星辰より顕現す

 海風が朝靄を運ぶ、日の出頃。
和泉は、夢の森署内で行われた事後会議から解放された。
正之助に挨拶すると課長室から退出し、書類のケースを片手に我慢していた欠伸を一つ。

「朝になっちゃったな」

会議とはいえ、実際は先駆隊残党オンリーの反省会みたいな内容なので、佐野は参加していない。
ついでに大きく背を逸らした。

「ふぁぁ…。帰っても、すぐに寝れないのか」

長は出動後の後片付けも、色々と大変なのだ。
今回は自分を含めた隊員の負傷が無かったので、もう一手間はかからないで済んだ。
但し、長めになりそうなメディカルチェックが待っている。
ほぼ徹夜での仕事を続けている所為で、ここ最近の検査結果も芳しくない。
諦めて廊下を歩きだしたところで、後ろからの声に足が止まった。

「あれ?和泉隊長?」

ふり返ると、開発室から戻ってきた雛が居た。
次いで、御影と勇磨が追いかけてくる。

「皆さんお疲れ様です」
「和泉隊長の方こそ、大変お疲れさまでした」
「雛に聞きましたよ。凄い打撃だったって!」
「え?…いや、恥ずかしい」

雛は、どういう説明をしたのだろうか…
幼少の頃から、『褒められる』という行為に慣れていない和泉。
こんな風に、自分に関する話題を振られるのは苦手だ。

「コンパネが無かったら、犯人の奴もっとぶっ飛んで気絶してたッスよ」
「うわー!あたしも見たかったわ、その場面」
「――関わらない方が、身の為だ」

いつの間にか、野原が廊下に出ていたではないか。
早速、天邪鬼の好評が始まった。

「野原先輩…」
「こいつは隊の戦技披露会で、第四隊長と試合して脳震盪起こさせた奴だ」
「ええっ!?」
「うわぁ…」

思い出したくないし、口外されたくもない新たな過去が露呈した。
このままでは、味方にまで害をもたらす悪魔ではないか。
…疫病神とは謂われてきたが。

「違いますよ!あれは向こうが受身取ろうとして失敗して、コケて後頭部打っただけなんですから!!」
「あれは一方的な血戦だろ。それで八王子の連中が、今でもお前を恐れているのは紛れも無い事実だ」
「それは」
「《馬鹿力のお光》は、やがて特警隊全てで恐れられる魔王並になりましたとさ」
「めでたくないですよ。そのせいで、第四とは未だギクシャクしてるんですから」

実際は、云う程ではないが…
第四隊長と会う度に、どちらともなく自然とそのエピソードが思い出されてしまい、互いに居心地が悪くなってしまうのだ。
それが隊員達へ伝染し、結果として空気までもがぎこちなくなる。

「へぇ…。魔王なら、武器の改造やり過ぎる蔵間も負けないよな」
「どうかしらねぇ、志原?」

御影の眼鏡が、一瞬不吉に光った。
勇磨が武者震いするところまで、バッチリ見てしまった和泉。
小声で肯定する雛も、被害者の一人として言いたいところがあったようだ。

「…でも、《腐ったトマト弾》とか、それの+αとか」
「何か言った?」

勇磨に威嚇して揶揄を楽しんでいる御影は、それだけは聞いていなかったらしい。

「う、ううん、別に?」
「先輩。余計な事吹き込んだら、本当に怒りますよ」
「はいハイ。後でちゃんとした武勇伝も聞かせるから」
「そういう事言ってるんじゃないんですが」
「…可愛いかったり凛々しいところ、俺の後輩の自慢は沢山ある」
「止めてください!」

和泉は野原を牽制するが、先輩はどこ吹く風といった感じである。
自分が馬鹿にされる事自体は別に構わないが、その所為で任務中の大事な場面に支障が起こる事を危惧しているのだ。
部下にかつて「貴女の指揮には従わない」と現場で言われた事が、起こった出来事が…
彼女自身の中で、こんなに長く尾を引いているとは。
しかし、それに気付かれるのも困る。
ここは別な話を振って、誤魔化すしかない。


