シグナル-星と月-

 勇磨らが独自の推論を展開していた頃、隊員室では…

「お茶淹れました。野原隊長もどうぞ」
「おぅ。すまんな」

野原がデスクワークの最中である。
そこへまだ起きている雛が、茶を淹れてやってきた。

「隊長。昼間の事件は我儘聞いてもらって、有難うございました」
「ん?…あぁ」
「上手くいって良かったです」

盆の上の湯呑みを受け取って、野原は今思い出したかのように頷く。

「お前さんが、あんな風に積極的に提案するのは珍しいな」
「はい。…あの」
「解かってる。両親の事を思い出したんだろう?」
「そうなんです」
「俺も同じ事考えたからな。お前さんが何も言わなくても、俺が動いていたかも知れない…」

雛は寂しそうな笑みを浮かべた。
茶を啜って、野原は付け足す。

「許せる訳、ないよな」
「はい」

頷いた雛の顔が、一瞬で真面目になる。
野原もそれに同意した。

「でも、だ。今後も無理だと判断した場合は、絶対にさせないからな。今日だけだぞ」
「…はい。すみませんでした」
「分かれば良し」

顔はポーカーフェイスだが、声はいつものお説教モードであった。
本当はどれだけ心配したかとか、色々言いたい事もある。
でも自分の立場と彼女の心情を考えると、これ以上の言葉は却って傷つけるだけであろう。
お説教もこれで終わり、というように手元の書類へ判子をポンと押した。

「このお茶、美味いな」
「御影が買ってきてくれたんですよ。実家の近所にある老舗の名品だって言ってました」
「蔵間か…」

野原は、昼間の雛と組んだ時の御影を思い出す。
いつもより活力がみなぎり、判断力にも鋭さが光る彼女。
雛の足の速さにピッタリつくのは無理でも、距離とタイミングをしっかりと掴んでいた。

「蔵間は、誠太さん達の事を知ってるんだったか」
「はい。警察学校で一緒だった時に、ほんの少しだけですが話した事があります」
「いつものコンビより、互いのフォローがしっかり出来てるのはその所為か」
「御影は、私が持久戦苦手なのも知っていますから」

間近で見ていた、二人のコンビネーション。
後攻を信頼し一任した、雛の迷いの無い真っ直ぐな初動。
フォローすべき箇所を瞬時に判断し、ニアミスを恐れずその一点に集中する御影。
互いが完全に信頼しているからこそ、恐れも迷いも無く動けるのである。
そんな二人の前に、野原は地面を滑ってきた犯人の武器を回収し、持っていた長警杖で対象を牽制しただけ。
「念の為に」と防弾用の盾を持った捜査員を後ろに配置していたのに、それすら不要となった。

「GW(ガードウィング)は、どうしたって瞬発力メインの『短期集中型』になるものさ」
「第二の和泉隊長も?」
「同じだ。アイツの場合は、それをクールダウンさせずに連続運用してるだけで」
「えっ、そんな事出来るんですか⁉」
「特殊戦術の講習で覚えたんだと思う。アイツの本当の能力は上級(アサルト)なんだ、隊の規定で取れなくなっただけで」
「スゴイなぁ。私真似出来ないです」
「すぐ後ろのFAは、GWの動きに合わせて常に動きを変えている。そこそこ体力は温存しつつ戦うもんだ」
「隊長もそうなんですね」
「相手にも依るが…。俺が友江と背中預け合えたら、早く一掃出来るように手助けするさ」
「その相手が、もし和泉隊長だったら?」
「互いの背を守り、手早く済ませる。俺達の制圧執行戦技は、《光竜(こうりゅう)の舞》とかって作戦ネームが付いてた」
「カッコイイ!」
「何せ、二人共戦技の型がちょっと特殊だからな」
「特殊…?」
「俺は古武術入ってるし、和泉は動きにパルクール混ぜるからトリッキーだ。『巻き込まれたくなければ、距離を取って追うしかない』って事で、作戦ネームが付けられたらしい」
「スゴイしか言葉が出てきません。うーん、…背中を預け合う……」

雛の脳内では、野原と和泉がその状況で武器を構えて見得を切る、凛々しい光景が浮かぶ。
自分も相棒とやってみたくなる、憧れの場面。
…実際に、雛は野原と近い状況になった事があるものの、相変わらず本人は無自覚だ。

