申立て
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奥州に来て三日目、早くも持て余してきた。
休暇といえど、こう食べて寝ての贅を尽くした生活に堪えられなくなっていた。
このままでは肥えるだけでなく、いっそう堕落した人間に成り下がりそうだ。
「あの、相談があるのですが」
「どうなさいました?」
「何かお仕事、お手伝いさせて欲しいのですが」
「せっかくのお休みなのですから、本当にご遠慮なくゆっくりしてください。名無しさん様にお仕事をさせるのは申し訳ないです」
「申し訳ないのはわたしのほうです。お住まいも着るものもお食事も全てお世話になっていますし。何かわたしに出来るようなことがありましたら是非お手伝いをしたいのです」
自分ごときにやれる仕事を考えて貰うのも手間をかけさせて悪いなと思った。
お願いの姿勢を見た小十郎は少し考えて、頷いてくれた。
「では、この名無しさん様のお気持ちやご意向を全て政宗様にお伝えくださいませ。政宗様が叶えてくれるでしょう」
いま、政宗は居室に一人でいると教えてくれた。
小十郎には何かと聞きやすいのだが、政宗を直接訪ねたことは未だない。
使用人が雇用主に直談判しにいくようなものだから、やりづらい。
でも「私を介して伝えるよりも名無しさん様が直接ご相談されたほうが政宗様は百倍千倍喜びます」と小十郎にいわれたし、暇潰しに用事をくださいと我が儘なお願いをするのだ。
自分からいくのが当たり前と腹を括り政宗の元を訪れた。
「やっと来てくれたではないか」
小十郎のいったとおり政宗は上機嫌だ。
「全然来てくれぬから、わし少しいじけ始めとった」
「すみません。やっぱり、その来づらくて」
「名無しさんとめいっぱい逢瀬を楽しむために、わしの部屋に近いところにしたのに、淋しいのう」
「えっ、おうせって、私の部屋の位置は政宗様が決めたんですか……あー、でも飛び入り参加なのにわたしがどうこういう権利ないですよね、すみません」
政宗の冗談混じりの発言を一回一回本気に受け取ってたじたじな自分が恨めしい。
もっと旨い返しが出来ればいいのに。
案の定政宗は、からかい甲斐がありすぎだと笑うのだ。
「で、名無しさんどうした?わしに話があって来たんじゃろ」
「はい。実はなんだか休みで時間があり過ぎて、とても手持ち無沙汰になってしまって。何かお手伝いしながら日々を過ごしたいなと思って」
「退屈なんじゃな」
「………はい」
こくりと首を振ると、政宗がくすくすと笑いだした。
「ヒマってことじゃな」
「はい」
再び首を縦に振った。政宗の笑う声がより大きくなった。
「よいよい。顔も言葉も素直で結構なことじゃ。
そんな素直で真面目な名無しさんに適任の仕事があるわ」
「本当ですか、どんなことです?」
「うむ、幸村と慶次への恩賞を考えて欲しいのじゃ」
幸村と慶次は奥州に滞在するとき、単純に休暇満喫だけではなく武働きもする。
争乱有事の際は伊達軍を支援し共に戦ってくれたこともあった。
争い事も減少気味な昨今では戦術講義や実戦演習などを城兵から重臣にまでレクチャーしてくれる――政宗はそう教えてくれた。
「……それでな、あやつら金銭欲が無さすぎてな。金は要らぬとタダ働きしようとする。でも流石にそれじゃあ悪いじゃろ。だから物をあげることで謝礼に替えておった。けど今回は、あげるモノがなかなか思いつかなくて困っておる、だから名無しさんの知恵を借りたい」
「なるほど。武器とか防具とかそういう類いのものはダメですか?」
二人の猛将っぷりを道中体感した身として、そういう系統のものが相応しいのではと安直な発想をしてみた。
「その武器防具ネタは去年使ってしまったんじゃ」
「あー、そうですか。じゃあ馬の鞍を新調してあげるというのは」
「そのネタは二年前に使ってしもうた」
「ありゃ、そうですか」
「な、難しいじゃろ。わしもネタ切れでな」
「あの二人が貰って嬉しいものって、なんだろう。難しいですね……」
直感力に冴え、且つおもてなし大好きな政宗でさえネタ切れなのを自分が思い付くなんて、まず無理じゃないか。
