暇潰し
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「ねえ、三成いるー?」
中性的で無邪気そうな声色だ。
この声の主の中身を知っていれば、わざとらしくて、逆に不機嫌がかっているようにも聴こえた。
やはり来たかと三成は面倒臭そうな顔で応じた。
「ノックくらいできないんですか」
「はは、三成とオレの仲だから、ついユルくなっちゃった」
「で、何の用です」
「三成に聞きたいことがあってさ」
今、自室には兼続が来ている。
この人と兼続がバッティングすると更に面倒なことになると心底嫌気がした。
「これは半兵衛殿、お疲れ様です」
「やあやあいつも仲良しお二人さんだね、おつかれさまー。ねーねー名無しさん暫くいないってどーいうこと??」
「いちいちあいつ関連のことで俺の部屋に来ないでください」
「だってさ、名無しさんのことを愛でてやまない三成くんに聞くのが一番手っ取り早く情報を得られるからさ」
「……あいつは暫くいません。これキッカケに名無しさんにこだわるのもおやめになってはいかがですか。半兵衛様ともあろうお方ならもっと相応しい相手がいらっしゃるでしょうし」
「もーライバル減らしたいからってそんな言い方しちゃって。しっかし、オレと三成の仲でこんな大事なこと事後報告なんて悲しいね」
半兵衛はちらりと三成を横目で見た。
「奇遇ですな、半兵衛殿。名無しさんの件は私も前日前夜に知った身です。三成とは熱い義で結ばれた間柄と自負していただけに寸前まで知らされなかったことは非常に遺憾でした」
唐突に兼続も同調するとわざとらしく眉を動かして三成を見た。
半兵衛と兼続は応の意を込めて視線を交わした。
男二人の間に奇妙な結託感が生まれた瞬間だった。
最悪だといわんばかりに三成は渋い顔をした。
意気投合した半兵衛と兼続が談笑する様子に放置無視を決め込んでいたが、半兵衛が怪しげな風呂敷包みを持ち込んでいるのが気になった。
「……でね、オレ的には名無しさんがいない期間どう過ごすか考えてたんだよね」
「私も同じことを考えておりました。名無しさんがいないので、日々の生活の癒し、潤いや楽しみを根こそぎ奪われたような心境でありますから」
「名無しさんいないの淋しいよねー。
でさ、さすがにね、名無しさんがいない間、誠実な男を気取って堅実質素に過ごすっていうのはムリだけど、オレもいい年だし、本気をみせるにはふらふら遊び歩くわけにもいかないからさ」
「名無しさんに対する熱い想いならば私も負けませんが、半兵衛殿は何か奇策があるのですな。お聞かせ願いたい」
「そ!じゃーん」
半兵衛が風呂敷から手際よくほどいて妙な装置を取り出した。
三成は嫌な予感がした。
「VRってヤツ。これで暇潰しをしようかと思って。これだと臨場感ハンパないよ」
「近未来な装置ですな」
「2Pでゲーム楽しむ目的でゴーグル二つ買ったからさ。ほら兼続も着けてみなよ」
何の断りもいれず手慣れた様子で配線と機器のセッティングを進める半兵衛を見て、三成の嫌な予感は的中し始めた。
「……ほう!これはいい!」
「でしょ」
「本当に、ここに、いるみたいですな」
よく喋る男二人はテレビゲームを始めた。
異国の古代大陸で三勢力が戦い合った歴史をモチーフにしたアクションゲームだ。
特にVR初見の兼続はオープニングムービー画面で異常に高揚したテンションをみせた。
機械的なゴーグルで顔の5分の2くらいを覆った大人の男二名が両手を突き出しながらボルテージ高くはしゃぐ異様な光景だ。
「おい、俺の部屋で騒ぐな」
三成は呆れながらも取り敢えずそれだけ言って冷ややかな目線を送るだけにした。
名無しさんの長期休暇の件を知らせなかった負い目ではないが業務時間外だから小うるさく注意しなくてもいいだろうというだけだ。
「これは臨場感が凄まじいですな」
「ね、今までの2Dゲーム観を覆されるよ」
「本当に戦場で戦っているようです、心身が引き締まります」
「兼続、初めてとは思えないくらい上手だね」
「昔、同名の旧作品を嗜んだことがありますゆえ。このような近代的な装置ではなく完全な二次元画面でしたが。あのときは夜分遅くまでやり込んだな、三成よ」
「……」
遠い日を懐かしむ兼続に急に話を振られ、三成は微妙な顔をした。
兼続のいうとおりだった。
過去作品で全武将のパラメータを最高値にしたり全ユニーク武器を取得したりと、やり込んでいた日々があった。
それこそ自室に兼続が来て夜遅くまでプレイしていたのだ。
幸村と慶次もよく来ていた。
幸村は戦場では見事な手腕だが、ことテレビゲームとなると不器用でマップがわからないとよく迷子になっていた。
慶次は実戦同様ゲームでも天性の反射神経や勘で無類の強さを誇っていた。
兼続も持ち前の器用さを発揮し高難易度だろうとクセのあるキャラクターだろうとそつなくこなしていた。
