彼らの彼女
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ちょうど業務終了時間。
この部屋から去ろうとする名無しさんを目当てに竹中半兵衛は現れた。
「名無しさん、お仕事おつかれさまー」
「お疲れ様です。半兵衛様も今日のお仕事は終わりですか」
「うん、そんなところ。このタイミングでここに来れば名無しさんがいると思ってね」
半兵衛は、部屋の主、石田三成をちらりと見た。
「なんです、じろじろ見ないで下さいよ」
三成が追い払うように視線をずらした。
「ねぇ名無しさん、今日の夜、食事でもどう?」
「あ……ごめんなさい、実はたまたま予定が入っていて」
半兵衛は怪しむような目付きで三成のほうをまた向いた。
「俺ではない、見ないで下さい」
三成は睨み返すと、すぐに名無しさんへと視線を移した。
かの半兵衛も三成から名無しさんへと視線を戻した。
逃れ得ない二人分の視線に刺され名無しさんは困っていた。
「あの、今日の夜は飲み会っていうかその……同窓会みたいなものがあるの」
「えぇー!名無しさん、同窓会なんて浮気不倫のキッカケ上位3位以内には入っちゃうとんでもないイベントだよ!オレがいながらそういう卑猥なイベントに行っちゃうわけ?」
半兵衛が騒ぎ立てながら名無しさんへと詰め寄っていく。
「浮気?不倫?そもそもお前ら付き合ってないだろ」
呆れ顔の三成が聞こえないくらいの声でボソリと云った。
「そんなあやしげな飲み会じゃないですよ。ただ同級生の女友達と集まって食事をする程度のものです」
「ふーん、ホント?ホンっトに女の子だけなの?」
「本当ですよ」
「それならまあ……許す」
「許す?どの立場でモノを言ってるのだか」
また三成が聞こえないくらいの声で呟いた。
「あ、でも二次会とかそういうのはないので、その用事が終わったあとならいかがですか」
三成の目がぴくりと動いた。
「ホント!?全然いいよー、じゃあオレもその時間に合わせて街中いるようにするから待ち合わせねー」
「つまらんな……一息に断ればいいものを」
またまた三成が小さく不満を漏らした。
「はい、わたし、このお店にいるので……住所がここなので……」
「うんうん。じゃあオレ、いい時間に名無しさんのいる店の周辺にいるから」
「はい、お願いします。それじゃあ、またあとで」
名無しさんが一礼して部屋を出ていった。
三成と笑顔の半兵衛が部屋に残った。
半兵衛は笑顔を少しだけ崩し、座ったままで三成のほうへ向き直った。
「みーつーなーりー、全部聞こえてるっての。言いたいことあるんなら大きな声でハッキリと言いなよ」
「俺の部屋で騒ぐな、デートの約束を取り付けるな、鬱陶しい。そう言いたいですね」
「へぇー、じゃあさ、一緒に行かない?」
「はあ!? なぜ、俺が行かねばならん。
貴方とあいつ二人で勝手に楽しめばいいだろう」
「気にならないの?名無しさんのプライベートな付き合い。オレさ、少ーし早く行って名無しさんが本当に女子会楽しんでるのか覗こうと思って!だってあの名無しさんが城外の誰かと会うっていうのは超レアケースなんだよ、三成だって本音は確かめたくて仕方ないんじゃないの?」
超レアケース、その点に関しては確かにそのとおりだと三成は思った。
「のぞきとは天才軍師様にお似合いの素晴らしいご趣味ですね。俺はあいつのプライベートにさほど興味はない」
「もー、本当に女子会だって信じてんの?
