シグナル-星と月-
「あのさ志原。今回は、あたしと雛で組ませてもらえない?」
「…ハ?」
第五隊に出動要請が下った現場、その片隅。
御影の突拍子の無いお願いに、勇磨は眉を顰めた。
「だから、アンタは高井さんと組んでよ」
「何で?」
特警隊の要である突入班だが、人手の足りない第五隊は二人一組のままである。
現場での突入構成(エントリープラン)で一時的な配置変更があったりするものの、これが基本。
余程の事情が無い限りは変更されない。
一番の心配は命の危険だが、彼らは大変ながらも乗り越えて続けている。
その内のユニット2、開発班も兼任する御影と相棒である副隊長の高井は、プライベートでも恋人同士という関係。
野暮とは解っていても、つい「喧嘩でもしたのか」とツッコミを入れたくなってしまう。
「先に言っておくけど。あたしと高井さんは、喧嘩なんかしてないわよ」
「だから、何でお前が雛と組むんだよ?」
「野原隊長の指示」
「ハァ!?オレはそんなの、聞いてねーって」
目前には、自分の相棒が突入順万端で居るっていうのに。
何故、いつもの微笑みでこっちを見ている可愛い雛(おじょうさん)と組ませてもらえないのか。
上司の考えも、悪魔の微笑みを浮かべたこの眼鏡女の言う事も、全く承服出来ない。
「そりゃそうよ。まだエントリープランの段階だもの」
「蔵間。お前って奴はいつもいつも、どうしてオレを振り回す?」
「あたしとアンタは、多分そういう星の廻りなのよ。仕方ないわ──って、そんな話したいんじゃなくて」
「そこまで強固に通そうとするんだから、ちゃんとした計画があるんだろうな?」
「冗談でも怒るぞ」と疑念が晴れない勇磨へ、御影は人差し指を立てて説明する。
彼女は楽しそうなので、聞いても納得出来るかは怪しいが。
「今回のテーマは、お・と・り♪」
「囮ぃ?」
「犯人は五人だっけ?全員が『女性に対してかなりの偏見を持っているらしい』って情報は、志原も聞いたでしょ」
「好戦的に襲ってくる奴と、逃げる奴の両極端な組み合わせだろ。変な奴等だよな」
犯人にマトモな奴なんて、はじめから居ない。
思考や言動が至って普通なら、警察の出番は来ないのである。
「そこで今回は『男女別』でコンビを組みましょ、って事になった訳」
「それは解かった。けど、それの何処が囮なんだ?」
「女を襲いたがっている奴二人は、一緒に行動してるけどただの便乗犯。逆の女嫌い三人が、今回の主犯格なのよ」
「それって、本当に大丈夫なのか?」
彼女らが確保しようとしているのは、連続婦女暴行犯の二人組。
下手すると、返り討ちに遭う事は明らかだ。
そんな危険な賭けのようなプランを、上司がこうも易々と許可するだろうか。
「蔵間、お前…」
「あたしじゃないわ。雛の提案なのよ」
「雛がぁ!?」
大抵こんな無茶な提案を最初にするのは、御影である。
にわかに信じ難いので、「ドッキリ企画でした」なんて場面まで想定してしまう。
日頃馬鹿呼ばわりしている自分への悪戯とか揶揄いなのだろうか。
だとしたら、随分と質が悪い気がする。
勇磨の眉間の皺が増えた。
「──呼んだ?」
当人がニコニコしながらやってきた。
それは、御影の悪魔の微笑が伝染(うつ)ったかのように思えてならない。
否、これは可愛い相棒に失礼だ。
彼は瞬時に脳内で思い直す。
「蔵間に聞いたぞ。雛…」
「うん。今回は私の提案だよ」
「危険だろ!?何でそんな」
勇磨の言葉は途中で遮られた。
「許せないんだよ。銃持って脅すなんて、最低じゃない?」
「え…」
怒っているようだが、声を荒げるわけでもない。
ただ少し悲しげに、静かに。
時折見せる、彼女の気になる表情がそこにあった。
「…」
「ね?」と真っ直ぐな瞳で向かい合う雛に、勇磨は声が詰まる。
すぐに答えられないので、一息吐いた。
「気持ちは分かったが…。絶対に、無理だけはするなよ?」
「ありがと、勇磨っ!」
「良かったわね、雛」
「うん!…あっ、私が提案したって事は課長(おじいちゃん)に黙っててね」
「あたしが言ったって事にしとくのよ、解かった?」
「おう」
最後の条件であった勇磨の同意を得られ、雛は一気にやる気満々だ。
