fascinate
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「好きな人はいる?」
「気になる人はいる?」
互いに想い人がいるのかどうか打ち明け話をすること
それは女同士の世間話に必要不可欠な要素であることに間違い無い
自らが恋い焦がれている者のことを口にするだけで楽しくなったり、ときには切なくなったりもする
自分の心が想う者全てで満ちていく、揺さぶられていく心中を恋心という
また、恋焦がれる対象を『憧れの人』などと言い表すこともある
【fascinate】
ある日、名無しさんは友達の稲姫と語らっていた。
「稲は憧れの人っている?」
「憧れ、というと?尊敬している方ならば父上や殿、他にも沢山……」
「うーんと……尊敬に限らずさ、ほら、好きな人とか。いる?」
「そ、そんな好きな殿方なんてっ……。
そういう名無しさんはどうなの?」
稲姫は顔を赤らめながら慌てて名無しさんに聞き返した。
「あたしもすごいなって思う人はいっぱいいるけど、特別に想いを寄せる人は皆無」
「もう、名無しさんだっていないじゃないの」
稲姫は語気を強めて言いながらも、にこやかな顔つきである。
「稲は恋愛の話題を振ると毎っ回照れるから、おもしろくって」
「からかわないでよ。全く名無しさんったら」
二人は笑い合った。
『軍』という男性社会に身を置く稲姫と名無しさんは数少ない女同士とても仲が良く親友関係にある。
暇を見つけては互いの元を訪れて、世間話に花を咲かせている。
今のように年頃の女に相応しい話題を持ち込んでみるものの、およそ恋愛中とはいえない名無しさんと稲姫の会話はいつもこんな堂々巡りをしているのである。
お互いに想い人がいないことを知っていてこの会話を始めるため、名無しさんがからかい、稲姫が照れる、という流れはお決まりとなっている。
毎回、同じ相手と同じことをしていても飽きることなく笑い合うことが出来る……それは親友であるがゆえなのだろう。
「あっ!でも憧れの人=男とは限らないよね」
名無しさんが突然思い出したように言った。
「なるほどそういうことなら、私には憧れの人がいるよね」
二人は顔を見合わせると……
「立花様」
ぴったり声を揃えた。
「名無しさん、立花様なんて呼んでた?」
「ううん。今の一瞬、稲の呼び方を真似た」
稲姫の憧れの人……『立花誾千代』
九州の名族、立花家当主である闇千代。
女でありながら剛勇鎮西一と云わしめるその姿は凛々しく誇り高く、そして美しい。
先に誾千代と面識があったのは名無しさんのほうだった。
名無しさんは九州平定の戦に参じていた。
そのときに誾千代は豊臣陣営に客将としてやって来た。
名無しさんは多くの言葉を交わしたわけではなかったが誾千代の気高さをひしひしと感じることができた。
誾千代の活躍もあって、豊臣は九州を統治下に置き、島津軍を降すことに成功した。
九州から帰ってきた名無しさんは誾千代のことを稲姫に話してやった。
名無しさんの思った通り稲姫は誾千代を憧憬の対象とした。
戦功の労いに誾千代が豊臣の城に招かれたと知った稲姫は、是非話をしたいと目を輝かせながら名無しさんに頼んできた。
親友の頼みならば、と名無しさんは稲姫と誾千代とを引き合わせてあげた。
「私、本田忠勝が娘、稲と申します。
立花様、戦場での誉れ高き御活躍、耳に致しました。お目通しが叶い大変光栄に御座います」
「稲殿、名無しさん殿から聞いたぞ。そなたも父に倣い、弓を取る武人だと。その勇猛な戦いぶり見てみたいものだ」
「そのような御言葉……我が身には勿体のう御座います」
「では稲殿、これからも日々精進出来るよう…そして共に闘える日が来ることを願っている」
「名無しさん、ありがとう!立花様と喋れてよかった。思った通り、いえ、それ以上に素敵な人だった」
「ふふ、稲がそんなに喜んでくれてあたしもうれしいよ」
「本当にありがとう。名無しさん大好きっ」
(稲……可愛いな)
「さて、立花様と共闘する日まで、これからはより一層弓の腕に磨きをかけないと」
「勿論、あたしも付き合うよ」
「いざ、鍛練場へ!」
***
それからというもの名無しさんと稲姫は鍛練に励む毎日を送っていた。
色恋沙汰など頭からすっぽりと抜け出て、己の武の向上にすっかり夢中になってしまっていた。
「今思えばさ、誾千代と稲が知り合ったあの日からだよね。
あたしたちの会話に著しく華が無くなったっていうか、女らしくなくなったというか無骨になったのは」
「ええ。以前の私たち、もっと女らしかった。着物とか装飾品とか化粧の話とか、どんな殿方が理想的かとか」
「うんうん」
「今では、やれ筋力が増強しただの、新技開発しただの、自分専用の武器の構想だの楽しそうに口にする毎日」
「そうそう」
「しまいには、殿と父上にまで、『稲、おなごとして生まれた人生も大切にすべきだ』
『武の道を極めることが駄目ではない、だめではない、が、父としては……その、娘の幸せを……』なんて言われたの! あんなに哀れんだ目をした殿も、口ごもる歯切れの悪い父上も初めてだった」
「そ、そうだったの。そこまで言われたの」
名無しさんは、家康と忠勝までもが稲姫に女らしくしろと進言していた事実に衝撃を受けていた。
と同時に……やりすぎたか!と内心絶叫した。
あの忍耐強い家康様と寡黙で硬派な忠勝様が自分の娘とはいえ、稲に女らしくしろと注意してくるなんて。
あたしたちは、相当漢気溢れる女になったってこと………いや、既に女ではないんじゃ!?
