運命の星、始動
桜花咲き乱れる、春本番。
その下でまた一つ、新しい正義が動き始めた。
日本の中枢・東京都、その中でも世界中から注目される減災対策モデルエリアに選ばれた、江東区。
少し昔から続く《フェニックスプロジェクト計画》により完成した、湾内の新しい埋立地が最も多い場所。
人工林に囲まれた一区画に、警視庁夢の森警察署は落成した。
この物語は、その中の『特殊組織犯罪臨時対策課・第五特別警察隊』の日々を描く。
彼らは通称《特警隊》と呼ばれ、警視庁独自の実験運用部隊の一つとして活動中。
本庁内に創設された本部の隣にある第一を筆頭に、四つの隊が既設されている。
第五は現状最後の隊。
──そこへ、今朝方受け取ってきたばかりの辞令を持って急ぐ女性警察官が居た。
名は友江雛(ともえひいな)、志願者の少ない此処へ自ら飛び込んだ。
「えっと。…まだ先、か」
建設途中で断念された学校を流用した署内は、何せ部屋数が多い。
辺りをキョロキョロしながら歩く彼女は、やっと目的の部署名を見つけた。
目印だと教えてもらっていた壁のプレートに、「間違いないよね」とわざわざ指差し確認をする。
それからやっと、隊員室の扉を静かに開けた。
「おはようございま……あれ?」
始動は昨日の筈だが、何故か誰も居ない。
夢の森署のメインとなる部隊、その中でも中枢とか要だなんて聞かされていたのに。
各班のオフィスだらけの賑やかな二階で、例え一番端とは言えども…
かの有名な船の名前が出る例え、そんな場面。
(もしかして、出動中なのかな。どうしよう)
「──誰だ?」
「!!?」
突然背後で声がして、雛は仰天した。
別に悪い事はしていないが、すぐに振り返れない。
動作に遅れて、後から自分の声がついてくる。
「あ、あの。おはようございます!」
「…!」
今度は声の主、野原竜太(のはらりゅうた)が驚く番だった。
声をかけて振り返った顔は、既にこの世には居ない知人にそっくりだった。
全く人気(ひとけ)の無い上に照明すら点いてない部屋の中に、一人佇んでいる場景。
頭を下げただけなのに、その仕草の様子も見知っているような気がする。
彼の中で、これは一番強烈な初対面となった。
「すみません。えっと、私」
「どうしたね、野原君?」
「あ!お爺ちゃん!!」
「おおっ、雛じゃないか!?」
「良かった。やっと見つかったよぉ」
入口で一歩踏み出したまま、固まる野原。
そんな彼を差し置いて、ドタドタと入って行った人物は彼女の手を握り締める。
「課長…?」
そのままあっけに取られかけたが、野原はやっと次の言葉が出た。
課長と呼ばれた初老の男は、友江正之助(せいのすけ)。
思いがけない孫との再会に喜ぶ。
今朝ぶりだが。
「どうしたんだい?こんな所まで」
「あのねお爺ちゃん。私、これ!」
「辞令じゃないか。どれどれ」
雛は懐の辞令を広げた。
「うん」と頷いて手渡す。
「――雛、お前さん!?」
「うん。お爺ちゃんには黙ってたんだけど、私第五隊(ここ)を志望したんだよ」
「嗚呼、何て事だ。野原君来てくれ」
「はい」
野原は会話に置いてけぼりから一転、呼ばれて二人の前に進んだ。
彼女は改めて頭を下げてから、「間違えた」と慌てて敬礼する。
「ウチの最後の隊員は。何と、私の孫だ」
「本当ですか」
「あぁ。雛、こちらは隊長の野原警部補だよ」
「ほ、本日付で夢の森第五特警隊へ配属になりました、友江雛巡査です!」
「…」
「雛は誠太(せいた)より、瞬菜(ときな)さんにそっくりなんだよ。可愛いだろう?」
「そうでしたか。彼女の娘じゃ、良く似てる筈だ」
「人事部の間違いで、本日付けになってしまいました。申し訳ありませんっ」
「その件は本部から聞いている。人事の苗字取違いがどうとか言ってたのは、課長と同じだから『重複した』と勘違いされたんだろう」
「それなら雛は悪くないなぁ。準備室時代は友江姓が三人も居たのに、取違いなんて起こらなかったよ?」
