星辰より顕現す
続発した事案に応援の出動を決めたのは、本部の判断であった。
連絡の度に和泉は、「大丈夫だ」と何度も釘を刺していた。
だが、統括担当者が以前の現場で遭遇した『妨害事案の再発』を危惧した為だ。
挑発され混乱する出向組と、反乱の意思を実行した隊員。
身を挺して部下を庇い、命の危険に陥った隊長。
今回の機動隊は坂東の古巣であった上に、第二隊長は己の身を顧みない傾向が強い。
そこへ長同士の親睦がある第五隊を投入すれば、きっと良い結果へ導いてくれる。
最悪の事態を、過去の惨劇の再来を回避出来るかも知れない。
本部長によるこの決断理由は、彼らには伏せたままになっている。
「準待機なのに、呼び出してすみません。巡回警邏(パトロール)、終わったばかりだったんですよね?」
「気にするな。それより、手こずってるみたいじゃないか?」
申し訳そうな後輩に対し、野原は然程気にしていない。
それどころか、やっと二隊合同任務の機会が訪れて、第五隊の経験値を得る良いチャンスだと思っていた。
和泉なら雛達も慣れているだろうから、緊張の度合いも違うのではないかと。
「そうなんですよ。あの堅物指揮官の所為で」
「例の機動隊か。…姿が見えんが」
「犯人怒らせて逆襲されたんですよ。それで負傷者出たんで、先程撤退しました」
「ふーん。部下達が可哀想だな」
「連携が出来ていれば…。そうすれば、基地の中に入れずに確保出来たんですが」
こみ上げる悔しさに、眉間に皺を寄せる和泉。
準備室時代からの確執を解消させられぬまま、今日もまた繰り返すとは。
しかし、第五隊の面々にあの惨憺たる情景を見せずに済んだ事だけは幸いした。
特に野原と雛には、血生臭い場面を見せたくない。
本来なら同じ理由で自分も見るべきではないと診断を受けたが、職務の性質上そんな事も言っていられない。
いつの間にか、和泉の視線は投光器が照らし出す先をジッと睨みつけていた。
自分よりも遥かに明敏な野原は、この過ぎた管見(かんけん)に気付いてしまったのだろうか。
「…また隊員達に混ざって、突入したんだろう?」
感じた視線の意味は、予想とは違っていた。
安心しても良いのだろうか。
それとも、気を遣った上で何気なさを装ったのか。
「基地が広いんで、人手が足りないんですよ。先刻もそれで、ウチの課長に怒られたばかりで――」
話の途中で、後頭部へ軽い衝撃が走る。
野原が持っていたバインダーで、彼女の頭をポコンと叩いたのだ。
思わず振り返った。
「な…っ!」
「お前まで怪我したら、指揮はどうするんだ」
「簡単にやられたりしませんよ。私だって特殊戦術の行使権限持ってるんですから」
「余計に危ないだろう。フラッシュバングは万能じゃないんだぞ?」
彼にまで怒られてしまった。
ちょっと拗ねたように視線を外し不満を零す和泉と、見つめる野原。
本当は、野原は後輩が心配でならないのだ。
先刻だって現場を見つめる視線に、責務を背負い過ぎている事を感じ取っていた。
「一人で背負うな」と抱きしめてしまいたかった程だ。
そんな特別な感情をポーカーフェイスに隠して、揶揄いに徹する。
本気で怒っている訳ではない。
「もう、先輩まで。指揮はウチの課長が統括してくれてますから、問題ありません」
「佐野警部、現場入りしてるのか?」
和泉が頭をさすりながら、忍び笑いが聞こえる作戦本部の方を見た。
野原がその視線を追い、笑っている佐野と挨拶を交わす。
作戦本部に、特警隊の長達が揃った。
「お疲れ様です」
「…どうも。ウチの出来損ないが世話になってます」
いつもの揶揄が始まった。
この二人は、似た者同士だと思う。
悪口でないのは解っていても、和泉は項垂れるしかない。
