運命の星、始動
殺気漂う現場、その建物内。
正面側のエントリー組が低い姿勢のまま、ヒンヤリとした事務所の階段を上った。
三階の踊り場へ着き、一同に緊張が走る。
SITが接触を試みるものの、犯人は無言のまま爆竹を投げてきた。
「うわぁ!!」
飛んできた破片は、SITの班員が盾で防ぎきった。
事なきを得たが…
「お願いします!!」
「了解っ!」
『来るならきてみろぉ!』
とうとう特警隊の出番が訪れた。
勇磨と御影の二人が同時に飛び出し、犯人が立て篭もるドアの横で突入体勢に入る。
武器を持たないSIT班には、安全確保の為に階下へ一旦下がってもらう。
中から聞こえたのは怒号が二つと、足音。
犯人がこちらへ出てくる気配はない。
人質の声も無いが、SITが飛ばした超小型ドローンからの監視映像と機能で、生体反応があるのを確認している。
「今の内に、大人しく出てきた方が身の為よ」
「オレ達手荒いぞ?」
『うるさい、捕まえたけりゃ入って来い!!』
「…そうか」
勇磨は御影と頷き合うと、無言で三つ数えてドアを蹴破った。
途端に飛んでくる、発炎筒。
「!」
「おっと」
勇磨がキャッチし、廊下の割れた窓から外へ放り投げた。
建物の外で大騒ぎしているようだが、仕方ない。
「これは、使い方間違ってるだろ」
「お外で遊んだ方が良いわよ?」
御影がエアガンを構える。
奥にいたもう一人の犯人が、人質にナイフを突きつけた。
手足を拘束された男性は怯えているが、意識はハッキリしていて怪我も無さそうだ。
「そんなもの向けて良いのか?こっちには…」
「どうだ、手も出ないだろ?銃を捨てろ」
「あらまぁ」
エアガンを下ろすと、大袈裟な溜息を吐く。
これは彼女が初めから考えていた、芝居である。
挑発は御影の方が得意らしく、本領を発揮し始めた。
「イヤねぇ、すぐそうやって脅しにかかる。マニュアル通りって感じ?」
御影のウインクに、勇磨も悪乗りする。
やれやれ、と苦笑を交えた小芝居を一つ。
「単に、オレ達に勝てる自信無いんじゃないの?」
「きっとそうだわ、兵(つわもの)は真っ向から挑んでくるものよ。こんな事じゃ、ねぇ?」
「恐れをなしたんだろ」
「見掛け倒しだったわ。残念な底辺のテロリストさん達ね」
御影は『底辺』の一言に演技力を込めてみた。
勇磨も、犯人の顔色が変わっていくのを確認する。
「あーあ。見ろよ、顔引きつってるぞ」
「あらら、図星だった?」
「う…」
「うるせぇっ!!」
犯人は二人共に完全に逆上し、人質から手が離れた。
作戦通りである。
二人が短気で切れ易く、挑発に乗りやすい性格なのは調査済。
なので、情報支援先も「挑発するな」と釘を刺している。
野原はわざと逆に捉えたのか、『現場の判断で行動する』と一応の断りを入れていた。
SITとは真逆の、決して真摯とは言えない接触。
そして挑発の台詞は、特警隊限定オープン状態の無線がシッカリ拾っている。
夢の森署の正之助も、無線を聞いてゲラゲラ笑っていた。
《現場においては臨機応変》なんて昔から良く使われる言葉があるにしても、本部は怒っていないのだろうか。
救出役の雛が裏口で頭を抱えていた事は、言うまでもない。
「言いたい放題、ぬかしやがって!」
「先にお前らをぶっ殺してやる!!」
「だったら、二人纏めて掛かってきなさいよ」
「怖いなら、降参していいんだぞー?投降しちゃえよ」
現場内では対象の二人がすっかり乗せられ、人質はそっちのけ。
勇磨は、踊り場のSITへ楽しそうに合図を出した。
『SITから統括指揮へ。特警1による陽動作戦は成功の模様』
『統括指揮、了解。特警2は救出を開始、機動隊は犯人逃走に備えよ』
「特警2、了解」
「待て友江。今は危ない」
「…ですね」
次の手を進める指令をバックに、特警隊と犯人とのケンカが開始された。
既に派手な展開となっているので、地上へガラス片や爆竹等の危険物が沢山降ってくる。
野原は雛を一旦下がらせ、隣で成り行きを見守らせた。
「特警指揮より統括指揮へ。上階より飛散物が多数落下中。安全確認の為、特警2の突入は少し遅らせる」
