貴方と私の絆
こうして、その日の夜は親友同士で、楽しい時間を過ごしたのである。
勝ち取る手段が、些か強引ではあった。
──実は。
警察学校時代の事を、御影もまた思い出していた。
二人で記念日など決めた訳でもない。
おかわりし放題だった食後のワインで、すっかり上機嫌な御影。
雛にもたれ掛かりながら、ヨタヨタと帰路を歩いていた。
ただでさえ酒は弱い方なのに、一人でどれだけ飲んだのか…
数を思い出している暇は無い。
「帰り道が一緒で良かったよ。最近は警察の不祥事が多いし、ちょっとでも暴れたら大変なんだからね?」
「うぃー。分かってますよ、雛ちゃん」
「そんな風には聞こえないんだけど」
「こう言う事もあろうかと思って、わざわざアンタん家の近所に引っ越したんだから」
「あのね…。ちゃんと歩かないと、そこの公園の池に放り込むよ?」
「イヤン♪怖い冗談はお止しになってぇ」
「…」
本来は、学校卒業に伴い「可愛い相方とパートナー生活しよう」と引越しを決めていた。
が、何と雛は実家住まいで、しかも立派な庭付き一軒家。
挙句の果てに、家族は全員同業者で階級も上。
仕方が無いので、たまたま空いていた近所の官舎にしただけの事。
「大丈夫!帰りの交通費は、しっかり残してあるから」
(何が、大丈夫なんだか…)
「もう駄目だ。御影、タクシー拾うからここで待ってて」
大通りから外れた小道。
駅へ向かう途中だったが断念し、公園の縁石に御影を座らせる。
「…待って、雛ぁ」
「どしたの?まさか、吐きそう?」
腕を強い力で掴まれた。
「いや。そんな勿体無い事はしません」
「勿体無いって。あのねぇ」
「あたしはねぇ、雛と出会えて良かったのよ。幸せなの」
何を言い出すかと思えば、酔っ払い特有の突拍子もない事。
相手をさせられる者は失笑を浮かべつつ、仕方なく聞いてやるしかない。
「お酒弱いのに、沢山呑むから。もぅ」
「あのねぇ。あたしはこんな性格だから…誰も相手してくれなくて、友達なんて出来なかったのよ。なのに、雛は全然違ったのぉ」
「違うって、どんなトコが?」
「アンタは優しいの。酷い事ばっか言ってるのに、あたしの事いつも気遣ってくれるし。…大事な物も見せてくれた」
それは、御影に銃声が怖い理由を問い質されて、意を決した雛が守り袋の中身を見せた時の話だ。
「あの時の事、だよね。あれはその、変な物見せて驚かせちゃってごめんね」
「変な物じゃないわ。大事な物でしょ!?」
「でも──」
「あれは勝手に驚いた、あたしが馬鹿だったのよ」
「そんな事ないよ。確かに私も趣味悪かったかも、だし」
(お爺ちゃんが貰ってくれたんだけどね…)
御影は眼鏡をかけ直し、一旦肩で息を吐いてから話を続けた。
「あの階級章に付いてた弾痕の一つは、明らかに当時警察で試験運用されてた銃の物だったわ」
「警察側が使ってた銃の弾痕なの?」
「うん。角度と浅さから見て、離れた所から相手へ撃ったけど跳弾して付いちゃった傷よ。動いていない時に掠ったのね」
指摘された弾痕は、父・誠太が襲撃に遭い倒れた後、母・瞬菜が反撃の為に発砲した内の一発である。
相手が軍人で銃撃を避ける術が備わっていた為か、威嚇のつもりで撃ったが跳弾したのかまでは判っていない。
「調べたんだ…、って。ちょっとしか見せてなかったのに、良くそこまで判ったね!?」
「まぁね、戦術専攻は銃器の方取ってたから。残りの弾痕は、軍隊や海外の警察で良く使われてるマシンガンの物よ」
「御影スゴイね、マシンガンは当たってるよ⁉」
「もしかしなくてもアンタの親、試験運用部署の関係者だったでしょ。階級章が砕けるほど撃ち込まれたっていうのは、その…」
「うん、即死だったって。父さんのなんだけど、二人は先駆隊に居たの」
「あの頃は、その組織名は判らず終いだったのよ。まさか特警隊の前身だったとはね」
警察学校時代から、御影の武器に関する洞察力はずば抜けている。
そして、その方面に関する同僚からの情報網はこの時に確立させたものだ。
更に特警隊へ入った彼女は、過去の開発情報を入手出来る立場となる。
