clumsy
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「はっ、三成様。名無しさん様は只今御部屋にはいらっしゃいません。
城内にいらっしゃるとは思うのですが……」
「そうか、ならばいい」
言葉を遮って、三成は言った。
『clumsy』
三成が名無しさんと昼の休憩を過ごさなくなって今日で四日目。
名無しさんがいない初めての日は兼続と昼食を共にしたが、その日を最後に三成と兼続は昼休憩を別々に過ごしていた。
三人、別の場所で各々違う仕事をしている。
昼に休憩を挟む時間も各々違っていても当たり前である。
しかしある日、名無しさんが
「ねえ、昼ごはん一緒に食べに行こうよ」
と部屋まで押しかけて来たことから始まった。
初めは、三成も兼続も決まった時間に決まった場所、決まった面子で食事をすることに違和感を感じていた。
特に三成を連れ出すのには一苦労で、『嫌だ、鬱陶しい、面倒だ、貴様らの顔を見ながら飯を食っても何ひとつ見返りがない』などと数えきれないほどの文句を言っていた。
それでも次第に文句の数も減り大人しく付き合うようになった。
他でもない名無しさんがしつこく誘い続けたお陰だ。
三成が冷たく突き放した喋り方をするのは周知の事実だが、下々の者達は三成と会話をする際に尋常でない緊張感と気遣いを常に求められる。
一兵士が骨を折る相手と女が会話するなど無理に等しい。
三成の罵詈雑言に耐えられる筈がない。
しかしそんな三成に名無しさんはめげることなく食い下がっていった。
「まぁまぁ三成、そんなにいやがらないで、ね」
「昼ごはんくらい三成と一緒がいい」
「三成、今日も誘いに来たよ。さ、行こう」
――お前のあまりのしつこさに仕方無く折れてやっていたんだ
毎日、
いつもの場所、
いつもの時間に、
いつもの会話……
だからな、こんなもの俺にとっては無くなったって全く困らない。
寧ろ清々しているぞ。
毎日、毎日『三成、三成』と鬱陶しい奴が来なくなって……
名無しさんが来なくなって、
名無しさんが俺の名前を呼ばなくなって……
名無しさんが俺の前から消えてしまって……
――何だ………
俺は何を考えている?
我に返ると、三成は“いつもの場所”に足を運んでいることに気づいた。
――なぜ、俺はここに来ているんだ
口元が弛んでいた。
自分自身が可笑しくて仕様がないからだ。
あの日も含めて四日連続で名無しさんの部屋を訪れている。
あれほど鬱陶しいと思っていた名無しさんの部屋を。
それだけでも十分に可笑しいのに、今、自分はこの場所に来ている。
なくなっても困ることはないと確信していた、“いつもの時間”を過ごしていた、この場所に。
――俺は、名無しさんが……
「!?」
不意に背後に気配を感じた。
三成が素早く振り向くと、そこには久しく見ない顔があった。
「名無しさん」
先に口を開いたのは三成だった。
「あっ」
名無しさんは、まるで幽霊にでも出くわしたような酷く驚いた顔で何歩か後退りした。
踵を返し、その場から逃げようとするよりも速く、三成は名無しさんの手首を掴んだ。
名無しさんの顔が驚きから怯えた色に変わっていった。
「待て」
名無しさんを睨みつけるが、地面を見つめたまま顔を上げず名無しさんは目を合わせようとしない。
動きもせず黙ったままの名無しさんに焦れったくなった三成は、名無しさんの顎に手を掛け、自らの方へと向かせた。
「名無しさん、俺から逃げることは許さん」
低い調子で脅すように語りかけ名無しさんを壁際まで追い詰めていく。
刺すような目つきをしてやると名無しさんの瞳が不安げに泳いだ。
三成は不思議な感覚に一瞬襲われた。
「……三成……」
「久し振りに俺の名を呼んだな」
名無しさんの頬を指でなぞり、顔全体を両手で包むようにして触れた。
「少し痩せたな」
「……」
黙ったまま、応えるように名無しさんの瞳が憂色に染まる様を見て、三成は再び不思議な感覚に襲われた。
名無しさんに触れたまま三成は続けた。
「お前には聞きたいことがある。
なぜ俺の前から姿を消した?
俺を避けたい訳でもあるのか?」
勿論、自分が原因でないことは重々承知でありながらも聞いている。
「ちがう、三成を……避けてなんかない……」
絞り出すような小さい声で名無しさんが言った。
「信じられんな。
昼過ぎになれば、決まって俺の部屋に押しかけて来ただろう。
こっちは迷惑していたがな、急に止められるとそれもまた不愉快なのだよ」
徐々に核心に近づくように名無しさんを責めていく。
目を逸らすことの許されない名無しさんの顔がみるみるうちに曇っていく。
「じゃあ、こんなのはどうだ?」
不敵な笑みを浮かべて三成は言い放った。
「お前が別の者を避けたいがために、俺はその巻き添えを食らった」
「……!?」
近距離で名無しさんの瞳孔が大きく開いたのが分かった。
「や……ちがう、そんな……」
名無しさんは半泣きになりながらも懸命に否定しようと言葉を紡ぐ。
何度も小さく首を横に振る動きが三成の手にも伝わってくる。
これ以上話題の核心に触れられるのを本気で恐れているようだ。
震える名無しさんを前に三成は満足気な笑みを浮かべた。
顔に触れていた片方の手で名無しさんの髪をさらりと撫でると余裕たっぷりに告げた。
「まぁ今のはあくまでも憶測だ。
いちいち詮索するのも面倒だ。
俺のことを避けたければ、これからも避け続けるがいい。
だがな名無しさん、俺から逃げられると思うなよ」
三成は、怖ろしさと妖しげな美しさすら含んだ表情でそう告げた。
最初は名無しさんにあんな風に迫るつもりは微塵も無かった。
俺も名無しさんも、懐かしさに思いを馳せようとあの場所に来たという気持ちは同じだった筈だ。
だがな、俺から逃げようとする名無しさんを見たらな……
そんな気持ちは直ぐに消え失せたよ。
代わりに沸々と違う感情が湧き上がって来た。
俺は名無しさんを捕らえるためにここに来たんだ……と
名無しさん、お前が恐怖で顔を歪める度に……俺は腹の中が蠢くような不思議な感覚に陥っていた。
俗にいう、“腹黒い”の本当の意味ってこういうことかもな
なぁ、兼続……
お前がどんな方法を使ったのか……
俺がお前の総てを知ることは不可能だが……
名無しさんを『罪悪感』という檻に閉じこめた点は同じだろう?
お前は捕らえて直ぐに平らげてしまったみたいだが、俺は一度解き放ってやったよ。
今日は俺に怯える名無しさんの顔を見れただけで満たされた。
真の楽しみは、空腹になるまで取って置きたくてな。
それで、もう一度狩りに行くんだ
名無しさん、今度は俺から誘いに行く
……丁度、食事どきに
『clumsy』
―END―