星辰より顕現す
機材を収納した貨物コンテナが並ぶ、作業用通路の先。
基地内を仕切っている防火扉の前で、一旦止まる。
奥の状態と安全を確認した後、合図でを通り抜けたユニット01。
確保対象はその先に居て、警察が再び突入してきた事も既に察知していた。
「特警隊だ!無駄な抵抗は止めろ!!」
警告を発したのは、一番先に飛び出した和泉。
仁王立ちで待ち構えていたのは、一名のみ。
鉄パイプを振り回してるが、彼女にとって威嚇の意味は成さない。
「ユニット01より統括指揮へ。現時刻を以って、犯人とエンカウント!」
「罪が重くなるだけだぞ…、っと!」
エンカウント報告は、雛が送ってくれた。
武器を構えた二人は大きく回り込んで、周囲を警戒しつつ死角を狙う。
和泉は注意を自分へ向ける為、落ちていた角材を対象へ投げつける。
敢えて腰のホルダー内の警棒は抜かず、打ち返してきた物を避けた。
次いで向かってくる鉄パイプの威嚇打撃も、難なく躱す。
作戦通り、対象は和泉一人へ襲い掛かろうとして背中が空いている。
雛は「今だ」と、相棒の名を呼んで走り出した。
同時に腰のホルダーから《零式》を掴んで引き抜くと、伸縮を解く。
「勇磨っ」
相棒の斜め後ろから、ホローポイント弾を撃ち込む勇磨。
非致死性装備なので貫通する能力はないものの、鉄パイプを弾き飛ばす程の威力は持っている。
正面側の和泉も巧く離れているので、当たる心配もない。
これで、道は開けた。
「行け、雛っ!!」
雛は敏速に間合いを詰める。
落ちた得物を拾おうと伸ばした対象の腕へ、電源を入れた零式で牽制した。
正面は立ち塞がれ、死角からはいつでも放電可能な警棒と銃器を向けられて、籠城犯は怯む。
『特警2より各員へ。特警3と共に現時刻を持って、犯人二名を確保!』
「特警指揮2、了解」
時を同じくして、和泉達からは姿が見えなかった二名の対象が確保された。
残りは目前の一人だけ。
和泉は無線に返答しつつ、出方を窺がった。
弾かれ床に落ちた鉄パイプを蹴飛ばし、もう使わせまいと遠ざける。
一方で背後へ振り返ろうとした態勢のまま、零式の切っ先を向けられ動きを止めた対象。
「仲間は、たった今捕まった。痛い目を見る前に、おとなしく投降しろ」
「…」
そこで、観念すれば良かったのに。
犯人は空いた左手で、細工した腰のベルトに隠してあったサバイバルナイフを取り出す。
それで雛からの切っ先を打ち返し、彼女へ威嚇し下がらせた。
次に正面へ向き直り、和泉へ突進をかます。
刺すか急所の何処かを切りつけて、逃げるつもりでいた。
「和泉隊長!」
しかし、彼女も柔術評価は上位。
向かってきたナイフを怯む事無く、右の逆手で手首ごと掴む。
同時に、左で手刀を作り対象のこめかみを打つ。
ここで警棒を握っていれば《片手取(かたてどり)》を決められたのだが、未だホルダーの中であった。
仕方ないので、《引落(ひきおとし)》の要領で腕固めを狙う。
こめかみへの霞を打ち終えた手も使って、対象の手首から腕を取り、力任せに捻り上げた。
ナイフは手を離れて落ちたが、力ずくで引き抜かれてしまう。
脱臼する恐れがあるのにも関わらず、無理矢理逃れたのだ。
「逃げたぁ⁉」
「…随分と無理な事を」
再び三人との距離が空くが、余裕はない。
正面には和泉、左斜め後ろに雛、右側後方に勇磨。
背後は立てかけられた板とセメント袋の山で、退路は断たれている。
