運命の星、始動

 三階ではエリアを目一杯使って、激戦の真っ最中である。
持ち込んだ武器を使いきっても、犯人は二人共抵抗を止めない。
終いには、部屋に在るあらゆる物を投げ付けていた。
一方、人質は…

「居たっ!」

雛はアッサリと発見した。
やや拍子抜けしながらも、付近に注意しながら人質に近づく。
そのまま警戒を怠る事無く、縛られたロープを解いてやる。

「特警隊です、もう大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」
「えぇ、大丈夫です。貴女も噂の特警隊さんでしたか」

人質になっていた男性職員は、のんびりと答えた。

「はい、第五特警隊です。出口までお連れします、歩けますか?」
「歩けます」
「では、危ないので身を低くして。煙が出てるので、口を押さえて呼吸を確保しながら行きましょう」
「解かりました」

雛は職員の背に手を添えて、入ってきた螺旋階段へ歩き出した。
幸いにも、犯人達がこちらへ来る気配はない。
安心したのか、職員が話しかけてきた。

「…実は私、やっと今日で定年退職なんですよ。そんな日に、まさかこんな事になるとは」
「そうだったんですか。ご無事で、本当になによりです」

職員はニコリと微笑んで、頷く。

「でも、お陰で貴重な経験が出来ましたよ。何せ、新しい特警隊さんの活躍がこんなに間近で見れたんですから」
「そんな…。怖かったでしょう?」
「確かに怖かったですが、最近の警察は優秀だと聞きましたからねぇ。助かると信じてましたよ」

雛が警察官になると将来を決めた時、両親は「なるもんじゃない」と反対した。
恨まれる事の方が多いから、憧れて志望するような職業ではないのだと。
内気な性格も災いしているのか、警察学校を卒業するまでは「本当かも知れない」と内心怖がっていたが…
理解してくれる一般人は、ちゃんと居るじゃないか。
この仕事を、警察官を信じてくれる人は、きっとまだまだ居る筈だ。
初めて本物の緊迫した現場に臨み、不安の中でやっと自信と勇気を得た。
そんな気持ちになれた。

ゆっくり階段を下り終えると、一階で捜査員が待機していた。
雛は、男性の身柄の保護を引き継ぐ。

「正(せい)さんの孫ちゃんじゃないか。大丈夫か?」
「え?…は、はい」
「三階の状況は?」
「フロア一帯は煙が充満していて、現状把握が困難です。成るべく早く、安全な所へ退避を」
「了解」

機動隊による退避の援護を確認して、インカムに手をやる。
一階は、まだジャミングの影響が出ていない。

「特警2より特警指揮へ。職員の身柄を保護、特警捜査班へ引継ぎ完了です」
『特警指揮だ。了解した』

良くやった、と野原の声が返ってきた。

『先程、犯人の一人が降りてきたところを確保された。残りは一人、上でまだ対峙してると思われる』
「二人の支援にまわります」
『ん。あの二人なら大丈夫だろうが、問題なのは帰り道だ』
「そうですね…」
『特警2には、二人に裏口から出るように誘導を頼む。以上』
「特警2、了解!」

正面は、もう煙が充満していて帰るのは危なさそうだ。
このままでは、一階の中もジャミングされるのは時間の問題であろう。
雛は来た道を戻り、再び螺旋階段を駆け上った。


 「こんな狭い場所で、こんな物使うんじゃねーよ!!」
「煙いし、無線はジャムったままだし。あぁ、もう!」

勇磨と御影は、煙の中で悪戦苦闘していた。
二人は互いに背を預けあいながら、格闘体勢を取っている。
無線が使えないので、下で確保された事は知らない。

「ったく、お陰で一人見失ったわよ!」
「本当だ。余計な事ばかりしやがる」

元凶である発炎筒を使った犯人ですら、むせている。
それでも、また何か投げ付けてきた。
二人は素早く散らばる。
煙の中では、インカムのバッテリーランプが目印になっていた。

「──そこかっ!」

部屋からフロアへ逃げた目印の無い人影へ、御影はペイント弾を撃った。
背中を鮮やかなピンク色に染めた犯人が、その前方へ倒れこむ。
GPSマーカーも一緒に付着される仕組みなので、万が一逃走され見失っても煙の外ならば追尾が可能だ。
問題は自身の武術の未熟さだが、勇磨を頼っても本当に大丈夫なのだろうか。
彼は交番勤務からの移動組と聞いたが、屈強とは程遠いノホホンとした外見だ。
自分も人の事は言えないだろう、しかし射撃の腕前なら自信がある。
例えエアガンだろうと、銃器使用戦術“だけ”なら負けない。
…この場でペアを組んだ相手が、高井なら良かったのにと今更後悔を抱く。