「そうですよね。誠太さんと瞬菜さんは階級も同じだったのに」
(そんなぁ。私って運悪いのかなぁ…)
雛は未だドキドキしながら、祖父から隣へ視線を移す。
今日から上司となる、目前に立つ細めの男性。
以前会ったことのあるような気がして、緊張しまくりの脳内から必死に記憶を探った。
「彼女の幽霊が出たとでも思ったのか?野原君は」
「えぇ、本当に驚きましたよ。法要の時に見かけて以来でしたから」
「そう言えば。あの日以来だったか」
「お爺ちゃん、あの日っていつ?私会ってたの?」
「まさか、こんなところで再会するとは」
「そうだな。私も驚いたよ」
「え?…えっ!?」
仲の良い同僚だった、野原と雛の両親。
過去のとある事件を巡り、特警隊と友江家は大きく運命を変えられた。
関係者達は、今だにそれを背負っている。
「友江巡査が担当する突入班は、他に四人の隊員が居る。他の班はもっと人数が多いから、それぞれ別室なんだ」
「どうして、他の方々は誰も居ないんですか?」
「ん?」
あの後、通年服から着替えた孫の真新しい特警隊専用の制服姿に正之助が感動し、撮影会状態になった。
今はそれも落ち着き、雛はデスクに届いていた荷物を片付けている。
「二人は本庁へ使いに出してる。後の二人は、もうそろそろ戻ってくるんじゃないかと思う」
「巡回警邏(パトロール)ですか?」
「いや。ちょっと…、な」
「?」
話の途中で、デスクで呆れたように頬杖を突く野原。
「どうしたものか」と溜息を漏らす。
「何があったんですか?」
「…『特権とは、時として問題を呼ぶ』、ってところか」
「?」
雛は訳が分からない。
哲学の時間が始まったと思いきや、スピーカーからの出動命令がそれを消した。
ランプが赤色に点滅している。
『警視庁より入電。管内夢の森埋立地管理事務所にて、テロリストを名乗る男による立て篭もり事件発生。特警隊へ出動要請…』
「えぇっ!?」
「こんな時に限って…」
本庁受理台からの発報と同時に、部屋の奥にある隊専用管制システムが、待機モードを自動解除する。
一斉送信で端末の着信音を次々と鳴らし、周囲は途端に騒がしくなった。
懐の中の物がいつもと違うアラートをけたたましく鳴らして、雛は驚く。
慌てて取り出し画面を見ると、『至急報受信』と書かれた大きな赤い文字が点滅していた。
「こ、これが…本物の出動要請画面」
「これは『緊急配備準備出動発令』の至急報だ。他に『甲一種配備における準備出動発令』ってヤバイのもある」
「ヤバイの…」
「とにかく。この画面が出たって事は、出動待機命令が下ったと思って『直ちに準備』だ」
「はい!」
二人が席を立ち、課長室の扉も開く。
「大長らしく勇ましい登場!」と意気込む正之助だったが…
「初めての出動要請だ──って、まだ二人しか居ないの?」
「すぐに出します。本庁の二人も、そのまま直行させますので」
ポカンと口が開いたまま、真ん丸な目が瞬きするだけ。
それとは対照的に、野原は大忙しだ。
システムを片手で操作しつつ、「大丈夫です」と返答しながら受信内容を速読で確認していく。
更に空いている手で受話器を掴むと、内線で呼び出しをかけた。
「野原だ。聞いたと思うが、……そうだ」
「本当に大丈夫かなぁ」
「雛は不安なのかい?」
「ちょっとね。自分で志願したけど、卒配(そつはい)同然の新任だし。緊張が全然取れなくて」
「それは仕方ないな。だが野原君は優秀な隊長だし、何より誠太達の仲間だ。大丈夫だよ」
「父さんと仲良しな人だっけ。だから、何処かで会った事あったような気がしたんだ」
「安心して信頼しなさい」
「うん」
「二人の装備はそっちにあるんだろう?…真っ直ぐ急行しろ、次の指令は追々伝える。以上だ」
電話を切り、次に野原は装備リストを確認する。
雛を呼ぼうとして口を開くが、何故か困ったように頭をガリガリと掻いた。
「課長と同じ苗字って、呼びにくい…。友江、あそこのロッカーから好きな方の武器を選んで準備」
