貴方と私の絆
次の日、案の定御影は二日酔いでフラフラだった。
馬鹿はどっちだ、代わって大損だと勇磨が怒ったのは言うまでもない。
今朝の通勤は、見かねた雛が着替えを取りに一時帰宅した課長に頼んで、一緒に車に乗せてもらってきた。
無論、遅刻ではない。
現在は開発室内で、何度目かの溜息を吐いたところ。
勇磨が不機嫌な顔で、彼女が座る椅子を隅へ押しやった。
「お前、邪魔」
「何するのよ。気持ち悪くなるじゃない」
「重いし。夕べ何食ってきたんだよ?高井さんは、デブは嫌だってさ」
「何それ?昨日聞いたの?」
「まぁね。誰かさんの所為で男二人きり、カップラーメン片手に寂しく過ごさせていただきました」
実際のところは、高井が腕を振るってくれたお陰で、豪華な晩御飯を腹一杯味わったのだが。
更にいうと、嫌いな女性のタイプなんて話は一切していない。
「ウソ!昨日は食堂借りて、パスタ作ったって話してたもん!!」
「なーんだ、高井さん喋っちゃったのか。どうせしつこく聞いたんだろ?」
「そんな事ないもん。高井さん今度の非番に作ってくれるって言ってたもん、あたしの為に」
強要された挙句に最後の台詞だが、元々警察官は口が堅いものだ。
「へーへー、それはご馳走様でした。高井さんも大変だ」
「そう言う志原こそ、雛に何かお礼してやらないの?あんな豪華なパンセット、高かったんだから」
「え、マジ!?」
(がっついちまった…。昼食用に少し残しといて、正解だったな)
勇磨は心の中で思ったが、やはり口には出さない。
「何にしよ…。パフェでも食いに連れてこうか、雛と言えば甘い物だし」
「──あ!!そう言えば!」
「…あぁ?」
二日酔いは何処へ行ったのか、唐突に今日一番のデカイ声を出した御影。
「志原、アンタしっかり守ってやらないと駄目なんだからね!?」
「…ハ?何の話だよ?」
まだ酔っ払ってるんじゃないの?と勇磨は相手にしない。
「何って。アンタが毎日愛して止まない雛ちゃんの事に決まってるでしょーが」
「だ…!!」
しれっとした返事に、勇磨は椅子からずり落ちた。
真っ赤な顔で反論するも、余裕がない。
「おま…お前、余計な事を並べるな!!それ雛に言ったら、あの禁断のバズーカーで射殺するからな!」
「アンタこそ、雛の前で『射殺する』なんて言ったら──」
「な、…何だよ?」
「地獄へ流すわよ」
そう言った御影は真顔だった。
「へ?」
「雛に止められてるから、口外しないけど。あたし達は、いずれあの子の為に命張らなきゃいけない時がくるんだからね」
「何なんだよ、それ…」
余りにも真面目なので、冗談を演技で流しているのではなさそうだ。
勇磨は椅子に座り直した。
「俺は雛の相棒だから、ともかくとしてだ。何で蔵間が出て来るんだよ?」
「そんなの決まってるじゃない。あたしはあの子の親友で、同じ隊の仲間だからよ」
「だからって。恋人と組んでるお前が、何で雛の為に命張るんだよ?」
御影の真面目振りは、本当に芝居ではなさそうだ。
昨夜、この二人に何があったというのか。
勇磨は息を飲んで、二日酔いの彼女を見つめた。
「アンタが雛と、本当の『深い絆』を結べたら分かるわよ。あの子が背負っているモノの、重さを」
「本当の、深い絆…?」
勇磨は雛とコンビを組んでから、やっと半年になる位しか経っていない。
相方に関して分かった事は、運動神経抜群で数々の武術の有段者。
甘い物好きで酒に強いのと、課長が祖父だって事位。
両親も同業者で、どうやら先駆隊に居たらしいという事。
そして、その『深い絆』とやらはまだ結べそうもない事も…
「それが判った時、アンタも今のあたしと同じ気持ちになる筈よ。それまで、せいぜい自分の命は失くさない事ね」
「おい。サラッと言うなよ、そんな黒い事」