 一階の正面玄関までの短い道程を、五人は話しながらゆっくりと歩く。
御影の話だと、山崎と高井のコンビネーションも良かったようだ。
先攻を力の強い高井に任せ、後に続く御影の足並みとポジションを考慮して、二人のアシストに徹してくれたという。
第二隊突入班内で一番、反対派の思想が強かった山崎。
古巣へ帰る事に固執していた彼が、ここまで変わるとは――
否、自ら考え方を変えてくれた事は、正直に嬉しかった。

第二隊と第五隊との『絆』も、これで結ばれた。

「…急拵えだが、第五もそこそこ一人前になっただろう」
「そこそこなんてものじゃないですよ。まだ隊の設立から半年ちょっとしか経ってないのに、隊員達は何処もあっと言う間に立派になりました」
「最初からエリート揃いなのは、第一だけだ」
「特警隊は、元々が特殊な編成です。組織が落ち着くまで、もう少しかかると思ってましたが」

忙しく月日が流れていく中で、足りない人手や環境で立ち上がった組織は、試験的運用ながらも立派に業務をこなしている。
そこで結ばれた沢山の新たな絆達に、野原は気付いているだろうか。

「えらい変わりようだな。よく、これだけの隊員がついて来てくれるもんだ」
「本当に。雛さん達も、とても良く頑張ってくれています」
「え…」
「いやぁ…」

御影と勇磨は照れて言葉に詰まっているが、これは過大評価ではない。
雛は嬉しそうに礼を言った。

「有難うございます。…あの」
「はい?」
「あの、和泉隊長も私と同じGW(ガードウィング)型なんですよね?」
「えぇ。基本ポジションです」

今回は機能衝突しなくて良かったと、今更ながら胸を撫で下ろす。
隊長が、自らそんな事になって現場を混乱させてしまったら、面目丸潰れだけでは済まされない。

「しかも、持ってた警棒違ってましたよね?零式より太かったような…」
「は?和泉、お前――」
「はい、あれは雷迅です。本部から借りました」

野原も雷迅がどんな物なのか、試作品たるリスクの全てを熟知している。
好んで使いたがる者が居るなんて考えたくなかった。
寄りによってそれが、自分の後輩とは…

「ちょっと待て。そんなの、お前だけだ」
「雷迅って、試作品じゃないですか!?」
「本部のメンテ済ですから、大丈夫ですよ。何せ頑丈ですし」
「隊長さんだから、総指揮役のFBだと思ってたのに…」
「本来は、そうあるべきなんですけどね。それだと、GW役より先に体が動いちゃうから駄目なんです」
「こいつはお前さんと一緒で、身軽だからな。それに突撃思考だし」

突撃思考と評価されるのには、彼女なりの理由が隠されている。
だが、本部長兼後見人にしか話していないので、他の皆が知る由もない。
その一人である野原も、「まともなのは友江の方だが」と酷評を付け足した。

「私は先輩や皆さんと違って、射程や速度とかって色々計算するのが苦手ですから」
「同じだ。私も苦手なんです」
「雛さんもでしたか。…その点、GWは対象への攻撃(インパクト)を確実に決めさえすれば、後発や周囲への影響も減らせます」
「だから《一撃必倒》なんですね。それも連続運用出来るなんて、どうしたら持久力保てるんですか?」
「凄いッス!」
「すっごーい!!」
「…そう命名した記憶は、ありませんが。持久力の長さも個人差ですから、無理に伸ばすのは奨められない」

オブラートで厳重に包んだ理由だし、大体、全然凄くない。
周囲が勝手に呼んでいるようだが、一撃で対象が倒れない事の方が多い。
計算より感覚で動く方が得意なのは、本当だが。
自身の制圧執行には大いに役立つが、それを説明したり後に報告書へ上げるのはいつも苦しんでいる。
こんな状態でよく隊長職なんてやっていられるものだと、彼女は思う。