「は、はいっ!」
「扉はIDスキャンで鍵穴解放(ふういんかいじょ)…って、カードがまだ無いか。警察手帳を開いて、代紋を機械にかざせ」
「手帳?」
自分のデスクから鍵を掴み取ると、防弾と格闘用装備を着込み終えた雛へ投げた。
彼女が両手でキャッチしたのを確認して、引き出しから腕章を取り出す。
「課長、今回は統括指揮をお願いしても宜しいでしょうか?」
「おう。任せなさい!」
雛は不思議そうに認証用の機械へ、ポケットから取り出した警察手帳を開いてスキャンさせた。
大き目の確認音に驚き、肩が跳ねる。
せり出してきた鍵穴へ野原の鍵を差し込み、観音開きの扉から厳かに中身を選んで取り出す。
収められている武器は全て磨いてあり、どれもキラキラして見えた。
訓練用とは大違いだ。
「まさか、手帳に特警隊のIDが仕込まれてるなんて。訓練校でも教えてもらってなかったです」
「ハハハ。流石に教導隊も、訓練生用の予算までは賄えなかったか」
「覚えておきなさい。システムでも使うから、手帳の管理もシッカリな」
「はい!」
その間、野原は自身の装備を整い終えていた。
正之助へ統括指揮の腕章と、ヘッドホンを手渡す。
「システムの連携運用や本部中継とか、手間と面倒はこっちで一括するから。心配しなくて良いよ」
「有難うございます」
「初現場の指揮、しっかりな」
「はい」
それに応えるように、優しく肩を叩かれた。
昔を思い出し、緊張で固まっていた真顔が一瞬解ける。
「すまん、いつものくせで叩いちゃったよ。怪我は大丈夫だっけ?」
「大丈夫ですよ。逆の肩ですし」
「良かった。雛の事、頼んだぞ」
「…はい」
「準備出来ました!」
「よし」
雛が駆け寄ってきた。
長二人は頷く。
「それでは夢の森第五特警隊、出動!」
正之助の号令と、二人分の敬礼。
華々しい筈の初出動の儀式は、若干寂しく慎ましい。
その下でまた一つ、新しい正義が動き始めた。
日本の中枢・東京都、その中でも世界中から注目される減災対策モデルエリアに選ばれた、江東区。
少し昔から続く《フェニックスプロジェクト計画》により完成した、湾内の新しい埋立地が最も多い場所。
人工林に囲まれた一区画に、警視庁夢の森警察署は落成した。
この物語は、その中の『特殊組織犯罪臨時対策課・第五特別警察隊』の日々を描く。
彼らは通称《特警隊》と呼ばれ、警視庁独自の実験運用部隊の一つとして活動中。
本庁内に創設された本部の隣にある第一を筆頭に、四つの隊が既設されている。
第五は現状最後の隊。
──そこへ、今朝方受け取ってきたばかりの辞令を持って急ぐ女性警察官が居た。
名は友江雛(ともえひいな)、志願者の少ない此処へ自ら飛び込んだ。
「えっと。…まだ先、か」
建設途中で断念された学校を流用した署内は、何せ部屋数が多い。
辺りをキョロキョロしながら歩く彼女は、やっと目的の部署名を見つけた。
目印だと教えてもらっていた壁のプレートに、「間違いないよね」とわざわざ指差し確認をする。
それからやっと、隊員室の扉を静かに開けた。
「おはようございま……あれ?」
始動は昨日の筈だが、何故か誰も居ない。
夢の森署のメインとなる部隊、その中でも中枢とか要だなんて聞かされていたのに。
各班のオフィスだらけの賑やかな二階で、例え一番端とは言えども…
かの有名な船の名前が出る例え、そんな場面。
(もしかして、出動中なのかな。どうしよう)
「──誰だ?」
「!!?」
突然背後で声がして、雛は仰天した。
別に悪い事はしていないが、すぐに振り返れない。
動作に遅れて、後から自分の声がついてくる。
「あ、あの。おはようございます!」
「…!」
今度は声の主、野原竜太(のはらりゅうた)が驚く番だった。
声をかけて振り返った顔は、既にこの世には居ない知人にそっくりだった。
全く人気(ひとけ)の無い上に照明すら点いてない部屋の中に、一人佇んでいる場景。
