妝い
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「どうした?!そんな、いやらしい格好でどうしたというのだ?」
出掛ける直前、うっかりこの男、直江兼続に遭遇してしまった。
「え、ヤらしいって……やっぱりこの服似合ってないかな」
「いや、似合っている。とても似合っている。似合いすぎて困惑するくらいだ」
「どういうこと?」
兼続のがっつくような食い気味すぎる言い方も顔つきもとても気持ち悪かった。
「そんなお色気を醸し出してどこへ行くというのだ?」
「……もう、兼続と話したくないんだけど……。ただ久しぶりに会う友達と夜ご飯食べに行くだけだよ」
「友達!?それは同性か?異性か?」
「女友達だよ」
「そうか、よかった」
何がいいのだ、と心の中で悪態をついた。
「なぜなら、そのような服装で男に会っては、か弱き名無しさんなど食事どころか名無しさん自身がたちまち喰われてしまうからだ。あぁとんでもない。想像しただけで……もう危険過ぎる」
とんでもなく危険なのはあんたのほうだよ。
心の中で呟いた。
「しかし、会合に男が来ないとはいえ、その服装での外出はやはりいただけぬ」
「何がそんなにダメなのかな。普通のシンプルなワンピースでしょ」
膝が隠れるかどうかくらいの丈感だってある。ほかに肌見えする箇所といっても、せいぜい鎖骨が見えるボートネックな首もとくらいで、全体的に見ても決して露出度は高くないのだ。
「それだ、それ」
片手で頭を抱えながら兼続が足元を指差してきた。
「ストッキングが?そんなにダメ?」
黒いストッキングを履いているのだ。
伝線すると肌色のそれよりもさらに目立つから普段は避けていたが、夕御飯を食べて、歓談するくらいの短時間ならいいかと思って珍しく履いているのだ。
「あぁ、そうだそれだ、男に酷く淫らな欲を掻き立てる劇物だ。けしからん。今こうして私が平常心を保っていられるのが奇跡なくらいだ」
全然保ってねぇよ。
心の中でツッコミを入れた。
「もう、女同士なんだから、変な欲剥き出しの人なんて出ないよ!おかしな想像をするのは兼続だけだよ!」
「名無しさん、私はそなたの身を案じて警鐘を打ち鳴らしている、このままでは名無しさんの貞操が」
「もー!不要な鐘は鳴らさないで!着替えるのも面倒くさいからこのままで行くよ、じゃあね」
「……ということなのだ。緊急事態だ」
「どういうことかさっぱりわからん」
「わからないなりの解釈ではありますが、名無しさん殿がエッチな服装だから、外出させたくない、ということですかね」
幸村の淡々とした発言に、三成が吹き出して腹を抱えて震えだした。
「幸村の解釈でほぼそのとおり、と言いたいが、もうひとつ重要なことがある」
「……なんだ?」
まだ笑いから完全に立ち直っていない三成が聞いた。
「名無しさんが本当に女子会に行くのか、という点だ。万が一男と会う恐れもなくはない。しかし名無しさんのあの様子では嘘をついているとは思えない。私はわかる」
「……おい、まどろっこしいぞ。名無しさんのプライベートな付き合いが気になるんなら正直にそう言えよ」
「ううむ……わかった。告白しよう。名無しさんの私的な付き合いがとても気になる。非常に気になる」
「では話を纏めましょう。兼続殿はエッチな服装で外出する名無しさん殿が気になる。
そして、名無しさん殿が男性と会うわけではないという確信はある。
でも、女性同士の集まりではあっても名無しさん殿のプライベートが気になって仕方がないから覗き見したい、そんなところですかね」
また三成が顔を手で覆って笑い始めた。
「こら!幸村!とてもわかりやすい説明だが、まるで私が変態かつ覗き魔のようではないか!」