遠くから警察の応援が向かってくる気配も感じる。
包囲された対象はとうとう自棄(ヤケ)を起こし、暴れながら立てかけてあった分厚いベニヤ板を掴んだ。
投げつけた先には、雛が居る。
「――っ!?」
「雛さん!」
「雛っ!!」
和泉はフォローに回るが、雛の機転が一瞬早かったようだ。
自分目掛けて倒れてきたそれを、ギリギリで避けた。
床で丸まり、小さく回転受身を取る。
和泉は板に蹴りを決めて雛から遠ざけ、立ち上がる邪魔にならぬように避けた。
雛は素早く起き上がり、低い重心のままで向かい直った相手の脚を零式で叩く。
電撃が走り、対象はそのショックでバランスを崩す。
立ち上がり、間合いを計る雛。
よろめいた対象めがけ、和泉は攻撃に出た。
「志原巡査、援護を!」
「はいっ!」
その後ろからダッシュし、同時に右手で腰のホルダーから警棒を引き抜き、電源を入れた。
対象は持っていた最後の一枚を振りかざし、打ちのめそうとしている。
冷静に刹那を狙った勇磨の一発で、それは阻止された。
「よっしゃぁ、命中!」
「雛さん、下がれ!」
反射的に下がった雛と和泉が、横僅か数センチの差ですれ違う。
「後は任せて」
「…和泉隊長っ」
持っている板は、投げてくると思われた。
……ところが。
勇磨による射撃があった所為か、盾のように目前へかざした対象。
和泉は飛んでくる板を避けてから電磁警棒の一太刀をと、考えていた。
このままでは、こちらの得物が壊れてしまう。
咄嗟に、左腕を真っすぐ肩ごと引いて反動をつけ、得意の馬鹿力で拳を揮った。
貫通した衝撃はベニヤ板を真っ二つに割る。
受け止めきれず、板を手放し後方へ大きく倒れていく対象の体。
居合は失敗しているので、和泉は脇構えのような体勢から、電流を帯びた警棒を横一文字に振りぬく。
《雷迅》による、渾身の一撃であった。
綺麗に詰まれていたセメントの袋を派手に崩しながら、倒れ込んだ対象。
気絶は免れたものの、戦意消失どころか放心している。
背後の二人を守るように雷迅を構え直し、追撃に備えつつ状況を確認する和泉。
このまま拘束が出来そうだ。
「制圧、執行完了。確保を」
第五隊の二人もこれには驚いて、暫し動けずにいた。
僅かな間の後、先に我に返ったのは雛。
「ゆ…勇磨、捕縛縄!」
「お、おう!」
慌てて後ろ手を取る。
対象は、やはり左肩を痛めたようだ。
その所為もあって、拘束は簡単に終わる。
和泉は、電源を切った雷迅を刀の《血振り》の如く振り下ろして、残った電流を放出させた。
見得を切ったようなその仕草は、制圧完了を告げる。
確保され、すっかり大人しくなった対象へ一瞥を与えた。
「覚悟しろ。私達を手こずらせた罪は、重いぞ」
後続の班が追い付き、逮捕状を持った捜査員が手錠を嵌めた。
すっかりしおらしくなった対象は、全く抵抗せずに身柄を引き渡されていく。
確認した雛が、合図を送る。
「和泉隊長。対象確保、制圧完了です」
「了解。お疲れ様でした」
和泉は頷いて答えた。
これで一つ荷が下りたのか、自然と微笑が零れる。
「…凄かったな。和泉隊長の一撃」
「うん」
第五隊の二人は、まだ余韻を引き摺っているようだ。
特に雛は、野原から聞いた昔話のシーンを目前でハッキリと見た。
「これが…、『馬鹿力のお光』」
「へ?何だそりゃ?」
「!」
(そんな事まで知ってる⁉…誰だ雛さんに吹き込んだの、先輩?おやっさん?)
