貴方と私の絆
警視庁夢の森署・特警隊舎屋上。
裏に広がる人工林からの風を受けながら、フェンスに肘を突く雛。
独り言を呟いていた。
「あれから、もう一年経ったんだね」
手には、両親の形見が入ったお守りがあった。
苦笑を浮かべ、その小さな袋を見つめる。
「あの時の御影ったら、本気でビックリしてたっけ。…いや、当然かな」
最初の出会いは、警察学校だった。
しかも警察官としての基礎教養が終わって、やっと希望勤務別の教導講習に移った先での事。
本当は初任科のクラスは一緒なのだが、部屋割りも班決めも全く合った事が無く、互いを認識していない。
格闘スタイルも性格も正反対だった雛と御影は、ここで初めて顔を合わせ、仮のコンビを組まされる。
双方が苦手なタイプで、これを一緒にした教官の真意が解かりかねた。
ところが、その間柄も射撃練習をきっかけに打ち解ける。
雛が己の銃声恐怖症とその理由を打ち明け、それまで冷たく当たっていた御影も改心した。
それから、御影が親身になってあれこれと雛の負担を軽く出来る発明アイテムを考えてくれた。
お陰で卒業試験はクリア、おまけに配属先まで一緒で現在に至っているのだ。
…たまにとんでもない目に遭う事もあるが、それはそれ。
「ほーら、やっぱりここに居たじゃない。賭けはあたしの勝ちよ」
「う…煩い!しかも、誰も賭けとらん!!」
急に背後が賑やかになった。
雛を探して、現在の相方である勇磨がやってきた。
続いて御影も。
「いいから、今夜の宿直代わりなさいよね。全く、パートナーの居場所くらいちゃんと予測出来るようにならないと…」
「だから煩いっつーの!! それに、誰が代わるかよ!」
この二人は、大抵いつもこんな感じで意見が尽く衝突し合っている。
別ユニット同士なのが、不幸中の幸いといったところか。
一部では、『雛の取り合い』とも言われているようだ。
「あれ?二人揃ってこんなトコ来るなんて、珍しいね」
雛が振り向いて、やんわりと二人の押し問答の制裁に入る。
彼女の日課というか、重要な役割というか。
「何言ってるの。あたしは大事な人の為なら、何処だって行くわよ?こんなお馬鹿さんと違ってね」
「大事な人?」
「誰が馬鹿だ!! お前の大事な人とやらは、高井さんじゃないのかよ!?」
「解かってないわねぇ。あたしと雛は命を預け合い、悲しみも分け合える『大』親友なのよ?アンタよりもずーっと、絆が深いの!」
「お、オレだって雛の相棒だ!雛の命は絶対守って見せるさ!!」
「ちょっと。勇磨まで…」
突然始まった自分への親友度自慢と、プロポーズのような発言。
嬉しさと恥ずかしさで困惑してしまう。
雛の頬が赤くなったのに、二人は少しも気付かない。
「フン、甘いわ。アンタより雛の方が格闘センス良いし、動きだって早いじゃない」
「オレだって、日々色々と鍛錬しとるんだ!お前には負けん!!」
「あたしに勝ったって、雛に勝てなきゃ満足に守れやしないわよー」
「あの、ちょっとお二人さん?」
「雛は黙っ…──」
二人の声がハモったと思いきや、それは途中で掻き消えた。
その四つの目玉が映し出しているのは…
「…」
静かながらも怒りのオーラを発していると予想される人物。
しかも、柔道・剣道・合気道・少林寺拳法等それぞれを高段位取得している、接近格闘戦のベテランだ。
通常待機中なので武器は所持していないが、怒らせれば自分達がどうなるかなんて、容易に想像出来る。
「…あー。『これだから馬鹿って本当イヤ』って顔してる?怒らないでね、雛」
「だぁかーらぁ、誰が馬鹿だと…」
「アンタの事だけだなんて言ってないわよ。雛の顔に書いてあるでしょ、『二人』って」
「雛も、イヤな奴だと思ったら、縁切っても良いんだぞ。…オレだったらゴメン」
「自分のイイトコ見えてないだけなんだから、志原に愛想尽かしちゃ駄目よ。雛、謝るからあたし達二人の今後について話し合いましょ」
「蔵間ばっかりズルいぞ!オレだって雛と話し合いたいし、蔵間は悪い奴じゃない」
「だーかーらぁ…」
雛が両手を伸ばし、更に仲裁に入る。
が、その手に触れるものは居ない。
『触らぬ神に祟りなし』とは良く言ったものだ。
「二人共、何か用事があって私を探してたんじゃないの?」
「…あぁ」
「…おぉ」
「それとも。開発室に篭りっぱなしのお二人には珍しく、ただの暇潰しだったりする?」
「いいえ?」
「いいや?」
勇磨と御影は、やはり似た者同士だ。
反応も返事も同時だし、考えている事が似ているので意気投合も同担拒否もし易い。
「あたしは、今夜のお誘いに来たのよ」
「オレは別に…」
「アンタは暇潰しなんじゃないのぉ?」