「そんなんで、よく特警隊で警察官続けていられるな」
「相変わらずですね。先輩は」
「俺は褒めてるつもりだ。ある意味では、尊敬に値する」
「…」

そう言って困った顔を向けてきたので、この先輩は本気で褒めていたようだ。
和泉は怒るのを止めた。
残りの反論の代わりに、溜息を一つ吐く。

「もう…。それに、SATでも総指揮取りながらフォワードやってる小隊長は居るんですよ」
「そうなんだ」
「それもスゴいわね」
「格好良いなぁ。憧れるッス」

そう言えば、野原と勇磨の二人は元々SAT志願者であった。
まだ志望は胸の内に残っているのだろうか。
いつかは離隊してしまうのだろうか、と少しだけ寂しく心配になる。

「訓練校で習ったと思いますが、『先攻の最大の利点』を追求すれば、余計にGWが私にとって理想のポジションだった訳です」
「えっと…。『相手の急所に《正確な強い一撃》だけを狙えば、対象を速やかに無力化する事が可能』ってやつッスね」
「そう。それでも『日々、改善の余地は有り』です」

勇磨が諳んじたのは、和泉も先駆隊時代に叩き込まれた訓示。
自分と仲間を守る為の、大事な基本戦法だ。

「私にとって、それが『作戦を成功させる為に必要な、自分の強い部分』なのだと思っています」
「成程。確かにそれは大事だ」
「三人にも、それぞれの強い部分が必ずあります。それに驕っちゃいけませんが、磨き続けるのは忘れないで下さいね」
「はい!」
「頑張ります!」

勉強になると、真剣に聞いていた雛達は、元気良く返事をした。
野原は「やれやれ」といった感じで、何となく後輩の顔を覗く。

「…大切なものを守る為に、か」
「えぇ。私達は更に、導く為に」

雛達を見守るような微笑みから、ふと真顔に変わった和泉。
一瞬だけ目を閉じて、それから野原を見つめ返す。
彼女の言葉は、かつての仲間達が自分へ送った言葉。
秘めた思いは、本心は、それに込められている。
しかし彼の数本寄った皺と困惑する目線は、真意を解りかねて戸惑っている証拠。
――少し悲しいが、今はそれでも良い。

「それじゃ、私も帰りますね。お疲れ様でした」
「ん。気を付けてな」
「また一緒に、お茶しましょうね!」
「はい」

穏やかな表情を繕って敬礼を交わし、和泉は彼らと別れた。


 玄関前の屋外駐車場にも、赤い朝日が差し込んでいた。
指揮車に乗り込んで、エンジンをかける前に彼女は考える。
無言の車内に、シートベルトの固定される音だけが響く。

(絆は結ばれたし、彼らの気概も大丈夫。これで第二隊は、長が変わったとしても問題ないだろう)
(……残りは、私自身の問題だ)

やるべき事は山程あって、憂いに沈む暇はない。
互いに不器用な長の両隊、それでも隊員達は気持ちを汲んでくれる。
今回だって、伝えたかったものを察してくれた思う。
感謝し応える為に、これからも力を尽くさないと。
いつ「お前はもう必要ない」と宣告されても、出来るだけ後悔を残さないように。

「早く帰らなきゃ」

一人しか居ないのに、わざと声に出して気持ちを切り替えた。
佐野や仲間達が待っている。
早朝なので店はまだ開いてないから、お土産は巡回警邏の帰りにしようか。
エンジンをかけて、帰路のナビをセットする。

「さぁ、今日も頑張るぞ」

大切なものを、二度と失わない為に。
先ずは帰還早々に待っている、多量の書類作成に挑むべく。
心を奮い立たせて眠気も封じ込めながら、和泉は車を走らせた。


■『星辰より顕現す』 終■
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