交差
「隊長、お疲れ様ッス」
「おう」
勇磨が茶を淹れてきた。
報告書を手馴れたように作成している野原が、顔を上げる。
「隊長好みの濃い目、しかも一番茶ッスよ」
「何だ?今日は贅沢だな」
「『頑張った人にはご褒美を』、って課長がいつも言ってるじゃないッスか。はい、塩大福もどうぞ」
「いつも思うんだが、いつ調達してるんだ?この大福売ってるの、コンビニじゃないだろう」
帰りの寄り道は、コンビニだけと聞いている。
小皿に乗った食べ物が売っている商店街は、夢の森署から決して近くない。
今回は規制線のずっと先となるので、雛達が警備車というゴツイ車で寄るには益々不向きであった。
甘味だけは必ず常備されている給湯室の謎仕様は、誰の仕業だろう。
開発室といい給湯室といい、真面目とは遠い方面へ謎改良されていく署内の特警隊専用施設。
開署早々の迷走振りで、野原は頭痛が始まりそうだ。
勇磨が苦笑して答える。
「課長の買い置きで、勝手に食べて良いヤツッス」
「成程。じゃあ、有難くいただこう」
高井と御影は、先程の捕り物話を葉月に聞いたところだ。
「──と。そういう訳だったんですよ」
「流石だわ」
「隊長達の帰りが遅かったのは、その所為だったんですか」
「ん。…まぁな」
「簡単なものでしたけど、聴取もありましたから」
視線を浴びた野原の口元で、塩大福がみょーんと伸びる。
最後の一欠片が口の中へ入った。
「隊長、格好良かったでしょ?」
「はい。雛さんも相変わらず機敏で、僕なんか出番ありませんでした。野次馬も拍手喝采ですよ」
「オレも出番なし。本当、雛は足速いぜ」
「友江は短距離走、得意なんだろう?スピード型なだけある」
「そうそう。…って志原は、どうせ雛の事をボケッと見惚れてたんでしょ」
「だ、断じて違う!違うからなっ!!」
御影が言った事は半分図星ではあるが、一応後方で援護体勢は取っていた。
言った通り、全く出番が無かったのである。
役に立ったのは、持っていた捕縛縄の方だ。
「隊長が超手際良かったからな。却って足手まといにならないように、って思ったんだよ」
「そうね。隊長に当たったりでもしたら、洒落にもならないわ」
「だろ?コントじゃねーんだし」
「それに、一般市民も沢山居ましたからね」
「そうだよね。指揮車が良い場所に居てくれたんだよ」
「偶然だ。な、葉月?」
「通りかかっただけでしたもんね」
「エンカウントするにも、ロータリー以外だと危なかった訳か。当然、発砲許可も下りないよな」
「そうそう。飛び道具使用禁止ッスから。テイザー銃だってダメッスよー」
「何、残念がってるフリしてるのよ。マルチ役じゃない所為で出番無かったくせに」
勇磨は「見せ所がなくて残念だった」と腕組みをしたが、御影の視線は冷たいままだ。
ジロリと睨み合う。
「お前だって同じだろうが!?オレは盾役兼用だし、蔵間よりは逮捕術使えるっつーの!」
「上プラス1は同じでしょうが!あたし達よりほんのちょっと交番勤務(ハコバン)長くやってたからって、偉そうにするんじゃないわよ」
「ま、まぁまぁ。二人共…」
「志原と蔵間、その位にしとけ。二人共、教導へ送り返すぞ」
「友江が居ないと、すぐこうなるんだから…」
ギャーギャー言い合いを始めた勇磨と御影を、二人がかりで引き離す。
野原は茶を飲み干し、立ち上がった。
「だな。先刻から友江の姿が見えない」
「二人共、友江は?」
「屋上よ」
「『運動後の軽いストレッチする』って言ってたッス」
「そうか。…ちょっと席を離れるが、何かあったら携帯鳴らしてくれ」
携帯をポケットに入れてそう言い残し、隊員室を後にした。
屋上では、雛がタオルで汗を拭きながら大きく伸びをしていた。
背後の気配に、誰だろうかと急いで振り返る。
「…こりゃ、思いっきり邪魔したな」
「野原隊長!?」
野原とバッチリ目が合った。
雛は思いがけない人物の登場に、ビックリしている。
「すまなかった。出直す」
「え!?大丈夫です、もう終わりましたから!」
「何だ。終わったのか」
ポーカーフェイスがポツリと漏らした、言葉の真意が解らない。
揶揄っているのか、それとも格闘フォームの確認だろうか。
雛の脳内は、頑張って働いた。