男と会うかもなーんて、これっぽっちも疑ってないの?」
「あいつが嘘とか隠し事をすれば俺はすぐわかる。あの様子じゃ、真実をそのまま話している」
「うっわ、すっごい自信だね。キミと名無しさんのふかーい信頼関係ってヤツ?妬けちゃうね」
「……」
「じゃあ、自信満々な三成は本当に行かなくていいのかな」
「しつこいですよ、行きません」
「万が一名無しさんがさ、男と会ってたらオレ許せないかもね。いや、オレ以上に顔が良くて、頭も良くて、金もあって、あっちも上手で……なんていうパーフェクトなメンズならオレも納得するけどさぁ……」
「そうじゃなかったらムカつくでしょ、すんごく」
半兵衛が暗い邪な笑みを張り付けていた。
大袈裟で芝居がかった言い方だとは思うが、演技だとしてもハマり過ぎていて気味が悪い。
三成は斜め下を向いて考えていた。
「……わかりましたよ、俺も行きますよ」
「えー、マジで?本気で来てくれるの?」
「誘ったの貴方だろ、今更来るなは無しだ」
「はいはい、わかってるってば、じゃあ一緒にいこー」
三成にとって名無しさんが誰と会おうが、そこは大きな問題ではなかった。
――オレ、何するかわかんないよ
目の前のこの男が暗にそう訴えている可能性も拭い去れない、そう思えたのだ。
***
いらっしゃいませ、二名様ですね。
そんな店員の言葉をほぼ無視し勝手に窓側まで歩いていく横柄な男を見て、三成は呆れていた。
「座りたい席がある、空いているし構わんだろ。あと……」
なぜフォローしなければならないと思いつつも、さっさと座って背もたれに図々しく寄り掛かっている半兵衛についていき、テーブルを挟んで三成も腰かけた。
「ここ、ここ!ほら、ここだとよーく見えるんだよね名無しさんのいるお店」
半分外に出ているようなテラス席で、隣の店がそれはもうよく見えるのだ。
「絶好のビューポイントとはな。この短時間で随分周到に考えていたものだ」
「だってさ、陣取りなんて戦の基本でしょ」
「覗きなんていうゲスい真似に天才的軍略を活用くださるとは見事な安売だな」
「ありがと。三成に褒められるときゅんとするね」
「……おい。それより近すぎないか?名無しさんにバレるぞ」
「だいじょーぶ、ほら、オレ今日は帽子脱いでるから、名無しさんにとっての“いつもの半兵衛様”じゃないし、それにこんな時間、こんなところにオレがいるなんてぜーったい思ってないって」
背もたれにだらんとしたまま、半兵衛が頭を指差していた。
「……で、そろそろ教えてくださいよ。胡散臭い演技をみせてまで俺を呼んだのはなぜだ?」
「あ、わかっちゃってたー?さっすが三成。ただね、君とゴハンでも食べに行きたかったんだ」
半兵衛が頬杖をついたまま、はははと笑っていた。
「それだけか?」
「うん、シンプルにそれだけ」
「くだらん」
「だって、三成、オレが普通にメシ食いに行こうなんて誘ったって来てくれないでしょ」
「そうですね、行きません」
「おごってあげるよって言っても来ないでしょ」
「はい、行きません」
「でしょー、だーかーら、ちょっと変化球を投げてみたの。名無しさんをダシにすれば来るかなぁってね」
「極めてくだらん」
ただの変化球じゃなくて、決め球だろう。
そう三成は思った。
「はぁー、本当にキミってトゲトゲしてるよね。
昔は半兵衛様、半兵衛様ってあんなに可愛く懐いてくれたのにさぁ、偉くなったらオレの名前すら呼んでくれなくなったもんね、あー悲しいな、さびしいなぁ」
「は、俺がいつ貴方になつきました?作り話はやめてくださいよ」
「でも、その三成のトゲトゲした感じ、オレはキラいじゃないの。むしろ好き!かわいい!くらいに思ってる。あ、言っとくけど誤解しないでよ。オレ、そういう趣味ないんで!あくまでも後輩可愛さってヤツです!」