「断じて違う!雛が課長室に行ったきり、全然戻ってこないから。その、心配して…だなぁ」
「ちゃんと最後までハッキリ言いなさいよ。良い事言ってるんだから」
「恥ずかしいんだ…!」
勇磨が赤面する番になった。
すかさず御影は、肘で突っついてヤジを入れる。
しかし、残念ながら当の雛には伝わっていない。
「なんだ、そうだったの。それなら良いけど、もしこれが出動の呼び出しとかだったら…」
「だったら?」
再び火花が散り始めそうになったが、何だか雛の言葉尻が不吉だった。
経験上、ここは一つ大人しくしている事に限る。
「そうだねぇ。思い切って、ここから下に投げ飛ばしちゃおうかな♪」
「こ、ここって屋上なんですけど」
「い、今のは、笑顔で言う台詞じゃないぞ。な、雛?」
「そうかな。隊長達なら、きっと捕縛縄で柵の外に吊るしちゃうよ?」
「え…」
「捕縛縄はあくまで確保拘束用。高い所から降りたり吊るすのには向いてないって、二人も知ってるよね」
「…ハイ」
「切れるまでハラハラして、切れたら落ちて大怪我するなんて酷だよ」
「…」
「それに比べたら、パッと落としちゃった方が優しいよね?」
ドッと冷気を含んだ風が、三人を包んだ。
勿論冗談で実行などする訳もないのだが、二人にとっては十分良い薬にはなる。
「天使の衣を着た悪魔ってこんな感じなのか」などと思いつつ、御影はご機嫌取りに走る。
「あ…あのね雛。今夜あたしとお茶しない?」
「え?今夜って、御影と高井さんが宿直当番なんじゃ」
「それがさぁ、志原が親切に代わってくれるって言うから。折角だし、どうかなぁ~って」
「だ…!」
「そうか。御影、昨日は徹夜だったもんね」
「そうなのよぉ」
「勇磨は本当に優しいね。御影を気遣ってくれて、ありがとう!」
「誰が代わるか」と言う筈だった再度の講義が、雛の一言で消滅した。
照れに見せかけた引き攣り笑顔で、相棒へ格好つけてみる。
「ま、まぁな。優しい男は、葉月さんだけじゃない」
(この貸しは、ちゃんと返してもらうからな!!)
「ホホホ。そうねぇ」
(貸しはちゃんと返すわよ)
してやったりの御影。
明らかな確信犯ぶりが、言わずとも分かる。
「それじゃ、勇磨にはお土産買って来るね。何が良いかな?」
「え…。べ、別に、オレなんかに気ぃ使わなくてイイって」
これで、勇磨の宿直交代が最終決定した。
裏に広がる人工林からの風を受けながら、フェンスに肘を突く雛。
独り言を呟いていた。
「あれから、もう一年経ったんだね」
手には、両親の形見が入ったお守りがあった。
苦笑を浮かべ、その小さな袋を見つめる。
「あの時の御影ったら、本気でビックリしてたっけ。…いや、当然かな」
最初の出会いは、警察学校だった。
しかも警察官としての基礎教養が終わって、やっと希望勤務別の教導講習に移った先での事。
本当は初任科のクラスは一緒なのだが、部屋割りも班決めも全く合った事が無く、互いを認識していない。
格闘スタイルも性格も正反対だった雛と御影は、ここで初めて顔を合わせ、仮のコンビを組まされる。
双方が苦手なタイプで、これを一緒にした教官の真意が解かりかねた。
ところが、その間柄も射撃練習をきっかけに打ち解ける。
雛が己の銃声恐怖症とその理由を打ち明け、それまで冷たく当たっていた御影も改心した。
それから、御影が親身になってあれこれと雛の負担を軽く出来る発明アイテムを考えてくれた。
お陰で卒業試験はクリア、おまけに配属先まで一緒で現在に至っているのだ。
…たまにとんでもない目に遭う事もあるが、それはそれ。
「ほーら、やっぱりここに居たじゃない。賭けはあたしの勝ちよ」
「う…煩い!しかも、誰も賭けとらん!!」
急に背後が賑やかになった。
雛を探して、現在の相方である勇磨がやってきた。
続いて御影も。
「いいから、今夜の宿直代わりなさいよね。全く、パートナーの居場所くらいちゃんと予測出来るようにならないと…」
「だから煩いっつーの!! それに、誰が代わるかよ!」
この二人は、大抵いつもこんな感じで意見が尽く衝突し合っている。
別ユニット同士なのが、不幸中の幸いといったところか。
一部では、『雛の取り合い』とも言われているようだ。
「あれ?二人揃ってこんなトコ来るなんて、珍しいね」
雛が振り向いて、やんわりと二人の押し問答の制裁に入る。
彼女の日課というか、重要な役割というか。
「何言ってるの。あたしは大事な人の為なら、何処だって行くわよ?こんなお馬鹿さんと違ってね」
「大事な人?」
「誰が馬鹿だ!! お前の大事な人とやらは、高井さんじゃないのかよ!?」
