものか…と」
野原は地図画面を見ながら、手元の端末で非常線の設定案を練っていた。
それも第二隊と繋がっていて、過去の類似事件を例に挙げながらアドバイスしてくれている。
知らない事件のデータが次々に現れては、類似点をピックアップしていく。
彼が苦手な他データから詳細を探して拾う作業を、城南から代わりにやってくれたのだ。
隊長権限で操作されているから、和泉の直接介入という事が判る。
野原にはまるで、彼女の祈りまでもが聞こえてくるように感じた。
《──野原先輩、第五隊の皆さん。どうか無事に解決して、笑顔で帰れますように──》
(和泉……。有難う)
「海側から上陸したみたいですね」
「だな。ピースソウルは船も持っている」
葉月がモニターを見る。
雛達もその前に集まり、状況を把握した。
ヘリによる空撮動画も表示される。
「奴(やっこ)さん達、とうとう頭を出したな」
「陽動でしょうけどね」
「懲りない連中だね…」
正之助が、管制ブースから野原のデスクの前まで戻ってきた。
長二人は出動を渋る。
挑発や陽動と判りきっていても出なければならない定めだ。
「工事現場の人達、大丈夫かな」
「避難経路を連中が塞いでない事を祈るしかないな」
「ヤバいじゃない。そんなトコ押さえられたら、人質にされちゃうわよ」
「頼む野原君、出てくれ。人的被害まで及ばない内に」
「はい」
苦渋の選択なのは、隊員達も理解している。
顔を上げた長は、正之助を含めた一同の顔を見渡す。
「隊長。さっさと行って、済ませてきましょう」
「お灸据えてやらなくちゃ!」
「蔵間の言う通りッスよ」
「先駆隊が作ってくれたシステムが、僕達を支えてくれてます」
「今回も無事に解決出来そうです。ね、隊長?」
皆の自信溢れる表情。
雛の微笑みは、亡くなった二人を思い出させる。
傍で見守ってくれているように感じた。
そして第二隊でも、和泉と仲間達が力を貸してくれている。
他の隊も広域支援の部署も、「助ける」と応えてくれた。
同じく臨場せずとも、支援する方法は様々存在しているのだ。
星々の導きは、進むべき道を照らし励ましてくれる。
野原は心を決めた。
「突入班、各自準備はもう出来てるな?」
「はい」
「詳細は見ての通りだ、第五特警隊突入班は直ちに出動する」
「了解!」
「何処から?」
「発信は夢の森署。第五隊からですの」
所変わり、ここは大田区第二城南島の第二特警隊。
管制ブースに座っていた隊員から、報告が入った。
「先輩から…?」
見れば、待機中になっている運用システム《シュテルンビルド》でリンクラインのランプが点滅している。
オレンジに光るそれは、他隊からの『データ共有申請』を意味していた。
モニターにも「送信先:第五」と書かれたアイコンが点滅している。
電話を切って一時間も経っていないのに、と和泉は怪訝な顔をする。
が、直ぐにピンと来た。
「リンク承諾!待機(スリープ)解除してユニゾン開始」
「はい」
「それと野原警部補へ連絡を」
「了解ですの!」
デスクから立ち上がり、指示を出す。
その間にも思考を巡らせ、手早く次へ駒を進める決断を下していく。
「回線維持、第一隊へシグナル発信。承諾を確認後、ユニゾンエリアを『拡大(ワイド)1』へ」
「はい!」
「小暮君は佐野課長に連絡、至急呼び戻して下さい」
「了解であります!」
「副隊長二人と篠原君は、捜査班と城南署の刑事課と生活安全課から、それぞれ情報収集を頼みます」
「了解」
「任せろ」
「はーい」
隊員達も立ち上がり、支援体制を作っていく。
これで新たなデータも、早く共有が出来るだろう。
「第五隊と、お電話繋がりましたの」
「有難う加奈恵ちゃん」
和泉は自分のデスクに置かれた電話の受話器を取った。
「和泉です」
『早い承諾、感謝だ。第一ともリンク張ったのか』
「はい、発端は彼らでしたから。上がってない情報とか、まだありそうな気がして」
『成程な。でもまた、風杜さんに嫌がられるんじゃないか?』
「それは覚悟の上です。大体、第一隊が悪いと先輩も思いませんか?」
『お前も言うなぁ』
「見た目からしておかしな連中ですよ?怪しんで聴取だ何某だって拘束してくれたなら、こんな事にはなりませんでした」
『…くれぐれも穏便に』
「解ってます」
彼女に同意を求められた時、恐らく野原は苦笑したかった事だろう。
第一の長と折り合いが悪い和泉なのに、こんなに突っかかっているのだから。
いつもは「和が乱れる」と気にして、本部長室以外は本部にも第一にも顔を出さない彼女が。
「エリアをワイドに切り替えたので、本部にもアラームが飛んだ筈です。これで、即時対応が出来るかと」
『ん。良い判断だ』
「有難うございます。第五が少しでも楽に完遂出来るよう、支援させてください」
声の間に、受話器の向こう側の慌しさが聞こえる。
こちらも決して暇ではないが、それでも「大丈夫だろうか」と心配してしまう。