そこへ、顔合わせを終えた隊員達が戻ってきた。
「あーっ、また和泉隊長の事いじめてる!」
「後輩いじめちゃいけないですよー、野原隊長」
「…あのな」
野原の顔はポーカーフェイスだが、隊員達とのやり取りもどこか楽しそうである。
続いて歩いてきた山崎達も、同じように笑っている。
機動隊の撤退ぶりをみて青褪めていた現着時より、表情が柔らかい。
目論見は成功したようだ。
後は任務を遂行し、彼らを無事に帰すだけ──
「和泉隊長って本当、いつも他の隊長方に会う度に可愛がられてますね」
「何故か、良くいじられるんですよ…。ところで、申し送りは終わりました?」
「はい」
「打ち合わせもバッチリですよー」
「それなら、安心して突入出来そうですね」
和泉は頷いて、作戦本部に集まった一同を見回す。
その仕草に、皆の視線が集まった。
「今回は、両隊のコンビネーションが大事です。良い連携が取れるように、皆で仲良くやりましょう」
「前衛の機動隊が撤退した今、実践に不慣れな捜査員達を危険対象へ回さないように。しっかりやれ」
「了解!」
揃った全員の答礼は、どれも頼もしさを感じる。
皆が集まり、最後の打ち合わせが開始された。
机上の現場見取り図と手元のタブレット端末を駆使して、和泉が中心となり説明していく。
プランは、本部によって既に組み立てられていた。
現場で変更すべき点は無かったので、長達は隊員達へ伝えるだけ。
「今回の突入班は、第二(ウチ)の課長を入れて総員十三名。これを四つのユニットに分けて行動します」
「エントリー要員はユニット03まで、04はFB専門として残ってもらう」
従来通りで編成するなら、四人一組で三つしか出来ない為、ポジションが足りなくなる。
今回は変則的に、二隊混合の三人一組となった。
「第二隊は、打ち合わせの通りで変更は無し」
「了解」
和泉達は第五隊と合流する直前に、『三人』をどう組み合わせるか確認していた。
経験の浅い第五隊に合わせる形となっている。
「第五も、いつものユニット体制で行く。ユニット01には第二隊長が、02には副隊長がそれぞれ助っ人で同行する」
「はいっ」
手元のタブレット端末で、班割の詳細を打ち込んでいく。
並んだ十三の顔写真が、手際よく並び替えられた。
「ユニット03は第二隊のフォワードメンバーで構成します。坂東副隊長、リードを頼みます」
「了解」
「ユニット04は両隊のFB担当二人と第五隊長。本部情報班の指示が入りますが『支援程度だ』との事ですから、メインで頑張って下さい」
「了解ですの」
「了解しました」
「…俺は楽そうだな」
「えっ!?」
「引き続き、統括指揮は佐野課長。本庁でのデータバックは友江課長に、それぞれ就いてもらいます」
「夢の森の留守番組は、第五(ウチ)の捜査班長がシステムで繋いでる。これで情報支援も抜かりはないだろう」
最終エントリーは、これで決まった──
コールサインとなるユニット名は、特警の後にそれぞれの数字が付く。
01は第五の雛と勇磨、第二の和泉。
02は第五の高井と御影、第二の山崎。
03は第二の坂東と篠原と小暮。
04は第二の加奈恵と第五の葉月、そして野原。
統括指揮は現場の佐野で、本部で総括班と共に補佐に入る正之助。
突入班の後方支援は、捜査班でそれぞれの逮捕状を持った者。
FBの補佐は、本部情報班。
――後は、機能衝突(コンクリフト)さえ起こらなければ良い。
エンカウントに手間取るユニットが居れば、足の速い人達がフォローすれば何とかなる。
野原もいざとなれば、駆けつけてくれる。
最悪の場合は…
(私が単体で動けば、退避の時間を稼げる筈。それでも駄目なら、…また盾になるまでの事)
