星辰より顕現す

 和泉が『風穴』と呼んだのは、機動隊が開けた突破口の事。
その正面には、長を欠いた放水車班が鎮座していた。
坂東が特警隊による索敵活動を報せ、誤射を防いでいる。
そして操縦者と連携を取り、放水銃を中へ向けて陽動を仕向けた。

『特警201から20Cへ。風穴から陽動を開始』
「特警20C、了解。突入はまだ駄目ですよ?」
『解ってます。万が一の時は、篠原が乗っ取りますのでご安心を』
『隊長、篠原です。いつでも言って下さいねー、この現場にある車両なら何でも乗れますから』

第二隊のCG(センターガード)兼車両操縦担当の篠原は、警備部特科車両隊からの出向組。
その為、機動隊が乗ってきた放水車も爆処の自走式処理車も、工事用車両だって扱える。
羨ましがった第五隊の正之助により、ヤンチャな性格と相まって『爆走の篠原』という二つ名がついている程だ。
「好きな乗り物で迎えに行くから、選んでおいて」と言われ、笑いが噴き出しそうになる。
何とか堪えて、和泉は「了解」とだけ返した。

「和泉警部補。ここの上から、中が見えそうだ」
「今行きます」

身を屈めた捜査員が、指差したのは外窓。

「我々がこれ以上近づくと、音を立ててしまいそうなんだが…」
「良いですよ、私が代わります。副隊長、そこの照明を隠して」
「任せろ」

和泉は捜査員達が躊躇した外窓ギリギリ手前の位置まで、音を立てず気配を消して進んだ。
受け取った伸縮式の指揮棒の先に鏡を付けた物を、窓枠に沿ってそっと伸ばしてみる。
鏡が照明や月明りで光らぬよう、慎重に位置を調整しては屋内の様子を写す。
中は機動隊が荒らしまわったのか、それとも犯人が暴れた跡なのか、判別がし難い。

「…どうです、そちらから見えますか?」
「あぁ。この辺に対象は居ないようだ、奥に人影が見える」
「かなり荒れているぞ」
「でも、監視カメラは無事みたいだ。例の作戦、決行出来るんじゃないか?」
「情報班の派遣と、資機材持ってきてもらった甲斐がありました」

視認した捜査員からの報告に、和泉は自信ありげに頷いてそう答えた。

「しかし。それらの手配は何故、佐野管理官ではなく和泉警部補が?」
「たまたま、私が先に思い付いただけです。『小さな気付き一つで、状況は変わる』、ですから」
「先駆隊の教えか」
「第二の《鍵持ち》残党は私だけなので。頑張らなくては」

長が寂しそうな微笑みを溢したのを、山崎は見過ごさなかった。
この、非懐を隠したような表情を見るのは、何度目になるか。
誰にも話そうとしない過去に、一体何があったというのか。

(また、俺が知らない昔話とその顔、だ。この人は一体、何を抱えてるというのか)
「上空の蜂の子が、赤外線撮影に成功したようです」
「ハチノコ?」

山崎には聞き慣れないキーワードが、どんどん出てくる。

「貴重な機材なので、そう呼んでいます。あれだけ小型化させた物に小さい高性能カメラ積んでるので、値段も高くて」
「成程」
「映像は見れますか?」
「はい。和泉警部補、これを」

そう言って手渡されたタブレットには、映像が届いていた。
人を上から見たような形の赤い物が、三つ動いている。

「対象は、三名。傍受した機動隊無線の通り、ですね」
「撤退した連中、『中で回収した』って物騒なモノ持っていきましたよね?」
「ほとんどが飛び道具だと。坂東さんが古巣から聞いている」

…正確には、『自分達の成果と自慢し、マウントを取っていった』だが。
そのくせに人的被害は多大なので、第二隊の出向組は「呆れた」という感想しかない。

「結構な種類だったな。あれで、危険物は全て押収したと願いたい」
「全くです」

撮影場所を変えて何度か監視を試みた所、確保対象が持ってきたと思われる武器は残っていないと判断された。
発破用の火薬や、扱いが危険な薬品の類も無し。
更に倉庫内で武器になりそうな工具類は、頑丈な鍵付きの大金庫へ保管されていた。
こじ開けるのに失敗した様子で、仕方なしに足場用の鉄パイプを引っ張り出している。