後遺症の残る身体で、無理をしていないだろうかと。
傍に居られないという、距離のもどかしさもある。
しかし。
いざとなれば、和泉には隊を率いて援護に出る覚悟が、準備がある。
それは今回も同じだった。
野原の第五特警隊でも、事は進んでいる。
高井と勇磨が情報収集に他課へ走り、御影は出動準備を行っていた。
雛も、戻ってきた正之助へ事の次第を報告中である。
「ユニゾンレベルをアラートにするには、ちょっと大袈裟か?」
『私もそうかとは思ったんですけど、一応検討をお願いしようと思って。本部でやってもらえば、文句言われませんよね』
「あぁ。でも、試験運用のチャンスだと思えば良い」
『それは解かっているのですが…』
「そうだったな。よし、第五(こっち)で変えてみよう」
野原は考えを閃くと、送話口を手で押さえた。
「葉月、ユニゾンレベルを緊急(アラート)へ変更。全体リンクに切り替えて、ありったけの情報を引き出せ」
「え…りょ、了解!」
リアルタイムのユニゾンレベルは、システム起動後初の五隊全体へと移行した。
これで残り二隊の管制システムにも、緊急のシグナルが発信される。
アラートシグナルを受信した場合、リンク承諾は必須の決まりだ。
ユニゾン中の隊のシステムも、自動的に全体規模へと切り替わる仕組みになっていた。
「運用変更、成功だ。現在応答待機中」
『有難うございます。こっちで捕まえた奴も、罪名切り替えてもう一回調書取ってもらいますね』
「そうだな。何か自白する(うたう)かも知れない」
この二人の判断が引き金となって、特警隊の独自ネットワークはその機能をフルに発揮した。
更に各部での情報を集め一つにまとめれば、犯人の影を即座に追える。
先駆隊が準備室設立時、真っ先に作り上げたかったこのシステムは、やっとその花を咲かせ輝いている。
「お爺ちゃん。これも父さん達が、先駆隊が作りたかったものなんだよね?」
「そうだよ。隔たり無く繋がるシステムと、それを良い方向へ使ってくれる仲間達を育てたかったんだ」
「システムと仲間を育てる…。格好良いね」
「そうだとも。特警隊は準備室時代から、イケてて格好良かったんだぞー♪」
「もう、お爺ちゃんったら…」
その一連の作業を、雛と戻ってきたばかりの正之助は熱い眼差しで見つめている。
受話器を置いた野原も、二人の後ろ姿を見ていた。
システムの確立から僅か数分で、犯人の詳細が割れた。
高井が刑事課で入手した情報は正解で、本庁の捜査チームが既に動いているらしい。
じきに正式な出動要請も下るだろう。
「今回も早いな。実に感心だ」
正之助はそう言いながら、今後の統括指揮のイメージを作っている。
「課長。これで我々も、いつでも出られると思います」
「うむ。署でのユニゾン作業は、私が引き継ごう」
課長といえども、システムの操作はちゃんと研修済みである。
正之助は現在のものが完成するのに協力していたし、葉月よりも内情を詳しく知っていた。
年の功もあるが、「頭も柔らかい方だ」と自ら語っている程だ。
「宜しくお願いします」
「なぁに、ちょっとした裏技も知ってるんだ。任せなさい」
「裏技なんてあるんですか?」
「え、野原君知らないの?お嬢に聞かなかった?」
「アイツが何か知ってるんですか?」
正之助は意気揚々と自分の警察手帳をシステムにスキャンさせ、IDを入力した。
そして、ブースに座って指をポキポキ鳴らすなり手早くパスワードを入れ、別の回線を張り始める。
「これで、統括指揮もラクになるってもんだ♪」
「これって特殊回線じゃないですか。本当に裏技だ、こんなのを和泉も知ってると?」
「うん。前に星の宮銀行の事件があったろう、あの時お嬢はこの回線使ってたよ。《スピカコード》使った通信が来てたろう?」
「来てました。アイツ、こんな事いつの間に…!」
野原の脳内に、和泉が一人でカタカタと端末を操作しながら簡単そうに扱っている姿が思い浮かぶ。
その顔は難しそうなのか、はたまたニヤリと笑っているのか…
彼女へ伝授したのは恐らく、準備室時代の室長である。
それらを考えると、羨ましさと生意気で小憎らしさが溢れてくるではないか。
「自分も、もっと率先して教わりにいくべきだった」と、今さながら後悔した。
「回線確保まで手順も短くなったし、何より処理が早いよ。今のシュテルンビルドは、随分とお利口さんだなぁ」
「各署の刑事課と…本庁の捜査支援とのリンクですね。緊急警報も鳴らさずに、そんな事出来たんですか」
「お前さんのIDコードなら使えるだろ。覚えておきなさい」
何やらゴニョゴニョと、楽しそうに野原へレクチャーし始めた。
「雛。課長ってスゴイ爺ちゃんだな」
「良く分かんないけど、昔取った杵柄なんだって」
それが先駆隊メンバーの話だと雛は解かっていたが、難しい事は解らない。
システムの事は、更にサッパリ分からない。
エヘヘと誤魔化した。
