真夜中の対挑戦者

 特警隊のオフィスが静まり返っていたのは、ほんの数分も前までの事。
草木も眠る何とやらはとっくに過ぎたのに、日中と大した変わりがない。
出動中の士気が残っている所為、なのだろうか。
一度溶けて変形したアイスを食べつつ、各自は報告書の作成に取り掛かっていた。
…しかし、ここに姿無き者が一名。

「あれ、御影さんは?」

何だかいつもより静かだ、と気付いたのは葉月。
勇磨は報告書と睨めっこをしたまま頷いた。

「そう言えば居ないな」
「私、呼んでこようか」

立ち上がった雛を止めたのは、高井。

「いや、俺が呼んでくる。開発室か?」
「え?…うん」
「解かった。友江は早く仕上げて、休め」

高井は管制ブースで葉月と共に作業中の野原へ声をかけると、オフィスを後にした。

「大丈夫かなぁ…」
「心配ないだろ?あの二人、ああ見えて恋人同士なんだし」
「高井が行ったなら大丈夫だ。こういう時に長(おれ)が出るのは、逆にマズイ」
「野原隊長は優しい方なんですけど…。御影さんには、相棒か親友が一番ですね」
「な?葉月の分析は良く当たるぞ」
「隊長しか居なかったらどうするんスか?」
「ん?」

勇磨は全く気にしていない様子。
御影が開発室で籠るのは、いつもの事だ。
しかし雛は帰還直前からの御影の態度が、ずっと気になっている。

「…あっ」

空っぽの向かいの席に、置いてあるアイス。
手に取ると、雛は高井の後を追った。

「高井さん、ちょっと待って!」
「どうした?」

すぐに呼び止める事が出来た。
振り返る高井に、雛はアイスを手渡す。

「これ、御影の分なんだ」
「あぁ。渡しとくよ」
「それから…」

一呼吸置いて、話を続ける雛。

「お節介だとは思うんだけど」
「ん?」
「御影の事、あまり怒らないでね。買出しから帰ってきて以来ずっと、高井さんをすごく心配してたから」
「…そうか」
「勿論先刻のは、やり過ぎだと思う。だけど御影も解ってる筈なんだよ」
「あぁ」
「後は…えっと。困ったな、上手く言えない」

雛は心配そうな顔で、高井を見上げている。
親友を気遣う優しい気持ちを汲み取り、高井は頷く。
彼の恋人は、良き親友に巡り合えたようだ。

「解かった」
「有難うございます、高井さん」

その返事に安心したのか、雛は「良かった」と微笑む。

「こちらこそ、すまないな」
「え?…ううん。私こそ、余計な事言ってごめんね」
「いや。蔵間の事なら大丈夫だから、何も心配しなくて良いよ。友江は、ゆっくり休んでくれ」
「はい」

開発室へ入っていく、高井の背中を見送る。
そして隊員室のドアを開ける前に、もう一度見つめてそっと呟く。

「御影の事、よろしくね」


 「──蔵間、居るんだろ?」

デスクの上だけ照明が点いている、装備開発室内。
ノックして高井が入っても、御影は返事もせずに黙々と報告書に取り掛かっていた。

「部屋、もうちょっと明るくしないと。視力落ちるぞ」
「…」
「アイス、お前の分も持ってきた」
「ん」

少し片付いた作業台へ、持ってきたアイスを置いた。
短い返事があったと思ったら、また背中を向けてしまう。
高井は壁の照明ボタンを押してから、黙って彼女を見つめる。
ややあって、ようやく御影が重い口を開いた。

「あたし、怒ってるんだから」
「どうして?」
「…人の気持ちも知らないくせに、『あれは過剰だ』なんて怒ったから」
「だって、あれは本当にやり過ぎだろう。最近はマスコミも煩くなったし、何処から嗅ぎ付けてくるか知れたもんじゃない」

二人共、暫し間が空く。

「あれ位当然でしょ。あたしの大事な人に、バカなコトしたんだから」
「それじゃ、お前…」
「公私混同だって事位、解かってるわよ。始末書でも減俸でも、別に構わないもん」
「蔵間」
「許せなかったんだもん!」

