星々を結ぶ絆

 始まりはまた、一本の電話であった。
かけてきたのは、城南にある第二特警隊の隊長・和泉。
夢の森の第五隊と唯一親睦が深いところから、先輩への忠告である。

第五隊で受話器を取ったのは、丁度良い事に彼女の先輩である野原。
デスクワーク中だった彼は手を伸ばし、受話器を取ろうとして一瞬だけ躊躇する。
固定電話の液晶が表示する『第二特警隊』の文字に眉を顰め、その後の第一声で皴が増えた。

「──はい。第五隊」
『野原先輩ですね。どうも、出来の悪い後輩です』
「おう和泉か。今回はどうした?」
『棒読みじゃないですか。ちょっと悲しいな…』
「気にするな。用件は?」

今回は裏工作無しで、普通に特警隊長としての電話である。
それでも野原は警戒したらしく、第一声のトーンでうっすら感じ取れた。
和泉には心外だが、今はそれどころではない。
一拍置いて肝心の内容に入った。

『単刀直入にお伺いします。先輩のところへ、雑誌の記者が面会に来ませんでした?』
「あれか。今朝来たらしいんだが、俺達は巡回中で忙しいって課長が取材断ってくれた」
『やっぱり。そいつ、昨日第二隊(ウチ)に来たんですよ』

大きな事件を抱える部署が、マスコミの記者やテレビリポーターに追い掛けられる。
良くある話だ。
ましてや、彼らは扱いが特殊な実験部隊であった。
その活躍は何処もこぞって、「是非書き上げたい」と躍起になっている。
…ほとんどが揶揄された内容だが。
普通なら、わざわざ電話までして話題にする事はない。

『ウチも巡回警邏直前に来たんで断ったら、巡回どころか出動まで後付いて回られて。参りましたよ』
「それって公妨(こうぼう)使えるだろ。ちゃんと怒ったのか?」
『勿論。佐野さんが出てくれました。一番酷いのは、その場で現逮(げんたい)したんですけど…』

パトカーの出動妨害までやりだす始末に、留守番役だった第二隊の課長はとうとう灸を据えたのだ。
主犯の自称記者は、公務執行妨害罪で現行犯逮捕となった。

『残りのメンバーは、きっと一番新しい先輩のトコに行くんじゃないかと思って』
「それでか。俺達は帰還中だったから、多分気付かなかったんだろう」
『足立と八王子には別の取材班が行ったらしいんですが、あっちは非番と教導中でパッとしなかったんだと思って』
「第四は非番でツイてたな。本庁の第一は本隊やSATが絡んでる、当然許可は下りんし」

お互い大変だ、と野原は溜息を漏らした。
和泉も同意している。

『これからが暫く大変だと思います。どんな手遣って邪魔してくるか判らないので、気を付けて下さいね』
「ん。わざわざすまないな」
『いいえ。これは、私の勝手なお節介ですから』
「何言ってんだ。これも『大事な連携』なんだろう?」

いつもは揶揄の言葉が、真っ先に出てくる。
本当は、先輩として心配もしている。
彼女の職務や積極的な組織作りの頑張りは、同僚としても評価してきた。
それも甘やかしての高評価ではない。
先程眉を顰めた理由も、第二隊が大変な事に巻き込まれていないか、和泉が無理をしていないか心配だった所為だ。
いつも彼女が気にかけてくれるのと同じく、野原も気にかけていた。
この二人の絆は、準備室時代からシッカリと結ばれたままなのである。

『……貴重です』
「何がだ?」
『先輩からの素直な褒め言葉、有難く頂戴しますね』
「えっ」
『嬉しいな。…では失礼します』

声に照笑いが混ざって、電話は切れた。
自分も照れたいが微笑みすら失敗した野原は、受話器を置いて呟く。

「さて。どうしたものか…」
(あんな風に『嬉しい』なんて言われると…。こういうところが可愛過ぎて困るんだよな、和泉は)

