Radiant
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「わぁ、可愛い!!はじめまして!」
「か、可愛い?」
彼女の第一声に面食らった。
初対面でいきなりこんなことを言われてはどう反応していいものか。
非常に困る。
そもそも女性と会話をすることは得意ではない。
正直苦手だ。
こんな自分と正反対に彼女はとても楽しそうだ。
「関平、彼女は名無しさん。私の友達なの」
星彩はいつもの無駄のない調子で紹介してくれた。
「名無しさんです。よろしくね、平ちゃん」
「ぺ、ぺいちゃん?」
再び面食らった。
【Radiant】
自己紹介を済ませると、名無しさんは星彩に『いつものをやろう』と言い出した。
名無しさんの言う、いつものとは何なのか。
聞いたが、来ればわかると半ば強引に引っ張られ、着いた場所は鍛錬場だった。
此処に着くなり、名無しさんと星彩は練習用の木刀を手に取ると打ち合いを始めた。
名無しさんのいう『いつもの』とは手合わせのことだったのだ。
二人にとっては会えば必ずする挨拶代わりのようなものらしい。
先程の自己紹介で、名無しさんは有力な諸侯の娘だと聞いた。
つまり女としての教育を厳しく叩き込まれた良家の姫君なのだ。
しかし目の前の名無しさんはそんな素性を感じさせないほど夢中に打ち合いをしている。
悪戯な笑みを微かに浮かべる顔は子供のようだ。
遊びとはいえ太刀筋はなかなかのものに見える。
武芸にも嗜みのある名無しさんには姫よりも姫武者という呼び方が似合いそうだ。
流石は、星彩の友人なだけある。
そんなことを考えていると木刀のぶつかり合う音が止んだ。
「ふう。星彩、ちょっと休憩しよ」
名無しさんと星彩が来ると、そばに腰を下ろした。
「ねえねえ平ちゃん。あたしの太刀筋どうだった?」
「ああ、なかなか筋が良いようにお見受けした」
「ありがと!じゃあ、あたしは平ちゃんに勝てちゃうかもね。だって平ちゃんのその優しそうな顔に戦場は似合わないよ」
「なっ!?拙者はこれでも日々の鍛錬を怠ることなく、武の向上に励む武将で」
名無しさんの冗談めかした口調に対して至極真面目な主張をしていた。
「確かに。関平はもう少し表情に締まりがあったほうがいいと思う」
「星彩まで。拙者はそんなに変な顔立ちなのか」
「平ちゃんってば真剣に受け取りすぎだよ。
本当可愛いんだから!」
からかわれている。
しかもまたこの言葉をとどめの一撃にされた。
名無しさんはさっき初めて会ったときから自分のことを『可愛い』といってくる。
一般的には誉め言葉のはずだが自分にとっては最も反応に困る言葉だ。
「平ちゃん、あたしとも手合わせしてよ」
「名無しさん殿と!?それは出来ないっ」
「なんで?なかなか筋がいいって誉めてくれたじゃない。駄目なの?」
自分は普段、男相手にしか手合わせはしない。
それに名無しさんは武将ではなく姫君だ。こんな遊びで万一怪我など負わせようものなら大変だ。
「女性に……刃は向けられない」
「木刀は刃物じゃないじゃん。ね、いいでしょ」
「とにかく、拙者には出来ない!御免!」
名無しさんの屁理屈をかわして鍛錬場から足早に出て行った。
自室に戻り、平静な気持ちになるとあの場から逃げて来たことには多少の恥ずかしさは感じた。
だが初対面のときからの名無しさんのからかうような迫るような態度が非常にやりづらかったのだ。
しばらくの間、名無しさんは星彩の部屋で寝泊まりして遊び明かすと宣言していた。
こんな日々が続くとは先が思いやられる。
大きな溜め息を吐いていた。
***
名無しさんと出会ってまだわずかな時間しか経っていないというのに関平は疲れ果てていた。
関平は名無しさんと星彩に連日振り回されて過ごした。
あるときは遠乗りに付き合わされ、またあるときは街まで買い物に付き合わされることもあった。
年頃の女子の遊び方など知らなかった関平にとっては毎日が驚きと発見、そして疲労の積み重ねだった。
そんなある日のことだ。
「名無しさん殿、なぜ拙者の部屋に?」
「えー、来ちゃいけないの?」
突然、名無しさんが部屋に押しかけて来た。
しかも名無しさん一人でだ。
「いけないわけではないが、星彩と一緒では?」
「今日、星彩は用があって出掛けてるの。
だから平ちゃんに構ってもらおうと思って来たの」
つまり星彩不在の今日、自分は名無しさんと二人きりで過ごさなければならないのか。
なんだか急に胃が痛くなってきた。
三人でいたときも連日からかわれ続け、対応に精一杯だった。
そんな名無しさんと二人きり…やりきる自信と気力はどこにも無い。
押し寄せてくる憂鬱さに黙ったまま頭を抱えていた。
「平ちゃん、神妙な顔して何か考えごと?