無線で連絡を入れようと、インカムに手をかけた時であった。
恥ずかしさを隠す顔は、一変して苦虫を噛み潰したようなものになる。
まさか、雛の口からそのキーワードを聞くなんて。
先駆隊時代に彼女の祖父から付けられた二つ名は、最後まで良い使い方をされなかった。
「…はぁ」
言い返したい事はあるが、飲み込んで苦笑を作る。
ぶちまけたところで二人には何の事か理解するのに時間がかかるだろうし、それ以前に辛気臭い。
無線の液晶を見ると、日付はとっくに変わっていた。
早く特警隊の皆を隊舎へ帰し、休ませてやらなければならない。
周囲の気配を探り、新たな殺気が潜んでいないかを確認して報告を送る。
「特警指揮2より各員へ、午前二時をを持って犯人一名を確保」
『特警総括指揮、了解。周囲の状況は?』
「新たな危険対象の存在無し。倉庫内、制圧完了(クリアリングオール)」
建物内に漂う空気が、緊張が残るものの穏やかな気配へと変わりつつある。
特警隊の逮捕劇は、突入から僅かな時間で終わった。
新たな危険対象の有無を確認しながら、やっと正面出入口まで戻ってきた。
後続によって完全に開放されたこの場所にも、異常は見当たらない。
和泉は二人を先に戻らせ、駆け寄ってきた応援の捜査班に現場を引き継ぐ。
「これで全員です。後は宜しく」
「確かに引き継ぎました!お疲れ様です」
敬礼を交わし、走り去る背中を見送った。
先に確保された二名の犯人の姿は、それぞれ覆面パトカーの中にある。
三人目を乗せた車両も、今動き出したところだ。
今後は事件の捜査本部が置かれた城南署にて、取り調べが行われる。
彼女も聴取や確認の為に通う日々が、暫く続くだろう。
安堵と反省の後味に、溜息を吐く。
「和泉隊長!ご無事で」
先に戻っていたユニット03の面々が、振り返った長を見つけ、迎えに来た。
再会に一番大袈裟なのは、小暮。
彼女の手を取り、今にも感涙寸前だ。
包まれた手を優しく解くと、小暮の肩をポンポンと叩いた。
「えぇ。あの子達も大丈夫です」
「また、派手にぶっ飛ばしてきたんだろ」
「…分かりますか」
微笑むつもりが、少し固くなってしまう。
揶揄とお小言を覚悟し、作戦本部へ三人を連れて歩く。
「隊長の《一撃必倒》は、威力抜群ですからねー」
「後続の自分らを守る為であります!」
「我々よりずっと、突撃思考だからなぁ。勿論良い意味で、ですからね」
「力同士の差になれば、やはり男性には適いません。まだまだですよ」
そう言って、目前に立つ二人の長に「ね?」という視線を向けた。
彼女の帰りを作戦本部でずっと待っていた野原は、軽く片眉を上げただけ。
「和泉警部補。最終報告」
「はい」
佐野に促され、隊長の顔に戻る。
その場で気をつけの姿勢になり、背筋を伸ばして正す。
「報告します。二隊合同制圧作戦は無事に執行完了。倉庫内、クリアリングオールから状況に変更なし」
「ん」
「合計三名の被疑者は全員確保。身柄を特警捜査班へ引き渡しました」
「それで?」
「新たな危険対象の存在は無し。特警隊突入班、全九名に負傷者無し。以上」
「はい、よろしい。お疲れさん!」
腕組みをして聞いていた佐野には、作った微笑みを。
彼の隣で頷いて聞いてくれた野原には、労いと感謝を込めた素直な一礼を。
「今回も、第五隊の尽力に感謝します。有難うございました」
「こちらこそ、役に立てて何よりだ。…お疲れさん」
野原の表情は変わらないが、労いの言葉には温かさを感じる。
