星辰より顕現す

 春の『わだかまり』が、やっと消えたと思うこの頃。
大田区第二城南島の第二特警隊では、多発する倉庫への籠城事案に頭を悩ませていた。
犯人はお馴染み、悪魂(あこん)討伐軍。
それに加え、城南島内に活動拠点を構える過激派環境保護団体『ピースソウル』の存在もある。

『討伐軍のシンパが、ピースソウルの中に居るらしい』

これを六課から教えられたのは、裏付け捜査が始まる前であった。
本部から第一報が届いたのと同時に、第二隊は動き出す。

最初の事件は、マスコミ取材と見せかけた出動妨害と、挑発行為。
特警隊詳細データの蒐集が、真の目的だった。
第一隊への接触に失敗した隠れ蓑集団は、第二隊へアタック。
巡回警邏や応援出動について回り、出口を塞いでは取材を試みる。
度重なるこの行為に、とうとうキレた第二隊長。
怒りに任せ殴りたい衝動を抑え、説諭の末『公務執行妨害罪』を以って現行犯逮捕となった。
それを数名分こなし、取調室でのお説教は大長の佐野と、捜査班へ任せる。
しかし、隠れ蓑の残りはあろう事か、夢の森埋立地の第五隊へ矛先を移してしまう。
これには、心配を隠せない。
ありったけの情報と危惧を向こうの隊長へ送り、事態悪化に備えて待機態勢を整える。
本部を巻き込んで構築した対策は功を奏し、第五隊が無事鎮静化させた。


 そして、今回──
発生した事件は、また討伐軍単体ではなかった。
無線で流れてくる情報を拾いながら、手元のタブレット端末を凝視している第二隊の長達。
場所は、港区芝浦ふ頭にある公団の資材備蓄基地。
深夜にも関わらず、現場周辺は明るかった。

『和泉先輩。非常線、配備完了ですの』
「今行きます」

小型警備車の中に居るFB(フルバック)役が、長を呼んだ。

「…良し。加奈恵ちゃん、システム更新」
『了解ですの。システム更新、現状データを本部へ転送』
「交通規制が早かったお陰で、包囲網は基地内だけに収められそうだな」
「そうですね。自邏隊が近かったお陰かと」

そう言ってモニターから顔を上げたのは、反対派から『モルモットの女隊長』と嗤笑(ししょう)されている第二隊長・和泉。

「俺も、現着間に合って良かった。そうだろ、光(こう)?」
「いい加減にして下さい課長。『名前で呼ぶな』と、散々警告している筈です」
「良いだろ、別に。俺はお前の――」

そこで会話が途切れたのは、殺気を潜めし怒気の一瞥が飛んできた所為だ。
身の危険を感じて後退したのは、課長担当管理官の佐野。
『自称』婚約者なので、それを認めてくれる人物も少ない。

「課長。今はそれ以上、和泉隊長を揶揄わない方が良いですよ」
「…そのようだ」

彼らよりも年上の部下である坂東が、やんわりと間に入ってくれた。

「作戦本部、やっと完成しましたね。我々の現着から、もう三十分は経ってます」
「『仕方なし』の急拵えですからね。現場の部隊数が多いから、無いよりはマシかと」
「無駄な待機時間の所為で、解決までの時間が大幅に伸びましたな」
「全くだ。指令台入電の段階で、俺達がメインの執行隊になる事なんて解かりきっていたのに」

今回の作戦本部は、特警隊が中心となって立ち上げた。
が、遅れた原因は彼らではない。

「今回の機動隊は、本当に思慮に欠けている。こんなのが古巣かと思うと、頭痛がしてきました」
「坂東副隊長。何処で誰が聞いているか…」
「立場が悪くなる、ですか?構いませんよ」
「え…」
「自分にとって特警隊は、遥かに居心地が良い」

坂東は笑っているが、本心なのだろうか。
長はハラハラして見守っている。
何も知らないのは、佐野だけだ。

「和泉隊長も、シッカリ見たでしょう?あの失態ぶりを」
「…皆、命に別条がなくて良かったです」

公安からのとあるタレコミを受けて、羽田空港で特別警戒に当たっていた反対派の機動隊。
交代に来た別隊に警備を任せ、帰還途中に入電した現場がここであった。
それは第二隊の現着より少し前で、突入もタッチの差。
捜査班から無線で「この犯人達は、無理に刺激をしてはいけない」と情報を送っていたのにも関わらず…