静かに淡々と話していた御影の口調が、途端に荒くなった。
相棒へと椅子ごと振り返り、彼を睨みつける。

「それは俺だって──」
「結果は傷じゃなかったけど、人がどんなに心配したと思ってるの!?これで愉快犯なんだから、余計許せないわよ!」

今度は高井が、何も言えなくなった。
立ち上がった御影は、ズカズカと彼の前まで歩み出て、更に口調を荒げる。

「本当にあたし、心配したのよ!高井さんが怪我したって思って、すっごく心配したんだから!!」

眼鏡の向こうの顔は、今にも泣きだしそうな程に真っ赤だった。
涙も溜まっている。

「解かってる…」

高井は落ち着かせようと、彼女の髪をそっと撫でた。
こんな姿を見たのは、いつ以来だったろうか。

「それに高井さん、自分にあんな事されて腹が立たないの!?」
「そりゃ、立ったさ」
「じゃあ…」
「だから、あの時は力の加減しないで、思い切り投げ飛ばしてやった」
「へ?」

真面目な顔で言ってのけ、それから少し笑った。
御影が怒りを忘れ、目を瞬きさせる。

「なんだ。自分だって、やってるじゃないのよ」

御影の顔に少しずつ、いつもの笑みが戻っていく。
高井は安心した。

「蔵間程じゃないぞ。それにやるなら、『さりげなく』だ」
「何それ」
「とにかく。これからは少し、自重するように」
「分かってるわよ」
「度を越せば、俺達はもう一緒に居られなくなる。友江ともな。蔵間もそれは嫌だろう?」
「当然よ」
「お互い、気を付けて行こう。な?」
「うんっ!」

二人は、互いの気持ちをきちんと理解出来て、共に嬉しかった。
それもつかの間、高井が重要な事を思い出した。
眉間に皺が寄る。

「いかん、またアイス溶けちまった」
「げげぇぇっ!!」

嘆いたところで仕方ない、後の祭り。
作業台までスタスタと歩いて、アイスを手に取ると、そのカップの蓋を開けて溶け具合を確認する。

「ま、いいわ。このまま飲んじゃえ」
「おい…。瞬間冷却とか、便利な機械は無いのか?」
「起動とか調整が面倒臭いのよ。高井さんの分なら別だけど」


 事件はめでたく解決し、夜は更けていったのだが…
翌日のオフィスでは、一日中数名の生欠伸が絶えなかった。
それらは覇気に欠けた空気に包まれ、デスクに突っ伏している。

「ちょっとぉ、勇磨と御影!起きてよぉっ!!」
「起きろ蔵間。巡回の時間だぞ」
「ん…」
「眠ぅいぃ…」
「無様だ。課長が見たらどうなる事か」
「カミナリ落ちますよね。もうすぐ早朝会議から帰ってきちゃいますよ、どうします?」
「訓練日なら道場に放置して、課長へ任せておくんだが」
「平和的な解決法に聞こえませんよ」
「時間がないな。友江、起きないなら零式使っても良いぞ」
「えぇっ⁉」
「一人二発までなら許可する」
「仲間に揮うなんて、嫌ですよ!高井さん何とかしてよぉ」
「そうか…。それもそうだな」

野原のポーカーフェイスが、今朝は怖く見える。
勿論、全て冗談と解かっているものの……。

「やる気が出る心理的説得ってあったよな。葉月、出来ないか?」
「えっ、カウンセリングですか⁉」
「八王子に送り返して、多地花(たちばな)さんに洗脳してもらった方がマシかな。高井はどっちが良い?」
「俺が何とかします!」

慌てて雛と高井が、それぞれの相棒の体を掴む。
揺さぶったり立たせたりと忙しくなった。
葉月も支えようとワタワタしている。
野原は騒がしい隊員達を片眉を上げて見つめてから、手元の端末から報告を送信した。
感謝と共に『第五隊突入班は今朝も異常なし』と、昨夜から心配してくれた支援部署へ。

こんな警察官らしくないところも、また彼らの『普通の日常』のようだ。
夢の森の第五特警隊は、今日も元気にやっている。

■『真夜中の対挑戦者』終■
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