本部長の危惧の一つは、未だここにある。
和泉は全てを覚悟し、決定のパネルに触れる。
確定したユニットプランは妨害無く送信され、本部にて了承を貰う。
端末の液晶から視線を上げると、一同の顔は少し引き締まっていた。
余計な緊張は、判断と行動を鈍らせてしまう。
現場では命取りにもなりかねない。
そこで、隣に立つ野原に目配せを一つ送った。
「一芝居打ってみようか」という、暗黙のコミュニケーション。
「特警指揮は、野原警部補に一任って事で――」
「和泉警部補は、倉庫内での指揮を執ってくれるそうだ。各班及び突入ユニットは、持ち場に居る指揮者に従え」
「え゛っ」
ここで、何故か背中を一発叩かれた。
これだけは予想外だったので、衝撃で退けぞりながらも笑い顔を作る。
叩いた本人は腕組みなんかして、大袈裟に一つ頷いたりしている。
(…もう。先輩ってば)
「うむ。これで突入班も安心だろうなぁ、皆?」
「はい!」
結果として、隊員達の笑顔と元気が戻ったので、良しとする。
残るは、突入のタイミングを計るだけ。
「――おい、中の監視カメラが壊されたぞ。これ以上の蹂躙はマズイ」
モニターを見ていた佐野が、その時を告げる。
隊長陣は頷きあった。
「後は各自無理せず、互いに協力し合え」
「以上です。何か質問は?」
全員が、この作戦に納得したようだ。
二つの星が合一した任務は、今実行される。
「それでは、第二・第五両特警隊、これより作戦を開始する」
「サテライトと、基地の防犯システムのリンクなんて。今回の後方支援組は、凄いね」
「だな。葉月さんもあんな複雑なプログラム、瞬時に理解しててさ。本当スゴイぜ」
「勇磨はああいうのって、解かったりする?」
「最初のトコしか解かんなかった。そっち系もキチンと勉強しとけば良かった」
「私は全然ダメダメ、何話してるかサッパリ分からないんだもん。『それ日本語じゃないよね?』って感じで」
(こんな時でも私語とは…。余裕?それとも、緊張や不安を紛らわす為?)
「この先は、途中までしか退路が確保されていません。気を付けて」
「了解です!」
「了解ッス!」
開けたままの突破口から、ユニット01が中へ入った。
確保対象となっている三名は、ずっと奥に居る。
風穴の付近一帯は機動隊によって制圧(クリアリング)がされているが、油断は出来ない。
壁となる資材群が途切れる毎に警戒態勢を取るが、エンカウントはまだない。
時に低く屈み、時には壁に背を付けたまま、奥を目指して移動を続けている。
雛と勇磨は、普段の落ち着きを取り戻していた。
油断は出来ないし、会話も小声であるが。
「いつものFB一人体制じゃ、手が足りなくて出来ない芸当だよな」
「和泉隊長、特警隊の合同作戦ってスゴイんですね」
「えぇ。早くも《星の絆》の持つ力が発揮されました、この調子が続くと良いのですが」
随時流れてくる状況を報せる無線では、初対面のFB二人が巧くやっている事の表われ。
どのユニットも問題無く動いているのは、互いを信じあう絆が出来たからだろう。
このキーワードの意味に、雛が気付いたようだ。
「星の、絆…」
「和泉隊長がチームワークを大切にしてるのって、こう言う事ッスか」
「それだけじゃありません」
「?」
「後悔先に立たず。…この諺通りです」
「撤退した機動隊の話ですか?」
「これまでに味わった苦い後悔は、せめて繰り返さないようにしなくちゃいけません。…さてと」
彼らが知らない、今日に限った話ではない数々の場面。
和泉は先駆隊残党として、惨事を繰り返させる訳にはいかない。
努めとして、あるいは因果として――
「特警指揮2より特警隊各ユニットへ。現状報告」
『ユニット02、配置良し』