「誰が誤解するものか、俺だってそんな趣味はない」
他人の話を聞いていないようで聞いていたり、一方的に喋り続けたり、実にマイペースな男だ。
三成の中で半兵衛は昔からこうで、ちっとも変わってはいない。
お待たせしましたーとの店員の声とともに山盛りのフライドポテトとコーラ、そして冷たい緑茶がテーブルに置かれていった。
「え、三成頼んでくれてたの?」
「だって、貴方いつも頼んでたじゃないですか。それとももう好み変わりました?」
「ありがとー。まったくもって今でも大好き。やっぱ三成は気が利くよね、しかもこれしっかりゼロカロリーのヤツなんでしょ」
コーラの入ったグラスを指差して半兵衛が言った。
「そうですよ。二杯目からは自分で選んでくださいよ。あと、食前のスイーツとやらも自分で選んでください」
半兵衛にメニューを差し出した三成は、自分用にオーダーした緑茶を口にした。
「あ!名無しさんがいるね」
半兵衛の一声に三成も反応して、隣の店へ視線を移した。
「おい、あれ」
「うっそ、話が違うね」
席についた名無しさん以外を見て、彼らは軽く予想を裏切られていた。
***
名無しさんは困っていた。
店の前での待ち合わせに行ってみると、仲の良い女友達が待っていた。そこまではいい。
だが、聞いてない顔がいた。
男だ。
しかも名前はわかるが話したことは殆んどない、そんなレベルだった。
驚いて女友達を小突いて、なんで、聞いてないと声を抑えて問い掛けた。
「だって、言ったらサプライズにならないでしょ。名無しさん彼氏いないんじゃなかった?」
見当違いな答えが返ってきてげんなりした。
全員揃ったときには男女四対四となり、もはや同窓会というより単なる合コンだった。
今は男女はっきりと分けられて向かい合わせに座らせられている。
女友達だけと囲むはずだったテーブルは思っていたものと、まったく毛色の違うものになっていた。
半兵衛には男は来ないなんて宣言していたのに、実際の状況は異なってしまっていてそのことも非常に気になる。
しかし、最も困っているのはこの集まりの中身だ。
今どんな仕事をしているか、とかどのあたりに住んでいるかとか、そういう話から始まった。
城に入って働いているというと、スゴいだのなんだの言われがちで、事務方なので大した役回りではないことを説明するのが若干面倒ではあったが、まだ我慢できた。
次は昔話。
これも女友達と会えば同様の話になるので二番煎じな感覚もあったが、まだマシなものだった。
最終的に話す話題が尽きると、恋愛系統の話に行き着いてしまうのだ。
これがひどいものだった。
「名無しさんちゃんって雰囲気変わったよね。いい意味で」
「だよね、名無しさんって、昔は男の人に興味なんて全然無かった感じなのに、こんなに大人っぽくキレイになっちゃったんだよ」
「本当に付き合ってる人いないの?もったいない」
こういう遣り取りが物凄く面倒臭い。
上っ面だけの会話ばかりで、互いの腹の中を探り合うような真似や、当たり前のことを大袈裟に言って、面白くもない話で互いを持ち上げようとして、ホントにくだらなくて、本当につまらないのだ。
こんなにつまらないと思うのは、きっと普段接している彼らと比較してしまうからだ。
いまここで行われている駆け引きや話の中身なんて、彼らとのそれに比べれば、無味乾燥そのものだ。
それでも、こういうのを旨くやりきるのが大人の付き合いとか社交的とかいうのだろう。
けれど、あいにく今日の自分はそういうノリで来てはいない。
こんな合コンまがいな飲み会を想定してはいなかったから、のっけからひどく冷めきった気持ちだし、モチベーションなんて駄々下がり、否、そもそも持ち合わせてすらいない。
もう、ほんっとうにくだらない!
