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異世界に来て約二週間が経過した。
情報が少ない中わかったことといえば、この異世界は魔王・遠呂智が創りあげたものであること。
自分がいた時代と海を越えた大陸の古い時代が融合されたということ。
御伽噺話のようだが、そう割りきらなければ説明のつかない事象が沢山あり取り合えず信じることにしている。
先般政宗に助けて貰ってから、彼に付き従うと決めた。
命を救ってくれた訳だし、彼についていきたくなったから。
政宗は遠呂智軍に属し、着々と戦果を挙げ重用される立場へと登り詰めている。
顔見知りもいない中、同じ時代から来た政宗を仮であっても主君と仰げることは心の支え。
傍らで彼の躍進する姿を見られるのは純粋に嬉しい。
今、寝食に不自由なく生活出来ているのは政宗のお陰だ。
監視の目はあるものの遠呂智軍の領内では自由に過ごしている。
自由に、と言っても防犯上観点から政宗について回っているというのが正しいのだが。
政宗は自分のために生活する場として一部屋与えてくれて、衣服等身につけるものも用意してくれた。
此方が女性だからと細やかに気遣ってくれている。
流石、上に立つ男は女の扱いが上手い。
これで靡かない女なんていないと思う。
ここは遠呂智軍領内にある伊達軍の拠点。
居城という立派なものではないにせよ、政宗と自分を含め軍の主軸にあたる銘々が住まえるくらいの広さはあるところだ。
その一室、政宗の部屋で二人で過ごしていた。
軍議や調練がない時間はこんな風に二人揃って政宗の部屋にいることも少なくない。
政宗は何か考え事をしているようだった。
椅子に座っては首を捻り、立って壁にもたれ掛かっては、うーんと唸って腕を組んだり、顎に手を当てたりと引っ切り無しに思索している様子だ。
「ときに、御主は芝居が得意か?」
「しばい……司馬懿殿ですか?
うーん、ちょっと高圧的だし笑い方にも癖がありますけど、軍略は優れて……」
「その司馬懿ではないわ。お芝居……つまり演技のことじゃ」
「演技ですか?得意とはいえないですね。演劇の経験なんてないですし」
「そりゃそうじゃよな」
はっと一息ついて、政宗は唐突にそう聞いた理由を話し始める。
「今日これから妲己が儂のもとを訪れる。
御主、妲己と会うのは初めてじゃろう。
奴は遠呂智の参謀を気取って、配下の戦力を定期的に視察に来ておる。それが今日でな。
簡単にいえば怪しい動きをする反乱分子がいないか監査されるのじゃ」
さらに政宗は続ける。
「前回視察時、御主はおらぬ状態だったが、今日存在が知られることで彼是追及されるじゃろう。そうなれば儂にとっても御主にとっても色々と都合が悪くなる。そこを何とかしたくて考えておった」
成る程、私が元々豊臣軍所属と分かれば、政宗が自軍を補強し独立を企てていると邪推されるかもしれない。
場合によっては、私自身が人質として利用される危険性だってなくはない。
素性がばれないほうがいい。
「で、考えた結果じゃが……御主は儂の妾の振りをせい」
「はい?」
政宗の突然過ぎる指示に声が裏返ってしまった。
「めかけ?……って愛人になれと?今直ぐですか、急すぎて心の準備も覚悟もまだ……」
「たわけ!振りじゃ!演技をしろというとるのじゃ。軍師として迎えたなどと馬鹿正直に紹介すれば要らぬ詮索をされるに決まっておる」
「確かに……」
「その点、妾と言うておけば深く勘繰られることはない筈じゃ」
「うーん……わかりました。やってみます」
自信はないが政宗の言う通りにしよう。
「よし。では今からどう演ずればよいか教える」
政宗の演技指導が始まった。
『Manuscript』
「よいか。まず儂の横で半歩下がって黙って立つ。
で、体ごと儂に向けて、妲己とは極力目を合わせるな。して喋るな。はいもいいえも声に出すでないぞ。
もし妲己と目が合ってしまっても目線は左右に泳がせてはならぬ。横に動かすと嘘や隠し事を孕んでいるように思われるからな」
政宗の演技指導に熱が入る。
「目線は……基本こんな風に伏し目がちなままでよい。動かすときは上下にだけ動かして……こんな感じで上目遣いにせよ。瞬きをしたくなったらゆっくりと……」
政宗は右目が眼帯着用の為、左目だけを動かして指導してくれるのだが、一言でいうと凄くいい、のだ。
上目遣いになると可愛いいし、視線を下に向けると忽ち色っぽくなるのだ。