『統括指揮、了解』
「やっぱり派手に始まったな」
「エントリーだけで、充分派手です!挑発するなって言われてましたよね!?」
「この柔軟な臨機応変さも、特別警察たる所以の一つだ。本当に問題だったら責任は俺が取るし、友江にまで始末書を書かせないようにする」
「でも…」
「大丈夫だ、そんなに心配しなくても良い。大きく構えていなさい」
「うぅ…」
双眼鏡で中の様子を見ていた野原。
穏やかで済まないのは、想定範囲内であった。
が、対象が挑発に乗るまでにかかった時間は予想以上に早い。
眼鏡をかけ直し、タイミングを見計らって雛を先行させると、インカムのマイクに指を添えた。
「特警1は、完全に犯人と対峙(エンカウント)だ。こっちもシッカリ動くぞ」
『は、はい!』
裏口の螺旋階段にて、待機する雛。
三階の非常口前で、緊張しながらも体勢を整えていた。
「特警1は、手筈通りに正面側の廊下へ対象を引き付けている。その隙を見て、人質を救い出してくれ」
『何か、すごい暴れっぷりみたいですが…。煙出てきたし』
「恐らく発炎筒だとは思うが、対象が使ってるのは無線妨害(ジャミング)効果のある代物だ。中に入ったら通信は使えんぞ」
『気をつけます』
「一人で大変なら、後から応援部隊を入れる。決して無理せず戻って来い。以上だ」
『了解。特警2、作戦開始します!』
とうとう、雛も突入して行った。
人質救出役が彼女一人だけというのは、署の正之助もさぞかし心配している事だろう。
怒られるだろうが、人手が足りない現状では仕方ない。
無線が使えなくなるという中へ、大事な現場指揮役を入れる訳にはいかなかった。
『困る』の一言だけでは済まない、面倒な事態となるからだ。
「さて。後はお使い組だけ、…と」
野原はインカムから無線に切り替えると、ポケットから携帯を取り出す。
ボタンを押し、耳に当てた。
「──高井(たかい)です」
現場へ急行中の、特警隊ミニパト。
高井士郎(しろう)は少し窮屈そうな助手席で、電話を取った。
「はい。課長からマップは届いています」
車載端末を操作し、最新情報を更新させる。
マップに、各隊員の現状がアイコンとなって現れた。
アイコンに触れると、対象とエンカウント中の二人は…
「先攻役に、蔵間と志原を組ませたんですか!?隊長、それはマズイですよ」
『効果はバツグンだ。何か大暴れしてるが、想定より早く救出役をエントリーさせられたぞ』
「だからマズイんですって。……え?了解です。それでは後ほど」
渋い顔となった隣の席に、運転中の葉月哲哉(はづきてつや)も困ったような笑みを浮かべる。
高井は電話を切って、溜息を一つ零す。
「先攻って。あの二人に陽動させたんでしょうね」
「初出動なのに、隊長はもう始末書覚悟だぞ」
「それなら急がなくちゃ。ルート変えましょう」
「だな。任せろ」
高井はキーボードを操作し、カーナビに新たなルートを入力した。
それでも、現場到着まで後十五分程はかかりそうだ。
「まさか、お使い中に出動がかかるなんてな。パトロール以外は暇そうだったから、思いもしなかった」
「本部に第二隊からの資料が届いていて、助かりましたね。こんな状態で城南にも寄らないといけなかったら、もっと大変でした」
「だよな。どんな人かは知らないが、第二隊長も気が利く」
「そして。手が離せない隊長を無理に行かせず、副隊長候補の高井さんが代わっておいて正解でした」
「野原隊長が言ってた『もう一人の隊員』ってのも、これは大変だぞ」
「突入班最後の一人ですよね。確か『新任だ』って言ってたような」
高井が画面をタッチしながら、アイコンの動きを追って見ている。
救出役の隊員の詳細は、取得中と出たままフォルダを開けない。
基本情報が更新されていない所為なのか、顔写真も上がっていなかった。
「ヤバい、一人だけでエントリーしてる。本当に大丈夫なのか?」
「心配ですね」
「だな…」
未だ、長の二人以外は雛の存在を知らない。
現場の雛も、離れた各所でこんな風に心配されているとは思わずに居た。