和泉は彼の分まで微笑んで、集まった二隊の隊員達へ振り返った。
「無事、任務完了です。皆さんお疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
基地内を仕切っている防火扉の前で、一旦止まる。
奥の状態と安全を確認した後、合図でを通り抜けたユニット01。
確保対象はその先に居て、警察が再び突入してきた事も既に察知していた。
「特警隊だ!無駄な抵抗は止めろ!!」
警告を発したのは、一番先に飛び出した和泉。
仁王立ちで待ち構えていたのは、一名のみ。
鉄パイプを振り回してるが、彼女にとって威嚇の意味は成さない。
「ユニット01より統括指揮へ。現時刻を以って、犯人とエンカウント!」
「罪が重くなるだけだぞ…、っと!」
エンカウント報告は、雛が送ってくれた。
武器を構えた二人は大きく回り込んで、周囲を警戒しつつ死角を狙う。
和泉は注意を自分へ向ける為、落ちていた角材を対象へ投げつける。
敢えて腰のホルダー内の警棒は抜かず、打ち返してきた物を避けた。
次いで向かってくる鉄パイプの威嚇打撃も、難なく躱す。
作戦通り、対象は和泉一人へ襲い掛かろうとして背中が空いている。
雛は「今だ」と、相棒の名を呼んで走り出した。
同時に腰のホルダーから《零式》を掴んで引き抜くと、伸縮を解く。
「勇磨っ」
相棒の斜め後ろから、ホローポイント弾を撃ち込む勇磨。
非致死性装備なので貫通する能力はないものの、鉄パイプを弾き飛ばす程の威力は持っている。
正面側の和泉も巧く離れているので、当たる心配もない。
これで、道は開けた。
「行け、雛っ!!」
雛は敏速に間合いを詰める。
落ちた得物を拾おうと伸ばした対象の腕へ、電源を入れた零式で牽制した。
正面は立ち塞がれ、死角からはいつでも放電可能な警棒と銃器を向けられて、籠城犯は怯む。
『特警2より各員へ。特警3と共に現時刻を持って、犯人二名を確保!』
「特警指揮2、了解」
時を同じくして、和泉達からは姿が見えなかった二名の対象が確保された。
残りは目前の一人だけ。
和泉は無線に返答しつつ、出方を窺がった。
弾かれ床に落ちた鉄パイプを蹴飛ばし、もう使わせまいと遠ざける。
一方で背後へ振り返ろうとした態勢のまま、零式の切っ先を向けられ動きを止めた対象。
「仲間は、たった今捕まった。痛い目を見る前に、おとなしく投降しろ」
「…」
そこで、観念すれば良かったのに。
犯人は空いた左手で、細工した腰のベルトに隠してあったサバイバルナイフを取り出す。
それで雛からの切っ先を打ち返し、彼女へ威嚇し下がらせた。
次に正面へ向き直り、和泉へ突進をかます。
刺すか急所の何処かを切りつけて、逃げるつもりでいた。
「和泉隊長!」
しかし、彼女も柔術評価は上位。
向かってきたナイフを怯む事無く、右の逆手で手首ごと掴む。
同時に、左で手刀を作り対象のこめかみを打つ。
ここで警棒を握っていれば《片手取(かたてどり)》を決められたのだが、未だホルダーの中であった。
仕方ないので、《引落(ひきおとし)》の要領で腕固めを狙う。
こめかみへの霞を打ち終えた手も使って、対象の手首から腕を取り、力任せに捻り上げた。
ナイフは手を離れて落ちたが、力ずくで引き抜かれてしまう。
脱臼する恐れがあるのにも関わらず、無理矢理逃れたのだ。
「逃げたぁ⁉」
「…随分と無理な事を」
再び三人との距離が空くが、余裕はない。
正面には和泉、左斜め後ろに雛、右側後方に勇磨。