一部の情報に不可解な閲覧制限がかかっていたものの、確信を得るには十分だった。
「先駆隊の使用武器に関した資料は、少しだけ見た事あるわ」
「見れたの?閲覧制限かかってなかった?」
「だからちょっとだけよ。当時のテロ組織が使ってたのと同じ物のしか、準備室は使わせてもらえなかったんだって。あり得ないわよ」
「力が互角だから、制圧は難しいよね。それなのに直接戦える人数は少ないし、いつもは使えなかったみたい」
「何でそんなに、制約されまくってるのよ?だからそんな事になるんじゃない」
「そこまでは、私にも分からないよ」
「もどかしい」と御影は言うが、仕方がないのだ。
雛自身も、両親の件はテロ絡みの重要事件である所為か厳重な機密事項になっていて、ほとんど調べられないでいる。
同業者である遺族にも関わらず『守秘義務』の一言で却下された事が、これまでに何度もあった。
それが反対派対策の為でもあった事を知るのは、現在よりずっと先の話。
「二つある内で見事に砕けてた方は、至近距離で撃たれちゃったのよ」
「父さんが母さんを庇おうとして撃たれたみたいなんだ。結局母さんも……、だけど」
「弾痕がキレイだったから、犯人は銃の威力を知ってる人物よ。扱いにも手馴れてると思う」
「…やっぱり、そうなんだ」
「確実に、一発で急所を狙ってる。んで、しっかりトドメ刺すのに何発も撃った。揉み合って暴発や、威嚇目的の一掃射撃とかじゃない」
「そこまで分かったの?流石だね」
「フフン。銃器の事なら任せなさい」
これが勤務時だったなら、雛は大いに尊敬した事だろう。
御影が酒に酔っていなければ。
「課長がいつも居ないのは、犯人の手掛かりとか探し回ってるからなんでしょ?」
「うん、犯人は未だ見つかってないんだ。第五(ウチ)だけじゃなく、和泉隊長も本部や六課から資料を探してくれてるんだって聞いた」
「成程。それじゃまた、遭遇(エンカウント)する事になるかも…って訳なのね」
「お爺ちゃん言ってたよ、『もう誰も亡くしたくない』って。私もそう思う」
「それは、きっと皆も同じよ。例え事件を知らなくても、犯罪で悲しい思いをする人は増やしたくない筈だもん」
「そうだよね。でもね…」
雛は言葉に詰まらせ、顔を曇らせる。
「その時は、『課長の権限で、私を外す』って」
「ハァ!? 何それ、課長命令?」
「うん。『家族が傷付くのは、もう見たくないから』って」
「それって課長の我儘でしょ!そうしたいのは分かるけどさ、それじゃいつまで経っても雛の気持ちが整理付かないじゃない!!」
「御影…」
「雛!アレを持ってるアンタが、逮捕しないと駄目よ!!」
御影に肩を揺さぶられ、雛は伏せていた視線を上げる。
親友の表情は酔って真っ赤なままだが、それでも真剣だった。
「その時は、必ずあたしが守るから。しっかり逮捕するのよ!」
酔っ払いの勢いトークとは言え、今の雛にはとても嬉しかった。
目頭が熱くなる。
「ありがとね。御影」
「ちょっと。何、泣きそうになってるのよ」
「だって…」
泣くまいと瞼を擦っている雛の手を、御影はグイッと掴んだ。
「大体、あたし以外にもアンタが居なくなったら困る人、まだまだいるでしょうが!」
「そ…かな?」
「アンタねぇ、雛はあたしの嫁に貰うんだから。ちゃんと元気で居てくれなきゃ困る訳。分かるでしょ?」
(いや、雛は私なんですけど)
謎の告白に、どう返答すれば良いのか。
耳が器用に滑っちゃった事にして、スルーした方が得策なのか。
雛には選びかねた。
「御影が、高井さんのお嫁さんになるんでしょ?何か違わない?」
「違わないの!高井さんはお婿さんに貰って、お嫁ちゃんは雛を貰うの。そんでもって、おバカ志原に見せびらかすの♪」
「あまりバカ馬鹿言わないでよ。私の相方なんだから」
「あら、愛すべきおバカさんよ。あんなに馬鹿正直に生きられるって今は逆に貴重だし、切り替え早くて良い奴だし。あたしは志原が羨ましいわ」
──嗚呼。
やはり、全ては酔っ払いの戯言か。
上機嫌でケタケタ笑っている。