「儂と妲己の会話が進む中で儂が御主を見つめたら今教えたように儂を見つめ返すのじゃ。
さすれば、あたかも艶やかな色香を纏った愛人に成り済ませるというもの……って、ちゃんと聞いておるのか?」
「はい、はいはい!聞いてました」
「適当な返事じゃな。まぁよい。妲己が来るまでもう少し時間があるから鏡でも見て練習せい」
政宗が棚から何かを出し、名無しさんへ投げ渡す。
「あと、これに着替えよ」
受け取ったのは深緑色を基調とした着物だった。
「これは?」
「質の良さそうな着物だ。ま、言うなれば衣装じゃな。それなりに着飾っているように見える筈じゃ」
「ありがとうございます。ちょっと着替えてきます」
政宗からは見えない死角にいそいそと入り着替えを始める。
手早く済ませ政宗の前に出てみせた。
「お、似合うではないか」
「ありがとうございます。政宗様はお見立てが素晴らしい」
正面の姿を見せ、ゆっくりくるっと回って後ろ姿も見せてみる。
畳んだ状態からはよく分からなかったが着てみると花柄が美しい。
花の種類には正直詳しくないが、これは桜と牡丹だと思う。
帯は光沢のある白で帯締めは地色の緑に合わせられ、帯揚げは花の色に合わせた桃色だ。
「よいじゃろ。目利きには自信があるんじゃ」
にかっと自慢げに政宗は笑う。
そういえば、彼はいつも洒落た格好をしているなと気付いた。
当たり前だが他人に似合う服を選べる人はその本人もお洒落である。
女性の着るものにも詳しいとは、一体どこで学んだのやら。
色んな女性と色んな付き合いがあるのか等々余計な推測をしてしまう。
政宗から服を貰うのは初めてではないが、今まで貰ったのは普段着としてのもの。
緑色のちょっと位の高い服は初めてだ。
これを身に纏うと伊達軍に所属した実感が湧く。
そして政宗のものになった気分を味わえる。
――この気持ちは胸の内に閉まっておこう。
「いつもは黄色っぽい服ばかりだったので私的に新鮮です」
そう口にして、はたと気付いてしまった。
「そうじゃな、御主は……そうであったよな」
政宗も同じことに気付いたようだ。
そう、自分は豊臣の人間。あくまで政宗は仮の主君。
元の世界へ帰れたら、離ればなれ。
最悪敵同士となり刃を交えるかもしれないと。
「元いた世界へ帰れるとよいな」
「政宗様も。帰れるといいですね」
「では、私練習してきます」
政宗の前から消え、鏡を持って部屋の奥で練習を始めてみた。
「あの、政宗様……」
「どうした!?」
「鏡を見て練習してみたんですが、自分の顔を見過ぎたからか気持ち悪くなってきたんです」
「はぁ……加減を考えよ。もうやめい。妲己が来る前に疲れては元も子もないじゃろ」
政宗が呆れたように呻く。
「あ、でもまだ自信がないので、最後に練習に付き合って貰えませんか」
「よいぞ」
「ありがとうございます。では――」
――まずは政宗様の横に立ちなんとなく半歩下がる。
喋らない。
そこで政宗様の方を向く。
目が合った。
「ぷっ……」
「こら、笑うでない」
目が合って照れ隠しのためににっこり笑ってしまい、ついでに吹き出してしまった。
「良かったのは最初の立ち位置だけじゃったぞ。これでは本番が思いやられる」
「すみません」
「とにかく、儂と目が合うことに慣れよ。笑うなら今のうちに笑いきっておくんじゃ」
「はい、わかりました」
言ってる側から既に口元がむずむずしてしまう。
「あぁ、心配じゃ」
政宗が眼帯を手で覆って悩みあぐねていた。
***
「こんにちわー政宗さんいる?」
あまり実のならない練習を続けて数十分後、間延びした声が聞こえてきた。
かの人物、妲己がやって来たのだ。
「お、来おったぞ」
「ですね」
「頑張るんじゃ」
「はい」
こそこそと話し終えると、目の前の戸が開け放たれた。
「ん?政宗さん、この娘はだーれ?」
妲己がこちらを見るや否や早速聞いてきた。
事前の打ち合わせ通り、政宗に隠れるように立った。
「人員を増やしたなんて報告聞いてないけど」
妲己の質問に政宗は全く臆せずに応じる。
「野暮なことを聴く。これは先の戦での拾い物。気に入って側に置いておる」
政宗は指先で耳横の髪に触れてきた。
流れで顎もくいっと持ち上げてきて顔を動かす自由を奪われた。
――こんな動きが入るとは聞いていない――動揺が顔に出そうになるところを踏みとどまり、慣れている風に政宗に身を任せる。
