交差
二人は屋上を後にし、階段を下りていく。
ふと、野原が雛を見つめた。
ずっと思っていた事を、とうとう口にする。
「?」
「いや。友江は本当、瞬菜さんに似てる。…まぁ、親子だから当然なんだが」
「本当ですか?」
「表情の所々、些細な仕草の一つ一つにそう感じる時がある。昔を思い出すよ」
昨夜もそれで感傷に浸っていたが、それは胸の内へ秘めておく。
日頃共に側で命を懸け合った、『戦友』とも言える存在。
それなのに、最期を見送るのも叶わず別れてしまった。
何も出来なかった自分は、今もこうして生きていると言うのに。
──そして、不意に出会ってしまったその娘。
それは記憶をを何度も呼び起こし、思い出させるのだ。
墓前で呟くのは、謝罪と自責の念だけ。
そうして今日も、疼く傷跡と遺された意志と言う名の十字架を背負う。
弔いの言葉は、未だ事件は解決していなのに永遠の別れになる気がして、未だ言えない。
そんな思いを儚い月の光に重ね、一人愁いに沈んできた。
「友江の接近戦術は、課長と誠太さん譲りだな」
「小さい頃、お爺ちゃんに剣道習ってたんです。父さんも一緒に」
「成程、だから誠太さんも警棒使いだったのか。相当強かった」
「本当ですか!?」
「あぁ」
雛の瞳が輝く。
正之助以外から聞く両親の話は、彼女にとって新鮮で貴重だった。
全員が警察官という、友江家。
雛が小さい時に病気で亡くなった祖母も、同じだった。
子供の頃は両親の多忙さに寂しさを覚える事が多かったが、自慢でもあった。
特警隊準備室が出来て移籍すると、祖父と両親は更に多忙となる。
自分も警察学校に入り寮生活を送っていたので、電話かメールでの会話がほとんど。
部外秘以外の仕事話や準備室がどんな所であるかを、沢山聞いた。
それは、尊敬と憧れをどんどん募らせていく。
…しかし、突如訪れた訃報に夢は砕かれた。
ショックが大き過ぎた。
前は平気だったのに、そうじゃなくなった事もある。
それを取り戻したいと願っている。
そして、両親を死へ追いやった犯人を、この手で捕まえたい。
どんな事をしても自分で仇に手錠を嵌めて、法の裁きを受けさせたいのだ。
隣に居るこの長(ひと)は、雛の事を知ってくれている。
でも、『両親の遺志を継ぎたい』という志望に隠している『もう半分の動機』を知ったら、どうするのだろう?
不安が、常にうざったく彼女へ纏わりついている。
その半面で、彼と共に居れば知らなかった過去を、もっと知れるのではないかと期待する自分も居た。
願わくば、仲間を増やして仇を捕まえて、ハッピーエンドを迎えたい。
だから、これからも一緒に仕事をして戦って、色んな事を知っていきたい。
「父さんって、そんなに強かったんですか?他にも強い人居たんでしょう?」
「あの人は、『完璧超人』って呼ばれてた程だ。警察学校時代からだって、瞬菜さんが言ってた」
「そうかなぁ?確かに、何でも出来る人でしたけど…」
「武術は、俺も少し自信あったんだけどな。速さでは全く敵わない」
「父さんは学生時代、陸上部で短距離走のエースだったらしいです」
「お前さんは?」
「私、料理部に入ってケーキ焼きたかったんです。だけど、残念ながら無くて」
「本当に甘い物好きなんだな。じゃあ、部活やってなかったのか?」
「いえ。剣道部に入ったんですけど、柔道部と体操部の助っ人に呼ばれて。あちこち行ったり来たりしてました」
「人気者じゃないか」
羨ましい、と野原は項垂れた。
チラリと彼女の表情を窺うが、曇る事はない。
突然の惨劇は、遺族となった彼女の心も深く傷付けた。
その様子と経過は、正之助から聞いている。
ずっと心配していたが、自分に出来る事は犯人を見つけ出して確保するくらいしか無かった。
しかし、未だ見つけ出す事すら叶っていない。
それなのに、まさか己が率いる隊員になるなんて。
彼女はどう思っているのだろうか。
人付き合いが下手な自分は、彼女を余計に苦しめていないだろうか。
心の傷を抉っては、いないだろうか。
ポーカーフェイスで何気なさを装い、野原は日々彼女を心配している。
長である以上は勿論、他の隊員やメンバーの事も気遣っている。
が、関わりの度合いが違う。
これを贔屓と言われないよう、気を付けているつもりだ。
「誠太さんは本当に何でも出来る人だったから、俺も憧れてた。これは内緒な」