「私、タクシー拾ってくる…」
勝ち取る手段が、些か強引ではあった。
──実は。
警察学校時代の事を、御影もまた思い出していた。
二人で記念日など決めた訳でもない。
おかわりし放題だった食後のワインで、すっかり上機嫌な御影。
雛にもたれ掛かりながら、ヨタヨタと帰路を歩いていた。
ただでさえ酒は弱い方なのに、一人でどれだけ飲んだのか…
数を思い出している暇は無い。
「帰り道が一緒で良かったよ。最近は警察の不祥事が多いし、ちょっとでも暴れたら大変なんだからね?」
「うぃー。分かってますよ、雛ちゃん」
「そんな風には聞こえないんだけど」
「こう言う事もあろうかと思って、わざわざアンタん家の近所に引っ越したんだから」
「あのね…。ちゃんと歩かないと、そこの公園の池に放り込むよ?」
「イヤン♪怖い冗談はお止しになってぇ」
「…」
本来は、学校卒業に伴い「可愛い相方とパートナー生活しよう」と引越しを決めていた。
が、何と雛は実家住まいで、しかも立派な庭付き一軒家。
挙句の果てに、家族は全員同業者で階級も上。
仕方が無いので、たまたま空いていた近所の官舎にしただけの事。
「大丈夫!帰りの交通費は、しっかり残してあるから」
(何が、大丈夫なんだか…)
「もう駄目だ。御影、タクシー拾うからここで待ってて」
大通りから外れた小道。
駅へ向かう途中だったが断念し、公園の縁石に御影を座らせる。
「…待って、雛ぁ」
「どしたの?まさか、吐きそう?」
腕を強い力で掴まれた。
「いや。そんな勿体無い事はしません」
「勿体無いって。あのねぇ」
「あたしはねぇ、雛と出会えて良かったのよ。幸せなの」
何を言い出すかと思えば、酔っ払い特有の突拍子もない事。
相手をさせられる者は失笑を浮かべつつ、仕方なく聞いてやるしかない。
「お酒弱いのに、沢山呑むから。もぅ」
「あのねぇ。あたしはこんな性格だから…誰も相手してくれなくて、友達なんて出来なかったのよ。なのに、雛は全然違ったのぉ」
「違うって、どんなトコが?」
「アンタは優しいの。酷い事ばっか言ってるのに、あたしの事いつも気遣ってくれるし。…大事な物も見せてくれた」
それは、御影に銃声が怖い理由を問い質されて、意を決した雛が守り袋の中身を見せた時の話だ。
「あの時の事、だよね。あれはその、変な物見せて驚かせちゃってごめんね」
「変な物じゃないわ。大事な物でしょ!?」
「でも──」
「あれは勝手に驚いた、あたしが馬鹿だったのよ」
「そんな事ないよ。確かに私も趣味悪かったかも、だし」
(お爺ちゃんが貰ってくれたんだけどね…)
御影は眼鏡をかけ直し、一旦肩で息を吐いてから話を続けた。
「あの階級章に付いてた弾痕の一つは、明らかに当時警察で試験運用されてた銃の物だったわ」
「警察側が使ってた銃の弾痕なの?」
「うん。角度と浅さから見て、離れた所から相手へ撃ったけど跳弾して付いちゃった傷よ。動いていない時に掠ったのね」
指摘された弾痕は、父・誠太が襲撃に遭い倒れた後、母・瞬菜が反撃の為に発砲した内の一発である。
相手が軍人で銃撃を避ける術が備わっていた為か、威嚇のつもりで撃ったが跳弾したのかまでは判っていない。
「調べたんだ…、って。ちょっとしか見せてなかったのに、良くそこまで判ったね!?」
「まぁね、戦術専攻は銃器の方取ってたから。残りの弾痕は、軍隊や海外の警察で良く使われてるマシンガンの物よ」
「御影スゴイね、マシンガンは当たってるよ⁉」
「もしかしなくてもアンタの親、試験運用部署の関係者だったでしょ。階級章が砕けるほど撃ち込まれたっていうのは、その…」
「うん、即死だったって。父さんのなんだけど、二人は先駆隊に居たの」
「あの頃は、その組織名は判らず終いだったのよ。まさか特警隊の前身だったとはね」
警察学校時代から、御影の武器に関する洞察力はずば抜けている。
そして、その方面に関する同僚からの情報網はこの時に確立させたものだ。
更に特警隊へ入った彼女は、過去の開発情報を入手出来る立場となる。
