もう一つの星
「和泉隊長、帰っちゃいましたね」
「…やっと、な」
「何だか、言い合いしてる時の隊長、楽しそうでしたよ?」
隊員室へ戻る途中の廊下。
野原の返事は、少し間が空いた。
「そうか。俺の唯一の後輩だからなぁ、和泉は」
「そうなんですか?」
てっきり否定するのかと思っていたので、雛にとっては意外だった。
「反対派じゃなくても和泉の扱いは、『生意気な小娘』のままなんだよ。それに…」
「それに?」
「アイツの馬鹿力に、何度苦労した事か」
「馬鹿力?」
和泉は小柄で細く、雛よりも華奢の様に見えた。
それに隊長職といえば、力より頭脳の方が強い感じがする。
「ん。接近戦タイプなのに、格闘スタイルは武術混合なんてモンじゃない。デタラメだ」
「え?」
「挙句、パルクールとか使うし動きがサッパリ読めやしない。武器の使い方も、勢いと力任せ」
「我流なんですか?」
「身軽なくせに、『叩く・殴る・投げ飛ばす』の三つだけは強烈だった。大の男も吹っ飛ぶ位のな」
「へぇ…」
「特殊戦術はあんなモノじゃない筈なんだが。中級取って、妙に強くなり過ぎたか?」
「特殊戦術は、本隊やSATで必要な資格ですよね。行使権限保有ってだけで、充分スゴイですよ!」
「…俺も一応持ってるぞ?初級だが、音響閃光弾使えるから便利なんだ」
「えっ!?」
雛も接近戦が得意だが、ちょっと想像出来なかった。
警察学校時代に専攻を選ぼうとして、資料映像を見た事はあったが…
ついて行けそうになくて、結局上級逮捕術とかの柔術系に逃げた記憶が蘇る。
そんな体力がある人は、雛にとって憧れだ。
「言っておくが。そんなもの無くても、特警隊の隊長にはなれるからな?」
「父は上級持ちでしたから、ちょっと憧れていたんです。中級かぁ、《タクティクス》のスペックってどんなだろう…」
「それかどうかは知らんが、只の平手打ちでも一週間は跡消えないぞ。『一撃必倒』だかって、力加減を全くしない」
「凄いな。細い方なのに意外ですね」
「そうだろう?だが、先駆隊の中では『馬鹿力のお光』って二つ名が付いてた位だ。見かけで判断したら後悔する」
「隊長は何て呼ばれてたんですか?」
「ん、俺か?…『冷徹の竜太』だったかな」
「冷徹、ですか」
「ポーカーフェイスで冷めたイメージ、とか言ってたな。そんなつもりは無いんだが」
「何だか、時代劇みたいですね」
クスクスと雛が笑う。
「始めに言い出したのは、確か課長だと思ったなぁ」
「アハハハ」
「そんなに笑うなよ」
「…すみません」
正之助が椅子に座り、野原をジッと観察している。
かと思ったら、突然膝をパンと叩いて、
『野原君は、“冷徹の竜太”だ!』
と野原を指さしながら勝手に命名し、周りが「えっ!?」と困惑している姿。
そんな場景が目に浮かぶようで、雛の笑いはすぐに止まりそうにない。
和泉の事も、きっと同じように決めたに違いなかった。
彼女もきっと困惑している事だろう。
「…変な奴だったな。それも、もう隊を率いてるのか」
そう言って窓の外へ視線を移した野原の目は、何処か優しげに見えた。
他の人間が見たら、いつもと変わらないと言うだろう。
差し込む日差しが、そう見せているだけかも知れない。
「…大変だろうに」
「野原隊長、優しいんですね」
「ん?俺は佐野警部って、向こうの課長を心配してるんだよ」
誤魔化しなのか真面目なのか、声音だけでは判断兼ねた。
「出動時は、和泉が前衛で突入(エントリー)するからな。統括指揮だけでも大変なのに、更に面倒臭い事になる」
「えっ!?隊長さんなのに、犯人と格闘するんですか?」
「だから、『らしくない』って言ってるんだよ。終いには、佐野課長はあいつの婚約者らしい」
「和泉隊長の婚約者が、隊の課長さん⁉素敵じゃないですか」
「逆に俺は、仕事しにくいと思うが」
「そうなの…かな」
「アイツにとっては、その方が幸せなのかもな。色々あるし」
「色々?」
「アイツ」という言葉の発し方を聞いて、配属初日から彼の無線で度々登場する謎の長の正体が誰なのかようやく分かった。
仲が悪かったのではなく、照れや心配の裏返しだったのか。
つまり、そこに絆が確かに存在する。
雛は安心した。
廊下に視線を戻すと、いつものポーカーフェイスがそこにあった。
「課長はお前さんに、和泉の事を話していなかったのか?」
「はい。今日初めて知りました」