「名無しさんならではの視点、女の視点で決めてくれればよい。気負わずテキトーでよいと思う。名無しさんからのプレゼントってだけで例年と違って新鮮じゃろ。あやつら名無しさんが選んだって聞けば何貰っても喜ぶ」
「そうですかね、いや、でも適当でOKといわれると、ますますプレッシャーが」
――取り敢えず考えてみます……といい、借りた筆記具と紙に、なんとなく浮かんだアイデアを箇条書きしてみた。
「政宗様、いくつか思いついたものを書いてみました」
「楽しみじゃ」
政宗がメモを受け取り、じっと見てすぐに吹き出した。
『幸村:食べ物系(お米券、お寿司券、高級肉とか)、幸村はよく食べる。白米好き。白米+白米によく合う美味しいおかず。
大盛り用の茶碗(どんぶり?)等等。
慶次:かぶき。化粧品。アイカラー系、24時間落とさなくても大丈夫なナチュラルコスメ系、高級化粧筆。慶次は結構濃いめのアイメイク』
「なんじゃこれ、めちゃくちゃ笑えるわ」
政宗がメモ紙と腹を抱えて、げらげらと笑い転げている。
心なしか涙目に見える。
「わたしなりに幸村と慶次のイメージから考えてみたんですが、やっぱり変ですよね」
「いや」
政宗はそうひとこと相槌を打つのに精一杯というくらい息があがっていた。
「いや、良いと思う。散々爆笑しておいて言うのもなんじゃが、すんごく良い。これ参考にして、この中から決めよう」
「え、うそ。こんな感じでいいんですか」
「よいわ、面白いわ。あー、今年一番笑うたわ」
政宗は、またメモ用紙をわざとらしくじいっと見つめ、ぷっと吹き出してを繰り返していた。
ひとり遊びを楽しむ子供のようだ。
「そういえばプレゼントする人の中に孫市さんと小十郎さんは入っていないんですか?」
孫市は正式には家臣ではなく雇われ傭兵を自称していたがとても仲良く見えた。
そして小十郎は家臣とはいえ、一目置かれているとても近しい存在。
それぞれ政宗の片腕ともいえるこの二人も特別扱いされるのではないか。
「あー、孫市は数にいれぬわ。除外じゃ」
「ええー孫市さん、入らないんですか!」
ばっさりと切り捨てる物言いについ笑ってしまった。
「小十郎は……常に傍らにおるから、そう特別に何か与えるって考えたことはなかったわ」
小十郎に対しては少し考える素振りを見せてくれた。
「あの、政宗様のお財布から出るものなので、わたしがどうこういうのも図々しいですが、今回は孫市さんと小十郎さんにも日頃のお働きに感謝ということで何かプレゼントするっていうのはどうです」
「名無しさんの思いやりを孫市には、やりとうないわ。それに小十郎は最近ますます毒舌に磨きがかかってわしを小馬鹿にしおる。あやつらに名無しさんの気遣いを分け与えるのは癪じゃな。特に孫市、あやつは絶対調子づくし」
目尻を歪めながらぽつぽつと不満げに述べる政宗だった。
けれど言葉とは別にじっと思案している風でもあった。
「……よい!
わし、名無しさんの進言に乗る。名無しさん、面倒とは思うが孫市と小十郎の分も何か考えてやって欲しい」
「わかりました」
「また、先程のような面白い企画書を見せて欲しい」
「明らかに企画書なんてきちんとしたものじゃないのに。ハードルを上げないでくださいよ」
そんなに面白いものではないと思うんですけどと言い、悩みながら紙上に思い付きを列挙していく。
「書いてみました。どうぞ」
『孫市さん:天下一?奥州一?の色男を自称している。男の色気を格上げするフェロモン香水。1日ハーレムの主になれる権利(そういう系お店?のフリーパス)喫煙者なので洒落たライターや煙草ケースとか。
小十郎さん:メガネ。スペアのメガネを持っているのか?今かけているフレームなしの眼鏡は壊れやすくメンテが大変そう、形状記憶や丈夫なフレームありメガネ(軽量)がいいかも。メガネケースもいいかも』
企画書もとい思いつき書きなぐりメモを手にしてまた政宗はげらげらと笑い出している。
「これも採用じゃ。やっぱり名無しさんのつくる企画書面白いわ」
「誹謗中傷になっていなければいいんですけど」
わりと真剣に考えているんだけどな、と感じつつ、政宗がこんなに笑ってくれるからまあいいかと思うことにした。
【申立て】―End―