「やっと仕留めたわ」
「かなり手間取ったな。…うわ、ベタベタじゃねーか」
「はい、捕縛縄」
「はいじゃねぇって。手伝えよ」

御影から確保用の捕縛縄を受け取った勇磨。
ペンキの付いていない犯人の右腕を取って、縛り上げる。

「エアガンは絶好調ね。調整はこれでOK、ってトコかしら」
「だな。後は、弾のバリエーション増やす開発が必要か」
「銃器使えない人でも扱えるアイテムとか、他の隊で要望出てるのよ。バズーカも細工したいわ、威力弱過ぎだもん」
「ネット弾の類しか使い道無いだろ。自衛隊じゃないんだから」
「だからこそ、よ。電磁警棒はあれで完成形だし」
「あの『零式』を作った先輩達を、越えたいんだろ?」
「アンタだってそうでしょ?」

ニヤリと怪しい笑みを交わす。
外では、送風機が唸りを上げ始めた。

「あら。良い風ね」
「でも、まだ無線は回復しそうに無いな」

このままでは野原へ報告も出来ない以前に、外にすら出られない。
二人が辺りをキョロキョロした、その時だ。
犯人が勇磨の手を振り解き、逃走した。

「…っ!」
「──しまった!!」
「あ!バカ志原っ!!」

慌てて煙に紛れるピンクの影を追った。
しかし飛び出した廊下も、まだ視界がハッキリしていない。
こういう時は闇雲に動くべきではないのだが、焦る二人は事前にどうするか対策すら話し合っていなかった。
こういう事態に慣れているのは、犯人側だけのようだ。

「誰がバカだ!…って、あれ?蔵間?」

勇磨は御影とはぐれた。
バタバタと音は聞こえるが、返事はない。
手探り辺りを調べるものの、何も反応はなかった。
心情は、仲間のロストへの焦りより面倒臭さの方が勝っている。
仕方なく進み突き当たりを曲がると、裏口があった。
やはり御影の姿はない。
運が良かったのか悪かったのか、動くピンク色を発見した。
その先には、誰か居る。

(仲間?どっちのだ?)
「誰か、そこに居るのか?」
「…?」
「蔵間巡査か?視界が悪いんだ、所属と名前を言ってくれ」
「私は──」
「クソっ、こいつも警察(サツ)だ!」

逆光で顔は見えないが、小柄の女性である事が判る。
身長と容姿から、御影ではなかった。
犯人も、自分の味方ではない事を悟ったようだ。
袖の中に隠してあった小さな折りたたみナイフを取り出し、威嚇する。

「あいつ!まだあんな物持ってたのか!?」
「どけぇっ!!」

犯人は叫んで女性の方へ突進した。

「!」
「ヤバイっ!!」

勇磨も叫ぶ。
その人を、守らなければ。

「そこから逃げるんだ!!」

駆け出すが間に合わない。
犯人が自分目掛けてこなかったのを安堵するような、性格の悪い人間ではなかった。
警察官としての正義感や使命感とかから湧いて来ただろう焦り等々で、感情がゴチャゴチャになる。
最悪の光景を予想した次の瞬間、それは外れた。

真っ直ぐ突っ込んでくる犯人を、彼女は音も無く一歩横へ飛び退く。
体がすれ違うと、今度は素早く背後へ回り込んだ。
その最中もホルダーから電磁警棒を抜いて、即座にスイッチを入れる。
射合い斬りの要領で、犯人の右肩付け根を打つ。
放電と合わせた強い一撃。
瞬きもさせず、それは勇磨の目にしっかりと焼き付いた。
彼女よりも背丈がある犯人が、簡単に倒される。
同じ真新しい制服姿と装備なのに、その武術は勇磨(じぶん)よりも遥かに強い。
闘い慣れしているのだろうか。
痺れて倒れた犯人の呻き声で、やっと我に返った。

「あ…」

自分は、確保の傍らでボサッと突っ立ったままだ。
彼女は、犯人の片腕が結ばれたままの捕縛縄を後ろ手できつく縛り直していた。

「これで、全員確保ですね」
「え?」

メットの下から見える、セミロングの髪を一つに結った後姿が振り返った。

「お疲れ様です」
「…あ、あぁ。どうも」

先程の格闘時は凛々しかった顔がもう、優しく微笑んでいる。
それに釘付けになって、勇磨は何も返せない。
先刻、最悪の光景は予想したのに覚悟が決まっていなかった。
ダサい、格好悪い。
そんな自分とは正反対で、刹那に臆する事無く、真っ直ぐに向かれた彼女の瞳の強さ。
まるで羽が生えている様な身軽さと、機敏で正確な一撃。
自分が不得意とする、接近戦が得意なのだ。
その小柄さからは想像も出来ない瞬発力に、強さを微塵にも見せない優しい笑顔。