「解かってないわねぇ。あたしと雛は命を預け合い、悲しみも分け合える『大』親友なのよ?アンタよりもずーっと、絆が深いの!」
「お、オレだって雛の相棒だ!雛の命は絶対守って見せるさ!!」
「ちょっと。勇磨まで…」
突然始まった自分への親友度自慢と、プロポーズのような発言。
嬉しさと恥ずかしさで困惑してしまう。
雛の頬が赤くなったのに、二人は少しも気付かない。
「フン、甘いわ。アンタより雛の方が格闘センス良いし、動きだって早いじゃない」
「オレだって、日々色々と鍛錬しとるんだ!お前には負けん!!」
「あたしに勝ったって、雛に勝てなきゃ満足に守れやしないわよー」
「あの、ちょっとお二人さん?」
「雛は黙っ…──」
二人の声がハモったと思いきや、それは途中で掻き消えた。
その四つの目玉が映し出しているのは…
「…」
静かながらも怒りのオーラを発していると予想される人物。
しかも、柔道・剣道・合気道・少林寺拳法等それぞれを高段位取得している、接近格闘戦のベテランだ。
通常待機中なので武器は所持していないが、怒らせれば自分達がどうなるかなんて、容易に想像出来る。
「…あー。『これだから馬鹿って本当イヤ』って顔してる?怒らないでね、雛」
「だぁかーらぁ、誰が馬鹿だと…」
「アンタの事だけだなんて言ってないわよ。雛の顔に書いてあるでしょ、『二人』って」
「雛も、イヤな奴だと思ったら、縁切っても良いんだぞ。…オレだったらゴメン」
「自分のイイトコ見えてないだけなんだから、志原に愛想尽かしちゃ駄目よ。雛、謝るからあたし達二人の今後について話し合いましょ」
「蔵間ばっかりズルいぞ!オレだって雛と話し合いたいし、蔵間は悪い奴じゃない」
「だーかーらぁ…」
雛が両手を伸ばし、更に仲裁に入る。
が、その手に触れるものは居ない。
『触らぬ神に祟りなし』とは良く言ったものだ。
「二人共、何か用事があって私を探してたんじゃないの?」
「…あぁ」
「…おぉ」
「それとも。開発室に篭りっぱなしのお二人には珍しく、ただの暇潰しだったりする?」
「いいえ?」
「いいや?」
勇磨と御影は、やはり似た者同士だ。
反応も返事も同時だし、考えている事が似ているので意気投合も同担拒否もし易い。
「あたしは、今夜のお誘いに来たのよ」
「オレは別に…」
「アンタは暇潰しなんじゃないのぉ?」
「断じて違う!雛が課長室に行ったきり、全然戻ってこないから。その、心配して…だなぁ」
「ちゃんと最後までハッキリ言いなさいよ。良い事言ってるんだから」
「恥ずかしいんだ…!」
勇磨が赤面する番になった。
すかさず御影は、肘で突っついてヤジを入れる。
しかし、残念ながら当の雛には伝わっていない。
「なんだ、そうだったの。それなら良いけど、もしこれが出動の呼び出しとかだったら…」
「だったら?」
再び火花が散り始めそうになったが、何だか雛の言葉尻が不吉だった。
経験上、ここは一つ大人しくしている事に限る。
「そうだねぇ。思い切って、ここから下に投げ飛ばしちゃおうかな♪」
「こ、ここって屋上なんですけど」
「い、今のは、笑顔で言う台詞じゃないぞ。な、雛?」
「そうかな。隊長達なら、きっと捕縛縄で柵の外に吊るしちゃうよ?」
「え…」
「捕縛縄はあくまで確保拘束用。高い所から降りたり吊るすのには向いてないって、二人も知ってるよね」
「…ハイ」
「切れるまでハラハラして、切れたら落ちて大怪我するなんて酷だよ」
「…」
「それに比べたら、パッと落としちゃった方が優しいよね?」
ドッと冷気を含んだ風が、三人を包んだ。
勿論冗談で実行などする訳もないのだが、二人にとっては十分良い薬にはなる。
「天使の衣を着た悪魔ってこんな感じなのか」などと思いつつ、御影はご機嫌取りに走る。
「あ…あのね雛。今夜あたしとお茶しない?」
「え?今夜って、御影と高井さんが宿直当番なんじゃ」
「それがさぁ、志原が親切に代わってくれるって言うから。折角だし、どうかなぁ~って」
「だ…!」
「そうか。御影、昨日は徹夜だったもんね」
「そうなのよぉ」
「勇磨は本当に優しいね。御影を気遣ってくれて、ありがとう!」
「誰が代わるか」と言う筈だった再度の講義が、雛の一言で消滅した。
照れに見せかけた引き攣り笑顔で、相棒へ格好つけてみる。
「ま、まぁな。優しい男は、葉月さんだけじゃない」
(この貸しは、ちゃんと返してもらうからな!!)
「ホホホ。そうねぇ」
(貸しはちゃんと返すわよ)
してやったりの御影。
明らかな確信犯ぶりが、言わずとも分かる。
「それじゃ、勇磨にはお土産買って来るね。何が良いかな?」
「え…。べ、別に、オレなんかに気ぃ使わなくてイイって」
これで、勇磨の宿直交代が最終決定した。