シグナル-星と月-
隊舎へ帰還しても、書類作成やら反省会とやる事が色々あった。
あっという間に夜中になり、宿直当番は交代で仮眠を取る。
特警隊用の宿直室で、勇磨は全く寝付けないでいた。
「志原、起きてたのか」
「…あれ、二人?」
敷かれた布団が並ぶ和室内に、高井と葉月が入ってきた。
勇磨は起き上がる。
「何か寝付けなくて。高井さんと葉月さんは交代ッスか?」
「えぇ。隊長が全員と代わってくれたんですよ」
「蔵間は買出しに行った。友江も代わったが、何か隊長と話があるって残ってたな」
「へ?まさか…」
『コンビ解消』なんて最悪のキーワードが頭に浮かんで、勇磨は固まった。
「また、昔の仕事話なんじゃないですか?」
「昔の仕事話?」
「そうか」
葉月がいつもの事と普通に言ったが、残る二人には初耳である。
一人は珍しいと思い、もう一人はそんな事かと安心した。
勇磨は再び、布団へ転がる。
「昨日も、課長と三人で話してたみたいですね。隊長に聞いたら、『昔の事件の話だ』って言ってました」
「昔の事件か…」
高井は何か思い付く節があるのか、胡坐をかいて座り込んだ。
「高井さんも、何か知ってるんですか?」
「その事なのかは解からないが。…二人は、隊長の背中に大怪我の跡があるの知ってるか?」
「大怪我!?」
余り知らない上司の事の、新たな一面。
突然の告白に、勇磨も葉月も食いついた。
「その調子じゃ初耳か。ここへ配属になる前、俺は隊長とコンビ組んで捜査協力に出てた時期があったんだ」
「羨ましいッス」
「確か半年位って言ってましたっけ?」
頷いた高井は、元・八王子署生活安全課の捜査員だった。
一時、本庁指定凶悪事件の捜査で城南署へ応援に訪れていた。
「同じ城南島内だから」と警備部隊舎に併設されていた準備室へ、捜査協力として出向した時期がある。
それが縁で、「優秀なので是非欲しい」と特警隊へ異動する事が決まったのだ。
御影と訓練校で出会うのは、自身の短期集中訓練と講習が終わった後である。
「その時一回だけ、一緒に銭湯に行った事あったんだ。それで、背中と右腕に何針か縫った怪我の跡を見た」
「へぇ…」
「意外ですね」
野原は細身で、刑事課のような頭脳系の方が向いている見た目。
それなのに、特警隊突入班は体力系だ。
長なのでポジションはFB(フルバック)の指揮専門だと思っていたのに、FAの長警杖使いって言うのだけでも驚いた。
「聞いたんだが、『勤務中に怪我した』としか言わなかった」
「勤務中?隊長は優秀ッス、刑事でもヘマするなんて思えないなぁ」
「返り討ちでしょうか?」
「あの口調じゃ、口外出来ない何かがあるんじゃないかと思うんだ」
捜査員による任務遂行中の受傷は、全く無い訳ではない。
だが、当時追っていたのは『本庁が指定する程の凶悪事件』だ。
特殊部隊のような護身用装備も無いのに、かなり危険な現場に関わっていたという事になる。
返り討ちのレベルも尋常じゃないと推測出来た。
勇磨と葉月の背筋が凍る。
「高井さんの洞察と推理は、大抵当たってますから…。本当にそうなのかも」
「オレもそう思うッス。何かって言ったら事件しかないだろうし」
「ですよね」
「怪我人出るくらいなら、訓練校の教導隊から『同じ目に遭うなよ』って話が出てきた筈ッス」
「僕達が教導受けた時って、そういった話は特に無かったですよね?口外出来ないという理由なら、納得いくかと」