「ふふっ、政宗さんもそういうところあるのね。なんだか安心したわ」
「男として女を囲うくらい極々当たり前のことじゃ。既にこれは儂色に染まっておる。
のう名無しさん?」
なんだ、この色男。
確かに自分は緑色になったけれど。
こんな台詞も打ち合わせになかったぞ――心の中で唱えていると、政宗と目が合った。
今こそ練習の成果を発揮するときだ。
声は出さずに視線だけで肯定を示すよう試みる。
政宗の演技指導の通り、視線をほんの少し上へ向け、ゆっくりと落としたのちまた上目遣いへ移行する。
じいっと観察していた妲己が頷く。
「可愛い娘ね、わたし政宗様のモノですって感じがひしひしと伝わってくるわ」
妲己は前のめりになって楽しそうに観察を続けている。
「私、政宗さんってストイックで女に興味なんかないって思ってたんだけど、一国の主だった殿方がそんなワケないわよね~」
「戦と政しか出来ぬようでは君主として底が知れるというもの。まこと、上に立つ者は片手間で色に興じる余裕を持ち合わせておる」
政宗に再び髪を撫でられ、ゆるりと腰に手を掛けられて抱き寄せられた。
色っぽく滲ませた視線まで注いでくる政宗の所作は、わざとらしさで溢れているのだが、そばで見てくる妲己は何故か満足そうで不適な笑みすら浮かべている。
自分はというと、台本にない展開についていけず政宗に為されるがまま。
彼に寄り添う妾役を必死に演じ続けた。
「じゃあ私次もあるからもう行くわね。
遠呂智様も政宗さんの働きには期待してるわ。これからも頑張ってね」
最後に妲己は「どんな風に調教しているのかは今度ゆっくり聞かせて」
と下世話な質問を残して去っていった。
声の届かないところまで離れたのを見届けると政宗は腕を組み、したり顔に変貌した。
「やったな、上手くいったぞ。いい演技だったではないか」
政宗が拳を握り締めて嬉々としている。
その姿は悪戯を大成功させた子供のようだ。
慣れないことをして疲れきっている自分とは真反対だ。
「なんですか、あれ。打ち合わせにない台詞と動きばっかりで、とにかく沢山びっくりしましたよ」
「多少大袈裟にやっておいたほうが良いと思うてな。現に上手くいったではないか」
「そうですね。結果的には」
「厄介な奴等じゃからな。あらゆる策を用いらねば此処では生き残れぬ」
政宗のいうことは正しいだろう。
未知の世界で未知の敵と渡り合うには手段は選んでいられない。
「政宗様、こういうのどこで学んだんですか」
「これまでにも幾度となく危ない橋を渡ってきておるからな、芝居と屁理屈は必要に迫られて自然と身についたぞ」
度重なる命の危機に瀕すれば誰でもそうなっていく、と簡単そうに言うのだが、察するものがあってそれ以上詳しくは聞かなかった。
「儂に触れられるのは嫌じゃったか?」
「べつに嫌って訳じゃないです……けど、今後日常においても政宗様がどこまでお芝居でどこからが本気なのか考えてしまいそうです」
ちらりと流し見ると、政宗があっというように目をぱちりと見開いた。
「あ、先よりも更に上手くなっておる。その目は普段使うでないぞ。モノにしたくなるからな」
「政宗様、それもお芝居の台詞ですか?」
「さぁ、どちらかのう。考えてみるんじゃな」
笑う政宗は少し狡い顔に見えた。
「して、名無しさんの目に妲己はどう映った?」
「異形と人間が混ざった美しくも邪悪な妖かし……彼女の瞳に吸い込まれるかもしれなかった、政宗様の言う通り目を合わせなくて良かったです。この世界に飛ばされたことを考えると妖術という存在を信じざるを得ないですし」
「そうじゃな」
政宗は名無しさんの分析に耳を傾ける。
「軽妙な口調で隠されていますが、彼女には隙がない。私なんかが喋ったら足元を掬われていたでしょう……」
政宗がうんうんと頷いている。
「あの露出度の高い服装には女の私ですら目の遣り場に困りました。でもちょっと見たくなるという好奇心を誘ってくる……私は彼女の術にかかったのかもしれません」
政宗が、ん?と顔を歪める。
「そして巨乳で、腰がくびれて、お尻もぷりっと上向き。敵ながら羨ましいその完璧な体型は……」
「ええい、それくらいにせい!そこまでの感想は求めておらぬ!」
言葉を遮った政宗の突っ込みは本気のものだった。
『Manuscript』
―End―
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