***
「あぁ、くだらん」
「ほんっと、くだらないね」
三成と半兵衛は全員を品評しつつ、ある一人の男をターゲティングして、好き放題言っていた。
「顔はまあまあ、 万人受けするマニュアルどおりの服装髪型。そこそこ場を盛り上げるトークスクリプト持ちってところかな。
会話の中心になっている風には見えるね。
ま、ここからじゃ何喋ってるかまではわかんないけどさ。
きっと、そこそこ金に余裕があって、で、自分にめっちゃ自信がある。
あー、オレああいうヤツ大っ嫌い。
あの低くも高くもない鼻っ柱叩き折ってやりたい」
言い終えて、半兵衛はポテトを口に入れた。
「上っ面よく加工していやがるが、実際大したことないのはよくわかる。
外見という生まれながらの才能に恵まれない人間の限界というヤツだな。哀れなものだ。あの調子じゃ頭も弱いだろう。
一見リア充、中身スカスカ、中途半端なつまらん低俗野郎だ。そんなやつと飲食して俺を待たせるとは、実に無駄な時間の使い方だ。途中で切り上げろ、捨てろ、帰ってこい」
三成もポテトを口にすると、おしぼりで指を拭った。
「っていうか、名無しさんは男なんて来ないっていってたのにーウソつきー」
「確かにな」
棒読み口調の半兵衛とは別に、三成は名無しさんと席全体を見て考えていた。
「はめられたんだろ。行ってみたら聞かされていないメンツがいた。しかも男。ご丁寧に男女比揃えて実質合コン、そんなところだろ」
「へぇー、三成はそう思うんだ。あくまで名無しさんはウソついてないって思うんだ」
「まぁな」
「そんなに信じているんだねぇ。いいねー、離れていても話さなくても彼女のことなら何でも分かってあげられちゃうんだ。スゴい!」
「いちいち茶化すな。だってあいつのあの様子を見てみろ」
分かってるくせに、と顎を動かして指し示した。
「うん、名無しさんにこにこ笑ってるね、可愛い。でもね、あれは」
「愛想笑い」
二人で声を揃えた。
「しかも、超愛想笑い。あんなに模範的な笑顔の名無しさんは見たことないかも」
「兼続譲りの嘘臭いエセ笑顔だ。あれはきっと相当つまらんのだ」
兼続譲りと聞いて半兵衛が吹き出していた。
「じゃあ、想定外な合コンに巻き込まれて、想定外のつまらなさに困ってる名無しさんを早いとこ助けてあげなきゃね」
「あぁ、あんなザマを見せられてな、段々イラついてきた」
三成が急に卓を叩いて、ポテトの皿ががちゃっと音をたてた。
半兵衛もわざとらしくバウンドするリアクションをしてみせた。
「わっ、なに? 三成、ヤキモチ妬いてるの?」
「んなわけないだろう。あんなくだらん合コンもどきでへらへら笑い続けるあいつの時間の使い方に腹が立っているだけだ。このまま終わるまでのんびりとポテトを食って待ってられん」
露骨に苛立ちを顔に出しながら、またポテトを口に放る三成を見て、半兵衛はにやけていた。
山盛りだったフライドポテトは四分の一くらいにまで減っていた。
食べたのは、ほとんどが半兵衛だ。
「もし、このままほっといたら、流れ流され二次会コースも有り得るんだろーね」
「絶対に行かせん。
で、どうする、半兵衛様。何か策はあるんですか」
三成の聞き方に半兵衛がはっと嬉しそうな顔に変わった。
「まあ、力押しってあんま好きじゃないけど、こういうときは正面きって強行突破でしょ」
「素直に無策といえばいいでしょう」
「だってさー、わざわざ策を練らなくたって、あそこに颯爽と登場して華麗に名無しさんを奪還!っていうのが一番カッコよくない?」
「カッコいいかどうかは知らんが、一番手っ取り早い」
「ふふー、み、つ、な、り」
半兵衛は頬杖をつきながら、首を傾げて含み笑いをみせた。
「なんですか、気持ち悪い喋り方だな」
