迷想

 「雛は課長から何か聞いた事ない?」
「え…!?」

顔を上げた雛は、突然話を振られて焦った。
知ってる事も少しなら、ある。
だが、《とある事情》により口止めされている内容に引っ掛かるので話せない。
ここは、二人に悟られぬよう慎重に話を選ぶ。

「準備室時代は、父さんと仲良かったみたい。父さんったら勝手に親友認定してて、きっと隊長は困ってたと思うよ」
「面白いパパさんね。後は?」
「えっと…ね。昔から物静かで、クールだったみたい」
「物静かでクール、ねぇ」
「それよりは、もっと“冷徹”って感じしないか?」
「そうそう。何処に居たって、ずっとポーカーフェイスのままだし」
「現場でも全く取り乱さないし、怒ったりもしないよな」
「総括指揮執ってる人が取り乱しちゃ、皆困るでしょ。それは当然なんじゃないかな」
「でも機動隊や所轄の警備担当は、いつもブチ切れてるじゃないのさ」
「あれこそ、正に『取り乱してる』だよな。ハハハ」
「でも野原隊長ってさ、そう言うの涼しい目で見てるだけなのよね。いつも」

片付けの時とは正反対の、御影と勇磨の意欲。
率先的な詮索。
そして、置いてけぼり状態の雛。

「特警隊の隊長って、皆こんな感じの人ばっかりなのかしら?」
「どうなんだろうな」
「話聞いてる限りでは、優秀な人揃いのは確かだよ」
「優秀か…」
「お爺ちゃん、昔から嬉しそうに自慢話してるんだもん。それで私も、『特警隊って格好良いなぁ』って思ったんだ」
「へぇ」

両親や祖父が、毎日のように自慢していた先駆隊の隊員だ。
きっと、相当の猛者揃いなのであろう。
しかしその割には、野原以外の隊長格の人間の話を聞いていないような気もする。
時折長同士の話題に上がる、『アイツ』と呼ばれる長は誰なのか判明していない。
野原がいつも怪訝な顔になる人物なので、仲が心配である。

(あとは…)

雛は二人の会話を聞きながら、必死に思い出そうとした。
そして──

「あ。そう言えば…」
「ん!?」
「何なに!?雛っ」

勢い良く振り向いた二人の顔は、接近し過ぎていた。
思わずたじろぐ。

「あ、あのね。お爺ちゃんと私で、隊長を迎えに行った時の事なんだけど」

午前の巡回警邏の帰り、野原は緊急の隊長会議に呼び出された。
用事を済ませるついでに、彼を拾いに行くと言った正之助について行った雛。
向かったのは、臨時の捜査本部がある台場署。

「私は車の中で待ってたんだ。そしたら、野原隊長が女の人と一緒に話しながら、こっちに歩いてきたの」
「女の人?」
「うん、会った事ない人だった。同じ特警隊の制服姿だったけど、何処の隊かまでは判らなかったよ」
「女性居る隊って、少ないんじゃなかったっけ?」
「うん。お爺ちゃんの話だと、ウチの他にもう一か所位しか無かった筈」
「課長室に、集合写真あったわよね。探せば居るんじゃないの?」
「本部の人だったら判んねーって。多過ぎて、全員写ってないし」

良い案だと思ったのだが、今は見に行く暇はなかった。
それ以前に、好んで課長室へ遊びに行く人間など居ない。
家族の雛でさえ、自分からは入らないのに。

「他の特徴は?」
「襟に階級章じゃないピンがチラッと見えたから、長クラスだね。形が野原隊長のと同じっぽいんだけど、識別色までは見えなかった」
「隊長章ってヤツね。んで、どんな人だった?」
「え、えっと…」

これは誘導尋問としか思えない。
条件反射というか仕事の癖で、つい答えてしまったが。
それを裏付けるかのように、御影と勇磨の瞳が怪しく輝いている。
雛は不気味さを薄々感じながら、仕方なく話を続けた。