「もしかして、また勇磨と御影が何かやったんですか?それとも事件とか?」
「いや、俺も外の空気吸いに来ただけだ。眠くなりそうで」
「隊長は当直でしたもんね。皆揃ってますから、仮眠取りに行って大丈夫ですよ」
「いいんだ。やらなきゃいけない仕事が色々あるからな」
野原も大きく伸びをして、ついでに欠伸も一つ。
雛は微笑んで見ていた。
「そんなにお仕事があるなら、手合わせは駄目ですよね…」
「俺が?友江と?」
「ポジション決めの模擬訓練やった時、ラスボス戦楽しかったんですよ。『またお願いしたいなぁ』って、ずっと思ってて」
「…あれを『楽しかった』と?」
この娘は何を考えているのか、野原は探りかねた。
ラスボス呼ばわりされるのも釈然としないし、怪我をさせぬようハラハラしながらの一戦だったというのに…
目前の小さな女性警察官は、目をキラキラさせたりションボリしたり。
表情が目まぐるしく変わっている。
ついていけないのは若さなのか、はたまた彼女独自の世界観か。
「…今は、何も準備してないから。また今度な」
「やったぁ!!楽しみにしてます!」
拍子抜けして、定位置から下がった眼鏡を直す。
本当は雛を心配してきたのだが、思い違いだったと実感する。
「悩み事でもあったかと思ったんだが。見当違いだったみたいだな」
「え?」
「何でもない」
「悩みじゃないんですけど…。ちょっと、考え事を」
上司の背中に、雛は小さく答えた。
その声に、野原は顔だけ振り返る。
「何かあったのか」
「あ、あの!本当に悩みとかじゃなくて、『ちょっと思った』って程度の些細な事なんです!」
「俺で良いなら、話聞くぞ?」
雛は照れくさそうに、頬を染めていた。
そして、静かに打ち明ける。
「えっと。その…」
「ん」
「先駆隊の事なんです。父さんと母さんは、こんな風に野原隊長と一緒に仕事してたのかなって」
「……そうか」
俯いて微笑む彼女の佇まいが、その母親である瞬菜(ときな)とまた重なった。
こうして思い出すのは、もうこの世には居ない人。
こんな風に意識するのは、もう何度目になるだろうか?
隠すように頭を掻く。
視線も、勘付かれぬようにそれとなく逸らした。
「ほとんど訓練ばっかりだったけどな。今の方が『追うべき目標』もハッキリしてるし、忙しいと思う」
「そうなんですか?」
「二人がとても優秀だったからな。俺は、すっかり楽し過ぎていたんだろう」
「何処の班もずっと忙しかったんだって、お爺ちゃん言ってましたよ。隊長の班も同じだったんでしょう?」
「俺は誠太さんと一緒の班だから、聞いている通りだ」
「父さんは難しい事ばっかり言う人だし、母さんは距離感バグってるんだもん。大変だったんじゃないですか?」
「意外と楽しかったぞ?」
「え…」
両親は正反対の変わり者同士だったと思っている雛。
そんな人と付き合って「楽しかった」とは……
やはり野原はツワモノだ。
その様子を自分で観察してみたかった。
雛は一瞬だけ、複雑な心境に浸る。
「突入班の正直な感想は、『毎日があっという間に過ぎていった』だな」
「やっぱり」
「当時は付いて行くのがやっとで、格闘も無理に合わせてもらっていた。だから、後輩が出来るって話が出た時は『やっと何とかなる』と安心したのに」
「何かあったんですか?」
「瞬菜さんが……。いや、何でもない」
「?」
野原が珍しく顔を顰める。
何かマズイ思い出があるのだろうか。
雛が首を傾げると、我に返ったのか話を変えてきた。
「毎日があっという間に過ぎるのは、今も同じだ」
「隊長でも同じなんですね…」
「皆同じかもな。俺は隊長職なんて一つ上の立場になった所為もあるんだろう、余計そんな気がする」
最後に、「そうなるつもりは無かったんだが」と茶化す。
雛はクスッと笑った。
「…そういや、小腹が減ったな」
「お茶菓子なら、隊員室にありますよ」
「先刻塩大福貰ったぞ?」
「私が用意したのは洋菓子なので、被りなしですね。沢山あるんですよー」
「俺も食べて良いのか?」
「勿論です。隊長の分もちゃんと用意してあります」
「有難いな。それじゃ、戻って一服しよう」
「はい!」
「おう」
勇磨が茶を淹れてきた。