「……間違っては……いないだろう」
呼吸を整えながら三成が声を絞り出した。
「で、兼続殿はどうするんです。名無しさん殿のプライベートをこっそりと覗きにでも行くんですか」
「うむ、決して覗きではないぞ、お色気満載の名無しさんの身を守る保護目的で監視をしようと思う。幸村も三成も気になるのだろう。共に行こうではないか」
「俺は行かんぞ、時間の無駄だ」
幸村よりも早く三成が反論した。
「わたしは……兼続殿に同行しようと思います。名無しさん殿にご迷惑がかからぬ程度に見守るならば是非協力したいです」
「はあ?!幸村、ホントに行くのか?」
「はい、名無しさん殿がどれくらいエッチな服装をしているのかわかりませんが、何かあっては危ないですからね。三成殿も本当は心配なのではありませんか?一緒に行きましょうよ」
「……」
幸村から“エッチ”という単語が発せられるたびに三成の口元がむずむずしていた。
「さあ!三成も行こうではないか!大切な名無しさんが不埒な輩の毒牙にかかるのを阻止するのだ!」
無駄に張り切る兼続を余所に、三成が難しい顔をしながら、頭を抱えて考えていたが、ふっと深く息を吐いて諦めたような顔に変わった。
「わかった、兼続の覗き癖にはまったく賛同できんが、幸村の進言に俺は乗る。俺も行こう」
「よし、義士三名出陣だ!」
兼続が声を張り上げた。
「あ、なんか懐かしいノリですね!」
幸村が嬉々として片手を突き上げた。
「確かに久しぶりだな。しかし、こんな変態紙一重のミッションに義を振りかざすとは、俺らの義も安っぽくなったものだ」
やれやれといった様子で、三成も愛用の鉄扇を掲げていた
一旦散会し、それぞれ準備したのち出掛けることになったが、座席確保のために兼続だけは一人先乗りし、そこへ三成と幸村が合流することにした。
「幸村、その格好どうした?」
「ああ、これは隠密ミッションの基本動作、変装ですよ」
支度を終え、再び三成の部屋に戻ってきた幸村の服装は、彼のテーマカラーともいえる赤色を避けモノトーンで統一されていた。
髪もいつもとは違う分け目で、八、二位にし、撫で付けるようなセットの仕方だ。
それにメガネをかけていた。
ウェリントン型と呼ばれる逆台形のレンズに細いメタルフレームのものだった。
「幸村、それは変装ではなく、単なるオシャレだろう」
「えっ、そうですか?これは、政宗殿から頂いたものなんですよね。勿体無いかなぁと思い、普段はあまり身につけていなかったのですが、こういう機会に使えるかなと思いまして」
「そういうことか。
まあ、ぱっと見、真田幸村とはわからんが、そのなんというか……一見知的でドライそうだが、その実、中身はムッツリスケベなやり手の若手弁護士という感じだ」
「えぇ!そんなイヤらしく見えますかね!」
「いや、俺の偏見だ。それにとても似合っているから気にしないで欲しい」
三成がそう言っても、『でもムッツリスケベっぽく見えるのは気になりますね』と言いながらうんうん幸村は悩んでいた。
そんな幸村が面白くて、三成は笑っていた。
「三成殿も多少変装したほうがよいのでは」
「そうだな。とりあえず、着替えてこよう」
三成が奥に引っ込んで、衣装箪笥を開閉する音が聞こえてきた。
程無くすると、装い新たに幸村の前に登場してみせた。
「あ、いいと思います」
三成も幸村同様、テーマカラーの赤色をはずし藤色の着物を身につけていた。
髪の毛も滅多に結ばない三成が、後頭部で一本に結わえていた。
「変装は気乗りがせん。普段の俺っぽくない格好をするくらいでいいだろ」
「ええ、いけると思いますよ。
それにその髪型もとてもお似合いで……なんか兼続殿みたいですね」
「……髪型は変えよう。だんごにする」