「背は…微妙だけど、私より高いかな。髪形はショートボブっぽい感じで、年齢は野原隊長より若いね」

流石は警察官である。
目撃したのはほんの数秒の事だったのにも関わらず、雛はきちんと特徴を覚えていた。

「それで?」
「地域課の活動服みたいに、パンツスタイルだったよ。ウチの女性隊員って、スカートやキュロットも選べるのに」
「ふんふん」
「後は?」
「隊長より活発そうな感じの動き方、かな」
「顔は見た?」
「えっとね…。見えたのは横顔までだったけど、優しそうな面影の人」
「好印象じゃない。隊長とはどんな風に接してた?」
「楽しそうに話して、笑ってた」
「それだけ?」
「野原隊長は?笑ってたのか?」
「ううん、表情はいつもと同じだったよ。頭叩いたりもしてたけど、じゃれ合ってるみたいな風で」
「じゃれ合う?」
「うん。怒ってるような雰囲気じゃなくて、『自然な親しさ』だね」
「…って事は、仲の良い同僚ってヤツか?」

勇磨のその一言に、雛は以前正之助に聞いた事を思い出した。
準備室には母・瞬菜(ときな)の他にもう一名だけ、女性警察官が居たという。
そして、当時の野原の相棒だったのに何故か瞬菜が大層気に入り可愛がっていた、『後輩』と呼べる存在が居たらしい。
正之助も慕われていたという。
それが同一人物なのかは判らないが、今でも電話やメールでの交流があるようだ。
警察学校の寮に居た雛は、瞬菜から電話で「今度会わせる」と聞いていた。
だが後に起こった事件の所為で、機会は永遠に消える。
両親の葬式に参列してもらったらしいが、どの人なのかは結局判らずじまいだった。
墓参りも回数多く行っているようだが、記帳されておらず供花類にも名前は残されない。
寺の関係者には印象が良いらしく、不審者としては覚えられていなかった。

「雛達には挨拶してこなかったの?」
「うん。隊長はまだ話したかったみたいだったけど、その人は忙しそうにして別れた」
「事件か?」
「どうだろう…。隊長は何も言ってなかったから、違うと思う」
「事件以外の事案処理にしても、全部データが上がってるわけじゃなさそうなのよね。隊長権限じゃないと開けられないモノもあるって話だし」
「機密事項か、守秘義務ってか?…何か面倒臭いな」

そんな四字熟語がピッタリ当てはまるとしたら、やはり両親が絡んだ事件だろうと雛は考えた。
孫が特警隊員となった今でも、正之助は気を遣ってか事件の話をしない。
何かを調べているようだが、それにも件(くだん)の人が絡んでいる。
データを見たくても、閲覧制限付きでは何も出来ない。
わざわざ好物を差し入れて聞いても、「時が来たら話す」の一点張り。
事件の詳細も気になるが、該当者が誰なのか一向に判らない。
もどかしい。
野原と二人きりになったら聞いてみようと思うのだが、チャンスは中々掴めなかった。
新任として覚える事が日々山積みな彼女には、この件まで念入りに調べる余裕がない。

(もしかして。あの人が、母さんの言ってた後輩なんじゃ…?)
「あ!!それってもしかして、彼女とか⁉」
「俺達に隠してるって可能性も、捨てきれないよな」
「そんな感じには見えなかったけど…」
「他の目があったから、自重してるだけなのかもよ?」
「大人の交際ってヤツか!」
「親しげに話した相手が異性だったからって。そう決めつけるのは…」
「あの冷たいポーカーフェイスが、そんな風に接していられるって。逆にスゴイというか。怪しいというか」
「珍しいを通り越すわよね⁉」
「…どうして??」

実際に目撃した雛の意見は、あっけなく却下というか。
ほとんど無視状態である。
御影と勇磨は怪しい物を開発している時のように、とても楽しそうであった。

「自然な親しさって云うのはな、簡単には出せないんだぞ?」
「どうしても滲み出るモノなのよね。隠すのも難しいのよ?」
「あの。二人共……」

この時。
部屋が片付いていて、PCや端末が使える状態だったなら。
隊の人事データを検索して探し出し、「何だこの人か」とアッサリ解決出来たかも知れない。
この二人の事だから余計な詮索を更に繰り出し、野原にバレて雷が落ちた可能性もある。
良かったのか悪かったのかは、雛には判別しきれない。
話題に上がった女性は、後に雛達と深く関わる事になる。
その頃には、今回の事などすっかり忘れてしまっているかも知れない。

特警隊の仇ともいえるテロ組織は、次の事件を引き起こそうと暗躍を続けていた。
事の大小を問わず翻弄される日々は、まだ終わらない。

■『迷想-人の噂も…-』終■
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