『ユニット03、配置に付きました』
山崎達は、建物側面の車両搬入口。
坂東達は裏口から、それぞれが無事に突入したようだ。
「了解。外のユニットはどうですか?」
『特警FB、サテライトαシステムは正常に作動。現在も広域で監視中』
生き残っている監視カメラと警察の機材を使って、巡視は正常に行われている。
『こちら特警指揮1。ウチの課長から連絡が入って、本庁でのデータバックと留守番組の各モニタリングも順調だと。和泉の方はどうだ?』
「私も第五隊の二人も、無事です。突入各ユニットは全て配置完了、あとは遭遇(エンカウント)まで待機」
『了解した。今後も気をつけて』
「はい」
『特警統括より特警各班へ。全ての配置が完了した、今度こそ犯人を追い詰めたぞ』
全隊がシステムで繋がり、情報共有の支援体制は完全に整った。
それぞれの現場で動く一人ひとりを、必ず誰かが見守っている。
外の所轄と捜査班による包囲網も、徐々に狭まってきた。
特警隊による状況の累進ぶりは、流石に反対派も認めざるを得ないだろう。
『先程、本庁の友江警部からの情報が入った。今回の事件、後発した羽田の方がメインでこっちは囮だったと言う事だ』
「向こうの状況は?」
『第一隊が出た。SATの後方連携で制圧(クリアリング)したらしい』
最初に錯綜していた情報は、事実だった。
しかも、SATがメインで制圧したとなれば…
「やはり、あちらは討伐軍ではなかったと?」
『本庁が手配中の、革新派メンバーだったらしい。関係者が討伐軍にも居て、それがこっちで暴れてる』
「過激派の左翼、か」
また一つ、面倒な組織が関わっていたとは。
報告を聞いて目を丸くしている背後の二人に、そんな輩を追わせずに済んだ事は幸いだと和泉は思う。
関係者なので、似たようなレベルかも知れないが……
それでも、「離れた場所で心配しか出来ない」のと「自分が傍に居て直接守れる」のとでは、後者の方が良い。
『我々も、そろそろ制圧と行こう。だが、くれぐれも無理をせず任務に当たれ。以上だ』
「特警指揮2、ユニット01共に了解。これより突入開始(エントリースタート)」
「和泉隊長…」
見つめ合っていた二人の視線は、前方で立ち止まる上官の顔へ。
同時に奥で固まっていた殺気が散開し、その内の一つはこちらへ向けられたのを感じ取る。
和泉は静かに頷いて、視線に応えた。
「相手の武器は、先発が押さえてます。物騒なモノを所持しているとしたら、ナイフの類か…後は角材か鉄パイプ位だと推測される」
「はい」
「爆弾や重火器に比べればレベルは低いですが、くれぐれも油断せずに対処する事。相手はすっかり逆上しています」
「了解」
セキュリティーシステムの赤外線に反応した形状から、懐に隠し持っているのは銃器ではないと判断された。
しかし刃物の扱いに長けていれば、威力は銃にも劣らない。
二人とて、その一長一短は知っている。
「志原巡査のエアガンなら、一発でFA(フロントアタッカー)も兼任出来る筈。やれますか?」
「任せて欲しいッス!」
勇磨は射撃の方が得意で、格闘戦の時よりも判断と行動のスピードが早い。
従って、彼が牽制に専念出来るようにフォローすれば良い。
「良し。私が先発で対象を挑発しますから、友江巡査は志原巡査との連携プレーで武器の無力化を図り、確保へ」
「了解」
雛は持久戦だと体力が持たないので、瞬発勝負に出るしかない。
ここは二人のコンビネーションを信じ、先攻を任せてみる。
後は、自分がせっかちにさえならなければ、二人の足を引っ張る事は無いだろう。
「くれぐれも安全最優先で。以上、これで良いですね?」
「はい!」
「――では、これより制圧を開始する。各自、装備構え」