「野原隊長は強いし、格好良いです!父さんに負けないところが、どこか絶対ある筈」
「んー…、射撃で引き分けに持ち込めたのが唯一だ。それも段々『全然勝負がつかなくて長引く』って、終いには対戦させてもらえなくなった」
「うわぁ!その熱戦、私も見たかったな」
「一番優秀なのは元本隊と瞬菜さんで、俺達は二番目争いさ」
「母さんが!?」
「あれだけの腕持ってるのに、『苦手だから』って普段は全然使おうとしないんだ」
「私も銃は苦手です。やっぱり似たのかなぁ」
雛は嬉しそうだ。
寂しさを完全に払拭するのは無理だが、それでも紛らわす糧には出来ただろうか。
「瞬菜さんは格闘下手だったから。友江は真逆じゃないかと」
「それじゃ、完全に後方支援型じゃないですか。父さんが隊長と組んでたなら、母さんはどうしてたんですか?」
「アイツが、…いや。もう一人の隊員が居たから、何とかなっていた」
「もう一人って、どんな人ですか?今はどこの部署に?」
「……特警隊に居る。いずれ会う事になると思うが」
「?」
野原の口調は、その人に会わせたくないような、紹介したくないような感じだ。
アイツと言いかけたのは、雛に『時折無線で話している人』を思い出させた。
彼は支援してもらっているのにも関わらず、面倒臭そうな、うざったいような態度を取っている。
同一人物なのだろうか。
キョトンとして首を傾げているが、雛の脳内では考察が進む。
野原はその人物ついて、これ以上話したくないようである。
話を変えてきた。
「お前さんは、瞬菜さんの優しくて穏やかなところと、誠太さんの厳しくて強いところをバランス良く継いでる」
「そうかなぁ…」
「自分で気付かないだけさ。課長に聞いても、きっと同じ事言うぞ」
野原は、立ち止まって考え込む雛の肩をポンと叩いた。
「さぁ、そろそろ戻ろう。先行くぞ」
「え!?待って下さいっ」
雛が振り返ると、彼はもうドアを開けて中へ入っていた。
先行して階段を下り、廊下を歩く野原の後を、慌てて追いかける。
窓の外では、太陽が二人を強く支えるように光を注いでいた。
■『交差-月と太陽-』終■
ふと、野原が雛を見つめた。
ずっと思っていた事を、とうとう口にする。
「?」
「いや。友江は本当、瞬菜さんに似てる。…まぁ、親子だから当然なんだが」
「本当ですか?」
「表情の所々、些細な仕草の一つ一つにそう感じる時がある。昔を思い出すよ」
昨夜もそれで感傷に浸っていたが、それは胸の内へ秘めておく。
日頃共に側で命を懸け合った、『戦友』とも言える存在。
それなのに、最期を見送るのも叶わず別れてしまった。
何も出来なかった自分は、今もこうして生きていると言うのに。
──そして、不意に出会ってしまったその娘。
それは記憶をを何度も呼び起こし、思い出させるのだ。
墓前で呟くのは、謝罪と自責の念だけ。
そうして今日も、疼く傷跡と遺された意志と言う名の十字架を背負う。
弔いの言葉は、未だ事件は解決していなのに永遠の別れになる気がして、未だ言えない。
そんな思いを儚い月の光に重ね、一人愁いに沈んできた。
「友江の接近戦術は、課長と誠太さん譲りだな」
「小さい頃、お爺ちゃんに剣道習ってたんです。父さんも一緒に」
「成程、だから誠太さんも警棒使いだったのか。相当強かった」
「本当ですか!?」
「あぁ」
雛の瞳が輝く。
正之助以外から聞く両親の話は、彼女にとって新鮮で貴重だった。
全員が警察官という、友江家。
雛が小さい時に病気で亡くなった祖母も、同じだった。
子供の頃は両親の多忙さに寂しさを覚える事が多かったが、自慢でもあった。
特警隊準備室が出来て移籍すると、祖父と両親は更に多忙となる。
自分も警察学校に入り寮生活を送っていたので、電話かメールでの会話がほとんど。
部外秘以外の仕事話や準備室がどんな所であるかを、沢山聞いた。
それは、尊敬と憧れをどんどん募らせていく。
…しかし、突如訪れた訃報に夢は砕かれた。
ショックが大き過ぎた。
前は平気だったのに、そうじゃなくなった事もある。
それを取り戻したいと願っている。
そして、両親を死へ追いやった犯人を、この手で捕まえたい。
どんな事をしても自分で仇に手錠を嵌めて、法の裁きを受けさせたいのだ。
隣に居るこの長(ひと)は、雛の事を知ってくれている。
でも、『両親の遺志を継ぎたい』という志望に隠している『もう半分の動機』を知ったら、どうするのだろう?