「おいおい二人共。だからってそれが、良く三人で話してる話に結び付くかどうかは解からないぞ?」
最早、気分は探偵か、特別捜査本部の管理官である。
高井は苦笑しているが、勇磨と葉月は真剣に推察しているようだ。
「…そういや。第二隊の和泉隊長、時々絡んでるみたいだな」
「オレ達が知らなかっただけで、初日からずっと連絡取り合ってみたいッスね」
「ウチのシステムに入ってるデータの共有(ユニゾン)率も、第二隊が一番でしたよ」
「え?本部じゃないのか?」
「えぇ。シュテルンビルドのシステムに組み込まれた、『後発隊用支援プログラム』もそうなんです」
「何スかそれ?」
葉月の話によると、第三以降の隊が運用するシステム内には、前任として管轄を代わりに引き受けていた隊が保有する各データを収めたプログラムが用意されていた。
始動と同時に裏で展開し、勝手に動きアシストしてくれる仕組みだが、使用者への支障は全くない。
例え初日でも、使い慣らし学習させた先発隊のシステム同様に全ての機能の円滑な使用を可能とし、必要な資料やデータは全て揃っている状態。
「格差を埋めよ」という本部長の指示の下、作成されている。
これを、先発隊からの《祝福》と呼んでいるらしい。
第五隊用の支援プログラムは、第二隊のデータが中心となって作成され、監修者一欄には和泉の名が上の方に記載されている。
そしてシュテルンビルドNo.5(フュンフ)が始動した日、彼女によって祝福は与えられた。
「へぇ、和泉隊長からの祝福かぁ。野原隊長、嬉しかっただろうな」
「間違いない。前に本部で第一の隊長から、『第二が作ったのは祝福じゃなくて呪いだ』って言われてかなり怒っていたし」
「随分と失礼な事言うッスね。第一隊って、和泉隊長の事嫌いなのかな?」
「情報支援受けた時の無線を聞いた限りでは、隊長同士の仲が良くないみたいです。連携取れていない時もありますし」
「あの時の隊長、しばらく機嫌悪かったんだ。『和泉はそんな奴じゃない』って。『俺も野原隊長と同じ意見です』って何度も言って、やっと直ったんだよ」
「きっと、『先駆隊時代からの同僚』という仲間意識の他に、『先輩と後輩』っていう間柄の絆があるからなのでは」
「第二隊も色々大変らしいから、心配してる面もあると思う」
「そっか。なら、背中の怪我の事も知ってるに違いないッスね」
高井は空を見つめ、脳内の記憶を探った。
副隊長として傍に付きながら、己が見聞きした事。
そして──
「……俺は、『異性としての意識も有る』と感じたが」
「ほほぅ?」
「あり得ない訳ではないと思います。和泉隊長がどんな方か、良く理解されているようですから」
「あれ?和泉隊長って、第二隊の課長が婚約者って話じゃなかったっけ?」
「それ、どうも違うらしいぞ。和泉隊長はその気がないって噂だ」
「へぇ~。高井さんはやっぱり詳しいなぁ」
「恋愛事情というものは、プライベートの中でもセンシティブな領域ですから。これ以上僕達が詮索するのは、止めておいた方が良いかと」
「だな」
「…そっか」
三人は揃って腕組みし、暫し考え込む。
「雛さんは、隊長達に可愛がられてますよね。志原さん、何か聞いてません?」
「オレは何も。だけど雛だけは知ってるような、そんな感じがしただけッス」
「課長に色々聞いて、興味でも持ったか」
「捜査班長も、先駆隊で課長と一緒だったらしくて。いつも『正(せい)さんの孫ちゃん』って飴あげたりして、優しいッス」
