Starting Moon
「──しまったぁっ!!」
最後の最後に来て、物語の最終章は御影の叫び声から始まった。
しかし。
「え?じゃあ、吉本さんはバイトでこんな事やってたの?」
「はい」
「まぁ、自給一万円なんて言われたらオレだって…。でも本当に、バイトとして雇われただけなのか?」
「そうです」
「その割にはインカムへの狙撃、見事命中させてたよなぁ?」
「そ、それは。たまたま偶然で」
「ほぉ」
「すみません。エアガン収集が趣味で、その…」
そんな御影の存在と声など、知らぬ風。
雛と勇磨は、逮捕した吉本へあれこれと尋問していた。
「もう一人にレクチャーされてたのか…」
「短時間でそんな風に教えられるのって。軍事関係者みたいだね」
「元軍人って言ってました。名前知らないけど」
「何処行ったんだろうね。結局、私達見つけられなかったし」
「どうなるんだろうな?」
「ちょっとちょっと、無視しないでよ!本当に大変な事なんだから!!」
四人の行き先は、集合場所に指定された花林中央公園へ続くマンホール。
先頭を買って出ていた御影が、突然踵を返した。
目的地はもうすぐである。
「何だよ蔵間。忘れ物でもしてきたのか?」
「え?御影、そんな大事な物持ってきてたっけ?」
「その、まさかよ」
御影は眉を顰めそう言うと胸ポケットから見覚えのあるプレートを取り出した。
印籠の如く三人に見せ付ける。
「それって」
「まさか…」
雛の声が震え、勇磨の顔が途端に青褪めていく。
犯人も殺気を感じ凝固した。
「そうよ。まだ『犯人来たら教えてねマシーン』が作動してるのよ!!」
「悪い、蔵間。俺もう驚く体力、残ってない」
「私も」
二人は口々にそう答え御影の肩に手を置き、犯人を引きずって歩き出した。
最初は、二人の言動を理解し兼ねた御影。
「だあぁっ!何、関わらないようにしてるのよ!?」
「…」
「早く回収しないと、何の罪も無い検査員とか作業員に被害が及ぶんだから!!」
「後は任せた」という無言の合図に気付いたので、逃れようとする同僚の背中へ訴える。
「犯人は、あたしが連れて行くから」
「ハァ?」
「勿論、地上で引き渡したらちゃんと戻ってきて、処理手伝うわよ」
「え?」
「はい。地図」
負けじと秒速で御影は仕切り、じゃあと犯人を連れ去った。
「…やられた」
活発的に歩いていく彼女の、疲れを感じさせない背中を呆然と見送る。
勇磨は舌打ちした。
その顔が幼くて、雛が笑う。
「何だよ」
途端に口を尖らせた。
が、それも一瞬の事だった。
「雛はここに居ろよ。これ以上は足の怪我、酷くなるかも知れん」
「え?」
雛が再び勇磨を見た時にはもう、仕事の顔に戻っていた。
「ううん、大丈夫だよ」
「でも」
「それに今ここで止めちゃったら、きっと踏ん切りがつかないと思うの。今回の事件に対しても」
「…そっか」
勇磨は相棒の熱意を優しく受け止めた。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
怪我の痛みを感じさせない彼女の笑顔に、ゆっくりと歩き出した。
「あー、終わったぁ」
「疲れた…」
「お疲れ様」
各自それぞれの感想を述べ合ったのは、あれから約三時間も経っていた夜の事。
二次被害もなく発信機の処理を行えた彼らは、昼も夜も判らない地下での仕事をやっと終えた。
後はここから出るだけである。
「時間外手当、出るわね」
「危険手当も付くよね」
「だな。ついでに、新たな危険対象が居ないかの見回りもしたし」
「全員確保出来て良かったよね。桜田署や他の隊との協力も、巧くいったみたい」
「広域支援のユニット、かなりの数だったらしいな」
「残りの犯人は、全部そっちで捕まえてくれて良かったわ。一番面倒な奴引き受けてたの、あたし達だけじゃない!」
「それも終わっただろ。クリアリングの報告も送ったし、後は帰るだけだって」
御影と勇磨はニンマリする。
「じゃあ…。もう少し、のんびり帰りましょ」
「手当の水増しか?」
「駄目だよ!皆心配してるんだから、早く帰らなくちゃ」
雛の最もな意見に、渋々従った。