連絡の度に和泉は、「大丈夫だ」と何度も釘を刺していた。
だが、統括担当者が以前の現場で遭遇した『妨害事案の再発』を危惧した為だ。
挑発され混乱する出向組と、反乱の意思を実行した隊員。
身を挺して部下を庇い、命の危険に陥った隊長。
今回の機動隊は坂東の古巣であった上に、第二隊長は己の身を顧みない傾向が強い。
そこへ長同士の親睦がある第五隊を投入すれば、きっと良い結果へ導いてくれる。
最悪の事態を、過去の惨劇の再来を回避出来るかも知れない。
本部長によるこの決断理由は、彼らには伏せたままになっている。
「準待機なのに、呼び出してすみません。巡回警邏(パトロール)、終わったばかりだったんですよね?」
「気にするな。それより、手こずってるみたいじゃないか?」
申し訳そうな後輩に対し、野原は然程気にしていない。
それどころか、やっと二隊合同任務の機会が訪れて、第五隊の経験値を得る良いチャンスだと思っていた。
和泉なら雛達も慣れているだろうから、緊張の度合いも違うのではないかと。
「そうなんですよ。あの堅物指揮官の所為で」
「例の機動隊か。…姿が見えんが」
「犯人怒らせて逆襲されたんですよ。それで負傷者出たんで、先程撤退しました」
「ふーん。部下達が可哀想だな」
「連携が出来ていれば…。そうすれば、基地の中に入れずに確保出来たんですが」
こみ上げる悔しさに、眉間に皺を寄せる和泉。
準備室時代からの確執を解消させられぬまま、今日もまた繰り返すとは。
しかし、第五隊の面々にあの惨憺たる情景を見せずに済んだ事だけは幸いした。
特に野原と雛には、血生臭い場面を見せたくない。
本来なら同じ理由で自分も見るべきではないと診断を受けたが、職務の性質上そんな事も言っていられない。
いつの間にか、和泉の視線は投光器が照らし出す先をジッと睨みつけていた。
自分よりも遥かに明敏な野原は、この過ぎた管見(かんけん)に気付いてしまったのだろうか。
「…また隊員達に混ざって、突入したんだろう?」
感じた視線の意味は、予想とは違っていた。
安心しても良いのだろうか。
それとも、気を遣った上で何気なさを装ったのか。
「基地が広いんで、人手が足りないんですよ。先刻もそれで、ウチの課長に怒られたばかりで――」
話の途中で、後頭部へ軽い衝撃が走る。
野原が持っていたバインダーで、彼女の頭をポコンと叩いたのだ。
思わず振り返った。
「な…っ!」
「お前まで怪我したら、指揮はどうするんだ」
「簡単にやられたりしませんよ。私だって特殊戦術の行使権限持ってるんですから」
「余計に危ないだろう。フラッシュバングは万能じゃないんだぞ?」
彼にまで怒られてしまった。
ちょっと拗ねたように視線を外し不満を零す和泉と、見つめる野原。
本当は、野原は後輩が心配でならないのだ。
先刻だって現場を見つめる視線に、責務を背負い過ぎている事を感じ取っていた。
「一人で背負うな」と抱きしめてしまいたかった程だ。
そんな特別な感情をポーカーフェイスに隠して、揶揄いに徹する。
本気で怒っている訳ではない。
「もう、先輩まで。指揮はウチの課長が統括してくれてますから、問題ありません」
「佐野警部、現場入りしてるのか?」
和泉が頭をさすりながら、忍び笑いが聞こえる作戦本部の方を見た。
野原がその視線を追い、笑っている佐野と挨拶を交わす。
作戦本部に、特警隊の長達が揃った。
「お疲れ様です」
「…どうも。ウチの出来損ないが世話になってます」
いつもの揶揄が始まった。
この二人は、似た者同士だと思う。
悪口でないのは解っていても、和泉は項垂れるしかない。
そこへ、顔合わせを終えた隊員達が戻ってきた。
「あーっ、また和泉隊長の事いじめてる!」