「雛さんは、詮索好きな方ではないですよね。なのに、どうしていつも話に加わってるんでしょう?」
「課長の命令で、強制参加させられてるとかじゃないか?」
いつの間にか、話題の人物が雛へ移行している。
彼女が不意に見せる言動に、疑問を抱いていたのは勇磨だけではなかったらしい。
「詮索好きって言ったら、蔵間の方が…」
そこまで言って、勇磨は昼間の出動を思い出した。
折角上司の謎解きに意気揚々としたのに、途端に気分はブルーへ逆戻り。
溜息も、つい声まで出る。
「はぁ…」
「どうした志原?」
「何かあったんですか?」
勢い良く枕へ突っ伏した勇磨を、見つめる二人。
「現場でも元気無かったよな」
「うぅ。ちょっとばかり…ヘコんでるッス」
「昼間の出動の話ですか?」
「葉月さん、正解」
「そんなに俺とコンビ組んだのが、不満だったのか?」
「不満じゃないッス」
勇磨は枕から顔を上げた。
「高井さんは状況判断凄く早くて、オレは追いつけなかった。アシストもろくに出来ないまま、全員叩かれて終わりッス」
「何言ってんだ。志原が最初に足止めしてくれたから、俺は動けたんだぞ?」
「僕も見てました。お二人共、素早かったですね」
高井の言う通りで、勇磨がエアガンで最初に放った牽制の一発で一人目がコケた。
それに続いていた二人が、一人目に引っかかりコケて大きな隙が生じた。
そこで高井が確保しに突っ込んだのである。
しかし、この一対三の格闘が「見事だった」と勇磨は言うのだ。
「訓練校でも、格闘方法とか習ったしな」
「高井さんは元捜査員ですから。僕達より犯人逮捕とか格闘は、経験豊富でしょう?」
「まぁな。入隊するからって、短期訓練で段上げたし」
「特殊戦術の資格は取らなかったんですか?」
「そこまで暇無かったんだ。ほら、俺達って『短期集中講習』とか云って思いっきり詰め込まれただろ?」
「たった二か月くらいしかない中で、訓練に訓練に訓練に…」
「座学もテストもオニ盛りだったッスよ、葉月さん」
雛と御影は警察学校初任科卒業と同時に、教導隊が新設した『長期集中講習コース』を希望している。
勇磨達はそれが無く、短期で必要な情報と武術を叩き込む過酷な講習となっていた。
他部署からの移動や出向組は、必然的にそうなるようだ。
「それだもんな。挙句の果てに、名誉挽回しようと思って雛達のフォローへ向かったら…」
「あの二人も、中々早かったですね」
「訓練校からずっと一緒なだけあるな」
「蔵間のくせに、マジで流石なんスよ。雛の動きでフォローすべき所が、一瞬で見えてるんだ」
勇磨は、一瞬だけだと「本当にそれで良いのか」と迷ってしまう。
そこが御影に言われていた事なのである。
見抜かれていたのは悔しいが、彼女の方がずっと上手(うわて)であり、かつ正論だった。
「蔵間は、俺より友江の戦闘スタイルをきちんと把握してると思うぞ。何処からでもアシスト出来るように、自分で研究してるらしい」
「随分熱心ですね。御影さんの相棒は、高井さんなのに」
「やっぱり、親友だから…なんだろうな」
親友が相手じゃ、勇磨の片思いという立場は敵わないだろうか。
「…いや。ただの親友って訳じゃないぞ、あれは」
「と、言うと?」
「え?」
「あの二人も何かあったな。多分、それは現在進行形だ」
「何か聞いたんですか?」
高井の洞察力は、今日も冴えている。
葉月の問いに、高井は首を横に振った。