頭を下げただけなのに、その仕草の様子も見知っているような気がする。
彼の中で、これは一番強烈な初対面となった。
「すみません。えっと、私」
「どうしたね、野原君?」
「あ!お爺ちゃん!!」
「おおっ、雛じゃないか!?」
「良かった。やっと見つかったよぉ」
入口で一歩踏み出したまま、固まる野原。
そんな彼を差し置いて、ドタドタと入って行った人物は彼女の手を握り締める。
「課長…?」
そのままあっけに取られかけたが、野原はやっと次の言葉が出た。
課長と呼ばれた初老の男は、友江正之助(せいのすけ)。
思いがけない孫との再会に喜ぶ。
今朝ぶりだが。
「どうしたんだい?こんな所まで」
「あのねお爺ちゃん。私、これ!」
「辞令じゃないか。どれどれ」
雛は懐の辞令を広げた。
「うん」と頷いて手渡す。
「――雛、お前さん!?」
「うん。お爺ちゃんには黙ってたんだけど、私第五隊(ここ)を志望したんだよ」
「嗚呼、何て事だ。野原君来てくれ」
「はい」
野原は会話に置いてけぼりから一転、呼ばれて二人の前に進んだ。
彼女は改めて頭を下げてから、「間違えた」と慌てて敬礼する。
「ウチの最後の隊員は。何と、私の孫だ」
「本当ですか」
「あぁ。雛、こちらは隊長の野原警部補だよ」
「ほ、本日付で夢の森第五特警隊へ配属になりました、友江雛巡査です!」
「…」
「雛は誠太(せいた)より、瞬菜(ときな)さんにそっくりなんだよ。可愛いだろう?」
「そうでしたか。彼女の娘じゃ、良く似てる筈だ」
「人事部の間違いで、本日付けになってしまいました。申し訳ありませんっ」
「その件は本部から聞いている。人事の苗字取違いがどうとか言ってたのは、課長と同じだから『重複した』と勘違いされたんだろう」
「それなら雛は悪くないなぁ。準備室時代は友江姓が三人も居たのに、取違いなんて起こらなかったよ?」
「そうですよね。誠太さんと瞬菜さんは階級も同じだったのに」
(そんなぁ。私って運悪いのかなぁ…)
雛は未だドキドキしながら、祖父から隣へ視線を移す。
今日から上司となる、目前に立つ細めの男性。
以前会ったことのあるような気がして、緊張しまくりの脳内から必死に記憶を探った。
「彼女の幽霊が出たとでも思ったのか?野原君は」
「えぇ、本当に驚きましたよ。法要の時に見かけて以来でしたから」
「そう言えば。あの日以来だったか」
「お爺ちゃん、あの日っていつ?私会ってたの?」
「まさか、こんなところで再会するとは」
「そうだな。私も驚いたよ」
「え?…えっ!?」
仲の良い同僚だった、野原と雛の両親。
過去のとある事件を巡り、特警隊と友江家は大きく運命を変えられた。
関係者達は、今だにそれを背負っている。
「友江巡査が担当する突入班は、他に四人の隊員が居る。他の班はもっと人数が多いから、それぞれ別室なんだ」
「どうして、他の方々は誰も居ないんですか?」
「ん?」
あの後、通年服から着替えた孫の真新しい特警隊専用の制服姿に正之助が感動し、撮影会状態になった。
今はそれも落ち着き、雛はデスクに届いていた荷物を片付けている。
「二人は本庁へ使いに出してる。後の二人は、もうそろそろ戻ってくるんじゃないかと思う」
「巡回警邏(パトロール)ですか?」
「いや。ちょっと…、な」
「?」
話の途中で、デスクで呆れたように頬杖を突く野原。
「どうしたものか」と溜息を漏らす。
「何があったんですか?」
「…『特権とは、時として問題を呼ぶ』、ってところか」
「?」
雛は訳が分からない。
哲学の時間が始まったと思いきや、スピーカーからの出動命令がそれを消した。
ランプが赤色に点滅している。
『警視庁より入電。管内夢の森埋立地管理事務所にて、テロリストを名乗る男による立て篭もり事件発生。特警隊へ出動要請…』
「えぇっ!?」
「こんな時に限って…」
本庁受理台からの発報と同時に、部屋の奥にある隊専用管制システムが、待機モードを自動解除する。