確かに縁起でもない。
しかし、彼らが一般的な警察官より過酷で、より危険な任務に就いているのも然り。
無駄に特殊な教導と訓練をこなしてきた訳ではない。
「そんなに真剣な話、お前も人の事言えないんじゃないのか?」
「そうよ。だからあたしは、アンタを盾に生き延びてやるわ」
「そうかい、頑張りな…ってオレが言うと思ってかぁっ!?」
「オホホホホ」
「大体、ユニット違うし!それ以前に、言ってる事矛盾してるだろが!!」
「機動隊だって、盾持ちながら逃げるのよ。誰も置いてくなんて言ってないわ」
「ハチの巣にされたら、生きていられないだろ⁉」
「あー…。『撃たれてハチの巣』ってのも、NGワードだわ。理由は忘れたけど」
「だから、何があったと聞いてるんだ!ちゃんと答えろ!!」
「あたしも、もっと機敏に動いて救護もシッカリ出来るようにならなきゃね。被弾した人を助けられないわ」
全身全力で「ふざけるな」と反論している勇磨。
それに構わず、御影は席を立った。
「まぁ良い。他に、雛から何を聞いた?」
「それが、覚えてないのよ。すっごい重要な事、話してた気がするんだけど」
「…」
握り拳をワナワナと震わせる、勇磨。
大事なパートナーの大事な親友なので、殴る訳にはいかない。
益してや、どんなに憎かろうと相手は女性だ。
一方の御影は、披露した冴えわたる名考察の件が、記憶からすっぽ抜けていた。
警察学校時代の事を思い出していたから、その内の何かを話したのだろうが…
その内容は、全く思い出せない。
「さて、雛にコーヒー入れてもらっちゃおうかな」
「…待てコラ!! 雛はお前のコマ遣いじゃないんだぞ!?」
「あらまぁ、市民の味方の警察官がそんな怖い人じゃ、信用ガタ落ちねー」
「蔵間ぁっ!!」
…今日も彼らは、何だかんだ言って元気だ。
■『貴方と私の絆』終■
馬鹿はどっちだ、代わって大損だと勇磨が怒ったのは言うまでもない。
今朝の通勤は、見かねた雛が着替えを取りに一時帰宅した課長に頼んで、一緒に車に乗せてもらってきた。
無論、遅刻ではない。
現在は開発室内で、何度目かの溜息を吐いたところ。
勇磨が不機嫌な顔で、彼女が座る椅子を隅へ押しやった。
「お前、邪魔」
「何するのよ。気持ち悪くなるじゃない」
「重いし。夕べ何食ってきたんだよ?高井さんは、デブは嫌だってさ」
「何それ?昨日聞いたの?」
「まぁね。誰かさんの所為で男二人きり、カップラーメン片手に寂しく過ごさせていただきました」
実際のところは、高井が腕を振るってくれたお陰で、豪華な晩御飯を腹一杯味わったのだが。
更にいうと、嫌いな女性のタイプなんて話は一切していない。
「ウソ!昨日は食堂借りて、パスタ作ったって話してたもん!!」
「なーんだ、高井さん喋っちゃったのか。どうせしつこく聞いたんだろ?」
「そんな事ないもん。高井さん今度の非番に作ってくれるって言ってたもん、あたしの為に」
強要された挙句に最後の台詞だが、元々警察官は口が堅いものだ。
「へーへー、それはご馳走様でした。高井さんも大変だ」
「そう言う志原こそ、雛に何かお礼してやらないの?あんな豪華なパンセット、高かったんだから」
「え、マジ!?」
(がっついちまった…。昼食用に少し残しといて、正解だったな)
勇磨は心の中で思ったが、やはり口には出さない。
「何にしよ…。パフェでも食いに連れてこうか、雛と言えば甘い物だし」
「──あ!!そう言えば!」
「…あぁ?」
二日酔いは何処へ行ったのか、唐突に今日一番のデカイ声を出した御影。
「志原、アンタしっかり守ってやらないと駄目なんだからね!?」
「…ハ?何の話だよ?」
まだ酔っ払ってるんじゃないの?と勇磨は相手にしない。
「何って。アンタが毎日愛して止まない雛ちゃんの事に決まってるでしょーが」