「発砲の反動と随時戦い続けるCG(センターガード)は、体力配分が更に違ってくる」
「それは解ってます。でも、父さん達は強かったって聞いてるので…頑張らなくちゃと思って」
「憧れる気持ちは解るが」
「すみません」
「…隊員の方が強くなっちゃ、長の面目丸潰れじゃないか」
「えっ!?」

そんな事はない、と雛は慌てて訂正を入れる。

「その点、志原は優し過ぎるな」
「え…」
「判断は良い筋してるんだが。まだまだだ」

勇磨は『雛に弾が当たらないように』と彼女の保身を一番に考え、最も効果的な判断に迷ってしまうのだ。
その内に、求められる事は自身が持つ技術の許容範囲を超えてしまい、フォローは間に合わなくなってしまう。
直感だけで動ける時との差は、一目瞭然であった。

「勇磨は、単身突破なら凄い強いんです。私が足引っ張ってるんじゃないかって、そんな感じがして」
「それじゃ、コンビを組ませた意味が無い。単独行動がどんなに危険か、友江が一番分かっているだろう?」
「はい。でも、勇磨に悪いなって思うんです」
「志原は、お前さんにとって『例の話もしていない、完全な第三者』だからな。これ以上心配させたくないんだろうが」
「あの、信頼してないとかじゃなんです!いつも傍で優しくしてくれるし、支えてくれるし…」

これでは、「コンビの相性が悪い」と自ら言ってるようなものだ。
雛は焦った。
解消なんて事になったら、今後ずっと後悔するだろう。

「確かに、最初は緊張しました。けど、今は安心出来るし…、心強く感じるから」
「大丈夫だと?」
「はい!」

何がどのように、と聞かれたら困るが。
その言葉は、今の雛の素直な心内だった。
野原は懸命な彼女の言葉に、気持ちを汲み取る。

「そうか。じゃ、後は志原自身の問題だな」
「勇磨の?」

問題の原因は自分にあると思っていた雛は、その真意が理解し難い。

「ん。お前さん達がちゃんとお互いの事を話し合えるようになれば、全て分かるさ」
「話し合い、ですか?」
「時間は掛かるだろうがな。理解出来ないような二人じゃないんだ、きっと大丈夫だと俺は思ってる」

──そう信じたから、コンビを組ませたのだ。
御影と組ませた方が良かったかと後悔した時もあったが、今の二人ならもう大丈夫。
きっと、もっと互いを分かり合える日が来る。

「有難うございます、隊長」
「ん?俺は隊長として、当たり前の事を言っただけだ。お前さんを誰より心配してるのは、課長だろうし」
「お爺ちゃんか…」

遺された二人は、『唯一の家族』という間柄。
本当は警察官になれたから、雛は実家暮らしから自立しようと思っていた。
その矢先に両親が殉職し、大きな悲しみと共に過った「正之助を一人にして良いのか?」という自問自答の末に、一人暮らしを諦めている。
祖母の櫻子が存命だったら、今は御影とルームシェアしながら暮らしていたかも知れない。

「出動から帰って早々に、課長から電話があったんだ」
「何か言ってました?」
「友江が提案した事は、既にバレてた」
「え…!?そ、それで、何て?」

雛の顔が強張る。

「ちょっと怒ってたけどな、『自分が孫の立場なら、同じ事考える』って言ってた。よって、お咎めは無しだと」
「良かったぁ~」
「あまり、課長にも心配かけるなよ?」
「…はい」

雛は頷いて苦笑いした。

この家族の事もコンビの事も、雛自身の事も、野原はただ心配するしか出来ない。
その辛さや不都合を、全て代われたら良いのにと何度思った事か。
せめて自分に出来るのは、例の事件の重い十字架を共に背負い、忘れぬ事。
そして、これから対峙するであろう過酷な時を、無事に乗り越えられるように支える事。
傍で見守ってやる事。
この五つ目の星に関わる全てを、どんな犯人や反対派にも、消させぬように。

暫し目を伏せ、野原は窓の外の夜空を見上げた。

■『シグナル-星と月-』終■
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