ambition
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――戦国時代と三國時代の融合
――それは魔王遠呂智が創り出した混沌そのもの
無双と謳われし英傑達は魔王の強大な力を目の当たりにした。
魔王に抗う者、魔王に屈する者―この二者に別れ、戦乱が始まったのだった。
しかし……前者でも後者でも無い者が存在した
【ambition】
「戦力の差がありすぎる」
独り言など普段は口にしたことも無かった。
瞬間、ふと零した自分に違和感を感じていた。
彼女の名は名無しさん。
元は戦国と呼ばれる時代にいた人。
天下の豊臣に仕官。
女であるにも関わらず、頭脳の明晰さを買われ、軍師を補佐する役職に就いていた。
ようやく乱世が終わりを告げたと胸を撫で下ろしていたのも束の間。
突如、激しい地鳴りと迫りくる黒い空に名無しさんは飲み込まれていた。
気がついたときには見慣れた河畔に寝転んでいた。
その場に腰を据えて、自分の身に一体何があったのか冷静に考えたかったが、残念ながらそんな悠長さは無かった。
何故ならば、名無しさんの眼前で今まさに戦が繰り広げられていたからである。
とりあえず隠れようと茂みに身を潜め、戦況を窺っていた。
軍師補佐という役職である名無しさんが、軍勢の優劣を理解するのにそう時間は掛からなかった。
まず一方の軍勢、ヒトと獣の中間のようなものが群れを成している。さしずめ獣人軍団といったところだ。
もう一方の軍勢は人間。普通の人間だが、変わった装備品を身に付けている印象を受けた。
獣人軍対人間軍。
戦場は名無しさんも知る杭瀬川。
圧倒的優利なのは獣人軍であった。
獣人達は決して統制のとれた動きではないのだが、何より獣人の数が人間の五、六倍はいた。
多勢に無勢。
数の多さに屈するが戦国の常……否、世の常というもの。
「戦力の差がありすぎる」
名無しさんは呟いていたのだ。
戦況が分かったところで、次に自分がどうすべきかを考えた。
まずこの場を離れなければならない。
同じ場所に留まっていればいずれは見つかってしまう。
人間である自分が獣人に見つかれば間違いなく殺されるだろう。
――まず逃げなくては……
杭瀬川流域の地形を把握し、どの位置でどの軍略が有効かなどと議論を醸したこともあった。
だが実際に一人、戦場に放り出されてみて気付いた。
知識だけあっても何の役にも立たないことを。
命のやり取りをしたことがない己の脆弱さを。
――どうしようか、こわい……
逃げようとは思うのだが、固まった体は小さく震えるばかりで全然思うように動けないのだ。
「おい、女がいるぞ!」
「捕まえろ!!」
背後からか横からか、突如浴びせられた大声に痛いくらい心臓が跳ね上がった。
獣人に見つかってしまった。
近くで見ると獣人というより異形と呼ぶに相応しい容貌にさらなる恐怖を憶えた。
抵抗することも出来ず、呆気なく虜となった。
***
「なかなかの上玉じゃねぇか」
「それにしても随分大人しいじゃん」
「ヒヒッ、そこがまたそそるねぇ」
獣人達に好き勝手に品評されながら、長い廊下を歩かされていた。
「これなら董卓様も満足してくれるな」
後ろ手に縛られており、俯きただじっと黙っていた。
生け捕りにされたことと獣人達の会話の内容で、自分がこれからどうなるか容易に想像がつく。
何処かも分からないこの城の中で、誰かも分からない“トウタク” という男の手で、厭らしく弄ばれ辱められる。
女として最上の苦痛を味わうのだろう。
――そんな目に遭わされるなら……
「待て」
誰かに呼び止められたようだ。
自分にとって、どこか聞き覚えのある声、なんとなくそんな気がした。
「はっ、将軍様!」
「本日も御機嫌麗しゅう存じます!」
獣人達が一同に敬礼している。
ゆっくりと顔を上げると、敬服の対象である人物がそこにいた。
「この女は、わしが貰う」
――奥州王、伊達政宗
見知った顔を前に驚きを隠せなかった。
今、自分の眼は激しく見開いているだろうと思いながらも、やや暫く驚きの表情は変えられないでいた。
「伊達様……しかし女を捕虜にした場合は董卓様に献上することになっていますので」
「ふん、先の戦で奪った宝物が幾らかあったであろう。董卓にはそれをくれてやればよい」
「はぁ、しかしですね」
「わしに意見するつもりか!」
政宗が語気を荒め、いつの間にか腰から抜いた銃を獣人達に向けた。
「ヒっ、ヒイっ!?申し訳ありません」
鼠色の獣人共は一斉にみっともなく逃げ出していった。
「馬鹿共が」
そう吐き捨てながら政宗は、再び銃を腰の鞘に戻した。
「さて、おぬし」
一部始終をぼうっと眺めていたが、その呼び掛けにハッとした。
言い終わり、政宗はこちらに二歩半、歩み寄った。
腕を伸ばさなくても互いが届くくらい、それこそ抱き合えるくらいに近接しているのだ。
先程感じた恐怖とは異なるのだが、体の上半分がチクチクするような感じがする。
自分より頭一つほど大きな政宗。
奇妙な緊張感の所為で、政宗を直視出来ない。
政宗は、顔をじっと見つめてきめ、すっと両肩に手を置いてきた。
触れられると、腹に刺さっていた棘は抜け、次いで胸に刺さるような感覚に陥った。
胸が詰まり、鼓動が一気に高鳴る。
まるでキス前のワンシーンかと錯覚させられる。
そんな思いに酔っていると、次の瞬間、目の前から政宗が消えていた。
「えっ!?」
一瞬何事かと思ったが、自分が単に政宗に背を向けていただけ。
政宗は、両肩を掴んできて、こちらの身体を180度反転させたのだった。
政宗はその場に片膝をつくと、手首の縄を解いてくれた。
キスされるかな、なんていう想像をした自分が恥ずかしいという気持ちが八割。
焦らしておいて、結局それだけかという拍子抜けした気持ちが二割。
小さな溜め息をつくと共に、「そのためだけか」と無意識にぼやいてしまった。
「うむ。前からでは後ろ手に縛られた縄が見えぬからな」
縄を解き終わって立ち上がった政宗は、しれっと言ってくれた。
「はぁ、そうですか。それより、その、助けて頂き有難う御座います……」
なんだか居た堪れなくなって、政宗の元を立ち去ろうとした。
「では、私はこれで失礼いたし」
「待て」
政宗にぐいと腕を引き寄せられた。
勢いよく引っ張られたせいで政宗の胸にぶつかり、丁度抱きつくような格好になった。
「わっ!何するんです」
「馬鹿め!先程捕虜になった者が堂々と正門突破できる訳がなかろうが!!」
「えっ、私、まだ捕虜ですか?助けて持って自由の身じゃないんですか」
ぴったりと政宗にくっ付いた状態で懸命に抗弁するも「当たり前じゃ大馬鹿者め!」
と逆に一喝されてしまった。
「じゃがな………」
言いながら政宗は、左耳に触れるくらい唇を近づけ背中に手を回してきた。
体の曲線を確かめるように指を這わせ、ある言葉を囁いてくれた。
政宗の吐息の熱さを感じると同時に、背中を突き抜ける寒気も感じた。
政宗は手を離してくれたが、送る視線と背中を向ける動きだけで、来いと誘ってくれているのが分かった。
長い廊下を歩き始める彼の後ろ姿を追いかけることにした。
【ambition 】ーEndー
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