寧ろ男、侠、漢、おとこ、OTOKO……
名無しさんは稲姫のように誰かに忠告された訳ではない。
けれど、言葉にしていないだけで周りの皆がそう思ってる可能性は十分ある。
そう考えると稲姫ほど純粋で敏感ではない名無しさんでも流石に動揺してきた。
そして、稲姫より何百倍も豊かな想像力を働かせはじめた。
【豊臣陣営のみなさんがあたしに言いそうなこと】
――秀吉様……
『名無しさん…最近ちぃーとばかし逞しくなりすぎじゃろ』
(えぇ、確かに腕とか脚とか太くなりましたよ)
――ねね様……
『もうっ、名無しさんこんなに泥だらけで!鍛練もいいけど、もっと清潔になさい! 女の子でしょ! 』
(泥だらけがカッコいいとまで思うようになってました)
――慶次……
『ははっ、名無しさん、傾いてきたねぇ』
(♂にかぶきたくはない)
――幸村……
『名無しさん殿、手合わせ願います。参る!』
(今までは女性相手に手合わせは……なんてもじもじしてたくせに)
――兼続……
『名無しさん!?
なんたる不義よ!私に負けたら悔い改めてくれないか!』
(改めろって……性別のことかな)
――左近……
『名無しさん、随分立派になったな。
漢の勲章だ、俺のもみあげをやろう』
(いや、絶対いらない)
――三成……
『敢えて言おう。名無しさん、お前、ヒゲが生えてきている』
(マジか!?そんな、そんなのって………)
「いやだあぁっ!」
「えっ、どうしたの名無しさんっ?」
「稲、あたしはイヤだ!このまま、このまま男になっていくのは」
「い、いきなりどうしたの?男になるだなんて。名無しさん?」
「稲、あのさ、誾千代に憧れるのも、己を鍛えるのも全っ然悪くない。目標があるのは良いことだよ。戦う稲も勇ましいよ。かっこいいよ。
でも、それだけじゃない。あたしは稲のことを一人の女性として、とても可愛いと思ってる。家康様も忠勝様もきっと、いや絶対そう思ってるんだよ。
だからこれからはお茶とかお花とか舞とかさ、稲の女の子らしい一面をまた見たいというか」
「名無しさん?わかったから、名無しさん、とりあえず落ち着いて……ね」
名無しさんの必死の懇願の意味が理解出来ない稲姫だったが、とりあえずそう答えたのだった。
***
――小田原城・東――
「東側を攻める諸卿よ、期待しておるぞー」
「稲にお任せあれ!小田原全城門、開門!」
「出丸からの砲撃か!?わしの可愛い兵たちがやられちまう」
「こんな仕掛け、稲の前には子供騙しです!」
「いかん!早よう本陣を守らんと」
「不埒な奇襲部隊、稲が成敗致しました!」
「伝令!稲姫君・名無しさん様、両将により小田原城制圧の由!」
「速っ!」
両女傑(主に稲姫)による電光石火の攻勢には秀吉をはじめ、小田原城東側の攻撃に参じた武将は呆気にとられていた。
「稲殿、名無しさん殿、そなたらがこれほどまでの豪傑だったとは。
立花はそなたらとともに戦えることが嬉しいぞ」
そんな中、ただ一人、立花誾千代は感服していた。
「私、立花様が同じ戦場にいるって思ったら、いいところ見せようと思って、気合い入っちゃった」
「誾千代は稲のことすっごく誉めてたよ。
張り切った甲斐があったじゃん」
「ねぇ、名無しさん」
「ん?」
「私ね、立花様に一人の武人として認めて貰えて一区切りついた、なんだか今そんな気持ちなの。
だから名無しさんが言っていたこと、今なら分かるな」
「あたしが言ってたことって?」
「名無しさん、私に『憧れることは悪いことじゃない、でも稲の女性らしさも見たい』って言ってたでしょ。
それでね、私……自分らしさが大事だって気づかされたの。
私、誰かに認めてもらいたくて、いつも憧れの対象を探していた。
今までそういう生き方しかしてこなかったから。
でも今日、泰平の世が訪れたように時代は次々と変わっていく。戦だってなくなる。
変わりゆく時代に飲まれないように、憧れを追いかけてばかりじゃいけない。
自分らしい道を選べるようにならないといけないって気づいたの」
「へえ。しっかし、稲は真面目だよなぁ。
あたしのどうでもいい一言さえもそこまで掘り下げて追求するなんて」
「名無しさんにとっては深い意味を込めたつもりのない言葉でもね、私自身の人生考えさせられたのよ」
二人は笑い合う。
「でもさ、これからはもっと女に磨きをかけるって決めたんだし。
憧れの男の人を追いかけるってのはいいよね?」
【fascinate】
-End-
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