正面側のエントリー組が低い姿勢のまま、ヒンヤリとした事務所の階段を上った。
三階の踊り場へ着き、一同に緊張が走る。
SITが接触を試みるものの、犯人は無言のまま爆竹を投げてきた。
「うわぁ!!」
飛んできた破片は、SITの班員が盾で防ぎきった。
事なきを得たが…
「お願いします!!」
「了解っ!」
『来るならきてみろぉ!』
とうとう特警隊の出番が訪れた。
勇磨と御影の二人が同時に飛び出し、犯人が立て篭もるドアの横で突入体勢に入る。
武器を持たないSIT班には、安全確保の為に階下へ一旦下がってもらう。
中から聞こえたのは怒号が二つと、足音。
犯人がこちらへ出てくる気配はない。
人質の声も無いが、SITが飛ばした超小型ドローンからの監視映像と機能で、生体反応があるのを確認している。
「今の内に、大人しく出てきた方が身の為よ」
「オレ達手荒いぞ?」
『うるさい、捕まえたけりゃ入って来い!!』
「…そうか」
勇磨は御影と頷き合うと、無言で三つ数えてドアを蹴破った。
途端に飛んでくる、発炎筒。
「!」
「おっと」
勇磨がキャッチし、廊下の割れた窓から外へ放り投げた。
建物の外で大騒ぎしているようだが、仕方ない。
「これは、使い方間違ってるだろ」
「お外で遊んだ方が良いわよ?」
御影がエアガンを構える。
奥にいたもう一人の犯人が、人質にナイフを突きつけた。
手足を拘束された男性は怯えているが、意識はハッキリしていて怪我も無さそうだ。
「そんなもの向けて良いのか?こっちには…」
「どうだ、手も出ないだろ?銃を捨てろ」
「あらまぁ」
エアガンを下ろすと、大袈裟な溜息を吐く。
これは彼女が初めから考えていた、芝居である。
挑発は御影の方が得意らしく、本領を発揮し始めた。
「イヤねぇ、すぐそうやって脅しにかかる。マニュアル通りって感じ?」
御影のウインクに、勇磨も悪乗りする。
やれやれ、と苦笑を交えた小芝居を一つ。
「単に、オレ達に勝てる自信無いんじゃないの?」
「きっとそうだわ、兵(つわもの)は真っ向から挑んでくるものよ。こんな事じゃ、ねぇ?」
「恐れをなしたんだろ」
「見掛け倒しだったわ。残念な底辺のテロリストさん達ね」
御影は『底辺』の一言に演技力を込めてみた。
勇磨も、犯人の顔色が変わっていくのを確認する。
「あーあ。見ろよ、顔引きつってるぞ」
「あらら、図星だった?」
「う…」
「うるせぇっ!!」
犯人は二人共に完全に逆上し、人質から手が離れた。
作戦通りである。
二人が短気で切れ易く、挑発に乗りやすい性格なのは調査済。
なので、情報支援先も「挑発するな」と釘を刺している。
野原はわざと逆に捉えたのか、『現場の判断で行動する』と一応の断りを入れていた。
SITとは真逆の、決して真摯とは言えない接触。
そして挑発の台詞は、特警隊限定オープン状態の無線がシッカリ拾っている。
夢の森署の正之助も、無線を聞いてゲラゲラ笑っていた。
《現場においては臨機応変》なんて昔から良く使われる言葉があるにしても、本部は怒っていないのだろうか。
救出役の雛が裏口で頭を抱えていた事は、言うまでもない。
「言いたい放題、ぬかしやがって!」
「先にお前らをぶっ殺してやる!!」
「だったら、二人纏めて掛かってきなさいよ」
「怖いなら、降参していいんだぞー?投降しちゃえよ」
現場内では対象の二人がすっかり乗せられ、人質はそっちのけ。
勇磨は、踊り場のSITへ楽しそうに合図を出した。
『SITから統括指揮へ。特警1による陽動作戦は成功の模様』
『統括指揮、了解。特警2は救出を開始、機動隊は犯人逃走に備えよ』
「特警2、了解」
「待て友江。今は危ない」
「…ですね」
次の手を進める指令をバックに、特警隊と犯人とのケンカが開始された。
既に派手な展開となっているので、地上へガラス片や爆竹等の危険物が沢山降ってくる。
野原は雛を一旦下がらせ、隣で成り行きを見守らせた。
「特警指揮より統括指揮へ。上階より飛散物が多数落下中。安全確認の為、特警2の突入は少し遅らせる」
『統括指揮、了解』
「やっぱり派手に始まったな」