背後は立てかけられた板とセメント袋の山で、退路は断たれている。
遠くから警察の応援が向かってくる気配も感じる。
包囲された対象はとうとう自棄(ヤケ)を起こし、暴れながら立てかけてあった分厚いベニヤ板を掴んだ。
投げつけた先には、雛が居る。
「――っ!?」
「雛さん!」
「雛っ!!」
和泉はフォローに回るが、雛の機転が一瞬早かったようだ。
自分目掛けて倒れてきたそれを、ギリギリで避けた。
床で丸まり、小さく回転受身を取る。
和泉は板に蹴りを決めて雛から遠ざけ、立ち上がる邪魔にならぬように避けた。
雛は素早く起き上がり、低い重心のままで向かい直った相手の脚を零式で叩く。
電撃が走り、対象はそのショックでバランスを崩す。
立ち上がり、間合いを計る雛。
よろめいた対象めがけ、和泉は攻撃に出た。
「志原巡査、援護を!」
「はいっ!」
その後ろからダッシュし、同時に右手で腰のホルダーから警棒を引き抜き、電源を入れた。
対象は持っていた最後の一枚を振りかざし、打ちのめそうとしている。
冷静に刹那を狙った勇磨の一発で、それは阻止された。
「よっしゃぁ、命中!」
「雛さん、下がれ!」
反射的に下がった雛と和泉が、横僅か数センチの差ですれ違う。
「後は任せて」
「…和泉隊長っ」
持っている板は、投げてくると思われた。
……ところが。
勇磨による射撃があった所為か、盾のように目前へかざした対象。
和泉は飛んでくる板を避けてから電磁警棒の一太刀をと、考えていた。
このままでは、こちらの得物が壊れてしまう。
咄嗟に、左腕を真っすぐ肩ごと引いて反動をつけ、得意の馬鹿力で拳を揮った。
貫通した衝撃はベニヤ板を真っ二つに割る。
受け止めきれず、板を手放し後方へ大きく倒れていく対象の体。
居合は失敗しているので、和泉は脇構えのような体勢から、電流を帯びた警棒を横一文字に振りぬく。
《雷迅》による、渾身の一撃であった。
綺麗に詰まれていたセメントの袋を派手に崩しながら、倒れ込んだ対象。
気絶は免れたものの、戦意消失どころか放心している。
背後の二人を守るように雷迅を構え直し、追撃に備えつつ状況を確認する和泉。
このまま拘束が出来そうだ。
「制圧、執行完了。確保を」
第五隊の二人もこれには驚いて、暫し動けずにいた。
僅かな間の後、先に我に返ったのは雛。
「ゆ…勇磨、捕縛縄!」
「お、おう!」
慌てて後ろ手を取る。
対象は、やはり左肩を痛めたようだ。
その所為もあって、拘束は簡単に終わる。
和泉は、電源を切った雷迅を刀の《血振り》の如く振り下ろして、残った電流を放出させた。
見得を切ったようなその仕草は、制圧完了を告げる。
確保され、すっかり大人しくなった対象へ一瞥を与えた。
「覚悟しろ。私達を手こずらせた罪は、重いぞ」
後続の班が追い付き、逮捕状を持った捜査員が手錠を嵌めた。
すっかりしおらしくなった対象は、全く抵抗せずに身柄を引き渡されていく。
確認した雛が、合図を送る。
「和泉隊長。対象確保、制圧完了です」
「了解。お疲れ様でした」
和泉は頷いて答えた。
これで一つ荷が下りたのか、自然と微笑が零れる。
「…凄かったな。和泉隊長の一撃」
「うん」
第五隊の二人は、まだ余韻を引き摺っているようだ。
特に雛は、野原から聞いた昔話のシーンを目前でハッキリと見た。
「これが…、『馬鹿力のお光』」
「へ?何だそりゃ?」
「!」
(そんな事まで知ってる⁉…誰だ雛さんに吹き込んだの、先輩?おやっさん?)