座り直して頬杖をついた。
懸念している事は二つ。
一つ目は、特警隊への公務執行妨害。
二つ目は、過去の未解決事件を探られる事による、今後の任務への支障。
後者については、ここは一番の関係者と遺族両方が揃っている為に、どの隊よりも目が付けられ易い。
事件については《口外無用の機密規定》があるものの、マスコミは何処から嗅ぎつけてくるか分からない。
隊員や職員達にすら、きちんと話もしていない、出来ていない状態だ。
こんな所から露呈してしまった、となれば…

(ウチのメンバーも、あれでいて結構繊細だ)

要らぬ動揺を与えてしまうのは明らかだ。
野原は中間管理職なりに、色々危惧している。

(よりにも寄って、一番痛い雑誌の記者がストーカーとは)

芸能人はおろか政治関連まで、有る事無い事書き出しては問題を引き起こしている。
三流のゴシップ雑誌だった。
記事の為なら手段は厭わない、半ば過激なテロ活動団体同然と言ったところなのか。
野原自身としても、そんな輩にクチバシを突っ込まれたくない。

「…」
(これ絶対、『何かあった』って顔だよね…)

巡回の報告書を提出しに、デスクの前まで来た雛。
上司の難しい顔に、事件の予兆を感じ取った。

「……野原隊長」
「ん?あぁ、報告書出来たのか。ご苦労さん」
「事件ですか?」

雛から書類を受け取って、野原は頷いた。
ポーカーフェイスに面倒臭さが混ざっている。
電話での会話は、最後の方の声音が優しくなっていたから、ここまで深刻そうな内容だとは思っていなかった。
きっと雛だけではなく、今オフィスに居ない他の人間も同じように捉えるだろう。

「多分、これから事件になると思う」
「これから?」

雛が首を傾げる暇もなかった。


 野原の言葉をを証明するかのように、昼の買出し班がぼやきながら帰ってきた。
勇磨は早くも怒っている。

「──何なんだ、あいつら!」
「おかえり勇磨。どうしたの?」
「どうした?」
「雑誌の記者が、ずっと僕達の後ついてきてるんですよ。気持ち悪くて」
「それだけじゃない。オレ達が何買ったとか探ってたし、巡回のルートとか全部調べまわってるんだ!」
「アポなしにしたって、これは取材の方法が強引過ぎますよ」

葉月もゲンナリしている。

「とうとう始まったか」
「隊長、奴等の事知ってたッスか!?」
「第二隊から連絡があった。同じような被害に遭って、一番酷かった奴を捕まえたと」
「公妨使ったんですか」
「当然、現逮だ。向こうの課長さんが灸を据えたらしい」
「それじゃ、オレ達も捕まえちゃいましょうよ~」

もうウンザリした勇磨に、葉月がそうだと頷く。
雛は、野原の難しい顔の理由がやっと解かった。

「第二、そんなに酷かったんですか?」
「出動妨害で現着が遅れたんだと。任務には影響しなかったらしいが、和泉がキレた」
「何処かの国のパパラッチじゃあるまいし、取材陣もやり過ぎですよね」
「オレ、第二隊の気持ちがすっげー判る。全員、和泉隊長の鉄拳食らえば良かったんだ」
「そうかもな」

野原は明後日の方向を見て、ボソッと同意した。
後輩(いずみ)の馬鹿力による《我流戦技・一撃必倒》の洗礼を受けよ、と。
ついでに「パルクールを混ぜた、ルチャリブレのプロレス技みたいなのも食らってしまえ」とも思う。
大人なので、口に出さないだけだ。