「そう言えば志原。あんた、拉致犯に自分の事『高井』って名乗ってたでしょ?」
「う゛っ…!」
一番最初に入ってきたマンホールを目指しての帰途、御影はふと勇磨の痛いところを突いた。
犯人は警察官に変装していた事や、発端の電話をかけた女性警察官から差し入れがあった等と話していた矢先である。
勇磨はそれに、乾いた笑いを返すだけだ。
「私が犯人の身柄をお願いした相手が、本物の高井さんだったからさぁ」
「…」
「吉本って言ったっけ?あいつが『高井には悪い事したなぁ』って言った時には笑いそうになったわ」
「あはは、私も見たかったよ。高井さん首傾げてたでしょ?」
「うん。高井さん、『後で志原に会うのが楽しみだ』って言ってたわよ」
「ゲッ!!」
勇磨の苦々しい顔に、二人は顔を見合わせて笑った。
それに釣られたのか、後で味わうであろう思いを押し込めて彼も笑う。
「いやぁ、もう真っ暗ね」
最初にマンホールから外に出た御影はそう言って、夜の冷たい空気を体一杯に吸い込んだ。
勇磨は額の汗を拭う。
「早く風呂入って、サッパリしたいぜ」
「あっ。月だ」
最後に出てきた雛の声に、二人が空を仰ぐ。
ぽっかりと浮かぶ月。
「満月かしら」
目を細める御影と、同じ姿勢で眺める勇磨。
「いや、ちょっと欠けてるな」
「…私達、みたいだね」
「え?」
雛は夜空から御影に少しだけ視線を下げる。
そして、微笑んだ。
「頑張らなきゃ」
自分に、二人に、優しい呪文を唱える。
その一言は、二人の心にも素直に響いた。
「…そうだな」
「ホントね」
やがて、雛が空から視線に戻した時には、既に二人は彼女を見ていた。
「あ、あの。えっと」
照れて、二人の顔が見れない。
雛は取り敢えず頬を染めたまま微笑んでみた。
「──帰るか」
「帰ろっか、雛」
そこには二人の笑顔がある。
(…いつも、私が帰る場所)
「うん!」
雛は元気良く頷く。
肩を貸し、三人の影が仲良く重なった。
月は空に浮かび、儚い光を一身に受けて輝く。
いつまでも彼らの頭上を照らしていた。
■『Starting Moon』終■
最後の最後に来て、物語の最終章は御影の叫び声から始まった。
しかし。
「え?じゃあ、吉本さんはバイトでこんな事やってたの?」
「はい」
「まぁ、自給一万円なんて言われたらオレだって…。でも本当に、バイトとして雇われただけなのか?」
「そうです」
「その割にはインカムへの狙撃、見事命中させてたよなぁ?」
「そ、それは。たまたま偶然で」
「ほぉ」
「すみません。エアガン収集が趣味で、その…」
そんな御影の存在と声など、知らぬ風。
雛と勇磨は、逮捕した吉本へあれこれと尋問していた。
「もう一人にレクチャーされてたのか…」
「短時間でそんな風に教えられるのって。軍事関係者みたいだね」
「元軍人って言ってました。名前知らないけど」
「何処行ったんだろうね。結局、私達見つけられなかったし」
「どうなるんだろうな?」
「ちょっとちょっと、無視しないでよ!本当に大変な事なんだから!!」
四人の行き先は、集合場所に指定された花林中央公園へ続くマンホール。
先頭を買って出ていた御影が、突然踵を返した。
目的地はもうすぐである。
「何だよ蔵間。忘れ物でもしてきたのか?」
「え?御影、そんな大事な物持ってきてたっけ?」
「その、まさかよ」
御影は眉を顰めそう言うと胸ポケットから見覚えのあるプレートを取り出した。
印籠の如く三人に見せ付ける。
「それって」
「まさか…」
雛の声が震え、勇磨の顔が途端に青褪めていく。
犯人も殺気を感じ凝固した。
「そうよ。まだ『犯人来たら教えてねマシーン』が作動してるのよ!!」
「悪い、蔵間。俺もう驚く体力、残ってない」
「私も」
二人は口々にそう答え御影の肩に手を置き、犯人を引きずって歩き出した。
最初は、二人の言動を理解し兼ねた御影。
「だあぁっ!何、関わらないようにしてるのよ!?」
「…」
「早く回収しないと、何の罪も無い検査員とか作業員に被害が及ぶんだから!!」
「後は任せた」という無言の合図に気付いたので、逃れようとする同僚の背中へ訴える。