先程の憂う表情の跡は、微塵もない。
これで準備は整った。
配置に着く前、勇磨は御影を呼んだ。
いつもより顔が顰め面なのは、不安を隠しきれない為か。
「雛の事、頼んだからな」
「やっとパートナーらしい事、言うようになったじゃない?」
「な!」
「あたしはアンタと違って、迷ったりしないの。あの子を悲しませるような事なんてしないし、させないわよ」
「…マジで頼んだぞ」
「志原こそ、怪我するんじゃないわよ?アンタが無理して一番に泣くのは、雛なんだから」
「解ってる」
「交番勤務とは違って、簡単には応援呼べないわよ?あたし達は特警隊なんだから」
悔しいが、反論する余地がない勇磨。
「安心して見てなさい」と、御影はピースサインで答えた。
「行ってきまーす!」
御影は待っていた雛の肩を叩き、先行する。
雛もニッコリと勇磨に微笑みかけ、後を追っていく。
高井が迎えに来た。
「準備は良いか、志原。そろそろ行くぞ?」
「高井さん。…あの」
「どうした?」
「高井さんは、蔵間の事心配じゃないんッスか?」
「そうだな」
仲の良いパートナーの事を心配しない人は居ないだろう。
それは勇磨も理解しているのだが、どうしても聞いてみたくなった。
「全くしていない訳じゃないさ」
「やっぱり。そうッスよね」
「でも、蔵間の射撃は正確だ。友江の事も詳しい。問題はないと思う」
「そうッスか…」
「それに。あいつなら、友江が悲しませるような結果は作らないだろうから」
「成程」
高井と御影の絆が強く結ばれているのを、勇磨は実感した。
恋人って関係もあるからなのだろう、少し羨ましくもあるようだ。
「一応、隊長も《戦竜》片手に指揮執ってるんだ。近くに居てくれるって話だし、大丈夫さ」
「隊長、格好良いッスね。美味しいトコ取りだぜ」
同じSAT志願者とは云えども、向こうは元先駆隊突入班の経験者(ベテラン)。
対してこっちは、交番勤務(ハコバン)からのヒヨっ子だ。
姫二人を守る騎士のポジションは、間違いなく盗られてしまうだろう。
雛が安全に帰れるなら、それも仕方ない。
「俺達も行くぞ。さっさと片付けて、フォローに回らんと」
「はい!」
──勇磨の心配は、空振りに終わった。
想像以上に雛と御影は連係プレーが良くて、逆にヘコんだ。
警察学校以来の親友に対し、こっちはコンビ結成半年位。
勝ち目も無いのは当然だが。
(『好き』だけじゃ駄目、なのか?…やっぱり)
「あ、勇磨!お疲れ様っ」
確保した犯人を所轄の担当へ引き渡して、雛と御影が走ってくる。
「そっちのコンビも、上手く行ったみたいね」
「オレは出番なし。三人も居たのに、高井さんが一掃しちまったよ」
「流石FA(フロントアタッカー)だね」
「そうよ。高井さん強いんだから」
三人の視線の先では、捜査員へ犯人の身柄を引き渡している高井。
体系はガッチリしているし、仕事もバッチリ。
絵に描いたような『逞しい警察官の姿』である。
「高井さんと比べてヘコんだんでしょ」
「比べたオレがバカだった」
無情な追い討ちだ。
勇磨はこれ以上、言い返す気力も湧かない。
「そんな。勇磨だって良い所沢山あるのに」
「あーあ。だからアンタはおバカ志原なのよ」
「もういいや…。何とでも言え」
「どうしたの勇磨?疲れた?」
気遣ってくれる雛が、天使に見える。
「大丈夫さ」
「私、心配かけちゃったよね。ゴメンね」
「気にしなくて良いよ。夕べ寝てなかったから、ちょっと疲れただけだって」
「本当?それなら、今夜の宿直私が代わるよ」
「…良いのか?」
「うん!晩ご飯しっかり食べて、ゆっくり休んでね」
相棒は、自分がこんなに落ち込んだ理由も知らないだろう。
しかし、何となく顔を合わせ難かった。
「雛ぁ。ほとんど動いてない志原が疲れる訳ないでしょ、代わる事ないわよ?」
「いいの。意地悪言わないっ」
「はーい」
御影は野次るが、今回はすぐに雛に怒られた。
「本当に優しいわね。雛は」
「感謝してる」
「そうね、当然だわ。あたしだって毎日感謝してるもの」
「……だな」
真っ直ぐ前を向いたまま御影が言い、顔を伏せたまま勇磨はすれ違った。
「…ハ?」