そう言って三成は、直ぐに一本結びにしていた髪を軽くゆるめ、丸くまとめた。
「三成殿、おだんご姿もお似合いですね」
「そうか?」
「ええ、中性的な美しさが増しましです。
まるで半兵衛殿のようで」
「……なんだか微妙な気分だ」
たて続けに幸村に褒められて悪い気分ではないはずの三成だが、言葉通り微妙な顔しか出来なかった。
***
「兼続が既にいるのだろう」
「ええ、そういうことになってます。
でも同じ店内っていうのも少々大胆すぎますよね」
「しかし、何処に座ってる?」
三成と幸村は、兼続の待つ店へと到着した。
先駆けた兼続が待つこの店は名無しさんが来ている店でもある為、不用意に歩き回っても、このまま突っ立っていても、名無しさんと鉢合わせる恐れはあるので、一定の緊張感のもと兼続の姿を探していた。
幸村が店員に待ち合わせしていると聞いてみると、兼続のいるテーブルに案内された。
その席に居座る男を見た三成は、ぎょっとした。
「おい、お前、兼続か?」
なぜ三成が敢えて問うたのか。
直江兼続と思われる男が白いフードを目深に被り、一見して本人かどうか判断がつかなかったからだ。
「勿論、私だ」
その男は、被っているフードを半分位ずらして、顔を見せて答えた。
「お前、なんだその格好、まさか」
「言わずもがな、尾行の基本動作、変装だ。顔を隠さねば名無しさんにバレてしまうからな」
「ですよね、やっぱり変装必要ですよね」
幸村が楽しそうに賛同した。
三成は呆れて溜め息を吐いた。
「おい、そのヤリイカみたいな白いフード、逆に目立ってるぞ。怪しいぞ」
「これは頭巾だぞ」
「頭巾でも帽子でもなんでも構わんが脱げ。お前のは変装でなく仮装だ」
「そうか?まあ、三成がそういうのなら仕方あるまい。私としては、三成も幸村も手緩い変装だと思うのだがな」
不満を残す兼続だったが、三成の指示通り白い頭巾を脱いだのだった。
「あ……兼続殿、被り物を脱いだらもう兼続殿ってバレバレですね。髪をほどいてみたらいかがです」
「うむ」
幸村の勧めに従い、兼続が髪をほどいた。
「ついでだ。前髪の分け目も変えてしまえ」
兼続の了解も待たず、三成は中央分けの兼続の前髪を七三くらいの割合に変えた。
「似合いますね、すごく」
「ああ、普段からこっちのほうがいいんじゃないのか」
二人が口々に言うと、雰囲気がかなり変わった兼続がテーブルの上で手を組んで姿勢を正した。
「だがな、こうだと普段の幸村とかぶってしまうだろう。髪色も髪型もかぶってしまってはよくない。
だから私は中央分けなのだ。
まあ、そこは三成とかぶってしまうともいえるが、三成とは髪色も異なるし、私は髪を結んでいるから十分に区別化がなされている」
神妙な面持ちで兼続が解説した。
「なるほどな、確かに」
三成が妙に納得した様子で深く頷いていた。
「で、名無しさん殿はどちらに」
話がやや脱線しかけたところで、幸村が本題へ戻そうと切り出してきた。
「あそこだ」と答える兼続から見て、そこは斜め向かいの位置で、他のテーブル二つ分を挟む距離にあった。
壁際にあって半個室といえる席で、六人くらいは入れそうだ。
三成と幸村の背後に位置するため、彼ら二人は、ほんの一瞬一度だけ、さっと振り向いて確認をした。
「名無しさん殿、いましたね」
「あぁ、いたな」
幸村と三成は頷きあった。
「結構近いですし、兼続殿はメガネもかけたほうがいいんじゃないですか。わたしは背中向けてるから大丈夫なんで、これ貸しますよ」
「いや!それだけはいかん!」
幸村がメガネをはずそうとしたそのとき、兼続は相当な剣幕で抗議した。
「えー、どうしてですか?度は入っていませんよ」
「そこがいかんのだ。伊達眼鏡だからだ!