「蔵間は何も話さない。でも、友江を大切に思ってるのは確かだ」
「恋人を差し置いて、親友が大切って…どういう事だ?」
理解不能の脳内では、御影が黒いマントを翻し、「オホホホ」と悪魔の如く笑っている。
勇磨は若干ムカついたが、顔に出さないでおく。
「課長は家族ですから、ともかくとして。野原隊長も、雛さんを大事にしてませんか?」
「今日なんか、わざわざ武器でフォローまで入れたしな」
「僕達だけの時は、中々そんな事してくれませんよ」
「今回だけじゃないか?相手が銃持ってた所為だと、俺は思ってたんだが」
「銃…かぁ」
半分眠くなってきた勇磨の脳裏に、今度は雛が出てきた。
たまに見せる銃声を怖がるような仕草、憂いのある悲しそうな顔。
いつもの優しい微笑みと裏腹のそれらは、琴線に引っかかっている。
そして、御影が前に言った言葉。
「この前、『雛の前で“射殺する”って言ったら、地獄に流す』って蔵間に脅されたっけな」
「蔵間に?」
「そうッス。『銃でハチの巣に』も言っちゃダメとかって」
「銃に関する言葉がNGワードみたいですね。僕も覚えておきます」
「そうだな。理由は分からないが、俺も気を付ける」
「高井さんの言う通り、雛と二人で内緒にしてる事があるみたいッス」
「やはり、雛さんの事も謎になってきましたね」
「…もしかしたら、一連の話や事件に共通する何かを、友江は握っているのかも知れないぞ」
「そんな。いきなり飛躍し過ぎじゃ」
「いえ、志原さん。ハズレでは無いと思いますよ」
葉月も、高井と同じ答えを導き出したようだ。
「そうじゃなければ、隊長達が僕達の中で雛さんだけを贔屓にしない筈ですし」
「あぁ。言っておくが、俺達は妬んでる訳じゃないぞ」
「それは解ってるッス。オレも、その点の心配はしてない」
あからさまな贔屓がある訳ではないが、勘の良い人間ならば見抜ける程のフォロー振りである。
彼女が初所属だから、だけではないのだろう。
何かが違っていた。
「課長の差し金じゃないッスか?」
まさかとは思いつつも、二人のそれは当たっているような気がしてならない。
それなら、相棒を始めとした周囲の不思議な点が結び付く。
勇磨の中で、霧が少し晴れたような気がした。
「課長は、ほとんど隊の事には触れていないぞ。『野原隊長に任せてる』って言ってた」
「それじゃ、隊長の独断…ですか?」
「単にロリコン、なんてオチじゃなさそうだもんな」
三人の推察をまとめると、雛を中心に謎が渦巻いている様子が浮かぶ。
第五隊内だけに留まらない、過去まで含んだ大きな秘密が隠されていると──
「…」
「…」
高井と葉月は、揃って眠たげな目の勇磨を見つめた。
「へ?オレがどうかしたッスか?」
「志原、お前…」
「志原さん。これは大変ですよ?」
「何が?」
二人が何を言いたいのか、半分寝てる脳味噌では考えられなかった。
「ヘコんでる場合じゃないぞ。この事が判った以上、気合入れて友江を守らないと」
「そうですよ、もっと頑張らなきゃ!」
「え?」
「え、じゃないですよ!雛さんのパートナーなんですから」
「蔵間に負けてられないぞ?」
「いや。そのぉ」
二人に迫られて、勇磨はジリジリと後退する。
「友江の事、好きなんだろ?」
「雛さんの事、好きなんでしょう?」
二人同時だった。
勇磨の目は、その一瞬で完全に覚める。
「え゛っっ!?」
一気に赤面した。
御影に揶揄された事はあったが。
まさか、この二人にも気付かれていたとは!