第五隊に出動要請が下った現場、その片隅。
御影の突拍子の無いお願いに、勇磨は眉を顰めた。
「だから、アンタは高井さんと組んでよ」
「何で?」
特警隊の要である突入班だが、人手の足りない第五隊は二人一組のままである。
現場での突入構成(エントリープラン)で一時的な配置変更があったりするものの、これが基本。
余程の事情が無い限りは変更されない。
一番の心配は命の危険だが、彼らは大変ながらも乗り越えて続けている。
その内のユニット2、開発班も兼任する御影と相棒である副隊長の高井は、プライベートでも恋人同士という関係。
野暮とは解っていても、つい「喧嘩でもしたのか」とツッコミを入れたくなってしまう。
「先に言っておくけど。あたしと高井さんは、喧嘩なんかしてないわよ」
「だから、何でお前が雛と組むんだよ?」
「野原隊長の指示」
「ハァ!?オレはそんなの、聞いてねーって」
目前には、自分の相棒が突入順万端で居るっていうのに。
何故、いつもの微笑みでこっちを見ている可愛い雛(おじょうさん)と組ませてもらえないのか。
上司の考えも、悪魔の微笑みを浮かべたこの眼鏡女の言う事も、全く承服出来ない。
「そりゃそうよ。まだエントリープランの段階だもの」
「蔵間。お前って奴はいつもいつも、どうしてオレを振り回す?」
「あたしとアンタは、多分そういう星の廻りなのよ。仕方ないわ──って、そんな話したいんじゃなくて」
「そこまで強固に通そうとするんだから、ちゃんとした計画があるんだろうな?」
「冗談でも怒るぞ」と疑念が晴れない勇磨へ、御影は人差し指を立てて説明する。
彼女は楽しそうなので、聞いても納得出来るかは怪しいが。
「今回のテーマは、お・と・り♪」
「囮ぃ?」
「犯人は五人だっけ?全員が『女性に対してかなりの偏見を持っているらしい』って情報は、志原も聞いたでしょ」
「好戦的に襲ってくる奴と、逃げる奴の両極端な組み合わせだろ。変な奴等だよな」
犯人にマトモな奴なんて、はじめから居ない。
思考や言動が至って普通なら、警察の出番は来ないのである。
「そこで今回は『男女別』でコンビを組みましょ、って事になった訳」
「それは解かった。けど、それの何処が囮なんだ?」
「女を襲いたがっている奴二人は、一緒に行動してるけどただの便乗犯。逆の女嫌い三人が、今回の主犯格なのよ」
「それって、本当に大丈夫なのか?」
彼女らが確保しようとしているのは、連続婦女暴行犯の二人組。
下手すると、返り討ちに遭う事は明らかだ。
そんな危険な賭けのようなプランを、上司がこうも易々と許可するだろうか。
「蔵間、お前…」
「あたしじゃないわ。雛の提案なのよ」
「雛がぁ!?」
大抵こんな無茶な提案を最初にするのは、御影である。
にわかに信じ難いので、「ドッキリ企画でした」なんて場面まで想定してしまう。
日頃馬鹿呼ばわりしている自分への悪戯とか揶揄いなのだろうか。
だとしたら、随分と質が悪い気がする。
勇磨の眉間の皺が増えた。
「──呼んだ?」
当人がニコニコしながらやってきた。
それは、御影の悪魔の微笑が伝染(うつ)ったかのように思えてならない。
否、これは可愛い相棒に失礼だ。
彼は瞬時に脳内で思い直す。
「蔵間に聞いたぞ。雛…」
「うん。今回は私の提案だよ」
「危険だろ!?何でそんな」
勇磨の言葉は途中で遮られた。
「許せないんだよ。銃持って脅すなんて、最低じゃない?」
「え…」
怒っているようだが、声を荒げるわけでもない。
ただ少し悲しげに、静かに。
時折見せる、彼女の気になる表情がそこにあった。
「…」
「ね?」と真っ直ぐな瞳で向かい合う雛に、勇磨は声が詰まる。
すぐに答えられないので、一息吐いた。
「気持ちは分かったが…。絶対に、無理だけはするなよ?」
「ありがと、勇磨っ!」
「良かったわね、雛」
「うん!…あっ、私が提案したって事は課長(おじいちゃん)に黙っててね」
「あたしが言ったって事にしとくのよ、解かった?」
「おう」
最後の条件であった勇磨の同意を得られ、雛は一気にやる気満々だ。
先程の憂う表情の跡は、微塵もない。
これで準備は整った。
配置に着く前、勇磨は御影を呼んだ。