「だ…!!」
しれっとした返事に、勇磨は椅子からずり落ちた。
真っ赤な顔で反論するも、余裕がない。
「おま…お前、余計な事を並べるな!!それ雛に言ったら、あの禁断のバズーカーで射殺するからな!」
「アンタこそ、雛の前で『射殺する』なんて言ったら──」
「な、…何だよ?」
「地獄へ流すわよ」
そう言った御影は真顔だった。
「へ?」
「雛に止められてるから、口外しないけど。あたし達は、いずれあの子の為に命張らなきゃいけない時がくるんだからね」
「何なんだよ、それ…」
余りにも真面目なので、冗談を演技で流しているのではなさそうだ。
勇磨は椅子に座り直した。
「俺は雛の相棒だから、ともかくとしてだ。何で蔵間が出て来るんだよ?」
「そんなの決まってるじゃない。あたしはあの子の親友で、同じ隊の仲間だからよ」
「だからって。恋人と組んでるお前が、何で雛の為に命張るんだよ?」
御影の真面目振りは、本当に芝居ではなさそうだ。
昨夜、この二人に何があったというのか。
勇磨は息を飲んで、二日酔いの彼女を見つめた。
「アンタが雛と、本当の『深い絆』を結べたら分かるわよ。あの子が背負っているモノの、重さを」
「本当の、深い絆…?」
勇磨は雛とコンビを組んでから、やっと半年になる位しか経っていない。
相方に関して分かった事は、運動神経抜群で数々の武術の有段者。
甘い物好きで酒に強いのと、課長が祖父だって事位。
両親も同業者で、どうやら先駆隊に居たらしいという事。
そして、その『深い絆』とやらはまだ結べそうもない事も…
「それが判った時、アンタも今のあたしと同じ気持ちになる筈よ。それまで、せいぜい自分の命は失くさない事ね」
「おい。サラッと言うなよ、そんな黒い事」
確かに縁起でもない。
しかし、彼らが一般的な警察官より過酷で、より危険な任務に就いているのも然り。
無駄に特殊な教導と訓練をこなしてきた訳ではない。
「そんなに真剣な話、お前も人の事言えないんじゃないのか?」
「そうよ。だからあたしは、アンタを盾に生き延びてやるわ」
「そうかい、頑張りな…ってオレが言うと思ってかぁっ!?」
「オホホホホ」
「大体、ユニット違うし!それ以前に、言ってる事矛盾してるだろが!!」
「機動隊だって、盾持ちながら逃げるのよ。誰も置いてくなんて言ってないわ」
「ハチの巣にされたら、生きていられないだろ⁉」
「あー…。『撃たれてハチの巣』ってのも、NGワードだわ。理由は忘れたけど」
「だから、何があったと聞いてるんだ!ちゃんと答えろ!!」
「あたしも、もっと機敏に動いて救護もシッカリ出来るようにならなきゃね。被弾した人を助けられないわ」
全身全力で「ふざけるな」と反論している勇磨。
それに構わず、御影は席を立った。
「まぁ良い。他に、雛から何を聞いた?」
「それが、覚えてないのよ。すっごい重要な事、話してた気がするんだけど」
「…」
握り拳をワナワナと震わせる、勇磨。
大事なパートナーの大事な親友なので、殴る訳にはいかない。
益してや、どんなに憎かろうと相手は女性だ。
一方の御影は、披露した冴えわたる名考察の件が、記憶からすっぽ抜けていた。
警察学校時代の事を思い出していたから、その内の何かを話したのだろうが…
その内容は、全く思い出せない。
「さて、雛にコーヒー入れてもらっちゃおうかな」
「…待てコラ!! 雛はお前のコマ遣いじゃないんだぞ!?」
「あらまぁ、市民の味方の警察官がそんな怖い人じゃ、信用ガタ落ちねー」
「蔵間ぁっ!!」
…今日も彼らは、何だかんだ言って元気だ。
■『貴方と私の絆』終■
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