「ふーん。…妙だな」
「え?」
「何でもない」
和泉は正之助の事を、今でも慕っている筈だ。
正之助も彼女の事を「お嬢」と呼んで、世話を焼いているのだが。
野原は少し気になったものの、雛には黙っておく。
「さて、こっちも仕事だ。なぁ友江?」
「はい!」
野原と雛が、隊員室へ帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいまー」
「おぅ。何もなかったようだな」
「はい」
「報告書の中身は、とんでもない事になってますけどね」
「討伐軍だけが銀行強盗だと思い込んでたとか、本当は本庁のお金が狙われてたとか!!」
「えぇっ⁉」
勇磨達が慌てているので、野原は落ち着くよう促す。
雛も驚いていた。
「黒幕は『銀行に襲撃した』ってのが、本当の事件なんだって!」
「本庁が使ってるネットバンクの鍵を狙ってた、って話だったのよ」
「襲撃した銀行から不正アクセスして、荒らして乗っ取るつもりだったらしい」
「何それ…、本庁のネットバンクって私達のお給料も入ってるんだよ?怖いよ」
「『星の宮銀行は管理が杜撰だった』とか、『襲撃し易かった』とかって言われてました」
「ほぉ。今回は本隊からの報告も一緒だから、いつもより詳細が判明しているんだな。良い事だ」
「報告書と一緒に、隊長宛の手紙が入ってましたよ」
「手紙?」
野原は、その手紙を受け取ってデスクに就いた。
御影が雛を小声で小突く。
「ねぇねぇ。手紙の中って、雛は何だと思う?」
「え?」
「あたしは、ラブレターじゃないかと思ったりして」
「オレは挑戦状」
勇磨も隣へやってきて、小声で言った。
「和泉隊長って、婚約者居るって言ってたよ?」
「うそっ!!」
「相手は誰だよ?」
約二名の目が輝いた。
言うまでもなく御影と勇磨で、後に並ぶのは苦笑と呆れ顔である。
「第二隊の課長さんで、佐野警部って言うんだって」
「和泉隊長の上司じゃない!」
「へぇ~」
「…だから、お前ら聞こえてるって」
野原が離れたところから突っ込みを入れた。
はいハイ、とすかさず御影が挙手する。
「隊長!佐野警部ってどんな人なんですか?」
「元々は本庁組対部六課所属の管理官だ。あの人も出向組だったか」
「管理官かぁ」
「あまり会った事ないが、頭が良くて仕事が出来るキャリア組の人だよ。後は、ウチの課長に聞けば分かると思う」
「偉い人が婚約者なんて、和泉隊長モテますね」
「物好きなんて言ったら失礼なんだけどな。とにかく、和泉とは正反対の人だ」
「正反対…」
「アイツは危なっかしいからな。佐野さん位の『しっかりした人』が傍に居ないと…」
それを聞いて、高井と葉月も微笑んだ。
「和泉隊長って、何だか可愛い人みたいだな」
「そのようですね」
「素敵な人だと思います。優しいし」
「人見知りする雛が言うなら、間違いないかもね」
一方、野原は手紙の内容に眉をひそめた。
『野原先輩へ
先日、私達が確保したテロリストの件で報告したい事があり、これを書きました。
口頭で言えば済む事をくだくだ書いてる、と思うでしょうが…どうか最後まで読んで下さい。
黒幕の犯人は、取調べで「自分は討伐軍の仲間だ」と言っていたそうです。
追求するとやはり悪魂討伐軍の前身、《警察襲撃テロの実行犯》でした。
あの事件について接見して聞いてみましたが、関与はしていなく、当時のアリバイも成立しました。
ただ…討伐軍は、段々活動が活発になっているとの事。
姉さん達を撃った奴と、先輩を傷付けた奴は、それぞれ別れて都内に潜伏しています。
このままだと、来年の命日までにはやりあう事になるでしょう。
急展開したので、五隊揃っての甲一種体勢への準備が全て間に合うと良いのですが…。
こちらも警戒は怠らないように、巡回を強化するつもりです。
本庁も、潜伏先を懸命に突き止めている最中です。
先輩もどうか、気を付けて。
頭の良い先輩なら、解かっている事だとは思いますが…
きっと、おやっさんと雛さんが無茶する筈です。
助けてあげて下さいね。
連絡下されば、何処に居ても仲間を引き連れて駆けつけます。
今度こそ、私も命を賭して一緒に戦います。
追伸、
討伐軍を壊滅させたら、佐野さんが「式を挙げよう」と言っています。
私はずっと断っているのに話を聞かないのですが、どうしたら良いでしょうか?
