運命の星、始動

 雛と野原を乗せた車両が非常線を越え、所轄の誘導で現場に着いた。
慌ててヘルメットを被り降りてきた雛が、長の後に続く。
野原の指揮用端末へ、今の段階で集まった情報が纏められる。

自称テロリストの男は二人組。
刃物を片手に現在も篭城中で、管理事務所の男性職員一名が人質となっている。
現状、犯人からの要求は一切出されていない。
本庁刑事部の特殊班捜査係・SITの呼びかけにも、一切応じない。
埒が明かないと何とか接触を試みたところ、窓から爆竹や発炎筒等を放り投げられ捜査員が負傷。
特警隊内で『本隊』と呼ばれている銃器対策部隊は、別件で出動中。
更に特殊急襲部隊を出動させるには、手続きを含めて時間がかかる。
――以上の事から、所轄に新設された特警隊へ出動要請が来た。

『城南の第二隊から、応援体制の差し入れが来たよ』
「え、頼んでませんよね?連絡来たんですか」
『あぁ、本部にもフォローを頼んでおいたってさ。あの子も心配してくれているんだね』
「『余計な心配してないで、自分の隊を気遣え』って、怒っておいてください」
『野原君は素直じゃないなぁ。情報を全部リンクさせたから、すぐに詳細と対処法が送られてくる筈だ』

既に始動している他の隊とは、仲が良くないのだろうか。
余計に勘繰ってしまい、雛の心配事は増えていく。

『現場には、所轄の他に機動隊が来ている。SATか本隊が呼べればフル体制完成したのに、惜しいな』
「本当に。但し、そうなると我々は後方支援のみになりますが」
『そうだね。安全ではあるが、それじゃ大事な経験値が手に入らないもんなぁ』
「第二から応援呼んでも良いんですが、オイシイ所だけ持っていかれて終わりでしょうし」
『末っ子は、危ないからそこで見ててなさいって?それも困るなぁ』
「えぇ。アイツ一人で全部片づけてしまう」
『ハハハ』

署で統括指揮を執る正之助と、現場の野原。
二人共、無線で他人事みたいな会話を続けている。
緊迫した現場なのに、ここだけは呑気だ。

(こんな状態で、本当に良いんだろうか…)

声には出さないが、雛は緊張と不安が渦巻く胸中でそう思っていた。
初陣なのに、未だ見ぬ残り四人の仲間はバラバラ。
しかも隊長はポーカーフェイスで、何考えてるのか全く読めない。
…そんな事を素直に白状すれば現場から追い返されそうなので、斜め前で時折頷く浅黄色の一本線が入ったヘルメットを黙って見上げた。

『出番がきたからには、我々は初陣を派手に飾ろうじゃないか』
「良いんですか?派手にやっても」
『どうせ、特警隊の存在自体が派手だよ。今だ《本隊の秘匿性を向上させる為》の、実験部隊でもあるんだからな』
「成程」
『野原隊長、志原(しはら)ッス!こちらは事務所の正面に到着、次の指示まで待機中』

無線に割り込んできたのは、初めて聞く男性隊員の声。

「おぅ、早かったな。スターシーカーも更新しといてくれ」
『あっ…すみません。ところで隊長、狙撃班が全然使えないみたいッスね』
「カーテン閉まってるんじゃ、仕方ないさ。二人はSITと合流、現状把握と犯人接触の機会を探って報告」
『隊長は?』
「俺達は裏に居る。中の様子が分かり次第、人質救出にでる予定だ」
『了解ッス』
「そんな訳だ。友江は、もうちょっとここで待機」
「了解です」
「残りの二人も合流する頃だ。第五隊、一致団結するぞ」
「はいっ!」

野原の自信に満ちた口調に、雛は少しだけ安心出来た。


 同時刻。
管理事務所の正面入口前では、先程現着の《隊員室に居なかった二人》が、SITと合流した。

「次の接触は、五分後ッスね。分かりました」
「そちらの隊長(せきにんしゃ)は?」
「裏側に現着。色々準備中ッス」
「了解です」

一通りの現状報告と説明を聞き終わり、志原勇磨(ゆうま)は腕時計を見た。
少しボサボサの前髪を掻き上げ、端末の画面へ表示されている事務所内部の間取り図と睨めっこを始める。

「うーん。何か微妙だな」
「報告終わった?…えーと」

パトカー内で装備と端末のチェックをしていた、蔵間御影(くらまみかげ)もやってきた。
車内に置き忘れていた、彼のヘルメットを手渡す。

「志原だ。次は五分後だってさ」
「そうそう、志原巡査だっけ。こっちは隊長と段取りついたわよ」
「早いな。…で、どっち?」
「こっちが前衛。思い切り暴れられるわ♪」