“伊達”と冠のつくものを私が身に付けるわけにはいかぬ。しかも幸村の身に付けているものは、まさに政宗に見立てて貰った品々だろう」
「あ、分かります?そのとおりです」
「だろう、すぐわかるぞ。政宗の、あいつの審美眼は理解しているつもりだからな」
「……お前って本当に政宗のこと嫌いなのか、よくわからんときがある」
「三成よ、私は政宗が嫌いなのではない。
相容れないのだ」
兼続が真剣に言いきっても、三成は、やっぱりよくわからん、と腕を組んで背もたれに寄りかかった。
「兼続、やはりお前は位置的にバレる危険性が高すぎる。
前言撤回だ、伊達メガネがいやなら、さっきのイカみたいな帽子をもう一度被っておけ。見た目の奇っ怪さよりも顔を隠すほうが優先だ」
「頭巾な。そうだろう、やはり必要だろう」
兼続は、言ったとおりだろうと得意気な顔をしたのち、再びその顔を白い頭巾で三分の二くらい隠した。
「ぱっと見て、名無しさん殿は女性のみといましたね、兼続殿の予想通りでしたね」
「ああ、先ほどから観察しているが男は来ない。名無しさんの言ったとおり女同士の晩餐で間違いなかった。
ちなみに名無しさんは、とてものびのびと健やかに歓談している。いきいきしていて実に楽しそうだ」
安心したという風に兼続が言った。
「結果論だが、別に女同士の付き合いなど、わざわざ覗かんでもよかったんじゃないか」
三成が兼続の頭巾のとんがり部分を見ながら言った。
「女性同士でのディナーという事実確認がこの目で出来て、わたしはよかったですけどね。万が一名無しさん殿が知らない男性と会っていたらどうしようなんてドキドキしていましたから」
ほっとした笑顔をする幸村を、三成がちらりと見た。
「私も、名無しさんを追いかけてきて良かったと思っている。
彼女にこういう一面があるということを知らなかったし、知ろうともしなかった。
普段の名無しさんは仕事をするばかりで公休以外で休暇をとることもほぼ無し。終業後やたまの休みがあっても、誰かの都合で動かされていることが殆んどだと思う。
名無しさん自身がこうしたいとか、ここへ行きたいとか、名無しさんが自らの為だけに何かをしているところを自分の眼で見てみたくなったのだ」
三成は一瞬だけ兼続を見たが、視線をやや下に向け、口を開こうとはしなかった。
「兼続殿って、たまに物凄く深いことを言いますよね」
幸村は感心した様子でそう答えた。
「名無しさんが同年代かつ同性の友人と語らっている姿を初めて見た。
私自身が望んでやったこととはいえ、見たことのない彼女の素顔や世界を覗き見てしまって、正直、結構衝撃を受けている」
言葉とは反対に兼続が整然と言っても、三成は腕を組んだままで何を意見することもなく、ただ押し黙っていた。
***
店の外に出て、五分くらい立ち話をした後、女友達との集まりは終わり、解散となった。
数年前なら、もう一軒、なんてこともあったのだが今はほとんどなくなった。
色んな意味でそれぞれの生活があるから、食事を終えたら、いさぎよくじゃあまたね、というほうがしっくりとくるようになったからだ。
これはきっと大人になったということだと思う。
別方向に去って行く友人を完全に見送り、さあ帰るか、と城の方向へ歩き始めようとしたときだった。
「名無しさん」
背後から声をかけられ、振り向くと、見覚えのない怪しげな人物がそこにはいた。
「えっ!?だれ?」
その怪しげな人物は白いフードを目深に被っていた。
新手の悪質な客引きか、はたまた変質者か、そんな警戒心が湧いてきたが、まだ人通りも十分ある時間帯なのでそこまで恐怖は感じなかった。
だが、なぜ自分の名前を知っているのだろうか。
後ずさりして距離をとると、その人物は白いフードを取ってくれた。
「なんだぁ、兼続か。もうビックリさせないでよ」
「すまなかった。驚かせるつもりはなかった」
兼続は笑顔だった。
髪型がいつもと違うことに気がついた。
「それより、なんでここにいるの?」
「名無しさんが夜出歩くのが心配でな、迎えに来てしまった」
「え、そんな、わざわざ来てくれたの?これくらいの時間だったら一人でも大丈夫なのに。でも、ありがとう」
出掛ける前に変態的な言動でこの私服をあれこれ評価された件は、正直鬱陶しかった。
そう態度で示したのにも関わらず、こんな風に追いかけてきてくれる兼続は、口先だけじゃなく最後まで自分に世話を焼いてくれる“かなりイイヤツ”なのだ。
「今いるのは私ひとりだが、三成も幸村も名無しさんの身を案じて、ついてきてくれた」
「えっ、そうなの」
「ああ。二人は先に店に行って席を確保している。幸村お勧めの焼鳥屋なのだが、名無しさんも行かぬか?」
「うん!行く、絶対行く!」
幸村のオススメの店なんてものすごく興味があるし、兼続、三成、幸村の三人と席を共に出来るなんて、実は初めての機会でとても楽しそうだからだ。