報告書を手馴れたように作成している野原が、顔を上げる。
「隊長好みの濃い目、しかも一番茶ッスよ」
「何だ?今日は贅沢だな」
「『頑張った人にはご褒美を』、って課長がいつも言ってるじゃないッスか。はい、塩大福もどうぞ」
「いつも思うんだが、いつ調達してるんだ?この大福売ってるの、コンビニじゃないだろう」
帰りの寄り道は、コンビニだけと聞いている。
小皿に乗った食べ物が売っている商店街は、夢の森署から決して近くない。
今回は規制線のずっと先となるので、雛達が警備車というゴツイ車で寄るには益々不向きであった。
甘味だけは必ず常備されている給湯室の謎仕様は、誰の仕業だろう。
開発室といい給湯室といい、真面目とは遠い方面へ謎改良されていく署内の特警隊専用施設。
開署早々の迷走振りで、野原は頭痛が始まりそうだ。
勇磨が苦笑して答える。
「課長の買い置きで、勝手に食べて良いヤツッス」
「成程。じゃあ、有難くいただこう」
高井と御影は、先程の捕り物話を葉月に聞いたところだ。
「──と。そういう訳だったんですよ」
「流石だわ」
「隊長達の帰りが遅かったのは、その所為だったんですか」
「ん。…まぁな」
「簡単なものでしたけど、聴取もありましたから」
視線を浴びた野原の口元で、塩大福がみょーんと伸びる。
最後の一欠片が口の中へ入った。
「隊長、格好良かったでしょ?」
「はい。雛さんも相変わらず機敏で、僕なんか出番ありませんでした。野次馬も拍手喝采ですよ」
「オレも出番なし。本当、雛は足速いぜ」
「友江は短距離走、得意なんだろう?スピード型なだけある」
「そうそう。…って志原は、どうせ雛の事をボケッと見惚れてたんでしょ」
「だ、断じて違う!違うからなっ!!」
御影が言った事は半分図星ではあるが、一応後方で援護体勢は取っていた。
言った通り、全く出番が無かったのである。
役に立ったのは、持っていた捕縛縄の方だ。
「隊長が超手際良かったからな。却って足手まといにならないように、って思ったんだよ」
「そうね。隊長に当たったりでもしたら、洒落にもならないわ」
「だろ?コントじゃねーんだし」
「それに、一般市民も沢山居ましたからね」
「そうだよね。指揮車が良い場所に居てくれたんだよ」
「偶然だ。な、葉月?」
「通りかかっただけでしたもんね」
「エンカウントするにも、ロータリー以外だと危なかった訳か。当然、発砲許可も下りないよな」
「そうそう。飛び道具使用禁止ッスから。テイザー銃だってダメッスよー」
「何、残念がってるフリしてるのよ。マルチ役じゃない所為で出番無かったくせに」
勇磨は「見せ所がなくて残念だった」と腕組みをしたが、御影の視線は冷たいままだ。
ジロリと睨み合う。
「お前だって同じだろうが!?オレは盾役兼用だし、蔵間よりは逮捕術使えるっつーの!」
「上プラス1は同じでしょうが!あたし達よりほんのちょっと交番勤務(ハコバン)長くやってたからって、偉そうにするんじゃないわよ」
「ま、まぁまぁ。二人共…」
「志原と蔵間、その位にしとけ。二人共、教導へ送り返すぞ」
「友江が居ないと、すぐこうなるんだから…」
ギャーギャー言い合いを始めた勇磨と御影を、二人がかりで引き離す。
野原は茶を飲み干し、立ち上がった。
「だな。先刻から友江の姿が見えない」
「二人共、友江は?」
「屋上よ」
「『運動後の軽いストレッチする』って言ってたッス」
「そうか。…ちょっと席を離れるが、何かあったら携帯鳴らしてくれ」
携帯をポケットに入れてそう言い残し、隊員室を後にした。
屋上では、雛がタオルで汗を拭きながら大きく伸びをしていた。
背後の気配に、誰だろうかと急いで振り返る。
「…こりゃ、思いっきり邪魔したな」
「野原隊長!?」
野原とバッチリ目が合った。
雛は思いがけない人物の登場に、ビックリしている。
「すまなかった。出直す」
「え!?大丈夫です、もう終わりましたから!」
「何だ。終わったのか」
ポーカーフェイスがポツリと漏らした、言葉の真意が解らない。
揶揄っているのか、それとも格闘フォームの確認だろうか。
雛の脳内は、頑張って働いた。
「もしかして、また勇磨と御影が何かやったんですか?それとも事件とか?」