──第二特警隊 これでも隊長の和泉より』
「全く。和泉のヤツ…」
野原には、後輩(かのじょ)がどんな気持ちでこれを書いたのか、容易に想像出来た。
便箋の下にテープで止めてあったのは、システム用のメモリーカード。
ラベルには、水色のマーカーで星のような紋様が書かれている。
これは準備室時代に用いていた、『特殊暗号を使う』という意味を持つ秘密の記号。
和泉が隠した《本当に報せたかった中身》を読み解く方法を思い出し、改めて手紙を見てみる。
紙は普通の便箋形状ではなく、方眼紙のマス目形になっていた。
解読してくれと云わんばかりだ。
結果は、先駆隊員内のみにしか知る事を許されない事案に関わっていた。
残念ながら吉報ではない。
(…例の事件に関わるのか)
(何れにせよ、これはマズイな)
これを遺族である二人に見せたならどうなるかも、考えなくてはいけない。
澄み渡る夏空をあっさりと覆い隠してしまいそうな、暗雲立ち込める未来。
せめて、悲しい事がこれ以上増長しないように…
野原は天に祈り、手紙を鍵の付いた引き出しへ仕舞った。
■『もうひとつの星』終■
「…やっと、な」
「何だか、言い合いしてる時の隊長、楽しそうでしたよ?」
隊員室へ戻る途中の廊下。
野原の返事は、少し間が空いた。
「そうか。俺の唯一の後輩だからなぁ、和泉は」
「そうなんですか?」
てっきり否定するのかと思っていたので、雛にとっては意外だった。
「反対派じゃなくても和泉の扱いは、『生意気な小娘』のままなんだよ。それに…」
「それに?」
「アイツの馬鹿力に、何度苦労した事か」
「馬鹿力?」
和泉は小柄で細く、雛よりも華奢の様に見えた。
それに隊長職といえば、力より頭脳の方が強い感じがする。
「ん。接近戦タイプなのに、格闘スタイルは武術混合なんてモンじゃない。デタラメだ」
「え?」
「挙句、パルクールとか使うし動きがサッパリ読めやしない。武器の使い方も、勢いと力任せ」
「我流なんですか?」
「身軽なくせに、『叩く・殴る・投げ飛ばす』の三つだけは強烈だった。大の男も吹っ飛ぶ位のな」
「へぇ…」
「特殊戦術はあんなモノじゃない筈なんだが。中級取って、妙に強くなり過ぎたか?」
「特殊戦術は、本隊やSATで必要な資格ですよね。行使権限保有ってだけで、充分スゴイですよ!」
「…俺も一応持ってるぞ?初級だが、音響閃光弾使えるから便利なんだ」
「えっ!?」
雛も接近戦が得意だが、ちょっと想像出来なかった。
警察学校時代に専攻を選ぼうとして、資料映像を見た事はあったが…
ついて行けそうになくて、結局上級逮捕術とかの柔術系に逃げた記憶が蘇る。
そんな体力がある人は、雛にとって憧れだ。
「言っておくが。そんなもの無くても、特警隊の隊長にはなれるからな?」
「父は上級持ちでしたから、ちょっと憧れていたんです。中級かぁ、《タクティクス》のスペックってどんなだろう…」
「それかどうかは知らんが、只の平手打ちでも一週間は跡消えないぞ。『一撃必倒』だかって、力加減を全くしない」
「凄いな。細い方なのに意外ですね」
「そうだろう?だが、先駆隊の中では『馬鹿力のお光』って二つ名が付いてた位だ。見かけで判断したら後悔する」
「隊長は何て呼ばれてたんですか?」
「ん、俺か?…『冷徹の竜太』だったかな」
「冷徹、ですか」
「ポーカーフェイスで冷めたイメージ、とか言ってたな。そんなつもりは無いんだが」
「何だか、時代劇みたいですね」
クスクスと雛が笑う。
「始めに言い出したのは、確か課長だと思ったなぁ」
「アハハハ」
「そんなに笑うなよ」
「…すみません」
正之助が椅子に座り、野原をジッと観察している。