御影はピースサインをしつつ、喜んでいる。
勇磨もポケットへ端末を仕舞うと、ヘルメットを面倒臭そうに被った。

「そうか。エアガン間に合って良かったな」
「本当、ギリギリ。途中で誰かさんが居眠りしなきゃ、もっと余裕だったのに」
「そう言うお前こそ、今朝は転寝してただろうが」
「ん?あの時は、もう調整終わってたわよ」

御影は眼鏡の位置を直して、勇磨を一瞥した。
勇磨は睨み返す。

「今度はあたしの邪魔、しないでよね」
「はぁ!?オレがいつ、お前の邪魔をした?」
「十分したじゃない!」
「なにおぅ!?」

この二人。
初日に辞令を野原に渡して以来ずっと、とある部屋に篭りっきりだった。
半ばこれが目当てで入隊したような二人が、真っ先に居座りたかったその場所の名称は『装備開発室』。
特警隊が特例で認められている試験運用項目の一つ、武器を含めた独自の装備開発が出来る設備が整っている。
しかも不足した材料は、特権で所属を問わずにいつでも調達出来る便利な仕組みがあった。
無論上限はあるが、安全に任務を遂行する為の《超法規的措置》と云われているとかいないとか。
……ここで、野原が気にしていた問題は起こる。

御影と勇磨が、開発室へ異常な魅力を感じた事。

それはイコール、『他の仕事の放ったらかし』であった。
案の定、早速二人は私物を持ち込み完徹をし始め、武器の改造に酔いしれていく。

「あの部屋は、あたしが占拠するつもりだったのに!」
「お前だけのものじゃないだろ!!」

御影は一人で、お得意の武器工作をしようと思っていた。
が、それを勇磨に邪魔されたと言っている。
勇磨の言い分も同じで、御影に妨害されたと主張していた。

「オレだってそうだったのに。…名前思い出した、蔵間の奴」
「現場着いたのにメット忘れるおバカさんと一緒なんて、先が思いやられるわ」
「お前こそ、メットの被り方浅いんだよ。そんなんじゃ飛来物避けれねーぞ?」

勇磨も御影も、似たような人間なのか。
この二人は先が思いやられる。
開発室の主任をどちらにするか、後々まで争う事がそれを証明するだろう。

『志原、蔵間。二人共聞こえるか?』
「はい」
「はい!」

二人の返事は同時で、再び睨み合った。
「聞き漏してたまるか」と競い合うように、インカムのイヤホンに手を当てる。

『これから統括指揮下に入るぞ。今回二人はユニット1で、コードは“特警1”』
「了解ッス」
『裏の救出係は一名で“特警2”、お使い組がユニット2で“特警3”。俺は“特警指揮”で答えるからな』
「隊長が救出するんじゃないんですか?」
『頭数足りたからな。作戦開始後は悠長に端末見ている暇なんて無いぞ、コールナンバーを覚えておけよ』
「了解!」
「そろそろ時間だ」
『──統括指揮より、現場の各員へ』

無線に正之助の声が割って入る。
既に現場入りしている各部署と、連携体制が全て整ったようだ。

『二分後に犯人との接触がある。それと同時に、特警隊による突入作戦を実行する』
「いよいよか」
「いよいよね」
『犯人は、裏口での我々の動きに気付いているらしい。よって、特警1は正面より陽動作戦を取れ。機動隊は後方支援、特警捜査班は特警1及びSITのアシストに回れ』
『機動隊指揮、了解』
『特警捜査班、了解』
「特警1、了解!」

御影が頷き、勇磨が答えた。

『犯人が陽動に掛かった時点で、SITは建物の外にて待機。特警2は格闘若しくは逃走に移ったのを確認後、人質救出にあたれ』
『SIT、了解』
『特警2、了解です』
「…ん?」
「どした、蔵間巡査?」
「何でもないわよ」
(この声って。もしかして──)

御影だけは、何か気付いたようだ。

『各捜査員は所定の場所で待機、確保及び逃走に備えよ。所轄各員は非常線の維持』
『特捜指揮、了解。待機に入ります』
『夢の森地域班、了解』
『台場応援班、了解。周囲警戒開始』

正之助の沈着冷静な指揮の下、準備は着々と進んでいく。

『各員、人質の安全な救出を最優先とし、犯人の動きにくれぐれも注意されたし。以上』
『SIT指揮から各員。犯人との接触、一分前になりました』
「緊張するなぁ」
「楽しみね」

二人共、イタズラをしかける子供の様に目が輝いている。
突入(エントリー)の用意も完璧だ。
高鳴る胸を押さえて、SITに続いて事務所へ入っていった。
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