「いや、俺も外の空気吸いに来ただけだ。眠くなりそうで」
「隊長は当直でしたもんね。皆揃ってますから、仮眠取りに行って大丈夫ですよ」
「いいんだ。やらなきゃいけない仕事が色々あるからな」
野原も大きく伸びをして、ついでに欠伸も一つ。
雛は微笑んで見ていた。
「そんなにお仕事があるなら、手合わせは駄目ですよね…」
「俺が?友江と?」
「ポジション決めの模擬訓練やった時、ラスボス戦楽しかったんですよ。『またお願いしたいなぁ』って、ずっと思ってて」
「…あれを『楽しかった』と?」
この娘は何を考えているのか、野原は探りかねた。
ラスボス呼ばわりされるのも釈然としないし、怪我をさせぬようハラハラしながらの一戦だったというのに…
目前の小さな女性警察官は、目をキラキラさせたりションボリしたり。
表情が目まぐるしく変わっている。
ついていけないのは若さなのか、はたまた彼女独自の世界観か。
「…今は、何も準備してないから。また今度な」
「やったぁ!!楽しみにしてます!」
拍子抜けして、定位置から下がった眼鏡を直す。
本当は雛を心配してきたのだが、思い違いだったと実感する。
「悩み事でもあったかと思ったんだが。見当違いだったみたいだな」
「え?」
「何でもない」
「悩みじゃないんですけど…。ちょっと、考え事を」
上司の背中に、雛は小さく答えた。
その声に、野原は顔だけ振り返る。
「何かあったのか」
「あ、あの!本当に悩みとかじゃなくて、『ちょっと思った』って程度の些細な事なんです!」
「俺で良いなら、話聞くぞ?」
雛は照れくさそうに、頬を染めていた。
そして、静かに打ち明ける。
「えっと。その…」
「ん」
「先駆隊の事なんです。父さんと母さんは、こんな風に野原隊長と一緒に仕事してたのかなって」
「……そうか」
俯いて微笑む彼女の佇まいが、その母親である瞬菜(ときな)とまた重なった。
こうして思い出すのは、もうこの世には居ない人。
こんな風に意識するのは、もう何度目になるだろうか?
隠すように頭を掻く。
視線も、勘付かれぬようにそれとなく逸らした。
「ほとんど訓練ばっかりだったけどな。今の方が『追うべき目標』もハッキリしてるし、忙しいと思う」
「そうなんですか?」
「二人がとても優秀だったからな。俺は、すっかり楽し過ぎていたんだろう」
「何処の班もずっと忙しかったんだって、お爺ちゃん言ってましたよ。隊長の班も同じだったんでしょう?」
「俺は誠太さんと一緒の班だから、聞いている通りだ」
「父さんは難しい事ばっかり言う人だし、母さんは距離感バグってるんだもん。大変だったんじゃないですか?」
「意外と楽しかったぞ?」
「え…」
両親は正反対の変わり者同士だったと思っている雛。
そんな人と付き合って「楽しかった」とは……
やはり野原はツワモノだ。
その様子を自分で観察してみたかった。
雛は一瞬だけ、複雑な心境に浸る。
「突入班の正直な感想は、『毎日があっという間に過ぎていった』だな」
「やっぱり」
「当時は付いて行くのがやっとで、格闘も無理に合わせてもらっていた。だから、後輩が出来るって話が出た時は『やっと何とかなる』と安心したのに」
「何かあったんですか?」
「瞬菜さんが……。いや、何でもない」
「?」
野原が珍しく顔を顰める。
何かマズイ思い出があるのだろうか。
雛が首を傾げると、我に返ったのか話を変えてきた。
「毎日があっという間に過ぎるのは、今も同じだ」
「隊長でも同じなんですね…」
「皆同じかもな。俺は隊長職なんて一つ上の立場になった所為もあるんだろう、余計そんな気がする」
最後に、「そうなるつもりは無かったんだが」と茶化す。
雛はクスッと笑った。
「…そういや、小腹が減ったな」
「お茶菓子なら、隊員室にありますよ」
「先刻塩大福貰ったぞ?」
「私が用意したのは洋菓子なので、被りなしですね。沢山あるんですよー」
「俺も食べて良いのか?」
「勿論です。隊長の分もちゃんと用意してあります」
「有難いな。それじゃ、戻って一服しよう」
「はい!」
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