かと思ったら、突然膝をパンと叩いて、
『野原君は、“冷徹の竜太”だ!』
と野原を指さしながら勝手に命名し、周りが「えっ!?」と困惑している姿。
そんな場景が目に浮かぶようで、雛の笑いはすぐに止まりそうにない。
和泉の事も、きっと同じように決めたに違いなかった。
彼女もきっと困惑している事だろう。
「…変な奴だったな。それも、もう隊を率いてるのか」
そう言って窓の外へ視線を移した野原の目は、何処か優しげに見えた。
他の人間が見たら、いつもと変わらないと言うだろう。
差し込む日差しが、そう見せているだけかも知れない。
「…大変だろうに」
「野原隊長、優しいんですね」
「ん?俺は佐野警部って、向こうの課長を心配してるんだよ」
誤魔化しなのか真面目なのか、声音だけでは判断兼ねた。
「出動時は、和泉が前衛で突入(エントリー)するからな。統括指揮だけでも大変なのに、更に面倒臭い事になる」
「えっ!?隊長さんなのに、犯人と格闘するんですか?」
「だから、『らしくない』って言ってるんだよ。終いには、佐野課長はあいつの婚約者らしい」
「和泉隊長の婚約者が、隊の課長さん⁉素敵じゃないですか」
「逆に俺は、仕事しにくいと思うが」
「そうなの…かな」
「アイツにとっては、その方が幸せなのかもな。色々あるし」
「色々?」
「アイツ」という言葉の発し方を聞いて、配属初日から彼の無線で度々登場する謎の長の正体が誰なのかようやく分かった。
仲が悪かったのではなく、照れや心配の裏返しだったのか。
つまり、そこに絆が確かに存在する。
雛は安心した。
廊下に視線を戻すと、いつものポーカーフェイスがそこにあった。
「課長はお前さんに、和泉の事を話していなかったのか?」
「はい。今日初めて知りました」
「ふーん。…妙だな」
「え?」
「何でもない」
和泉は正之助の事を、今でも慕っている筈だ。
正之助も彼女の事を「お嬢」と呼んで、世話を焼いているのだが。
野原は少し気になったものの、雛には黙っておく。
「さて、こっちも仕事だ。なぁ友江?」
「はい!」
野原と雛が、隊員室へ帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいまー」
「おぅ。何もなかったようだな」
「はい」
「報告書の中身は、とんでもない事になってますけどね」
「討伐軍だけが銀行強盗だと思い込んでたとか、本当は本庁のお金が狙われてたとか!!」
「えぇっ⁉」
勇磨達が慌てているので、野原は落ち着くよう促す。
雛も驚いていた。
「黒幕は『銀行に襲撃した』ってのが、本当の事件なんだって!」
「本庁が使ってるネットバンクの鍵を狙ってた、って話だったのよ」
「襲撃した銀行から不正アクセスして、荒らして乗っ取るつもりだったらしい」
「何それ…、本庁のネットバンクって私達のお給料も入ってるんだよ?怖いよ」
「『星の宮銀行は管理が杜撰だった』とか、『襲撃し易かった』とかって言われてました」
「ほぉ。今回は本隊からの報告も一緒だから、いつもより詳細が判明しているんだな。良い事だ」
「報告書と一緒に、隊長宛の手紙が入ってましたよ」
「手紙?」
野原は、その手紙を受け取ってデスクに就いた。
御影が雛を小声で小突く。
「ねぇねぇ。手紙の中って、雛は何だと思う?」
「え?」
「あたしは、ラブレターじゃないかと思ったりして」
「オレは挑戦状」
勇磨も隣へやってきて、小声で言った。
「和泉隊長って、婚約者居るって言ってたよ?」
「うそっ!!」
「相手は誰だよ?」
約二名の目が輝いた。
言うまでもなく御影と勇磨で、後に並ぶのは苦笑と呆れ顔である。
「第二隊の課長さんで、佐野警部って言うんだって」
