色男登場
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奥州に到着した次の日の夜、城内の一室、中広間で宴会が開かれた。
政宗と小十郎ほか家臣数名、幸村と慶次も参加していた。
開始して三十分程度経過したとき、その人は現れた。
「はじめまして、こんばんは、女神さん。
いや、はじめましてなんて失礼だな。
貴女のような美しい女性に今まで気がつかず出逢わずにいた非礼をまずお詫びしたい」
「あ、はい……」
「この地へ来るまでの長い旅さぞかしお疲れだったろう。
かくいう俺も今この瞬間、恋という名の長い旅を終えた。貴女と出逢えたことで愛という名の終着駅にようやく辿り着いた、そういうことさ」
ここまでキザでナンパな台詞を発し続けられる人に出逢ったのは初めてだ。
その人は音もなくスムーズな所作で隣に腰を下ろした。
「貴女と俺、人生で一番素敵な運命の出逢いに乾杯だ」
グラスを傾け、ムーディーな眼差しを見せ、更に接近しようとしてきたところで、はい、そこまで、と言わんばかりに政宗が割って入ってきた。
「こやつは雑賀孫市。今、名無しさんが体感したとおり息をするように女を口説き始め口説き続ける。だから近づかぬことを推奨する」
「おいおい、政宗、紹介のしかたに悪意しか感じられないぜ。まあモテる男を蹴落としたい気持ち、わからなくもないがな。いつの時代も俺みたいな色男は罪深い存在だからな」
「遅れて登場するのがカッコいいとかモテるとか思っとるおぬしは時代錯誤な男じゃて」
宴会場に途中から入ってきたのは雑賀孫市という男性だった。
政宗の見た目が若いせいもあるが、それを抜きにしても孫市のほうが歳上だろう。
華美な服装ではないのだが、胸元が結構開いていて、大人の男特有の色気や余裕が惜し気もなく放たれている。
それとは別に孫市の服の色合いが好ましいと思っていた。
小十郎を見たときも気になったが、伊達勢はみな緑系を基調とした服装なのだ。
政宗と小十郎、そして新たに登場した孫市も皆デザインは違えど同色系統の装いで、同じユニホームを着用するチームメイト的雰囲気とか仲良しとかに見えるので心が和むのだ。
政宗があっちに座れと幸村と慶次のほうを指示すると、孫市が「やれやれ野郎二人に挟まれるなんてな、色男が機能しなくるぜ」と渋々離れていった。
嫌々顔で離れていったわりには、慶次と幸村との久しぶりの顔合わせに楽しそうにしていた。
離れたところから見ても、孫市は本人の発言どおりいい男かつ色男だ。
きっと黙っていれば、文句なく超モテるのだろう。
でもナンパな軽口を好きだという女も一定数いる。
女側が口数少なくても、孫市が勝手に歯の浮く口説き文句を続けることで『もう、孫市さんってば!』的な応酬がエンドレスに成り立つから楽なのだ。
自分も彼の雰囲気は嫌いではない。
ひたすら女性を立ててくれる姿勢に悪い感じはしないのだ。
それに頼んでもいないのに延々愛の言葉を囁き続けるあたり、今は遠く離れた地にいる義愛の宣伝広告塔男に似ていて妙な懐かしさすら憶えてしまう。
孫市は兼続から変態要素を抜き去って、大人のお色気をプラスした感じかもしれない。
自分もこういう男性は苦手ではなくむしろ好きなほうかも……。
勝手な分析を頭の中でしつつ、目の前のグラスを手に取った。
「どうかな?女神さん、俺のことが気になってしょうがないって顔をしているな。
もう好きになってきているんじゃないか」
「え!」
突然まるで心を読まれたかのように言葉が降ってきた。
孫市だ。
離れた席に座らせられていた筈の彼は自分のすぐ真横まで来ていたのだ。
目を離したつもりはなかったが一瞬の隙をついて近づいてきたのだろう。
「いつの間に……」
「貴女の熱い視線を感じて、いてもたってもいられず舞い戻ってきたのさ。女性からの積極的なアプローチは大歓迎だ。だが男の俺から女神さんのもとに跪き、愛を請うのが礼儀だろう」
片膝をついて語り続ける彼はその言葉どおり自分に跪いているようで、可笑しさが湧いてきた。
「もう、孫市さんってば!