一斉送信で端末の着信音を次々と鳴らし、周囲は途端に騒がしくなった。
懐の中の物がいつもと違うアラートをけたたましく鳴らして、雛は驚く。
慌てて取り出し画面を見ると、『至急報受信』と書かれた大きな赤い文字が点滅していた。
「こ、これが…本物の出動要請画面」
「これは『緊急配備準備出動発令』の至急報だ。他に『甲一種配備における準備出動発令』ってヤバイのもある」
「ヤバイの…」
「とにかく。この画面が出たって事は、出動待機命令が下ったと思って『直ちに準備』だ」
「はい!」
二人が席を立ち、課長室の扉も開く。
「大長らしく勇ましい登場!」と意気込む正之助だったが…
「初めての出動要請だ──って、まだ二人しか居ないの?」
「すぐに出します。本庁の二人も、そのまま直行させますので」
ポカンと口が開いたまま、真ん丸な目が瞬きするだけ。
それとは対照的に、野原は大忙しだ。
システムを片手で操作しつつ、「大丈夫です」と返答しながら受信内容を速読で確認していく。
更に空いている手で受話器を掴むと、内線で呼び出しをかけた。
「野原だ。聞いたと思うが、……そうだ」
「本当に大丈夫かなぁ」
「雛は不安なのかい?」
「ちょっとね。自分で志願したけど、卒配(そつはい)同然の新任だし。緊張が全然取れなくて」
「それは仕方ないな。だが野原君は優秀な隊長だし、何より誠太達の仲間だ。大丈夫だよ」
「父さんと仲良しな人だっけ。だから、何処かで会った事あったような気がしたんだ」
「安心して信頼しなさい」
「うん」
「二人の装備はそっちにあるんだろう?…真っ直ぐ急行しろ、次の指令は追々伝える。以上だ」
電話を切り、次に野原は装備リストを確認する。
雛を呼ぼうとして口を開くが、何故か困ったように頭をガリガリと掻いた。
「課長と同じ苗字って、呼びにくい…。友江、あそこのロッカーから好きな方の武器を選んで準備」
「は、はいっ!」
「扉はIDスキャンで鍵穴解放(ふういんかいじょ)…って、カードがまだ無いか。警察手帳を開いて、代紋を機械にかざせ」
「手帳?」
自分のデスクから鍵を掴み取ると、防弾と格闘用装備を着込み終えた雛へ投げた。
彼女が両手でキャッチしたのを確認して、引き出しから腕章を取り出す。
「課長、今回は統括指揮をお願いしても宜しいでしょうか?」
「おう。任せなさい!」
雛は不思議そうに認証用の機械へ、ポケットから取り出した警察手帳を開いてスキャンさせた。
大き目の確認音に驚き、肩が跳ねる。
せり出してきた鍵穴へ野原の鍵を差し込み、観音開きの扉から厳かに中身を選んで取り出す。
収められている武器は全て磨いてあり、どれもキラキラして見えた。
訓練用とは大違いだ。
「まさか、手帳に特警隊のIDが仕込まれてるなんて。訓練校でも教えてもらってなかったです」
「ハハハ。流石に教導隊も、訓練生用の予算までは賄えなかったか」
「覚えておきなさい。システムでも使うから、手帳の管理もシッカリな」
「はい!」
その間、野原は自身の装備を整い終えていた。
正之助へ統括指揮の腕章と、ヘッドホンを手渡す。
「システムの連携運用や本部中継とか、手間と面倒はこっちで一括するから。心配しなくて良いよ」
「有難うございます」
「初現場の指揮、しっかりな」
「はい」
それに応えるように、優しく肩を叩かれた。
昔を思い出し、緊張で固まっていた真顔が一瞬解ける。
「すまん、いつものくせで叩いちゃったよ。怪我は大丈夫だっけ?」
「大丈夫ですよ。逆の肩ですし」
「良かった。雛の事、頼んだぞ」
「…はい」
「準備出来ました!」
「よし」
雛が駆け寄ってきた。
長二人は頷く。
「それでは夢の森第五特警隊、出動!」
正之助の号令と、二人分の敬礼。
華々しい筈の初出動の儀式は、若干寂しく慎ましい。
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