一目惚れだった。

「君、け、怪我は?その制服は、オレ達の仲間…なんだよな?」
「大丈夫です。私も第五特警隊の突入班です」
「隊長達が言ってた、最後の一人か…」
「野原隊長が、『正面は煙で危ないので、裏口から出るように』と」
「そ、そうか。解かった」
「もう一人の隊員は?」
「…そういや」

先刻から何か足りないと思ったら、御影の事を忘れていた。

『──何処行ったのよ、バカ志原ぁ!』
「…え?」
「だから、誰がバカだ!!」
『あ』

勇磨が曲がってきた通路で、当人の声がした。
バカ発言に怒った大声で、やっと位置が分かったらしい。

「居た居た。…あーっ!?」
「御影!?」
「ひいぃなぁ~っ!!」

雛を指差した御影は駆け寄り、そのまま抱きついた。

「もう一人の隊員は、御影だったんだね」
「そっちこそ、聞いた事ある声だと思ったら!」
「…へ?」

ここは事件現場で、任務完了の報告すらしていないと言うのに。
そんな事お構いなしなのか、ひたすら再会を喜んでキャッキャウフフしている女性二人。
勇磨だけが、この現状についていけない。

(何だこりゃ、どういう訳だ?オレだけ置いてけぼり?)

反応に困り、仕方なく座り込んだまま意気消沈している犯人を軽く突っついてみる。
それも反応が無くて途方に暮れた頃、やっと応援が着いた。

「おーい。三人共、生きてるか?」
「特警1と2、犯人はどうした!?」

裏口から顔を出したのは、野原。
捜査員も続いて入ってくる。

「隊長っ!」
「何だ、もう犯人確保してるんじゃないか。ほら、クリアリングコール入れろ」
「特警1より現場の各員へ。三階の全フロア、クリア」
「特警指揮より統括指揮へ。現場建物内、制圧完了(クリアリングオール)。指示を乞う」
『統括指揮、了解。突入班は撤収開始、事後処理は、捜査班及び情報班が開始せよ』
「特警指揮、了解。突入班を帰還させます」
『本部支援班、現着。事後処理及び捜査の支援を開始する』
「さぁ、帰るぞ」
「はーい!」

報告を勇磨に押し付けた御影が、雛の腕を組んで元気よく返事した。
振り回されて、雛は苦笑している。

「…帰りましょう」
「お、おぅ」

気になる彼女に促され、勇磨も階段を下りていく。
雛が確保した犯人も、捜査員に無事引き渡し連行されていった。


 「高井さーん!」
「ん?…おう、無事に下りて来たか」
「葉月巡査も無事で何よりッス!」

最後に現着した二人は、建物の外でSITの後片付けと特車の送風機設置を手伝っていた。
三人の姿を見つけ安全を確認すると、大きく手を振る。
御影と勇磨が手を振り返し、雛は微笑んで頭を下げた。

「お二人は大暴れでしたね…。大丈夫ですか?」
「オレも蔵間も無傷ッスよ。あと、もう一人も」
「女性隊員だったんですね。蔵間巡査と仲良しみたいですが」

葉月と勇磨が、御影に振り回されている最後の一人を見つめる。
今度は強烈なハグを食らい、恥ずかしがっているようだ。

「…可愛いッスよね」
「え?」

葉月が何か言ったかと尋ねたら、勇磨は慌てて否定した。
挙動がおかしくなる。

「ななな、何でもないッスよ⁉」
「?」
「特警3、地上の状況に変化は?」
「人質になった職員は、念の為救急車で警察病院へ運びました。ウチの捜査員が付き添ってます」
「周囲に潜伏する危険対象は無し。クリアリングオールは維持です」

二人からの報告を聞いて、野原も「良し」と頷く。
ようやく頭数が揃った元気な一同を見渡して、二回頷いた。

「本部からも撤収許可貰った。後は捜査班達に任せて、俺達は帰ろう」
「了解です」
「隊長、これで全員揃ったんですね」
「あぁ。報道の連中が来てるから、ちゃんとした自己紹介は帰ってからな」

──夢の森第五特警隊の初出動は、これで終わりである。
署に帰還後、隊員室にて二度目の自己紹介で、ようやく雛は全員と対面した。
彼女と周囲を取り巻く運命の星は、この地で静かに動き出す。

■『運命の星、始動』終■
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