「キミがさ、名無しさんを迎えに行ってあげなよ。
オレ、先輩としてキミに花を持たせてあげる。ほーら、行っておいで」
「本当、いっつもそればっかり、相変わらずですね」
三成は思う。
この人は変わっていない。
実年齢にそぐわない容姿を利用して、上目遣いで訴える人心掌握術。
年を取っていない、若返っているんじゃないのか、そう思える瞬間すらある――
「いいだろう。俺がやる。言っておくが、貴方に頼まれて仕方なくやる。そして俺はもう待てんほどイラついている。理由はただのそれだけだ。貸しを作ったなんて思わないでくださいよ」
「はいはい、わかったから。
じゃあよろしく。オレ、先に店に行って席取ってるよー。
オレたちのカワイイお姫様とイケメン王子が無事帰還するのをふんぞり返って待ってるからねー」
オレたち、という箇所が三成は少し気になったが、上機嫌にひらひらと手を振って出入口方向に歩いていく半兵衛を黙って見送った。
半兵衛の手には伝票が握られていた。
さりげなく会計してくれるあたり、伊達に先輩気取りではない、そう感じながら重くもない腰をあげた。
***
手荒い場の蛇口をひねって水を止めた。
ハンカチで手を拭い、正面の鏡で自身の顔を見てみた。
目尻がぴくっと痙攣している。
愛想笑いのし過ぎが原因だろう。
今は、こうして席を立つことが出来たが、再びあの雰囲気に戻らなければならないのは非常に憂鬱だ。
時間が早く進まないだろうか、本当に早いところ終って半兵衛と合流したい。
いやだいやだと思いながら、席に戻ろうと手洗い場を出て少し歩くと、誰かが立ち塞がっていた。
目の前のその人物の顔を見て驚嘆した。
「えっ!何でここにいるの?なにしてるの?」
なぜか三成がこの店内に現れたのだ。
しかも不機嫌な顔をしている。
「あの人に誘われて俺は仕方なく出て来た。そしてお前を待っていた。
だが、あまりにもお前が待たせるものだからイラついてきた。それで早々に回収に来た」
「回収?え、え、よくわからない。半兵衛様と三成が?一緒に?どうして?」
モノじゃないんだからというツッコミはさておき、普段は不機嫌な三成に深く突っ込んで聞くことはしないが今はそうはいかない。
この場に半兵衛ではなく三成が現れたことへのサプライズ感に加え、その三成が敬遠している筈の半兵衛と一緒に街に出てきたという事実が信じられず、疑問系の言葉が止められないのだ。
「説明が面倒臭い。とにかく、だ。今すぐこのくだらん不毛なクソつまらない合同コンパから即、離脱しろ」
「え、でも、何にも言わずに勝手に帰るのはさすがにマズいよ。せめて一言いってから……」
三成が腕を引っ張ってくるが、思わず抵抗した。
くだらない不毛なつまらない合コンという点は大いに共感するが、黙っていなくなるのは気が引けるからだ。
「優柔不断で流され放題、気遣いの塊なお前があのテーブルに戻って、一言発してすぐ帰れるのか?」
「う……で、できると思い……」
「お前のことだ、どうせ捕まってだらだらと話し込み、挙げ句帰るタイミングを逃す姿が如実に目に浮かぶ。
いいか、俺はな、長時間待たされただけでなく二軒目の店を想定してポテトしか食っていないんだ。非常に腹が減っていて輪をかけてイラついている。だから本気で、早く、確実に遂行しろ」
「う、がんばる……」
自信はない。
けれど、頼んではいないとはいえ三成がお腹を空かせてまで待っていたと思うと、やらねばという気にはなる。
だけど、なんて言えばうまいこと抜け出せるだろう、どうしようか……。
無言でじっと考え込む様子を見てか、三成が更にイラついた溜め息を吐いた。
「ああ、お前のその決断力の無さに心底腹が立つ。もう行くぞ。俺自身を理由にしてやるから俺に合わせろよ、いいな」
