unabashed
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「こうしてゆっくりと呑める時間があると落ち着くな。身一つでは足りない程の忙しさに参っていたからな」
「そんなに活き活きとした口調で言われてもまるで説得力がないぞ。少しも参っているようには聞こえん」
「三成は疲れているみたいだな。……否、三成は日頃から疲れた顔をしているな」
「お前のその元気の良さが異常なのだよ。
何故そんなに気力が有り余っているのか俺には全く解せないぞ」
『unabashed』
仏頂面の三成が吐き捨てるのを前に、兼続は杯に注がれた酒を勢い良く喉へと流し込んだ。
空一面が黒に染まり、夜も深まりつつあるこの刻、二人は三成の部屋で酒を酌み交わしていた。
最近は互いに多忙で、執務上顔を合わせることはあっても、自由の利く時間というものを取ることは殆ど出来ていなかった。
故にこうして、二人だけで話をするのは久々であった。
一旦会話が止まり、二人の間に無言の時が生まれた。
そこで先に切り出したのは兼続だった。
「最近名無しさんとは会っているか?」
何という前触れも無く、突然、名無しさんの話題を持ち出した。
三成がどんな反応をするのか試そうという腹積もりでもあるのだろうか。しかし、落ち着き払ったさり気ない口ぶりの兼続にそんな気配は全く感じられない。
「まあ、たまに見る。
あいつの部屋がこの廊の並びにあるから当たり前だがな」
三成は質問の内容に動じる様子も無く、愛想の無い淡々とした口調で応えた。
「では兼続、お前はどうなのだ、名無しさんとは?」
この質問は漠然とした、只々無愛想な物言いだ。が、同時に兼続と名無しさんの二人がまるで男女の仲にあるかのような言い方でもある。
これも無関心さを装いながら、相手から情報の核心を引き出すことを心得ている三成の策なのか。
「以前に比べて、顔を合わせる機会も少なくなったし、気軽に喋り合うことも無くなったな。
それに今、私と名無しさんは友という間柄ではないのだ」
兼続が流暢に言い切ると三成も口を開いた。
「そうか。俺は名無しさんのことは、そこそこ買っているがな」
「石田三成らしくもないな。お前が誰かを良く言うなんて珍しい」
「まぁ、女の癖になかなか頭も切れるし、下からの評判も悪くないようだしな。だが……」
三成は言いかけると、杯を口元へと運び、ゆっくりと傾けた。
「……だがな、俺はあいつの馬鹿みたいにお人好し気質な点がどうにも好かん。
周りの者に無駄に気を回しすぎだ。
もう少し他人を疑ったり、欺いたりすることを覚えなければあいつはいつか足元を掬われるぞ」
三成はひとしきり言って、残りの酒を一息に呷ると不服そうに視線を下へと落とした。
「そうだな。名無しさんは素直で嘘がつけないし、人を裏切ることなど絶対しないからな。
この乱世で名無しさんのような者は滅多にいないな。
だから三成は名無しさんのことを買っている……気に入っているんだろう?」
「どうだかな」
「三成もたまには素直になればいいものを。今は私以外誰も聞いていない」
兼続の諭すような口調に三成は落としていた視線を訝しげなものに変え、兼続へと向けた。
「素直でないのは兼続のほうだろう。先程は名無しさんのことを友ではないと言っていた癖に今は随分と良く言っているではないか」
三成は、咎めるような、かつ極めて冷静な口調で問いただした。
「友では無い名無しさんの事を其処まで良く云う理由は何だ?
友では無いならば、名無しさんの事を女として見ているということか?
名無しさんを一人の女として好いているのか?」
言い終えると、三成は視線を逸らすことなく、じっと兼続の返答を待っていた。
対する兼続も三成の鋭い視線を黙って受け止めていた。
どちらとも口を開こうとしない空白の時が夜の静寂に染めつけられていく。
しかし暫く続くと思われた沈黙は呆気なく破られた。
「三成がいきなり真剣な顔で詰め寄ってきたかと思えば……。
どうやら酔っているようだな。三成は酒が入った時は冗談を言うようになるからな」
兼続は笑いながら三成の言葉を軽く流した。
すると、三成も兼続の返答が想定していたものだったのだろう。
やはりな、という何とも冷めたような諦めたような笑みを浮かべた。
「ああ、少し酔いが回ってきたようだ。
なに、お前の本心がどんなものなのか、お前の口から直接訊いてみたかったのだ。
たまにはこうして酒の勢いに任せてみるのも悪くないだろう?」
「そうだな、悪くないな。だが三成、酒は呑んでも呑まれぬようにな」
「俺は酒で理性を失ってしまう程、愚かではないつもりだ。
それより兼続こそ呑まれてしまわぬようにな。
女には……特にな」
「また面白い冗談を云ったな」
二人は、微かに酔いを憶えた目を合わせて含み笑った。
***
「……では三成、色々と面倒をかけることになるな。済まないが宜しく頼む」
「あぁ、何も気にするな。万事任せろ」
「有り難いな。三成にならば何を託しても安心できる。実に頼もしいな」
兼続の発言で三成の瞳は妖しげな潤みを帯びた。
「何だったら、名無しさんのことも任せてくれて構わんからな」
「どういう意味だ?」
涼しげに笑いながら聞く兼続に対して、三成も口元を緩ませた。
「そのままの意味だ」
*-**
酔いと眠気で朦朧とした意識の中、瞼に重みを感じながら、三成は独り、自室の天井を見つめていた。
薄暗闇の中、部屋を後にした兼続に語りかけるように呟いた。
お前が誰の元へ向かったか、何をしているかなんて容易く想像が出来る。
でも、安心しろ。
邪魔立てなんて無粋な真似はしない。
それにしても、俺もお前も肝心の本音はいつだって闇の中だな。
本当、お互いに素直じゃないよな
『unabashed』
‐End‐