あっ、さてはあたしと二人きりだから緊張してるとか」
「ち、違う」
「もう、赤くなっちゃって可愛いんだから」
「名無しさん殿、その可愛いというのはやめてはもらえないか?拙者は男なのだし」
「ええー不満なのっ。あたし的には平ちゃんへの最上吸の賛辞の言葉なのに。わがままだな」
自分は名無しさんに何を主張しようが根こそぎ破壊される。
頭が痛くなってくる。
名無しさんの自分を挑発するような発言は何とかならないものだろうか。
再び頭を抱えていた。
「平ちゃん、また何か考え込んでる。外に出ればすっきりするかもよ、ほら」
「っ、わっ!」
名無しさんに腕を掴まれ部屋から引きずり出されていった。
そなたが悩みの原因だ!と叫んだがあくまでも心の中での叫びであるため名無しさんに届くことはなかった。
名無しさんに腕を掴まれたまま歩いていた。
「ねえ、平ちゃん」
名無しさんが微笑みながら顔を覗き込んでくる。
「こうして歩いてるとあたしたち恋人同士に見えるかもね」
「恋人?」
確かに名無しさんは腕を掴むというより絡ませてきている。誰が見ても恋仲の男女が寄り添っていると思うに違いない。
胃痛と頭痛の次は心臓が痛くなってきた。
「困るっ、名無しさん殿、腕を離してはくれないか」
「やだ」
「頼む、拙者は」
「じゃあ、あたしと手合わせしてくれるんなら離してあげるよ」
そう来たか。
前回は断ったが(というか自分が逃げた)今の状況なら此方が条件を飲むと踏んだのだ。
「わ、分かった。では鍛錬場に参ろう」
今の状況から脱するのが先決だ。
とりあえず承諾しておけばいい、とりあえず。
「平ちゃん優しいっ。
でもまた逃げ出そうなんて考えないでね。
平ちゃんのお父様に色々とあることないこと言うからね」
「!?父上には何も言わないでくれ!黙っていてくだされ、頼む」
見抜かれていた。
その上、父の名を出されてしまってはたとえ冗談と分かっていてもお手上げだ。白旗だ。
心身ともに名無しさんに従い、鍛錬場へと連行された。
「いくよー平ちゃん!」
少し離れた所からの名無しさんの呼び掛けに弱々しく木刀を掲げて応えた。
気は進まないが仕方無く身構えた。
勢いよく助走をつけて名無しさんが打ち込んで来たのを軽くいなした。
「っ、まだだよ!」
もう一度名無しさんが向かって来たが木刀で難なく受け止めて押し返してやった。
やや後退した名無しさんが更に間合いを取ろうとしている様を眺めていると、
「平ちゃん、笑ってないで真剣にやってよ。女だからって手加減しないでね!」
急に怒られた。
そして口元が緩んでいることを指摘された。
名無しさんの太刀は思いのほか重量感がなく剣舞のような軽やかなものだった。
筋は良くても、こんなにか弱いものだったとは……そんな思いから出た余裕の笑みだった。
「承知した。では加減はしない」
笑みは浮かべたままでそう告げた。
互いに踏み込み、一瞬だけ鍔迫り合いになったがすぐに離れる。
力負けした名無しさんがわずかにふらついた。
関平は名無しさんの構えが解けたその隙をつき下から上へと鋭く振り上げる。
「!!」
名無しさんが持っていた木刀を弾き飛ばした。
「拙者の勝ちだ」
名無しさんに木刀の先を向けて言い放った。
「うう、負けたぁ」
勝った。
口では名無しさんには適わなかったが武に関しては譲れない。
大袈裟かもしれないが、これでやっと名無しさんの前で男として、人間としての面目を保てた気がする。発言権を得た気がする。
今こそ男らしく主張する好機だ。
「名無しさん殿。拙者は男であり武将だ。力勝負で勝とうと思わないで欲しい」
「わあ。平ちゃんって男らしい一面もあるんだね。いいよ、かっこよかった!」
負けたというのに名無しさんはうんうんと頷きながら満足そうに微笑んでいる。
なぜ名無しさんの機嫌がいいのかよく分からないが自分の主張は少しは伝わったようだからよしとしよう。
格好いい……この誉め言葉も可愛いと同じくらい困るが、今の名無しさんの言い方にはそこまで悪い気はしない。
名無しさんと会ってからの連日の疲労も少しか薄れてきた気がする。
もしかしたらこの日を境に名無しさんとは上手くやっていけるかもしれない…。
「平ちゃん」
「?」
「でもね、『かっこいい』よりも『可愛い』のほうが平ちゃんには合ってる!うん、絶対!」
――結局またこれか。
【Radiant】
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