不安が、常にうざったく彼女へ纏わりついている。
その半面で、彼と共に居れば知らなかった過去を、もっと知れるのではないかと期待する自分も居た。
願わくば、仲間を増やして仇を捕まえて、ハッピーエンドを迎えたい。
だから、これからも一緒に仕事をして戦って、色んな事を知っていきたい。
「父さんって、そんなに強かったんですか?他にも強い人居たんでしょう?」
「あの人は、『完璧超人』って呼ばれてた程だ。警察学校時代からだって、瞬菜さんが言ってた」
「そうかなぁ?確かに、何でも出来る人でしたけど…」
「武術は、俺も少し自信あったんだけどな。速さでは全く敵わない」
「父さんは学生時代、陸上部で短距離走のエースだったらしいです」
「お前さんは?」
「私、料理部に入ってケーキ焼きたかったんです。だけど、残念ながら無くて」
「本当に甘い物好きなんだな。じゃあ、部活やってなかったのか?」
「いえ。剣道部に入ったんですけど、柔道部と体操部の助っ人に呼ばれて。あちこち行ったり来たりしてました」
「人気者じゃないか」
羨ましい、と野原は項垂れた。
チラリと彼女の表情を窺うが、曇る事はない。
突然の惨劇は、遺族となった彼女の心も深く傷付けた。
その様子と経過は、正之助から聞いている。
ずっと心配していたが、自分に出来る事は犯人を見つけ出して確保するくらいしか無かった。
しかし、未だ見つけ出す事すら叶っていない。
それなのに、まさか己が率いる隊員になるなんて。
彼女はどう思っているのだろうか。
人付き合いが下手な自分は、彼女を余計に苦しめていないだろうか。
心の傷を抉っては、いないだろうか。
ポーカーフェイスで何気なさを装い、野原は日々彼女を心配している。
長である以上は勿論、他の隊員やメンバーの事も気遣っている。
が、関わりの度合いが違う。
これを贔屓と言われないよう、気を付けているつもりだ。
「誠太さんは本当に何でも出来る人だったから、俺も憧れてた。これは内緒な」
「野原隊長は強いし、格好良いです!父さんに負けないところが、どこか絶対ある筈」
「んー…、射撃で引き分けに持ち込めたのが唯一だ。それも段々『全然勝負がつかなくて長引く』って、終いには対戦させてもらえなくなった」
「うわぁ!その熱戦、私も見たかったな」
「一番優秀なのは元本隊と瞬菜さんで、俺達は二番目争いさ」
「母さんが!?」
「あれだけの腕持ってるのに、『苦手だから』って普段は全然使おうとしないんだ」
「私も銃は苦手です。やっぱり似たのかなぁ」
雛は嬉しそうだ。
寂しさを完全に払拭するのは無理だが、それでも紛らわす糧には出来ただろうか。
「瞬菜さんは格闘下手だったから。友江は真逆じゃないかと」
「それじゃ、完全に後方支援型じゃないですか。父さんが隊長と組んでたなら、母さんはどうしてたんですか?」
「アイツが、…いや。もう一人の隊員が居たから、何とかなっていた」
「もう一人って、どんな人ですか?今はどこの部署に?」
「……特警隊に居る。いずれ会う事になると思うが」
「?」
野原の口調は、その人に会わせたくないような、紹介したくないような感じだ。
アイツと言いかけたのは、雛に『時折無線で話している人』を思い出させた。
彼は支援してもらっているのにも関わらず、面倒臭そうな、うざったいような態度を取っている。
同一人物なのだろうか。
キョトンとして首を傾げているが、雛の脳内では考察が進む。
野原はその人物ついて、これ以上話したくないようである。
話を変えてきた。
「お前さんは、瞬菜さんの優しくて穏やかなところと、誠太さんの厳しくて強いところをバランス良く継いでる」
「そうかなぁ…」
「自分で気付かないだけさ。課長に聞いても、きっと同じ事言うぞ」
野原は、立ち止まって考え込む雛の肩をポンと叩いた。
「さぁ、そろそろ戻ろう。先行くぞ」
「え!?待って下さいっ」
雛が振り返ると、彼はもうドアを開けて中へ入っていた。
先行して階段を下り、廊下を歩く野原の後を、慌てて追いかける。
窓の外では、太陽が二人を強く支えるように光を注いでいた。
■『交差-月と太陽-』終■
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