「犯人は、あたしが連れて行くから」
「ハァ?」
「勿論、地上で引き渡したらちゃんと戻ってきて、処理手伝うわよ」
「え?」
「はい。地図」
負けじと秒速で御影は仕切り、じゃあと犯人を連れ去った。
「…やられた」
活発的に歩いていく彼女の、疲れを感じさせない背中を呆然と見送る。
勇磨は舌打ちした。
その顔が幼くて、雛が笑う。
「何だよ」
途端に口を尖らせた。
が、それも一瞬の事だった。
「雛はここに居ろよ。これ以上は足の怪我、酷くなるかも知れん」
「え?」
雛が再び勇磨を見た時にはもう、仕事の顔に戻っていた。
「ううん、大丈夫だよ」
「でも」
「それに今ここで止めちゃったら、きっと踏ん切りがつかないと思うの。今回の事件に対しても」
「…そっか」
勇磨は相棒の熱意を優しく受け止めた。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
怪我の痛みを感じさせない彼女の笑顔に、ゆっくりと歩き出した。
「あー、終わったぁ」
「疲れた…」
「お疲れ様」
各自それぞれの感想を述べ合ったのは、あれから約三時間も経っていた夜の事。
二次被害もなく発信機の処理を行えた彼らは、昼も夜も判らない地下での仕事をやっと終えた。
後はここから出るだけである。
「時間外手当、出るわね」
「危険手当も付くよね」
「だな。ついでに、新たな危険対象が居ないかの見回りもしたし」
「全員確保出来て良かったよね。桜田署や他の隊との協力も、巧くいったみたい」
「広域支援のユニット、かなりの数だったらしいな」
「残りの犯人は、全部そっちで捕まえてくれて良かったわ。一番面倒な奴引き受けてたの、あたし達だけじゃない!」
「それも終わっただろ。クリアリングの報告も送ったし、後は帰るだけだって」
御影と勇磨はニンマリする。
「じゃあ…。もう少し、のんびり帰りましょ」
「手当の水増しか?」
「駄目だよ!皆心配してるんだから、早く帰らなくちゃ」
雛の最もな意見に、渋々従った。
「そう言えば志原。あんた、拉致犯に自分の事『高井』って名乗ってたでしょ?」
「う゛っ…!」
一番最初に入ってきたマンホールを目指しての帰途、御影はふと勇磨の痛いところを突いた。
犯人は警察官に変装していた事や、発端の電話をかけた女性警察官から差し入れがあった等と話していた矢先である。
勇磨はそれに、乾いた笑いを返すだけだ。
「私が犯人の身柄をお願いした相手が、本物の高井さんだったからさぁ」
「…」
「吉本って言ったっけ?あいつが『高井には悪い事したなぁ』って言った時には笑いそうになったわ」
「あはは、私も見たかったよ。高井さん首傾げてたでしょ?」
「うん。高井さん、『後で志原に会うのが楽しみだ』って言ってたわよ」
「ゲッ!!」
勇磨の苦々しい顔に、二人は顔を見合わせて笑った。
それに釣られたのか、後で味わうであろう思いを押し込めて彼も笑う。
「いやぁ、もう真っ暗ね」
最初にマンホールから外に出た御影はそう言って、夜の冷たい空気を体一杯に吸い込んだ。
勇磨は額の汗を拭う。
「早く風呂入って、サッパリしたいぜ」
「あっ。月だ」
最後に出てきた雛の声に、二人が空を仰ぐ。
ぽっかりと浮かぶ月。
「満月かしら」
目を細める御影と、同じ姿勢で眺める勇磨。
「いや、ちょっと欠けてるな」
「…私達、みたいだね」
「え?」
雛は夜空から御影に少しだけ視線を下げる。
そして、微笑んだ。
「頑張らなきゃ」
自分に、二人に、優しい呪文を唱える。
その一言は、二人の心にも素直に響いた。
「…そうだな」
「ホントね」
やがて、雛が空から視線に戻した時には、既に二人は彼女を見ていた。
「あ、あの。えっと」
照れて、二人の顔が見れない。
雛は取り敢えず頬を染めたまま微笑んでみた。
「──帰るか」
「帰ろっか、雛」
そこには二人の笑顔がある。
(…いつも、私が帰る場所)
「うん!」
雛は元気良く頷く。
肩を貸し、三人の影が仲良く重なった。
月は空に浮かび、儚い光を一身に受けて輝く。
いつまでも彼らの頭上を照らしていた。
■『Starting Moon』終■
6/6ページ