「今、ここで得られる情報は以上のようです。戻りましょう」
「はい」

ここまでで、中の犯人がこちらへ気付いた様子はない。
偵察が終わった以上、長居は無用だ。
四人は身を屈めたまま、急いで作戦本部へと戻っていった。


 「──光。お前また、俺に許可も得ず勝手に出張りやがって」
「言ったじゃないですか、『ちょっと動く』って。突入班を動かすのは、隊長の仕事です」
「動かすんじゃなくて、自分が動いてるだろう」
「忘れたんですか?『特警隊は長自ら動く場合もある』と、第二隊始動前に説明したのを」

戻って早々。
機嫌を損ねている佐野に向かって、左腕の『特警指揮』の腕章をポンポンと叩いて抗議する和泉。
本来組織内で『執行隊』と分別される部隊にとって、隊長職は運用に必要な事務処理作業メインの仕事が一般的とされる。
現場でも完全後方指揮型で、大抵専用車両か指揮所から出て来ない。
だが特警隊の隊長職に就く者達は先駆隊経験者である為、過去の経験上から自ら突入したり凶悪犯人と直接対峙する事が多い。
勿論五人全てではないが、人手が足りない第二以降は確率が圧倒的に高かった。
寄って課長職が事務処理を補い、運用権限を共に行使するスタイルとなっている。

「俺の立場はどうなる」
「課長は統括指揮官でしょう。ちょっと動く程度なら、ドッシリ構えて見守っていれば良いんです」
「でもなぁ!」
「まだ何か?」
「隊長に何かあれば、ユニットは崩れる。お前はもっと、良く考えて行動しろ!」
「解りました」

返答の真意は、「はいハイ」である。
プライドが高いのか、佐野は自分が置いてけぼりにして物事が決まると『機嫌が悪くなる』傾向があった。
無論、大長が居ないといけない場面の方が多いが、必要がなくてもそれは変わらない。
口ではもっともらしい事を並べているが、「実は拗ねているか嫉妬している」といったところ。
和泉は隊長として、威厳を損なわない程度に返すだけ。
必要であればフォローするが、甘やかしはしない。
何処で見ているか判らない、反対派への配慮も含まれている。
これに気付く者は、第二隊には居なかった。
……そして。
事務処理の代行は感謝しているものの、やる気の無い彼の作業は間違いが多かった。
当然修正作業が発生し、仕事は増える。
『補う』というには遠い状態である為、隊運用の行使権限は彼女が最優先されていた。
こんな事は、全五隊の中で第二だけだ。
佐野が一番役立つ場面は、和泉に偏見を持つ他班からの報告を代わりに聞いて、書類のやり取りをする時である。

「心配してる、って素直に言えば良いのに」
「若いな、小暮は。大人は時として、素直ではいられないものだ」
「本当ですか、坂東副隊長?」
「少なくとも、佐野課長はそうみたいだ」
「うーん…」

最年少の小暮には、難しい話だった。
彼の場合、和泉に懐いている所為もあるだろう。

「暮っち。課長はアレだよ」
「アレ?」
「ツンツンデレデレのツンだ」

年の近い篠原の例えは解り易い。
小暮は己の大長へ、軽蔑の眼差しを送った。

「あぁ、成程。理解したら一層腹立たしくなりました」
「小暮も太田も、課長嫌いだもんな」
「そっち。聞こえてるぞ」
「八つ当たりなんて、大人げないですの。ねぇ先輩?」

加奈恵も呆れている。
愛する先輩からの返答は、軽い咳払い。

「特警の連携網、現状は?第五隊は今、どの辺ですか?」
「そうでしたの。第五隊はレインボーブリッジを通過しました」
「それなら後、数分で現着しますよ。思ったより早くて良かったですね、隊長」
「えぇ。今聞こえているサイレンは、彼らのでしたか」

和泉は瞬時に、新たな配置を考える。
彼女の頭の中には、自身で見知ってきた第五隊の記憶が残っている。
それを基に、どうすれば安全にエントリー出来るか、合同作戦を取れるかを組み立てていく。
本部からの指示もあるので、巧く照らし合わせる必要もあった。