「後輩いじめちゃいけないですよー、野原隊長」
「…あのな」
野原の顔はポーカーフェイスだが、隊員達とのやり取りもどこか楽しそうである。
続いて歩いてきた山崎達も、同じように笑っている。
機動隊の撤退ぶりをみて青褪めていた現着時より、表情が柔らかい。
目論見は成功したようだ。
後は任務を遂行し、彼らを無事に帰すだけ──
「和泉隊長って本当、いつも他の隊長方に会う度に可愛がられてますね」
「何故か、良くいじられるんですよ…。ところで、申し送りは終わりました?」
「はい」
「打ち合わせもバッチリですよー」
「それなら、安心して突入出来そうですね」
和泉は頷いて、作戦本部に集まった一同を見回す。
その仕草に、皆の視線が集まった。
「今回は、両隊のコンビネーションが大事です。良い連携が取れるように、皆で仲良くやりましょう」
「前衛の機動隊が撤退した今、実践に不慣れな捜査員達を危険対象へ回さないように。しっかりやれ」
「了解!」
揃った全員の答礼は、どれも頼もしさを感じる。
皆が集まり、最後の打ち合わせが開始された。
机上の現場見取り図と手元のタブレット端末を駆使して、和泉が中心となり説明していく。
プランは、本部によって既に組み立てられていた。
現場で変更すべき点は無かったので、長達は隊員達へ伝えるだけ。
「今回の突入班は、第二(ウチ)の課長を入れて総員十三名。これを四つのユニットに分けて行動します」
「エントリー要員はユニット03まで、04はFB専門として残ってもらう」
従来通りで編成するなら、四人一組で三つしか出来ない為、ポジションが足りなくなる。
今回は変則的に、二隊混合の三人一組となった。
「第二隊は、打ち合わせの通りで変更は無し」
「了解」
和泉達は第五隊と合流する直前に、『三人』をどう組み合わせるか確認していた。
経験の浅い第五隊に合わせる形となっている。
「第五も、いつものユニット体制で行く。ユニット01には第二隊長が、02には副隊長がそれぞれ助っ人で同行する」
「はいっ」
手元のタブレット端末で、班割の詳細を打ち込んでいく。
並んだ十三の顔写真が、手際よく並び替えられた。
「ユニット03は第二隊のフォワードメンバーで構成します。坂東副隊長、リードを頼みます」
「了解」
「ユニット04は両隊のFB担当二人と第五隊長。本部情報班の指示が入りますが『支援程度だ』との事ですから、メインで頑張って下さい」
「了解ですの」
「了解しました」
「…俺は楽そうだな」
「えっ!?」
「引き続き、統括指揮は佐野課長。本庁でのデータバックは友江課長に、それぞれ就いてもらいます」
「夢の森の留守番組は、第五(ウチ)の捜査班長がシステムで繋いでる。これで情報支援も抜かりはないだろう」
最終エントリーは、これで決まった──
コールサインとなるユニット名は、特警の後にそれぞれの数字が付く。
01は第五の雛と勇磨、第二の和泉。
02は第五の高井と御影、第二の山崎。
03は第二の坂東と篠原と小暮。
04は第二の加奈恵と第五の葉月、そして野原。
統括指揮は現場の佐野で、本部で総括班と共に補佐に入る正之助。
突入班の後方支援は、捜査班でそれぞれの逮捕状を持った者。
FBの補佐は、本部情報班。
――後は、機能衝突(コンクリフト)さえ起こらなければ良い。
エンカウントに手間取るユニットが居れば、足の速い人達がフォローすれば何とかなる。
野原もいざとなれば、駆けつけてくれる。
最悪の場合は…
(私が単体で動けば、退避の時間を稼げる筈。それでも駄目なら、…また盾になるまでの事)
本部長の危惧の一つは、未だここにある。
和泉は全てを覚悟し、決定のパネルに触れる。