「ふ…、不覚だぁっ!!」
「雛さん以外にはバレバレですよ」
「あぁ。課長は怒ってた」
「課長まで!しかも怒ってるッスか!?」
何を今更、と二人の態度は物語っている。
勇磨は頭を抱えた。
「安心しろ。友江に告げ口するような無粋な奴は、この隊には居ない」
「もう充分最悪だ」
今度は姑にいびられた嫁の如く、血の気委が失せ青褪めていく顔を両手で覆う。
「雛さんを守るのには、僕も全力で協力しますよ」
「俺も。恋のキューピッド役は御免だがな」
「な、ななな……」
愕然の様子に気付かぬ振りをしてるのか、二人は彼の肩に手を置いた。
勇磨のバレバレな片思いの話で終わってしまった、三人の推察。
外れていないと判る時まで、そう長くはないだろう。
あっという間に夜中になり、宿直当番は交代で仮眠を取る。
特警隊用の宿直室で、勇磨は全く寝付けないでいた。
「志原、起きてたのか」
「…あれ、二人?」
敷かれた布団が並ぶ和室内に、高井と葉月が入ってきた。
勇磨は起き上がる。
「何か寝付けなくて。高井さんと葉月さんは交代ッスか?」
「えぇ。隊長が全員と代わってくれたんですよ」
「蔵間は買出しに行った。友江も代わったが、何か隊長と話があるって残ってたな」
「へ?まさか…」
『コンビ解消』なんて最悪のキーワードが頭に浮かんで、勇磨は固まった。
「また、昔の仕事話なんじゃないですか?」
「昔の仕事話?」
「そうか」
葉月がいつもの事と普通に言ったが、残る二人には初耳である。
一人は珍しいと思い、もう一人はそんな事かと安心した。
勇磨は再び、布団へ転がる。
「昨日も、課長と三人で話してたみたいですね。隊長に聞いたら、『昔の事件の話だ』って言ってました」
「昔の事件か…」
高井は何か思い付く節があるのか、胡坐をかいて座り込んだ。
「高井さんも、何か知ってるんですか?」
「その事なのかは解からないが。…二人は、隊長の背中に大怪我の跡があるの知ってるか?」
「大怪我!?」
余り知らない上司の事の、新たな一面。
突然の告白に、勇磨も葉月も食いついた。
「その調子じゃ初耳か。ここへ配属になる前、俺は隊長とコンビ組んで捜査協力に出てた時期があったんだ」
「羨ましいッス」
「確か半年位って言ってましたっけ?」
頷いた高井は、元・八王子署生活安全課の捜査員だった。
一時、本庁指定凶悪事件の捜査で城南署へ応援に訪れていた。
「同じ城南島内だから」と警備部隊舎に併設されていた準備室へ、捜査協力として出向した時期がある。
それが縁で、「優秀なので是非欲しい」と特警隊へ異動する事が決まったのだ。
御影と訓練校で出会うのは、自身の短期集中訓練と講習が終わった後である。
「その時一回だけ、一緒に銭湯に行った事あったんだ。それで、背中と右腕に何針か縫った怪我の跡を見た」
「へぇ…」
「意外ですね」
野原は細身で、刑事課のような頭脳系の方が向いている見た目。
それなのに、特警隊突入班は体力系だ。
長なのでポジションはFB(フルバック)の指揮専門だと思っていたのに、FAの長警杖使いって言うのだけでも驚いた。
「聞いたんだが、『勤務中に怪我した』としか言わなかった」
「勤務中?隊長は優秀ッス、刑事でもヘマするなんて思えないなぁ」
「返り討ちでしょうか?」
「あの口調じゃ、口外出来ない何かがあるんじゃないかと思うんだ」
捜査員による任務遂行中の受傷は、全く無い訳ではない。
だが、当時追っていたのは『本庁が指定する程の凶悪事件』だ。
特殊部隊のような護身用装備も無いのに、かなり危険な現場に関わっていたという事になる。
返り討ちのレベルも尋常じゃないと推測出来た。
勇磨と葉月の背筋が凍る。
「高井さんの洞察と推理は、大抵当たってますから…。本当にそうなのかも」
「オレもそう思うッス。何かって言ったら事件しかないだろうし」