「エントリーだけで、充分派手です!挑発するなって言われてましたよね!?」
「この柔軟な臨機応変さも、特別警察たる所以の一つだ。本当に問題だったら責任は俺が取るし、友江にまで始末書を書かせないようにする」
「でも…」
「大丈夫だ、そんなに心配しなくても良い。大きく構えていなさい」
「うぅ…」
双眼鏡で中の様子を見ていた野原。
穏やかで済まないのは、想定範囲内であった。
が、対象が挑発に乗るまでにかかった時間は予想以上に早い。
眼鏡をかけ直し、タイミングを見計らって雛を先行させると、インカムのマイクに指を添えた。
「特警1は、完全に犯人と対峙(エンカウント)だ。こっちもシッカリ動くぞ」
『は、はい!』
裏口の螺旋階段にて、待機する雛。
三階の非常口前で、緊張しながらも体勢を整えていた。
「特警1は、手筈通りに正面側の廊下へ対象を引き付けている。その隙を見て、人質を救い出してくれ」
『何か、すごい暴れっぷりみたいですが…。煙出てきたし』
「恐らく発炎筒だとは思うが、対象が使ってるのは無線妨害(ジャミング)効果のある代物だ。中に入ったら通信は使えんぞ」
『気をつけます』
「一人で大変なら、後から応援部隊を入れる。決して無理せず戻って来い。以上だ」
『了解。特警2、作戦開始します!』
とうとう、雛も突入して行った。
人質救出役が彼女一人だけというのは、署の正之助もさぞかし心配している事だろう。
怒られるだろうが、人手が足りない現状では仕方ない。
無線が使えなくなるという中へ、大事な現場指揮役を入れる訳にはいかなかった。
『困る』の一言だけでは済まない、面倒な事態となるからだ。
「さて。後はお使い組だけ、…と」
野原はインカムから無線に切り替えると、ポケットから携帯を取り出す。
ボタンを押し、耳に当てた。
「──高井(たかい)です」
現場へ急行中の、特警隊ミニパト。
高井士郎(しろう)は少し窮屈そうな助手席で、電話を取った。
「はい。課長からマップは届いています」
車載端末を操作し、最新情報を更新させる。
マップに、各隊員の現状がアイコンとなって現れた。
アイコンに触れると、対象とエンカウント中の二人は…
「先攻役に、蔵間と志原を組ませたんですか!?隊長、それはマズイですよ」
『効果はバツグンだ。何か大暴れしてるが、想定より早く救出役をエントリーさせられたぞ』
「だからマズイんですって。……え?了解です。それでは後ほど」
渋い顔となった隣の席に、運転中の葉月哲哉(はづきてつや)も困ったような笑みを浮かべる。
高井は電話を切って、溜息を一つ零す。
「先攻って。あの二人に陽動させたんでしょうね」
「初出動なのに、隊長はもう始末書覚悟だぞ」
「それなら急がなくちゃ。ルート変えましょう」
「だな。任せろ」
高井はキーボードを操作し、カーナビに新たなルートを入力した。
それでも、現場到着まで後十五分程はかかりそうだ。
「まさか、お使い中に出動がかかるなんてな。パトロール以外は暇そうだったから、思いもしなかった」
「本部に第二隊からの資料が届いていて、助かりましたね。こんな状態で城南にも寄らないといけなかったら、もっと大変でした」
「だよな。どんな人かは知らないが、第二隊長も気が利く」
「そして。手が離せない隊長を無理に行かせず、副隊長候補の高井さんが代わっておいて正解でした」
「野原隊長が言ってた『もう一人の隊員』ってのも、これは大変だぞ」
「突入班最後の一人ですよね。確か『新任だ』って言ってたような」
高井が画面をタッチしながら、アイコンの動きを追って見ている。
救出役の隊員の詳細は、取得中と出たままフォルダを開けない。
基本情報が更新されていない所為なのか、顔写真も上がっていなかった。
「ヤバい、一人だけでエントリーしてる。本当に大丈夫なのか?」
「心配ですね」
「だな…」
未だ、長の二人以外は雛の存在を知らない。
現場の雛も、離れた各所でこんな風に心配されているとは思わずに居た。
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