確定したユニットプランは妨害無く送信され、本部にて了承を貰う。
端末の液晶から視線を上げると、一同の顔は少し引き締まっていた。
余計な緊張は、判断と行動を鈍らせてしまう。
現場では命取りにもなりかねない。
そこで、隣に立つ野原に目配せを一つ送った。
「一芝居打ってみようか」という、暗黙のコミュニケーション。
「特警指揮は、野原警部補に一任って事で――」
「和泉警部補は、倉庫内での指揮を執ってくれるそうだ。各班及び突入ユニットは、持ち場に居る指揮者に従え」
「え゛っ」
ここで、何故か背中を一発叩かれた。
これだけは予想外だったので、衝撃で退けぞりながらも笑い顔を作る。
叩いた本人は腕組みなんかして、大袈裟に一つ頷いたりしている。
(…もう。先輩ってば)
「うむ。これで突入班も安心だろうなぁ、皆?」
「はい!」
結果として、隊員達の笑顔と元気が戻ったので、良しとする。
残るは、突入のタイミングを計るだけ。
「――おい、中の監視カメラが壊されたぞ。これ以上の蹂躙はマズイ」
モニターを見ていた佐野が、その時を告げる。
隊長陣は頷きあった。
「後は各自無理せず、互いに協力し合え」
「以上です。何か質問は?」
全員が、この作戦に納得したようだ。
二つの星が合一した任務は、今実行される。
「それでは、第二・第五両特警隊、これより作戦を開始する」
「サテライトと、基地の防犯システムのリンクなんて。今回の後方支援組は、凄いね」
「だな。葉月さんもあんな複雑なプログラム、瞬時に理解しててさ。本当スゴイぜ」
「勇磨はああいうのって、解かったりする?」
「最初のトコしか解かんなかった。そっち系もキチンと勉強しとけば良かった」
「私は全然ダメダメ、何話してるかサッパリ分からないんだもん。『それ日本語じゃないよね?』って感じで」
(こんな時でも私語とは…。余裕?それとも、緊張や不安を紛らわす為?)
「この先は、途中までしか退路が確保されていません。気を付けて」
「了解です!」
「了解ッス!」
開けたままの突破口から、ユニット01が中へ入った。
確保対象となっている三名は、ずっと奥に居る。
風穴の付近一帯は機動隊によって制圧(クリアリング)がされているが、油断は出来ない。
壁となる資材群が途切れる毎に警戒態勢を取るが、エンカウントはまだない。
時に低く屈み、時には壁に背を付けたまま、奥を目指して移動を続けている。
雛と勇磨は、普段の落ち着きを取り戻していた。
油断は出来ないし、会話も小声であるが。
「いつものFB一人体制じゃ、手が足りなくて出来ない芸当だよな」
「和泉隊長、特警隊の合同作戦ってスゴイんですね」
「えぇ。早くも《星の絆》の持つ力が発揮されました、この調子が続くと良いのですが」
随時流れてくる状況を報せる無線では、初対面のFB二人が巧くやっている事の表われ。
どのユニットも問題無く動いているのは、互いを信じあう絆が出来たからだろう。
このキーワードの意味に、雛が気付いたようだ。
「星の、絆…」
「和泉隊長がチームワークを大切にしてるのって、こう言う事ッスか」
「それだけじゃありません」
「?」
「後悔先に立たず。…この諺通りです」
「撤退した機動隊の話ですか?」
「これまでに味わった苦い後悔は、せめて繰り返さないようにしなくちゃいけません。…さてと」
彼らが知らない、今日に限った話ではない数々の場面。
和泉は先駆隊残党として、惨事を繰り返させる訳にはいかない。
努めとして、あるいは因果として――
「特警指揮2より特警隊各ユニットへ。現状報告」
『ユニット02、配置良し』
『ユニット03、配置に付きました』
山崎達は、建物側面の車両搬入口。
坂東達は裏口から、それぞれが無事に突入したようだ。
