遠い空の半月

 夜の開発室内。
三人は、何となく立ち話をしている。
その最中、雛の躊躇いながらも機嫌を窺うような視線が散見された。
『何かを気にしている時』特有の仕草。
気付いた勇磨は、わざと目線を合わせてみる。

「どした、雛?」
「え…!?」
「オレの顔、何かついてるか?」
「な、何でもないよ!?」
「志原の顔がマヌケだって言ってんのよ。きっと」
「マジか。なぁ、そうなのか雛?」

いつもなら御影へ食って言い返すが、雛の様子が少し心配なので対応を変えてみた。
御影も二人の様子がいつもと違う事に気付き、彼女なりの配慮をしているつもりだ。
勇磨の顔を揶揄する前に彼と目配せをし、『親友の反応を確かめる為にイジらせてもらう事』を了承してもらっていた。

「違う違う!!そんな事言ってないよ!?」
「またまたぁ。志原に遠慮しなくても良いのよ、雛?」
「だから、全然違うんだってば!」

揄った親友を怒る彼女は、それも無用な気がしたのだが。

(雛は、優しいからなぁ…)
「ところで雛は竹刀持って、何処で何やってたの?ムカツク奴をボコボコにしてたとか?」
「何でそうなるの!?」
「雛はそんなヤツじゃねーだろ!」
「屋上で素振りの稽古してたの。現場でもっと早く動けないかな、って思って」
「なんだ。それで志原殴ってたんじゃないんだ」
「そんな事する訳ないでしょ!」

笑いながら逃げる御影を、竹刀を両手で抱えたまま追いかける雛。
二人は、立ち止まった勇磨の周りをグルグルと回った。
それが落ち着いてから、彼の相棒は恥ずかしそうに話し始める。

「私、お爺ちゃんから先駆隊の話を聞いてきたんだ。それで特警隊を志願してから、野原隊長とか他の経験者に会える機会が一気に増えてさ」
「そうね。雛も特警隊員になったんだもの」
「あぁ、最近も第二隊の和泉隊長が来たりしたもんな」
「でしょ。それで、『憧れ』にちょっとでも早く近づきたくなったんだよ」
「何言ってんのよ!あんな強者揃いの真似なんかしたら、あたしの可愛い雛がムキムキマッチョになっちゃうわよ」
「そんな風になれるのかな?私、チビだからなぁ…」
「だから、なっちゃ駄目だってば。それにこれ以上早くなったら、あたしや志原がフォロー出来ないじゃないのよ」
「御影がフォローしなくちゃいけないのは、高井さんでしょ」
「あたしはともかく。バカ志原は、ねぇ…」

御影は、またいつもの押し問答を予想していた。
が、振り返っても反応は無し。

「…」
「ん?無視(シカト)するんじゃないわよ」

あろう事か、当の勇磨は窓の外を見ているではないか。
余りにも馬鹿バカ言い過ぎて、ついにヘコんでしまったのかも知れない。

「…何、黄昏てるのよ」
「勇磨?」
「──もう、月が出てる」
「月?」
「もう?」

雛と御影が見ると、宵闇の始まりに半月が浮かんでいた。
別に珍しい物でもないのだが、三人は暫しそれを眺める。

「次の満月はまだかしら?」
「こないだ見たばっかりだからな」

勇磨は、ふと地下水道騒動の帰り道を思い出した。
少しだけ欠ける満月を見上げた、相棒の言葉。

(オレ達みたい、…か)

今宵の月は、自分と彼女の間にある、絆の度合いを示しているように思えた。
残りの半分が満ちるのは、果たしていつになるのだろう。

 「──志原」
「なんだ?」
「ちょっと」

隊員室直前の廊下。
先頭を雛が、収納箱に入った充電池を数えながら歩いている。
コンテナボックスを抱えた御影は勇磨に歩幅を合わせ、小声で話しかけた。

「いつも重いの運んでくれて、助かるわ」
「気にするな。台車使ってるから苦じゃない」
「……屋上での雛の様子、どうだったの?」
「どうって…。別に」
「まさか、ちゃんと見てなかったんじゃないでしょうね?」
「見てたさ」

肝心な『雛の内面』を見ていなければ、何の意味もない。
返事を待ってみる。

「でも、雛は何も言わない。だから、オレも気付かぬフリしてる」
「…ふーん」
「蔵間。お前──」
「何よ?」

何か知らないか、と尋ねようとして勇磨は止めた。
無神経に聞ける程、バカじゃない。

「流石は親友だよな。ちゃんと見てると思ってさ」
「当たり前よ。見失ったら守れないじゃない」

御影は真面目な顔になる。
勇磨を追い抜き、先にオフィスのドアを器用に開けた。

「さぁどうぞ。雛お嬢様」
「?…ありがと御影」
「志原も、好きならちゃんと傍で見守りなさい。見失ったら、一生後悔するわよ」
「何の話?」
「だ…!」

つい大声になった勇磨。
充電池を備品用ロッカーへ仕舞っていた雛が振り返る。

「どうしたの勇磨?」
「な……っ!」
「ん?」

「何でもない」というたった一言が、きちんと出てこない。
赤面する顔を隠すように大股で相棒を通り過ぎ、台車を定位置で留めた。
ドカッと席に着いて誤魔化す。

「アハハ。やっぱりおバカねぇ」
「う、うっせぇ蔵間っ!!余計なお世話だ!」
「??」
「雛も分かってないし」
「えっ!?何を?」

図星を突かれた勇磨の挙動不審振りに、御影は腹を抱えてデスクに就いた。
どんな時でも素直過ぎるが故に、真っすぐぶつかって自爆してしまう。
世間で『愛すべきお馬鹿キャラ』と呼ばれるのは、多分こういう人なのだと彼女は思う──

御影だって、雛から何かを聞いた訳ではない。
しかし、親友が何について悩んでいたのか、大体見当はついていた。
その正体を勇磨は知らず、ただ心配するしかない事も分かっている。
自分がそれに口出しするべきではないのも。
それが心配で、つい不安になってしまう。
もどかしいとさえ思える。
でも、二人の絆が親友(じぶん)を越える日はきっと来る。
──そう、きっと大丈夫。

遠い空の月は、三人とそれぞれの秘めた思いを静かに照らしていた。

■『遠い空の半月』終■
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