「ですよね」
「怪我人出るくらいなら、訓練校の教導隊から『同じ目に遭うなよ』って話が出てきた筈ッス」
「僕達が教導受けた時って、そういった話は特に無かったですよね?口外出来ないという理由なら、納得いくかと」
「おいおい二人共。だからってそれが、良く三人で話してる話に結び付くかどうかは解からないぞ?」
最早、気分は探偵か、特別捜査本部の管理官である。
高井は苦笑しているが、勇磨と葉月は真剣に推察しているようだ。
「…そういや。第二隊の和泉隊長、時々絡んでるみたいだな」
「オレ達が知らなかっただけで、初日からずっと連絡取り合ってみたいッスね」
「ウチのシステムに入ってるデータの共有(ユニゾン)率も、第二隊が一番でしたよ」
「え?本部じゃないのか?」
「えぇ。シュテルンビルドのシステムに組み込まれた、『後発隊用支援プログラム』もそうなんです」
「何スかそれ?」
葉月の話によると、第三以降の隊が運用するシステム内には、前任として管轄を代わりに引き受けていた隊が保有する各データを収めたプログラムが用意されていた。
始動と同時に裏で展開し、勝手に動きアシストしてくれる仕組みだが、使用者への支障は全くない。
例え初日でも、使い慣らし学習させた先発隊のシステム同様に全ての機能の円滑な使用を可能とし、必要な資料やデータは全て揃っている状態。
「格差を埋めよ」という本部長の指示の下、作成されている。
これを、先発隊からの《祝福》と呼んでいるらしい。
第五隊用の支援プログラムは、第二隊のデータが中心となって作成され、監修者一欄には和泉の名が上の方に記載されている。
そしてシュテルンビルドNo.5(フュンフ)が始動した日、彼女によって祝福は与えられた。
「へぇ、和泉隊長からの祝福かぁ。野原隊長、嬉しかっただろうな」
「間違いない。前に本部で第一の隊長から、『第二が作ったのは祝福じゃなくて呪いだ』って言われてかなり怒っていたし」
「随分と失礼な事言うッスね。第一隊って、和泉隊長の事嫌いなのかな?」
「情報支援受けた時の無線を聞いた限りでは、隊長同士の仲が良くないみたいです。連携取れていない時もありますし」
「あの時の隊長、しばらく機嫌悪かったんだ。『和泉はそんな奴じゃない』って。『俺も野原隊長と同じ意見です』って何度も言って、やっと直ったんだよ」
「きっと、『先駆隊時代からの同僚』という仲間意識の他に、『先輩と後輩』っていう間柄の絆があるからなのでは」
「第二隊も色々大変らしいから、心配してる面もあると思う」
「そっか。なら、背中の怪我の事も知ってるに違いないッスね」
高井は空を見つめ、脳内の記憶を探った。
副隊長として傍に付きながら、己が見聞きした事。
そして──
「……俺は、『異性としての意識も有る』と感じたが」
「ほほぅ?」
「あり得ない訳ではないと思います。和泉隊長がどんな方か、良く理解されているようですから」
「あれ?和泉隊長って、第二隊の課長が婚約者って話じゃなかったっけ?」
「それ、どうも違うらしいぞ。和泉隊長はその気がないって噂だ」
「へぇ~。高井さんはやっぱり詳しいなぁ」
「恋愛事情というものは、プライベートの中でもセンシティブな領域ですから。これ以上僕達が詮索するのは、止めておいた方が良いかと」
「だな」
「…そっか」
三人は揃って腕組みし、暫し考え込む。
「雛さんは、隊長達に可愛がられてますよね。志原さん、何か聞いてません?」
「オレは何も。だけど雛だけは知ってるような、そんな感じがしただけッス」
「課長に色々聞いて、興味でも持ったか」
「捜査班長も、先駆隊で課長と一緒だったらしくて。いつも『正(せい)さんの孫ちゃん』って飴あげたりして、優しいッス」
「雛さんは、詮索好きな方ではないですよね。なのに、どうしていつも話に加わってるんでしょう?」