「了解。外のユニットはどうですか?」
『特警FB、サテライトαシステムは正常に作動。現在も広域で監視中』
生き残っている監視カメラと警察の機材を使って、巡視は正常に行われている。
『こちら特警指揮1。ウチの課長から連絡が入って、本庁でのデータバックと留守番組の各モニタリングも順調だと。和泉の方はどうだ?』
「私も第五隊の二人も、無事です。突入各ユニットは全て配置完了、あとは遭遇(エンカウント)まで待機」
『了解した。今後も気をつけて』
「はい」
『特警統括より特警各班へ。全ての配置が完了した、今度こそ犯人を追い詰めたぞ』
全隊がシステムで繋がり、情報共有の支援体制は完全に整った。
それぞれの現場で動く一人ひとりを、必ず誰かが見守っている。
外の所轄と捜査班による包囲網も、徐々に狭まってきた。
特警隊による状況の累進ぶりは、流石に反対派も認めざるを得ないだろう。
『先程、本庁の友江警部からの情報が入った。今回の事件、後発した羽田の方がメインでこっちは囮だったと言う事だ』
「向こうの状況は?」
『第一隊が出た。SATの後方連携で制圧(クリアリング)したらしい』
最初に錯綜していた情報は、事実だった。
しかも、SATがメインで制圧したとなれば…
「やはり、あちらは討伐軍ではなかったと?」
『本庁が手配中の、革新派メンバーだったらしい。関係者が討伐軍にも居て、それがこっちで暴れてる』
「過激派の左翼、か」
また一つ、面倒な組織が関わっていたとは。
報告を聞いて目を丸くしている背後の二人に、そんな輩を追わせずに済んだ事は幸いだと和泉は思う。
関係者なので、似たようなレベルかも知れないが……
それでも、「離れた場所で心配しか出来ない」のと「自分が傍に居て直接守れる」のとでは、後者の方が良い。
『我々も、そろそろ制圧と行こう。だが、くれぐれも無理をせず任務に当たれ。以上だ』
「特警指揮2、ユニット01共に了解。これより突入開始(エントリースタート)」
「和泉隊長…」
見つめ合っていた二人の視線は、前方で立ち止まる上官の顔へ。
同時に奥で固まっていた殺気が散開し、その内の一つはこちらへ向けられたのを感じ取る。
和泉は静かに頷いて、視線に応えた。
「相手の武器は、先発が押さえてます。物騒なモノを所持しているとしたら、ナイフの類か…後は角材か鉄パイプ位だと推測される」
「はい」
「爆弾や重火器に比べればレベルは低いですが、くれぐれも油断せずに対処する事。相手はすっかり逆上しています」
「了解」
セキュリティーシステムの赤外線に反応した形状から、懐に隠し持っているのは銃器ではないと判断された。
しかし刃物の扱いに長けていれば、威力は銃にも劣らない。
二人とて、その一長一短は知っている。
「志原巡査のエアガンなら、一発でFA(フロントアタッカー)も兼任出来る筈。やれますか?」
「任せて欲しいッス!」
勇磨は射撃の方が得意で、格闘戦の時よりも判断と行動のスピードが早い。
従って、彼が牽制に専念出来るようにフォローすれば良い。
「良し。私が先発で対象を挑発しますから、友江巡査は志原巡査との連携プレーで武器の無力化を図り、確保へ」
「了解」
雛は持久戦だと体力が持たないので、瞬発勝負に出るしかない。
ここは二人のコンビネーションを信じ、先攻を任せてみる。
後は、自分がせっかちにさえならなければ、二人の足を引っ張る事は無いだろう。
「くれぐれも安全最優先で。以上、これで良いですね?」
「はい!」
「――では、これより制圧を開始する。各自、装備構え」
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