「ウチのジジイ共と気が合いそうで怖い」
「勇磨のお爺ちゃんかぁ。どういう人なの?」
「実家は親族経営だからジジイとその兄弟とか、全員揃ってるんだ。奴らもこういうの強くて、将来合わせるのが怖い」
「将来…?」
「あ!いや、何でもない」
「?」
「ちょっと志原。アンタも弾のチョイスくらい、自分でしなさいよ」
「あぁ?」
後ろで御影が武器の最終チェックをしつつ、ぼやいている。
「いつものだけで良い」
「何言ってんの、相手はストーカー紛いのテロシンパじゃない。派手にお灸据えてやるわよ」
燃えているのが怒りなのか正義なのか、それとも趣味なのか。
雛には判断が付きかねた。
「ねっ、雛?」
「え?」
(そんな、同意を求められても…)
常識ある者の返答を求め、雛の目が泳ぐ。
が、御影の相棒は『聞かなかった』事にして、装備の確認をしていた。
…困った。
ここは一人、ポソポソ呟いてみる。
「あんまり荒っぽい事すると、後が面倒にならないかな」
「そうね…。じゃ、あたしもいつものにしとこうかしら」
御影の「いつもの」は、あの恐怖の《腐ったトマト弾》がもれなく含まれている。
駄目だこりゃ、と思うしかない。
愛想笑いに溜息が混じった、その時である。
出動要請を寄越したのは、特警隊本部より本庁管制センターの指令台が先であった。
『──警視庁より入電。通称《第二夢の森再開発地区》にて、集団による器物損壊事件発生。第五特警隊への出動要請…』
「ほら、お呼びがかかった!」
「蔵間…。嬉しそうなのは、お前だけだ」
「本庁受令台より、詳細データを受信!」
「葉月巡査、課長権限により許可する。全データ受信とスターシーカー起動、サテライトとリンク強化」
「マップは届いたか?」
「届きました。スターシーカー待機(スリープ)解除、そちらへマップ出します」
壁に備え付けられたモニターに電源が入り、マップが映し出された。
現場は、夢の森署がある第一夢の森と隣接する埋立地。
夢の森署からのルートが浅黄色の線で表示されるが、赤枠で囲まれた現場へ真っすぐ行ける道がない。
「本庁サテライトシステムとリンク強化中。現場周辺の人員とPC(パトカー)、GPSサーチ更新始まりました」
「うんうん、絶好調だね。我々の道中はそういかなさそうだけど…」
「当該地区は、第四夢の森橋の向こうです。仮橋は車両の通行が出来ないので、第三橋から迂回になりますね」
「面倒な所を選びやがる。さて、どう規制したら良いものか…と」
野原は地図画面を見ながら、手元の端末で非常線の設定案を練っていた。
それも第二隊と繋がっていて、過去の類似事件を例に挙げながらアドバイスしてくれている。
知らない事件のデータが次々に現れては、類似点をピックアップしていく。
彼が苦手な他データから詳細を探して拾う作業を、城南から代わりにやってくれたのだ。
隊長権限で操作されているから、和泉の直接介入という事が判る。
野原にはまるで、彼女の祈りまでもが聞こえてくるように感じた。
《──野原先輩、第五隊の皆さん。どうか無事に解決して、笑顔で帰れますように──》
(和泉……。有難う)
「海側から上陸したみたいですね」
「だな。ピースソウルは船も持っている」
葉月がモニターを見る。
雛達もその前に集まり、状況を把握した。
ヘリによる空撮動画も表示される。
「奴(やっこ)さん達、とうとう頭を出したな」
「陽動でしょうけどね」
「懲りない連中だね…」
正之助が、管制ブースから野原のデスクの前まで戻ってきた。
長二人は出動を渋る。
挑発や陽動と判りきっていても出なければならない定めだ。
「工事現場の人達、大丈夫かな」
「避難経路を連中が塞いでない事を祈るしかないな」
「ヤバいじゃない。そんなトコ押さえられたら、人質にされちゃうわよ」
「頼む野原君、出てくれ。人的被害まで及ばない内に」
「はい」
苦渋の選択なのは、隊員達も理解している。
顔を上げた長は、正之助を含めた一同の顔を見渡す。
「隊長。さっさと行って、済ませてきましょう」
「お灸据えてやらなくちゃ!」
「蔵間の言う通りッスよ」
「先駆隊が作ってくれたシステムが、僕達を支えてくれてます」
「今回も無事に解決出来そうです。ね、隊長?」
皆の自信溢れる表情。
雛の微笑みは、亡くなった二人を思い出させる。
傍で見守ってくれているように感じた。
そして第二隊でも、和泉と仲間達が力を貸してくれている。
他の隊も広域支援の部署も、「助ける」と応えてくれた。
同じく臨場せずとも、支援する方法は様々存在しているのだ。
星々の導きは、進むべき道を照らし励ましてくれる。
野原は心を決めた。
「突入班、各自準備はもう出来てるな?」
「はい」
「詳細は見ての通りだ、第五特警隊突入班は直ちに出動する」
「了解!」
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