「課長の命令で、強制参加させられてるとかじゃないか?」
いつの間にか、話題の人物が雛へ移行している。
彼女が不意に見せる言動に、疑問を抱いていたのは勇磨だけではなかったらしい。
「詮索好きって言ったら、蔵間の方が…」
そこまで言って、勇磨は昼間の出動を思い出した。
折角上司の謎解きに意気揚々としたのに、途端に気分はブルーへ逆戻り。
溜息も、つい声まで出る。
「はぁ…」
「どうした志原?」
「何かあったんですか?」
勢い良く枕へ突っ伏した勇磨を、見つめる二人。
「現場でも元気無かったよな」
「うぅ。ちょっとばかり…ヘコんでるッス」
「昼間の出動の話ですか?」
「葉月さん、正解」
「そんなに俺とコンビ組んだのが、不満だったのか?」
「不満じゃないッス」
勇磨は枕から顔を上げた。
「高井さんは状況判断凄く早くて、オレは追いつけなかった。アシストもろくに出来ないまま、全員叩かれて終わりッス」
「何言ってんだ。志原が最初に足止めしてくれたから、俺は動けたんだぞ?」
「僕も見てました。お二人共、素早かったですね」
高井の言う通りで、勇磨がエアガンで最初に放った牽制の一発で一人目がコケた。
それに続いていた二人が、一人目に引っかかりコケて大きな隙が生じた。
そこで高井が確保しに突っ込んだのである。
しかし、この一対三の格闘が「見事だった」と勇磨は言うのだ。
「訓練校でも、格闘方法とか習ったしな」
「高井さんは元捜査員ですから。僕達より犯人逮捕とか格闘は、経験豊富でしょう?」
「まぁな。入隊するからって、短期訓練で段上げたし」
「特殊戦術の資格は取らなかったんですか?」
「そこまで暇無かったんだ。ほら、俺達って『短期集中講習』とか云って思いっきり詰め込まれただろ?」
「たった二か月くらいしかない中で、訓練に訓練に訓練に…」
「座学もテストもオニ盛りだったッスよ、葉月さん」
雛と御影は警察学校初任科卒業と同時に、教導隊が新設した『長期集中講習コース』を希望している。
勇磨達はそれが無く、短期で必要な情報と武術を叩き込む過酷な講習となっていた。
他部署からの移動や出向組は、必然的にそうなるようだ。
「それだもんな。挙句の果てに、名誉挽回しようと思って雛達のフォローへ向かったら…」
「あの二人も、中々早かったですね」
「訓練校からずっと一緒なだけあるな」
「蔵間のくせに、マジで流石なんスよ。雛の動きでフォローすべき所が、一瞬で見えてるんだ」
勇磨は、一瞬だけだと「本当にそれで良いのか」と迷ってしまう。
そこが御影に言われていた事なのである。
見抜かれていたのは悔しいが、彼女の方がずっと上手(うわて)であり、かつ正論だった。
「蔵間は、俺より友江の戦闘スタイルをきちんと把握してると思うぞ。何処からでもアシスト出来るように、自分で研究してるらしい」
「随分熱心ですね。御影さんの相棒は、高井さんなのに」
「やっぱり、親友だから…なんだろうな」
親友が相手じゃ、勇磨の片思いという立場は敵わないだろうか。
「…いや。ただの親友って訳じゃないぞ、あれは」
「と、言うと?」
「え?」
「あの二人も何かあったな。多分、それは現在進行形だ」
「何か聞いたんですか?」
高井の洞察力は、今日も冴えている。
葉月の問いに、高井は首を横に振った。
「蔵間は何も話さない。でも、友江を大切に思ってるのは確かだ」
「恋人を差し置いて、親友が大切って…どういう事だ?」
理解不能の脳内では、御影が黒いマントを翻し、「オホホホ」と悪魔の如く笑っている。
勇磨は若干ムカついたが、顔に出さないでおく。
「課長は家族ですから、ともかくとして。野原隊長も、雛さんを大事にしてませんか?」
「今日なんか、わざわざ武器でフォローまで入れたしな」
「僕達だけの時は、中々そんな事してくれませんよ」