「そうか。では行こうか」
兼続がにっこりと笑って店の方向へ歩くよう促してくれた。
並んで歩いてくれる兼続はいつもと髪型が違って、新鮮で魅力的に映った。
本人に言えば調子に乗ってとんでもないことになりそうだから絶対に言わないが、素直にカッコいいのだ。
「名無しさんが、この誘いに乗ってくれて嬉しい反面、少々残念な気持ちもある」
「え?どういうこと?」
「もし、名無しさんが行かない、このまま城に帰るという選択をしたら、私は単独で名無しさんを城まで送るつもりだった。さらに部屋まで送り、そのままお色気満載の装いの名無しさんに手を出して、そして身に纏っているものを……」
「あー、もう言わなくっていいよ!聞かなきゃよかった。やっぱり兼続って変態なんだから!」
顔から足先まで、特にワンピースから出ている膝から下に熱い視線を注いでくる兼続の言葉を途中で思いっきり遮ってやった。
蔑むように白い目をしてみせても、兼続は何てこともないように例の模範的笑顔を浮かべては余裕の足取りで歩いているのだ。
――エピローグ――
「なんか、みんな今日は雰囲気が違うね。
まるで変装してるみたい」
三人をぐるりと見てそう聞いた。
「三成は何色を着ても似合うのね。
それに髪、結ぶの初めて見た。しかもおだんご。なんかそういうイメージなかったから可愛い」
「別に。たまに普段と異なる格好をしたって構わんだろう。単なる気分的な問題だ、特別な意味などない。
それよりなお前、誉め言葉をもっと選べ。
可愛いなんて言われて喜ぶ男は童貞だけだぞ」
誉めたはずなのに、三成がむすっとして、そっぽを向いてしまった。
「わたしは、おしゃれのつもりなんです」
こういうときの三成の取り扱いが上手い幸村が絶妙な間で話に入ってきてくれた。
「三成殿、あんな表情ですが、喜んでいると思います」と小声で教えてくれた。
そんな幸村は眼鏡をかけていた。
「今日の幸村、すっごくオシャレだね。
幸村って、メガネ似合うんだね。
いつもはアクティブなイメージがあったけど、そういう落ち着いた知的な感じも凄く素敵。大人の色気を感じるよ」
幸村の私服は滅多に見られないだけにこんなにセンスがよかったのかと、ついつい誉め言葉が止まらなくなってしまった。
なぜか幸村は「わたし自身がオシャレなわけではないんですよね……」といっているけれど、三成とは違って素直に誉め言葉を受け止めて、照れた顔をみせてくれている。
「……ねぇ、一番気になるのは……兼続のそれなんだけど」
兼続がさっきまで被っていたが、今は座席の傍らに置かれている白いとんがり帽を指差した。
「その真イカみたいな帽子はなに?オシャレでかぶるにしてはちょっとネタっぽいし、ウケ狙いなの?」
「これは頭巾だ、そして私は決してお笑い担当ではないぞ。本気でかぶっているのだ」
「本気?」
「そうだ、これを本気でかぶることで隠密行動の基本中の基本ともいえる本気の変装をし、名無しさんの目を欺いて……」
「おい、名無しさん。お前のそれは兼続の言ったとおりだったな」
猪口を片手にした三成が、急に話に割って入ってきた。
「えっ、いったとおりって何が?」
「お前のその服装だ。よくもまあそんな格好で外出できたものだ。ある意味、裸よりも恥ずかしいぞ」
「ええー!三成、そこまでいう!?
酔っ払ってるんじゃないの?おかしなこといわないでよ」
「俺は極めて平常だ。おかしなのはお前のそのエロい格好とそれをチョイスしたお前の脳みそだ」
兼続だけでなく三成にまで服装のことを言われるなんて。
兼続にならがっつりと文句を言えるのだが、三成に言うと倍々返し以上で逆襲されるから、ただ言われるがままを飲み込んで、ただただ溜め息を吐き出すしかないのだ。
それに幸村がいる前で、これ以上エロいだのなんだのという話を広げられたくない。
そう思って幸村のほうをちらっと見ると、彼の様子はどこかおかしかった。
「すみません、わたしも……名無しさん殿のその服装はちょっとエッチだと思います」
困ったような優しい笑顔の幸村から、遠慮がちに言われてしまった。
それを聞いた三成が吹き出して、珍しく笑っていた。
「幸村まで……。一体、あたしは何を着ればいいの……」
「安心しろ、私は名無しさんのその装いは好きだぞ」
「もう!もとはといえば兼続が変なこと言い出したのが原因なんだからね!」
黙ってろと思い、むっとして兼続のほうを見やると、いつもよりもカッコいいものだからうっかり怯んでしまい、そんな自分に対しまた深く溜め息を吐いた。
二度と彼らの前ではこの格好はしない。
そう心に強く誓った。
【妝い】
‐終‐
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