「和泉隊長の上司じゃない!」
「へぇ~」
「…だから、お前ら聞こえてるって」
野原が離れたところから突っ込みを入れた。
はいハイ、とすかさず御影が挙手する。
「隊長!佐野警部ってどんな人なんですか?」
「元々は本庁組対部六課所属の管理官だ。あの人も出向組だったか」
「管理官かぁ」
「あまり会った事ないが、頭が良くて仕事が出来るキャリア組の人だよ。後は、ウチの課長に聞けば分かると思う」
「偉い人が婚約者なんて、和泉隊長モテますね」
「物好きなんて言ったら失礼なんだけどな。とにかく、和泉とは正反対の人だ」
「正反対…」
「アイツは危なっかしいからな。佐野さん位の『しっかりした人』が傍に居ないと…」
それを聞いて、高井と葉月も微笑んだ。
「和泉隊長って、何だか可愛い人みたいだな」
「そのようですね」
「素敵な人だと思います。優しいし」
「人見知りする雛が言うなら、間違いないかもね」
一方、野原は手紙の内容に眉をひそめた。
『野原先輩へ
先日、私達が確保したテロリストの件で報告したい事があり、これを書きました。
口頭で言えば済む事をくだくだ書いてる、と思うでしょうが…どうか最後まで読んで下さい。
黒幕の犯人は、取調べで「自分は討伐軍の仲間だ」と言っていたそうです。
追求するとやはり悪魂討伐軍の前身、《警察襲撃テロの実行犯》でした。
あの事件について接見して聞いてみましたが、関与はしていなく、当時のアリバイも成立しました。
ただ…討伐軍は、段々活動が活発になっているとの事。
姉さん達を撃った奴と、先輩を傷付けた奴は、それぞれ別れて都内に潜伏しています。
このままだと、来年の命日までにはやりあう事になるでしょう。
急展開したので、五隊揃っての甲一種体勢への準備が全て間に合うと良いのですが…。
こちらも警戒は怠らないように、巡回を強化するつもりです。
本庁も、潜伏先を懸命に突き止めている最中です。
先輩もどうか、気を付けて。
頭の良い先輩なら、解かっている事だとは思いますが…
きっと、おやっさんと雛さんが無茶する筈です。
助けてあげて下さいね。
連絡下されば、何処に居ても仲間を引き連れて駆けつけます。
今度こそ、私も命を賭して一緒に戦います。
追伸、
討伐軍を壊滅させたら、佐野さんが「式を挙げよう」と言っています。
私はずっと断っているのに話を聞かないのですが、どうしたら良いでしょうか?
──第二特警隊 これでも隊長の和泉より』
「全く。和泉のヤツ…」
野原には、後輩(かのじょ)がどんな気持ちでこれを書いたのか、容易に想像出来た。
便箋の下にテープで止めてあったのは、システム用のメモリーカード。
ラベルには、水色のマーカーで星のような紋様が書かれている。
これは準備室時代に用いていた、『特殊暗号を使う』という意味を持つ秘密の記号。
和泉が隠した《本当に報せたかった中身》を読み解く方法を思い出し、改めて手紙を見てみる。
紙は普通の便箋形状ではなく、方眼紙のマス目形になっていた。
解読してくれと云わんばかりだ。
結果は、先駆隊員内のみにしか知る事を許されない事案に関わっていた。
残念ながら吉報ではない。
(…例の事件に関わるのか)
(何れにせよ、これはマズイな)
これを遺族である二人に見せたならどうなるかも、考えなくてはいけない。
澄み渡る夏空をあっさりと覆い隠してしまいそうな、暗雲立ち込める未来。
せめて、悲しい事がこれ以上増長しないように…
野原は天に祈り、手紙を鍵の付いた引き出しへ仕舞った。
■『もうひとつの星』終■
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