休憩
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「ここ、焼鳥屋には見えないんだけど」
そう疑問を呈しても、兼続はすぐには答えてくれなかった。
住んでいる町とはいえ隅々まで熟知しているわけではないので幸村と三成の待つ店へと向かう道程は兼続に任せっきりにして歩いていた。
その結果、外見がまるで小城のようなこの建物に入った。
自分にとっては初めて入る建物だが兼続は慣れたように廊下を進み、数ヵ所あるドアの一つの前で急に立ち止まった。
このドアのむこうにテナントの如く焼鳥屋が存在するのだろうか。
可能性は、なくはないのだろうが、建物内は高級感漂う非現実的な空間で大衆向けの店があるとは考えにくい。
そしてどうも兼続の様子が不審だ。
灯りに彩られた繁華街を歩いている最中は、いつも通りよく喋っていたのに、ここに入ってから兼続はぴたりと無口になったのだ。
二人きりでいるとき、あやしげな言動を展開してくるのは日常茶飯事で慣れてきたのだが、今は急に静かで特別あやしげなのだ。
「焼鳥屋ではない。だが飲食をし歓談することも可能ではある」
「え、幸村は?三成は?二人と焼鳥屋で待ち合わせだっていったよね?」
どういう意味かと疑うように問いただしても、兼続は、そうだな、と適当な相槌を打つだけで黙ったまま表情を変えはしない。
なにか物凄く変だ、物凄く……。
飲食出来るとは言うものの暖簾をくぐり入店したわけでもないし、店員の姿も見ていない。
「ねえ、ここ何?」
第六感的直感で怪しさはある種の確信へ変わってきた。
「ねえ、兼続、何考えてるの」
そう聴くと、兼続がドアを開けて、腕を掴んで引っ張ってきたのでバランスを崩し室内へとなだれ込んだ。
わっ、と声が出て転びそうになるところをしっかりと兼続が支えてくれているが、突然の暴挙に感謝するわけもないし、兼続に抱きつくような格好は非常に不本意であった。
「ちょっと兼続!いきなり何するの!びっくりするしあぶないってば」
むっとした顔と声で抗議して、ばっと体を引き離しても兼続は悪びれていない。
「兼続、どういうつもり?早く二人のところに行こうよ。この建物のどこかにいるの?」
強めの口調で問うと、何を考えているのかまったく読めない兼続が、やっとまともにこちらを見つめてきた。
「三成と幸村と合流する前に私にはひとつやっておかなければならない用がある」
二人が此処にいるのかという質問には答えてくれないが、解説の始まりを予感させる喋り出しにいつもの兼続だと、ほんの少し安心した。
「やっておかなければならないこと……それは名無しさんを抱くということだ。これは今の私にとって最重要かつ可及的速やかに為さねばならぬことなのだ」
「ちょっとちょっと!真面目ぶって何を言ってるの!?」
この男、今、抱くって言った!?
全っ然安心できない!
「真面目ぶっているわけではない。
真面目に、真剣に言っているのだ。名無しさんを抱きたいのだ」
「はい!?いやいやいや無理だってば」
「言葉を返すようだが私のほうこそ無理なのだ。名無しさんがそのようなお色気満載の装いで私が何も感じず、何もせず黙っていられるだろうか、否、いられるはずもない。
私は煩悩を棄て去った僧ではない。
ただの健康的な男子だ。
今のそなたを見て欲情し抱きたいと願うこの感情はまったくもって健康的な男子の抱く一般的な心理状態だ。
特に私は心身ともに良好だという自負がある。つまり私のこの心理行動はまさに摂理道理にかなったことといえるわけで」
「そんなこと言われたって、はいそうですね、わかりました、なんて騙されないからね。くだらないこと言ってないで早く二人と合流しようよ」
長い解説のせいで一見理屈の通る言い分に思えてうっかりうなずきそうになるが、言ってることは所詮しょうもない変態的要求の押売りなのだ。
騙される訳にはいかない、絶対に。
「名無しさんよ、ようく考えて欲しい。
もし私がこの高まった情欲を解放せず胸にくすぶらせたままとなれば、三成と幸村が同席して飲食をする傍ら、私はそなたに熱い眼差しを無言で浴びせ放題、淫らな妄想を悶々と膨らませ放題、まさに視姦に等しい行為をし続けるわけだ。三成と幸村がいる場で、だ。
しかしだな、今一発、私と名無しさんが交わることで私の高まりに高まった情欲は解き放たれ、名無しさんも公共の場、三成と幸村がいる場で視姦される状況を回避することが出来るのだ。
さあ、悪い条件ではない、むしろそなたに有益な選択肢を提案しているぞ」
早口だが、憎たらしいくらい滑舌がいいので全て聞き取れてしまうからなおのこと腹立たしい。
それに兼続の発言を聴いていると、自分が辱しめられているような気分になり不愉快なのだ。
「あー、もう!それ以上言わなくていいって!」
諦めで心が折れていくのがわかった。
「……わかったってば……もう。……早くしてよ」
「ありがとう。嫌がっているのに積極的ではないか。名無しさんはそういう趣向だったろうか。だが積極的なのはとても嬉しい。出来ればいつもそうであって」
「そういう意味の早くしてーじゃないってば。
だって、時間がかかったら三成と幸村に不自然がられるでしょ。そう思われながら一緒にごはん食べるのは気まずすぎてあたしが堪えられないの、そういうのが一番イヤなの」
「わかった、出来る限り短時間で名無しさんを堪能するように心がけよう」
ありがとう、と自分もうっかり感謝の意を伝えそうになるが言葉を呑み込んだ。
なんてったって兼続の変態で卑猥な欲求の為に自分が気を遣う必要性など全くないのだから。
「だがひとつ誤解しないで欲しい。
私は本来短時間で事を済ませる性分ではない。というよりもじっくり時間をかけたいほうだ。
自らだけが気持ち良くなるような一方的感情が先行する粗雑な情交は好まない。相手にとっても納得ゆくような抱き方を心掛けている。
つまり名無しさんにも気持ち良くなって貰い心も躰も満足をして」
「はいはいはい。もうじゅうぶんわかりましたから。
聴いてるだけで恥ずかしいから。早くしてよ」
「ありがとう、名無しさん。次はしっかりと時間を確保した上で臨むことを約束しよう」
「はいはい」
相変わらずの模範的笑顔で感謝の意を述べてくる兼続に精一杯の呆れ顔で応えた。
次もあるのかよ、と思いながらも、それが嫌ではない自分がつくづくイヤになった。
【休憩】
‐End‐
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