いつもより顔が顰め面なのは、不安を隠しきれない為か。
「雛の事、頼んだからな」
「やっとパートナーらしい事、言うようになったじゃない?」
「な!」
「あたしはアンタと違って、迷ったりしないの。あの子を悲しませるような事なんてしないし、させないわよ」
「…マジで頼んだぞ」
「志原こそ、怪我するんじゃないわよ?アンタが無理して一番に泣くのは、雛なんだから」
「解ってる」
「交番勤務とは違って、簡単には応援呼べないわよ?あたし達は特警隊なんだから」
悔しいが、反論する余地がない勇磨。
「安心して見てなさい」と、御影はピースサインで答えた。
「行ってきまーす!」
御影は待っていた雛の肩を叩き、先行する。
雛もニッコリと勇磨に微笑みかけ、後を追っていく。
高井が迎えに来た。
「準備は良いか、志原。そろそろ行くぞ?」
「高井さん。…あの」
「どうした?」
「高井さんは、蔵間の事心配じゃないんッスか?」
「そうだな」
仲の良いパートナーの事を心配しない人は居ないだろう。
それは勇磨も理解しているのだが、どうしても聞いてみたくなった。
「全くしていない訳じゃないさ」
「やっぱり。そうッスよね」
「でも、蔵間の射撃は正確だ。友江の事も詳しい。問題はないと思う」
「そうッスか…」
「それに。あいつなら、友江が悲しませるような結果は作らないだろうから」
「成程」
高井と御影の絆が強く結ばれているのを、勇磨は実感した。
恋人って関係もあるからなのだろう、少し羨ましくもあるようだ。
「一応、隊長も《戦竜》片手に指揮執ってるんだ。近くに居てくれるって話だし、大丈夫さ」
「隊長、格好良いッスね。美味しいトコ取りだぜ」
同じSAT志願者とは云えども、向こうは元先駆隊突入班の経験者(ベテラン)。
対してこっちは、交番勤務(ハコバン)からのヒヨっ子だ。
姫二人を守る騎士のポジションは、間違いなく盗られてしまうだろう。
雛が安全に帰れるなら、それも仕方ない。
「俺達も行くぞ。さっさと片付けて、フォローに回らんと」
「はい!」
──勇磨の心配は、空振りに終わった。
想像以上に雛と御影は連係プレーが良くて、逆にヘコんだ。
警察学校以来の親友に対し、こっちはコンビ結成半年位。
勝ち目も無いのは当然だが。
(『好き』だけじゃ駄目、なのか?…やっぱり)
「あ、勇磨!お疲れ様っ」
確保した犯人を所轄の担当へ引き渡して、雛と御影が走ってくる。
「そっちのコンビも、上手く行ったみたいね」
「オレは出番なし。三人も居たのに、高井さんが一掃しちまったよ」
「流石FA(フロントアタッカー)だね」
「そうよ。高井さん強いんだから」
三人の視線の先では、捜査員へ犯人の身柄を引き渡している高井。
体系はガッチリしているし、仕事もバッチリ。
絵に描いたような『逞しい警察官の姿』である。
「高井さんと比べてヘコんだんでしょ」
「比べたオレがバカだった」
無情な追い討ちだ。
勇磨はこれ以上、言い返す気力も湧かない。
「そんな。勇磨だって良い所沢山あるのに」
「あーあ。だからアンタはおバカ志原なのよ」
「もういいや…。何とでも言え」
「どうしたの勇磨?疲れた?」
気遣ってくれる雛が、天使に見える。
「大丈夫さ」
「私、心配かけちゃったよね。ゴメンね」
「気にしなくて良いよ。夕べ寝てなかったから、ちょっと疲れただけだって」
「本当?それなら、今夜の宿直私が代わるよ」
「…良いのか?」
「うん!晩ご飯しっかり食べて、ゆっくり休んでね」
相棒は、自分がこんなに落ち込んだ理由も知らないだろう。
しかし、何となく顔を合わせ難かった。
「雛ぁ。ほとんど動いてない志原が疲れる訳ないでしょ、代わる事ないわよ?」
「いいの。意地悪言わないっ」
「はーい」
御影は野次るが、今回はすぐに雛に怒られた。
「本当に優しいわね。雛は」
「感謝してる」
「そうね、当然だわ。あたしだって毎日感謝してるもの」
「……だな」
真っ直ぐ前を向いたまま御影が言い、顔を伏せたまま勇磨はすれ違った。
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