「え、どういうこと?」
三成にぐいと腕を引っ張られ、なかば引きずられるような感じで、元いたテーブルへと連れていかれた。
「あ、遅かったね、名無しさん……」
言いかけた女友達含め、男女七人の目線が一斉に自分、三成の順に注がれた。
特に女性みんなは、目がぱっと見開かれ輝いているようにすら見える。
これは間違いなく石田三成に魅せられているのだ。
「この女は俺が声をかけた。よって持ち帰る、それを言いに来た」
この台詞、つまるところナンパした設定ということなのか。
少々の驚きと疑問の視線を三成に送ってみると、『話を合わせろ、失敗するな、やりきれ』というプレッシャーを鋭い視線でじわじわと与えてくる。
すごくすごく高圧的だ。
「そ……そうなの、今、席をはずしているときに、こんなにカッコいい人に話しかけられちゃって……」
三成は少し驚いたような顔をしているので、なにかマズったか、と一瞬思ったが、乗り掛かった勢いは止められない。
「あたし、すっごく……タイプなの、こういう綺麗でクールなカッコいい人!もう、どストライクにタイプ!
だから、この人についていくので、ここで抜けます!
……あ、これ会費です。では、さようなら、お先に失礼します!」
財布から紙幣を取り出し、卓上に置いて軽く会釈をした。
ぱっと三成の腕に自分の腕を絡ませた。
「じゃあ、いきましょう」
「ああ」
三成に声をかけると、絡ませた腕に力を込めて応えてくれた。
腕を組んだまま二人で店の出入口まで歩いていった。
あっという間の出来事に呆気にとられたのだろう。
即興で仕掛けた下手な芝居のつもりだったが、仲の良い女友達も他の誰も全く何も言ってこなかった。
店の外に出たので腕を離そうとすると、三成がそれを許さなかった。
「着くまでこのままでいろ。後ろ見てみろ」
三成が背後に目配せをしたので見てみると、残してきた女友達含めた数人が店内から出てきて、自分と三成が去り行く様を見届けているのだ。
「あ、見られてる」
「馬鹿馬鹿しいと思っていても最後までやりきれ。俺らにとっては茶番だとしても、あいつらにとっては真実になる」
三成は前を向いて腕を組んだまま、冷静に告げた。
「なんか、どうもありがとう……。いきなり三成がいてビックリしたよ。
けど、お陰で助かったよ。
正直つまらなくって、早く終われってそればっかり考えててさ」
「だろうな。まあ、さっきのは、お前にしてはその場の思いつきのわりによくまあ流暢に喋れていたものだ。そこは評価してやる」
「思いつきじゃないよ。
三成のことは、綺麗で格好いいって思ってるよ。初めて会ったときから今もずっと」
「……くだらん」
「そう言われると思ったよ」
「おい、ところで、お前が今夜あの人と二人きりの時間を楽しみにしていたとしても、俺は気を遣って帰ることはしないぞ」
「当たり前じゃん、それでいいに決まってるでしょ。三成と半兵衛様の共演なんてレアすぎて超面白そうだもん」
微妙な顔に変わった三成と目が合ったが、隠すようにすぐに逆のほうを向かれてしまった。
「半兵衛が奢ってくれるそうだ。しかも〆パフェとかデザート系が自慢のとこらしい。まぁ俺は腹が減っているから、がっつり主食を注文する。
で、可愛い後輩としてあの人の顔を一層立ててやる為に最も高い酒も頼んでやるつもりだ。お前も店一番の高級デザートを頼んでやれ」
「はいはい、承知しました」
三成が珍しく半兵衛の名を口にしたことについ嬉しい気持ちになり笑ってしまった。
腕は組んだままで、半兵衛の待つ店へと歩き続けた。
【彼らの彼女】
‐End‐
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