『モルモットの何でも屋が言う事など、誰が信用するか』

と一切聞き入れず、手柄を独占しようと強行突入を決める。
無理矢理こじ開けた突破口から侵入し、その数分後…
第二隊に入電した現場からの第一報は、機動隊員の負傷と退却であった。
一人二人の軽傷程度ならいつもの事だが、今回の報告された数に全員が驚く。
緊迫さを煽るように、現場に近づくにつれ、すれ違う救急車の数が増えていった。
最初は古巣の強行突破に心配する坂東であったが、現着時にはすっかり呆れていた。

「こちらは、ちゃんと情報を送っていたのに。無駄なプライドを誇示した所為で、あれだけの隊員達に怪我をさせた」
「羽田のタレコミが本当だったので、きっと焦ったのだと思います。こちらも第一隊が準待機でなければ、どうなっていたか」

現着した和泉が聞いた第一声は、苦痛に満ちた機動隊員達の悲鳴だった。
それが己の仲間達や、過去の記憶と重なる。
脳内で冷静を保とうとする神経により、辛うじて過去のフラッシュバックを回避出来た。

「羽田の出動って、間に合ったんですか?」
「はい。でも先程の情報だと、どうやらSATが出たようです」
「潮(うしお)の特殊が?」

普通、特警隊がメインで出張る現場へSATが派遣される事は無い。
出動レベルの《線引き》が存在する為だ。

「向こうの犯人、討伐軍じゃなかったのか?」
「それは今、本部が調べています。臨海トンネルの爆弾騒ぎも終息に向かってるので、『第二隊は、籠城事件に集中せよ』と」
「そうですね。我々には、この現場での仕事がある」

坂東の言葉に、長二人は頷く。
そこへ加奈恵が、開いたままのノートPCを持ってやってきた。

「和泉先輩。先程現着した本部情報班が、システムをこちらへ移築してくれますの」
「丁度良かった。加奈恵ちゃんはここでモニタリング開始、課長の情報収集補佐を」
「えっ?まだ第二隊は、エントリーしない筈では?」
「捜査班が索敵を開始する。カメラドローンを飛ばしますから、映像を拾って」
「了解しましたの」
「和泉隊長は、同行されるんですか?」
「そのつもりです。彼らを守らなければ」
「――なら、俺も行く」
「山崎副隊長?」

同行を志願したのは、もう一人の副隊長である山崎。
加奈恵のPCと繋がっている、重たい通信用機械を持っていた。
隣にポンと置くと、肩をグルグル回して解す。

「貴女一人だけじゃ危険過ぎる」
「捜査班が一組出ますから、私一人じゃないですよ」
「有事の際の制圧要員、一人足りなくなるだろ」
「心配は無用です」
「俺に『現場では二人一組(ツーマンセル)が基本だ』と教えたのは、貴女達だろうが。長自ら規則を破るつもりか?」

山崎は下がらない。
坂東からの年の功は、残念ながら彼に味方してしまった。

「そうだな山崎。行ってこい」
「はい。あの人が嫌がっても、ついていきます」

以前自分が起こした反乱により和泉を負傷させた、苦い経験を忘れていない山崎。
たまに「バカ隊長」と罵る事はあるが、これでも改心している。
汚名挽回と謝罪の意味を込めて、危険な場所には同行するようになった。

「邪魔はしない。怪我もさせない」
「あの時の事は、『もう忘れなさい』と言っているでしょう…」

長に振り向かれても、真顔といつもの台詞で撥ね返す。

「俺はもっと精進したいだけだ。先駆隊の戦術は、良い教材になる」
「私のは我流ですから、参考にはなりません。真似もしない方が良い」
「反面教師にはなるだろ。それに俺は、零式で充分だ」
「…」

和泉は、頑なな山崎を前にして、暫し考え込んだ。
そして、溜息を零しつつ許可を出す。
彼に対して判断が甘いのか、それとも信頼している証なのか。
後者だと思っている坂東と加奈恵は、苦笑している。

「加奈恵ちゃん。索敵班に特警20Cと202を追加して、登録」
「了解、索敵班ユニットセット。編成は突入班より特警20C及び202、捜査班より特警211及び212。以上ですの」
「山崎副隊長は、FA(フロントアタッカー)で準備。坂東副隊長は残りの二人と、《風穴》の状況監視と周囲警戒を」
「おぅ」
「了解」
「光…」
「佐野課長。第二隊はこれより、ちょっとだけ動きます」
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