無線で連絡を入れようと、インカムに手をかけた時であった。
恥ずかしさを隠す顔は、一変して苦虫を噛み潰したようなものになる。
まさか、雛の口からそのキーワードを聞くなんて。
先駆隊時代に彼女の祖父から付けられた二つ名は、最後まで良い使い方をされなかった。
「…はぁ」
言い返したい事はあるが、飲み込んで苦笑を作る。
ぶちまけたところで二人には何の事か理解するのに時間がかかるだろうし、それ以前に辛気臭い。
無線の液晶を見ると、日付はとっくに変わっていた。
早く特警隊の皆を隊舎へ帰し、休ませてやらなければならない。
周囲の気配を探り、新たな殺気が潜んでいないかを確認して報告を送る。
「特警指揮2より各員へ、午前二時をを持って犯人一名を確保」
『特警総括指揮、了解。周囲の状況は?』
「新たな危険対象の存在無し。倉庫内、制圧完了(クリアリングオール)」
建物内に漂う空気が、緊張が残るものの穏やかな気配へと変わりつつある。
特警隊の逮捕劇は、突入から僅かな時間で終わった。
新たな危険対象の有無を確認しながら、やっと正面出入口まで戻ってきた。
後続によって完全に開放されたこの場所にも、異常は見当たらない。
和泉は二人を先に戻らせ、駆け寄ってきた応援の捜査班に現場を引き継ぐ。
「これで全員です。後は宜しく」
「確かに引き継ぎました!お疲れ様です」
敬礼を交わし、走り去る背中を見送った。
先に確保された二名の犯人の姿は、それぞれ覆面パトカーの中にある。
三人目を乗せた車両も、今動き出したところだ。
今後は事件の捜査本部が置かれた城南署にて、取り調べが行われる。
彼女も聴取や確認の為に通う日々が、暫く続くだろう。
安堵と反省の後味に、溜息を吐く。
「和泉隊長!ご無事で」
先に戻っていたユニット03の面々が、振り返った長を見つけ、迎えに来た。
再会に一番大袈裟なのは、小暮。
彼女の手を取り、今にも感涙寸前だ。
包まれた手を優しく解くと、小暮の肩をポンポンと叩いた。
「えぇ。あの子達も大丈夫です」
「また、派手にぶっ飛ばしてきたんだろ」
「…分かりますか」
微笑むつもりが、少し固くなってしまう。
揶揄とお小言を覚悟し、作戦本部へ三人を連れて歩く。
「隊長の《一撃必倒》は、威力抜群ですからねー」
「後続の自分らを守る為であります!」
「我々よりずっと、突撃思考だからなぁ。勿論良い意味で、ですからね」
「力同士の差になれば、やはり男性には適いません。まだまだですよ」
そう言って、目前に立つ二人の長に「ね?」という視線を向けた。
彼女の帰りを作戦本部でずっと待っていた野原は、軽く片眉を上げただけ。
「和泉警部補。最終報告」
「はい」
佐野に促され、隊長の顔に戻る。
その場で気をつけの姿勢になり、背筋を伸ばして正す。
「報告します。二隊合同制圧作戦は無事に執行完了。倉庫内、クリアリングオールから状況に変更なし」
「ん」
「合計三名の被疑者は全員確保。身柄を特警捜査班へ引き渡しました」
「それで?」
「新たな危険対象の存在は無し。特警隊突入班、全九名に負傷者無し。以上」
「はい、よろしい。お疲れさん!」
腕組みをして聞いていた佐野には、作った微笑みを。
彼の隣で頷いて聞いてくれた野原には、労いと感謝を込めた素直な一礼を。
「今回も、第五隊の尽力に感謝します。有難うございました」
「こちらこそ、役に立てて何よりだ。…お疲れさん」
野原の表情は変わらないが、労いの言葉には温かさを感じる。
和泉は彼の分まで微笑んで、集まった二隊の隊員達へ振り返った。
「無事、任務完了です。皆さんお疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」
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