「加奈恵ちゃんは、これから来る第五隊のFBと協力して。まずは情報班の指示を仰いで下さい」
「何を始めるんですか?本部の資機材が、いつもより多いですけど」
「今回は、後方支援役の知恵と技術が問われます。男性隊員とタッグを組んでもらいますが、自信は?」
「ありますの!」

太田加奈恵は、過去のとある理由から男嫌いである。
縁があった上司の支援を得て、現在克服中だ。
偽りの無さそうな返事に頷くと、和泉は資機材が増えた理由を一同へ教えた。
それに伴う動きへの変化、必要な措置を伝える。

「…便利そうだが、大丈夫なのか?」
「加奈恵ちゃん大変そうだねー」
「頑張りますの!先輩と皆さんをサポートする為ですから」
「心強いな。隊長も安心ですね」
「えぇ。皆さんは大丈夫そうですか?」
「特に意識する事もなさそうですし、何とかなるでしょう。三人はどうだ?」
「問題なし」
「同じくー」
「が、頑張りますっ!」

小暮の肩の力が抜けていない以外は問題なさそうだ。
彼らの長は一同を見まわして、それを確信する。

「良し。課長はここから、統括指揮に就いて下さい」
「おう」
「坂東副隊長には、第五隊員との打ち合わせでリーダー役をお願いします」
「和泉隊長は、同席されないのですか?」
「こっちは、長同士で打ち合わせがあるので。今回は先ず、隊員同士で顔合わせしてもらおうと思います」

顔合わせというキーワードに、「そうか」と何かに気付いた面々。

「成程。本格的な合同作戦は、今回が初めてですね」
「えぇ。向こうは、合同作戦自体が初経験です。助けてあげて下さい」
「了解しました」
「第五隊、到着したようですの」
「夢の森からなのに、早かったな」
「…」

巡回警邏を終えたばかりの第五隊は、通称『臨海トンネル』という、東京湾を隔てて隣接する城南島と中央防波堤間を結ぶ地下道路を使う筈だった。
途中で城南署の応援班と合流し、共に現着するルート。
しかし、『トンネル内に爆弾を仕掛けた』という通報が入り、道路は封鎖。
仕方なくいつもより車を飛ばして、台場経由でレインボーブリッジを渡ってきた。
予定よりも遅くなってしまったが、現場では機動隊の混乱や特警隊による索敵のやり直しがあった為に、影響は無い。
援軍の到着に、胸をなで下ろす佐野と隊員達。
だが、和泉だけは違う。

(彼らの仕事を、増やしたくなかったのに。…私もとうとう、本部からの信頼が落ちたか)

「和泉隊長?」
「車は、こっちに停めてもらって下さい。坂東副隊長は皆を連れて、第五隊の副隊長と合流を」
「了解です」
「本当に良いのか?隊員同士だけで、打ち合わせなんかさせて」
「顔合わせを兼ねている以上、長は居ない方が良い。勿論、最終ブリーフィングは全員集合して行います」

そう言って、「大丈夫」と頷く。
自分自身にも、同じように言い聞かせる。

「そうか。第五隊長も先駆隊経験者で、優秀な人だったな。こっちの事も、ちゃんと考えてきてくれてるんだろう?」
「無論です。私の先輩ですから」

第五隊を迎えに行く為に、作戦本部を離れた。
歩きながら、彼女は考える。

(頑張らなくては。守りぬく為に)

第五隊にも経験値を与えなければならない以上、対象とのエンカウントは必須だ。
しかし、怪我をさせる訳にもいかない。
隊員達の技量を過小評価するつもりはないが、今回の犯人は、機動隊員を負傷させた強者である。
……さて、どうすれば良いものか。

(大丈夫、皆を信じよう。そして、雛さんの傍に居れば、《あの約束》は守れる──)

停車した二台のパトカー、そのユニットコールサインは『特警5』と書かれている。
見覚えのあるメンバーが、車から降りてきた。
先頭を歩く第五隊長へ大きく手を振る。

「野原先輩、こっちです!」
「おぅ。遅くなったな」

軽く手を挙げたのは、自分の先輩隊員だった野原。
元気そうな顔に、昔の空気を思い出す。
そして、苦杯も。

(先輩達も、第二隊の皆も。必ず、無事に帰してみせる)
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