「あれ、高井さんは?」
「隊長が刑事課へお使いお願いしたんだけど。そう言えば、帰り遅いなぁ」

刑事課は、特警隊と同じ階にある。
資料を借りて帰ってくるだけの道程の筈なのに、帰りが遅かった。
高井は道草するような人物ではない。

「野原隊長ぉっ!!」
「隊長!」

話をすれば、当の本人と相棒の御影がバタバタと戻ってきた。
片眉を上げて、野原は敢えてのんびりと答える。

「どうした。二人揃って」
「…」
「高井さん、お先にどうぞ」

二人は目を合わせたが、御影が先を譲った。

「刑事課で聞いたんですけど、『雑誌の記者が、不審に隊の事を色々嗅ぎ回ってる』と」
「それっ!あたしも、本庁の同期から同じ事聞いたのよ」

とうとう、第五隊全体へ弊害が出始めた。

「そうか」
「あたしと志原が何開発してるとか、どんな材料を発注したとか色々聞き回ってるって。装備開発課の同期が教えてくれたんです」
「自分が刑事課で聞いたのは、嗅ぎ回ってる取材陣の中に、本庁がマークしている環境保護団体のシンパがいるらしいと言う事です」
「そりゃマズイ。『ピ-スソウル』だろ?」

野原は立ち上がる。
先程の電話にはなかったキーワードが出てきて、事態は更に面倒臭い事となったようだ。

「はい。雑誌のウェブ版を管理している下請け社員の一人なんですが、記事で得た情報を団体へ垂れ流しにしていたらしいです」
「参ったな。…葉月、急いで本庁から先週のピースソウル関連事案のデータ収集」
「了解です」
「高井は課長に連絡取って、帰隊してもらえ」
「はい」

葉月は管制ブースのパソコンを新たに起動させ、手早く情報を引き出していく。
高井も、急いで携帯電話へ連絡を入れる。
急に隊内が慌しくなった。

「隊長、何が大変なんですか?」

御影が何事かと、怪訝な顔をしている。
ただの『記者による公務執行妨害騒動』かと思っていたら、何か重大な事が隠れていたらしい。

「隊長、ダウンロード完了です」
「どれどれ…」

野原は報告書のファイルを開き、目を通していく。

「やっぱりな」
「何が『やっぱり』なんですか?」
「葉月。これらを会議用モニターへ表示」
「了解です」

システム用の大型モニターに、様々なデータが映りだした。
隊員達が一斉に注目する。

「皆、モニターに注目」
「過激デモと、政治家傷害未遂事件?」
「…これって、先週本庁で問題になったってお爺ちゃんが言ってた事件だ」
「本当か、雛!?」
「うん」

正之助は登庁した際に知ったらしい。
かつての同僚も、各方面で動いていると心配していた。

「このピースソウルってのは、例のテロリスト集団と裏で手を組んでる。我々の情報を集めてるのは、その所為だろうな」
「討伐軍にぃ!?」
「厄介じゃないですか!?」

勇磨と御影が絶句する横で、雛は静かに拳をきつく握った。
悪魂(あこん)討伐軍は彼女にとって、忘れもしない宿敵だ。
例え自分達の事を知り尽くされても、戦わなければならない。
いや、必ず捕まえる。

「課長と連絡取れました。急いで戻ってくれるそうです」
「良し。これで本部から出動許可が下りれば、ウチで一掃出来るぞ」
「これだけの証拠と被害があれば、十分動けるでしょうね」

野原は短く頷いて、指示を下す。

「そういう事で。高井と志原と蔵間は、聞いて来た詳細を葉月へ説明しろ」
「了解!」
「友江は、葉月と一緒に調書作成。監督役の捜査班には、俺から連絡して連携取らせる」
「はい」
「葉月は弊害事案がまとまったら、本部へ報告。それと、第二とのデータ回線をオープン」
「情報支援要請を出しました。データリンクシステム起動中、第二隊との共有(ユニゾン)待機」
「ん。これで和泉にも情報が行くぞ」
「…隊長、嬉しそう」
「ん?」
「な、何でもないです!」

雛の呟きは聞こえている。
そんなに活き活きしていたかと、野原は頭を掻いた。
雛達の仕事の出来と比べているつもりは全くない。
ただ少しだけ、図星なだけである。

第二へ情報を飛ばせば、彼女が必ず応えてくれる。
野原が指揮だけで大変になっても、心強い支援で助けてくれるのだ。
彼も含めて、全員が任務を完遂し無事に帰れるように──
先輩として教えを与える立場なのに、実際は逆に頼ってしまっているではないか。
和泉の優しさと導きが、現在(いま)の彼の道標となっている。

また一つ、彼らが対峙する事件が動き出した。
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