ただいちいち各ステージと各キャラへの重厚な解説が入ってくるから、その度にくどいと注意していた記憶があった。
「ねー、実際の戦もこれだけ客観的に捉えられれば訳無いんだけどね」
「そうですな、このような二次元媒体上ですと開幕早々単騎駆けで総大将に突撃することが可能です。即勝敗を決することも可能」
「いいね、そんな戦い、損害が少なくて済むよ」
「そうですな、尊い民の命が一つでも多く守れるなら本懐です」
また随分、極端で真剣な話題を放り込んでくるなと三成は考えていた。
それにしても、アクションゲームをやりながらこれだけべらべらと喋ることが出来る大人はこの二人くらいかもしれない。そんなことも思っていた。
「これはいかん!地雷地帯に入ってしまった。どこを歩いても爆発してしまう」
「伏兵、まじ最悪ー、弓矢の雨あられなんだけど」
「さて肉饅頭はどこにあるのかな。この体力の減り具合では二つ三つ欲しい。壺を片っ端から割っていこう」
「レベル上げたいから総大将残しで全員倒したいとこだけど、難易度高いからあんま悠長にマップ駆け回ってると味方のほうが陥落しちゃうんだよねー」
成人した男二名分の大人気なくはしゃぐ声量とゲーム音に三成は呆れるだけでなく、頭を抱えたくなった。
「お前ら本格的に五月蝿いぞ。他所でやれ。俺の部屋から出ていけ」
「だって三成の部屋が一番大画面だし、広いし、居心地いいし、プレイ環境として最適だし」
「三成の部屋は落ち着くのだ。さながら実家のように寛ぐことが出来る最上の雰囲気。
それに今は業務時間外。たまには賑わってもよいではないか」
「……」
「あっ、そうだ!指導力があって面倒見のいい三成にはナビゲートをお願いしよう。隠し武器を取りたいんだよねー、一人じゃどーしても取れないのが何個かあってさ。でも兼続と三成がいればいけそうな気がする」
「やり込みですか、いいですな。では三成、攻略本を見て取得条件を確認してくれ。そして最良の攻略手順を導き出して我らに指示を頼む」
「……」
三成は呆れ果てて返す言葉を見失った。
結構本気で苛つきを表明しようともこの男たち、まともに話が通じない。
部屋を好き放題使われ、挙げ句には攻略本片手に隠し武器ゲットの手伝いをしなければならないのか。
いつからか、なぜか自分の部屋は溜まり場的な扱いになった。
幸村が遊びに来るとか名無しさんが終日いるとかそういうのはまったく気にならない、寧ろ望ましいのだが、兼続&半兵衛というクセの強すぎるタイプの来襲に対処するのは相当なエネルギーを浪費するのだ。
しかも今この二人はタッグを組む始末。
あらゆる角度から詰めようと部屋から追い出すのは困難というか不可能だ。
「おい、俺にナビをやらせる以上ちゃんと指示には従え。テレビのボリュームをもう少し絞れ。雑談と実況の口数をもう少し減らして、その余力をステージ攻略に注ぎ込め。
兼続、南西に位置する砦の拠点付近に肉まんが入った壷がある。そこで体力を回復しろ。
半兵衛様はレベル上げしようなんて欲張らずにあくまで武器取得だけを考えてください。
時間ないんですから、うろちょろしない。早く北上して門の前にいる三人の武将をサクッと倒してください。
それに二人にいえることだが乱戦向きのキャラを選びがちだ。このステージでの取得条件は味方武将の生存かつ敵部隊長数名の撃破だ。時間制限があるに等しいからタイマンが得意なキャラを選んだほうが効率がいい。基本千人斬りとか撃破数が絡まず時間制限がある場合は乱戦が得意な武将は選ばんほうがいい」
「はーい」
「相わかった」
***
「スゴい!本当にゲットできた!さっすが、三成だね。やっぱり三成って監督向きだよねえ」
「三成の全容を見極める力と指示の的確さは秀逸だな。業務外の娯楽最中でも出し惜しみせずいかんなく発揮してくれるとは素晴らしい!感動したぞ!」
「終わったんなら早く出ていってくださいよ」
「いや、今日はとことんやり込みたいな。君たち二人が居れば何でもクリア出来そうな気がするんだ。そんなわけで三成くんの部屋に居座らせてください」
「私もお付き合いいたしますぞ。体力の続く限り攻略に勤しみましょう」
三成は、部屋の主である自分の意見など聞きもせず張り切って話を進める勝手な男二人につくづくげんなりした。
「……ゲーム三昧は結構だが俺は腹が減った。ひとまず夕飯と夜食の買い出しだ」
「だね。オレ奢るよ」
「じゃあ、俺と半兵衛様の仲だから遠慮なく希望いいます。あのひつまぶしの店がいいです。テイクアウトの鰻重弁当を前々から食べてみたかったんで」
「おおせのままに。三成のお願いなら喜んで。兼続も鰻食べれる?」
「大好きです。半兵衛殿、あの店はかなりの高級店。大盤振る舞いですな」
「可愛い後輩が『うなぎ食べたい!』なんて可愛いお願いしてくれるんだもん。叶えたげるよ。じゃ、しゅっぱーつ」
ゲーム画面はつけっぱなしで、男三人揃ってがやがやと部屋を出た。
【暇潰し】
―End―