わたしなんかが女神なんて呼ばれるのは恐れ多いです。全世界の女神様に失礼になっちゃいます。わたしのことは名前そのまま名無しさんと呼んでください」
「わかったぜ、名無しさんちゃん、見た目だけじゃない。貴女の名前そのものも素敵だが、こうやって口に出した響きはもっとステキだな」
「ふふ、たくさん持ち上げて褒めてくださってありがとうございます、どうぞよろしくお願いしますね、孫市さん」
読み通り孫市との会話は弾んだ。
初対面なのに酒の力を借りる必要は全くなかった。
***
政宗は普段は鋭いその左眼を歪めていた。
孫市と名無しさんの遣り取りをほぼ一部始終見ていた彼はおもしろくないという顔をしていた。
政宗は、今は一時席を立った名無しさんのところ、つまり孫市の隣にどかっと座り、しらっと冷たく睨み付けた。
「政宗に穴が空くほど見つめられても嬉しくないな。俺は男を口説く趣味はないぜ」
「わしだってないわ。おかしゅうないか?」
「突然なんだよ?」
「呼び方じゃって。なぜ初対面のおぬしが“孫市さん”なんて呼ばれておる?いくらおぬしが軽薄饒舌な口先男だからまあまあ喋りやすいとはいえ納得できぬわ」
「おい、また随分な言い草だな。
俺のせいにするなよ。俺がそう呼ばせてる訳じゃあないんだぜ。女神さん自身の判断でそう呼んでくれてんだよ。まあ、そうさせたのは俺自身の魅力ってヤツかもしれ」
「あー、気にくわぬ」
孫市の発言を遮って政宗はまた不満を洩らした。
「政宗ー、いつも言ってるだろ。
お前、小さなことにこだわりすぎたら前にも進めないし上にだって翔べないぞ」
「わかっておるわ」
ばっと立ち上がり、ずかずかと去っていく政宗を見送りながら孫市が声をかける。
「女神さんに意地悪するなよ。せっかく会えたんだろ。優しくしろよ」
「それもわかっておるって!」
政宗が声を張り上げて早歩きで部屋から出ていった。
孫市は壁に寄りかかると、胸元から取り出した煙草をくわえて火を点けた。
「ほんっとガキだよな」
煙を吐き出して、やれやれという風に孫市は笑った。
名無しさんは化粧室から戻る途中、廊下の角で政宗を見つけた。
彼は柱に背にして、もたれかかっていた。
「あれ、政宗様」
「それ禁止じゃ!“さま”はいらぬわ!」
「ええっ、禁止!?いらない!?……ってどういうことです?」
近づいて話しかけるやいなや、この剣幕に驚くも、政宗は言いたいことが山ほどあるような様相だった。
「"政宗様"も、"政宗殿"も、家臣たちと幸村だけで十分間に合うておる。腹一杯じゃ。
名無しさんもわしのこと政宗って呼べばよいではないか」
「いや、今からは無理ですよ。どうしてこのタイミングで呼び捨てに変えなければならないのでしょう……」
苦笑いをしてやんわり不可能を伝えても政宗は全然納得してくれない。
気持ちはわからなくもないが、呼称を変えるのって思った以上に神経を遣うのだ。
しかも相手は伊達政宗。
今更、“政宗”呼びに切り替えるなんて小恥ずかしくて無理すぎる。
「わしは、そんなに難しいことを言うてないぞ。ただ呼び捨てにせよ、とそれだけじゃ」
「それが難しいんですよ。そんなに馴れ馴れしくするのはおこがましくて」
「馴れ馴れしくてよいって。わしらわりと深ーい仲じゃろ」
「わ、ちょっとそれ以上言わないでください。恥ずかしいですって」
詳しく言ってきそうな勢いの政宗に両手でストップの意を示すと、その手をくいっと引き寄せられた。
「政宗と呼ばねば、もっと恥ずかしいことをするが」
「え……」
両手を捕らえたまま政宗がくるんと位置を入れ換えて壁際に追い詰めてきた。
多分なかなか結構本気モードだ。
「こんなところ誰かに見られたらどうするんです」
「わしは見られようと一向に構わぬ。
見られたほうが案外好都合かもしれぬし。
ほれ、政宗と呼ぶか?恥ずかしい目に遭うか、選ぶがよい」
この二択は、ちっとも自分に有益なことがない。
でもこういうときの政宗は、じゃあいいやと諦めない。満足出来る結果が得られるまで引き下がらないはずだ。
でも、自分としては、やっぱり……
「政宗……くん」
「なんじゃそれ」
政宗が絶妙なタイミングでツッコんでくれた。
彼の口元も両手を掴んでくる力も緩んでいた。
「だって、やっぱり政宗様のこと呼び捨てなんて出来ません。どんなに頑張っても“政宗くん”が限界です」
「出来ぬ理由をもう少し具体的かつ詳しく聞きたい」
笑いを堪えている政宗だが、詰め方が三成ばりに意地悪い。
まるで尋問だ。
こちらは政宗くんですら口にするのもすごく勇気が必要だったというのに。
これ以上何を伝えればいいのだろう。
「だから、つまり呼び捨ては無理です。わたしとしては政宗様って呼びたいんです。政宗様が君主様という立場なのもそうですけど、わたしにとっては、初めて逢ったときからずっと政宗様っていう感じなのです」
顔が熱くなるのを感じながら必死に抗弁し政宗の反応を待った。
「よいわ」
ぷっと政宗が吹き出した。
彼の笑顔があどけなさを取り戻していて安堵した。
「特別な気持ちでわしのこと呼んでくれているって思えたからよいわ。こだわらぬようにする」
「ご理解いただきありがとうございます」
浅くお辞儀をすると、政宗は掴んでいる両手をぱっと離してくれて、代わりに片手を差し出してきた。
「名無しさんと一緒に少し歩きたい。宴会抜け出して夜のお散歩じゃ。今夜は月も綺麗じゃ」
「はい、政宗さまの仰せのままに」
誘う政宗の手を取り歩き始めた。
月夜のデートなんて政宗はロマンチストだなあと思った。
見上げた黒い空には煌々とした月が浮かんでいた。
「『確かに美しい月だが、女神さん、貴女の美しさには叶わない。この夜空のもと最も輝いているのは貴女だ』
なーんて孫市さんなら言ってくれそうですね」
「あー、絶対言うわ。さっすが名無しさんじゃな。この短時間で雑賀孫市という男のことようく分析できとる」
笑い合いながら、月を正面にして二人並んで歩き続けた。
【色男登場】
-End-