一部の情報に不可解な閲覧制限がかかっていたものの、確信を得るには十分だった。
「先駆隊の使用武器に関した資料は、少しだけ見た事あるわ」
「見れたの?閲覧制限かかってなかった?」
「だからちょっとだけよ。当時のテロ組織が使ってたのと同じ物のしか、準備室は使わせてもらえなかったんだって。あり得ないわよ」
「力が互角だから、制圧は難しいよね。それなのに直接戦える人数は少ないし、いつもは使えなかったみたい」
「何でそんなに、制約されまくってるのよ?だからそんな事になるんじゃない」
「そこまでは、私にも分からないよ」
「もどかしい」と御影は言うが、仕方がないのだ。
雛自身も、両親の件はテロ絡みの重要事件である所為か厳重な機密事項になっていて、ほとんど調べられないでいる。
同業者である遺族にも関わらず『守秘義務』の一言で却下された事が、これまでに何度もあった。
それが反対派対策の為でもあった事を知るのは、現在よりずっと先の話。
「二つある内で見事に砕けてた方は、至近距離で撃たれちゃったのよ」
「父さんが母さんを庇おうとして撃たれたみたいなんだ。結局母さんも……、だけど」
「弾痕がキレイだったから、犯人は銃の威力を知ってる人物よ。扱いにも手馴れてると思う」
「…やっぱり、そうなんだ」
「確実に、一発で急所を狙ってる。んで、しっかりトドメ刺すのに何発も撃った。揉み合って暴発や、威嚇目的の一掃射撃とかじゃない」
「そこまで分かったの?流石だね」
「フフン。銃器の事なら任せなさい」
これが勤務時だったなら、雛は大いに尊敬した事だろう。
御影が酒に酔っていなければ。
「課長がいつも居ないのは、犯人の手掛かりとか探し回ってるからなんでしょ?」
「うん、犯人は未だ見つかってないんだ。第五(ウチ)だけじゃなく、和泉隊長も本部や六課から資料を探してくれてるんだって聞いた」
「成程。それじゃまた、遭遇(エンカウント)する事になるかも…って訳なのね」
「お爺ちゃん言ってたよ、『もう誰も亡くしたくない』って。私もそう思う」
「それは、きっと皆も同じよ。例え事件を知らなくても、犯罪で悲しい思いをする人は増やしたくない筈だもん」
「そうだよね。でもね…」
雛は言葉に詰まらせ、顔を曇らせる。
「その時は、『課長の権限で、私を外す』って」
「ハァ!? 何それ、課長命令?」
「うん。『家族が傷付くのは、もう見たくないから』って」
「それって課長の我儘でしょ!そうしたいのは分かるけどさ、それじゃいつまで経っても雛の気持ちが整理付かないじゃない!!」
「御影…」
「雛!アレを持ってるアンタが、逮捕しないと駄目よ!!」
御影に肩を揺さぶられ、雛は伏せていた視線を上げる。
親友の表情は酔って真っ赤なままだが、それでも真剣だった。
「その時は、必ずあたしが守るから。しっかり逮捕するのよ!」
酔っ払いの勢いトークとは言え、今の雛にはとても嬉しかった。
目頭が熱くなる。
「ありがとね。御影」
「ちょっと。何、泣きそうになってるのよ」
「だって…」
泣くまいと瞼を擦っている雛の手を、御影はグイッと掴んだ。
「大体、あたし以外にもアンタが居なくなったら困る人、まだまだいるでしょうが!」
「そ…かな?」
「アンタねぇ、雛はあたしの嫁に貰うんだから。ちゃんと元気で居てくれなきゃ困る訳。分かるでしょ?」
(いや、雛は私なんですけど)
謎の告白に、どう返答すれば良いのか。
耳が器用に滑っちゃった事にして、スルーした方が得策なのか。
雛には選びかねた。
「御影が、高井さんのお嫁さんになるんでしょ?何か違わない?」
「違わないの!高井さんはお婿さんに貰って、お嫁ちゃんは雛を貰うの。そんでもって、おバカ志原に見せびらかすの♪」
「あまりバカ馬鹿言わないでよ。私の相方なんだから」
「あら、愛すべきおバカさんよ。あんなに馬鹿正直に生きられるって今は逆に貴重だし、切り替え早くて良い奴だし。あたしは志原が羨ましいわ」
──嗚呼。
やはり、全ては酔っ払いの戯言か。
上機嫌でケタケタ笑っている。
「私、タクシー拾ってくる…」