「今回だけじゃないか?相手が銃持ってた所為だと、俺は思ってたんだが」
「銃…かぁ」
半分眠くなってきた勇磨の脳裏に、今度は雛が出てきた。
たまに見せる銃声を怖がるような仕草、憂いのある悲しそうな顔。
いつもの優しい微笑みと裏腹のそれらは、琴線に引っかかっている。
そして、御影が前に言った言葉。
「この前、『雛の前で“射殺する”って言ったら、地獄に流す』って蔵間に脅されたっけな」
「蔵間に?」
「そうッス。『銃でハチの巣に』も言っちゃダメとかって」
「銃に関する言葉がNGワードみたいですね。僕も覚えておきます」
「そうだな。理由は分からないが、俺も気を付ける」
「高井さんの言う通り、雛と二人で内緒にしてる事があるみたいッス」
「やはり、雛さんの事も謎になってきましたね」
「…もしかしたら、一連の話や事件に共通する何かを、友江は握っているのかも知れないぞ」
「そんな。いきなり飛躍し過ぎじゃ」
「いえ、志原さん。ハズレでは無いと思いますよ」
葉月も、高井と同じ答えを導き出したようだ。
「そうじゃなければ、隊長達が僕達の中で雛さんだけを贔屓にしない筈ですし」
「あぁ。言っておくが、俺達は妬んでる訳じゃないぞ」
「それは解ってるッス。オレも、その点の心配はしてない」
あからさまな贔屓がある訳ではないが、勘の良い人間ならば見抜ける程のフォロー振りである。
彼女が初所属だから、だけではないのだろう。
何かが違っていた。
「課長の差し金じゃないッスか?」
まさかとは思いつつも、二人のそれは当たっているような気がしてならない。
それなら、相棒を始めとした周囲の不思議な点が結び付く。
勇磨の中で、霧が少し晴れたような気がした。
「課長は、ほとんど隊の事には触れていないぞ。『野原隊長に任せてる』って言ってた」
「それじゃ、隊長の独断…ですか?」
「単にロリコン、なんてオチじゃなさそうだもんな」
三人の推察をまとめると、雛を中心に謎が渦巻いている様子が浮かぶ。
第五隊内だけに留まらない、過去まで含んだ大きな秘密が隠されていると──
「…」
「…」
高井と葉月は、揃って眠たげな目の勇磨を見つめた。
「へ?オレがどうかしたッスか?」
「志原、お前…」
「志原さん。これは大変ですよ?」
「何が?」
二人が何を言いたいのか、半分寝てる脳味噌では考えられなかった。
「ヘコんでる場合じゃないぞ。この事が判った以上、気合入れて友江を守らないと」
「そうですよ、もっと頑張らなきゃ!」
「え?」
「え、じゃないですよ!雛さんのパートナーなんですから」
「蔵間に負けてられないぞ?」
「いや。そのぉ」
二人に迫られて、勇磨はジリジリと後退する。
「友江の事、好きなんだろ?」
「雛さんの事、好きなんでしょう?」
二人同時だった。
勇磨の目は、その一瞬で完全に覚める。
「え゛っっ!?」
一気に赤面した。
御影に揶揄された事はあったが。
まさか、この二人にも気付かれていたとは!
「ふ…、不覚だぁっ!!」
「雛さん以外にはバレバレですよ」
「あぁ。課長は怒ってた」
「課長まで!しかも怒ってるッスか!?」
何を今更、と二人の態度は物語っている。
勇磨は頭を抱えた。
「安心しろ。友江に告げ口するような無粋な奴は、この隊には居ない」
「もう充分最悪だ」
今度は姑にいびられた嫁の如く、血の気委が失せ青褪めていく顔を両手で覆う。
「雛さんを守るのには、僕も全力で協力しますよ」
「俺も。恋のキューピッド役は御免だがな」
「な、ななな……」
愕然の様子に気付かぬ振りをしてるのか、二人は彼の肩に手を置いた。
勇磨のバレバレな片思いの話で終わってしまった、三人の推察。
外れていないと判る時まで、そう長くはないだろう。
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