アウェイな彼女、ホームの彼
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「最近の政宗様のお働きぶりは素晴らしい」
小十郎の口調は無感動で淡々としていた。
「ああ」
政宗も適当な相槌を打つだけだった。
それよりも、七三分けでも六四分けでも収まりのつきにくくなった前髪のほうがよっぽど気になっていた。
「早く遊びたくて仕方ないと、がむしゃらに宿題を終えようとする小学生のようです」
「まったく誉めてないではないか。完っ全に馬鹿にしておる。ほんっと御主は失礼な男じゃ」
「そうでしょうか。心から称賛していますし、かなり的を得たたとえだと思うのですが」
「的確過ぎるから尚の事無礼なのじゃ」
友人の訪問が控えると、毎回政宗はがつがつ仕事を前倒しでこなす。
そうすると小十郎は今のように茶化すのだ。
「此度はどなた様が来られるのでしょうか。幸村様と慶次様は毎回恒例のお客様。
ああ前回は三成様と兼続様もいらっしゃいましたね。
終始賑やかでしたが、中でもビンゴゲームはあらゆる意味で非常に盛り上がっていましたね」
「そうじゃったな、あの時の兼続は格別にうるさかったわ」
「そんな折り、というのも何ですが、幸村様から文が届いております」
小十郎が手紙を差し出してきた。
「幸村から?」
幸村がもう時期此方に来るのは知っている。
それなのにこのタイミングで改めて手紙をよこすとは、何か都合が悪くなったというキャンセルの連絡だろうか。
すぐに手紙を開封し書かれている内容に目を通していく。
んっ?という疑問声を自分にしか聞こえない息継ぎ程度に発した。
文面をすぐには信じられず、念のためもう一度頭から読み直してみた。
「えー、嘘じゃろ」
今度は小十郎にも聴こえる音量で独り言を発した。
案の定小十郎は何か?という顔をしている。
「政宗様、いかがなさいましたか」
「追加で客室の準備じゃ、上等なのを」
急にそれだけ言われても、小十郎は特に理由を聞かず頷いた。
「承知しました、政宗様」
「頼む。あと、わし、ちょっと出掛けてくる」
「承知しました、行ってらっしゃいませ」
真意を語らない政宗の挙動に微かに眉を動かす小十郎だが、了の意を込めて浅く一礼をした。
【アウェイな彼女、ホームの彼】
政宗の居城に到着したときには昼を過ぎていた。
疲れはあるのだが、それよりもどんな顔をして彼に会えばよいのか、最初の挨拶はお久しぶりですというべきか、お世話になりますというべきか。
はたまた突然申し訳ございませんというべきか、そんなことばかり考えていた。
立ち回りに窮して幸村と慶次の二人の後ろに隠れるようにしていた。
玄関口に現れた政宗の顔を見たら、直ぐに目が合ってしまって彼はにっこりと笑ってくれた。
「おつかれ。長旅ご苦労さんじゃ」
政宗は我々三人に向けて労いの言葉をかけながら自分のほうをしっかりと見つめてくれた。
それだけで両肩が竦んだ。
見た目は若い彼なのだが、城主たるに相応しい威風や余裕が滲み出ていて畏縮してしまうのだ。
「名無しさん、遠路はるばるよう来てくれた」
「あっ、はい、突然すみません」
政宗の愛想の良さにも戸惑って、結局気の利いた返しも出来ない自分は相当下手な作り笑顔をしているだろう。
他に何か礼儀を尽くさねばとおろおろ迷っていると、「お世話になります」「邪魔するぜ」と幸村と慶次は勝手知ったる我が家のように履物を脱いで室内へと上がっていく。
さすが、毎回来てらっしゃるだけあって慣れているなあとその様をぼうっと見ていると、政宗の横からすっと一歩前に出てきた人に会釈をされた。
リムレス眼鏡のよく似合う男性だ。
「奥州へようこそいらっしゃいました。お嬢様」
「あ、お世話になります。お嬢様?って……」
ここに女は自分しかいないので、おずおずと自らを指差してみれば、
「ええ勿論名無しさん様のことです」と品の良い微笑みを返してくれた。
「片倉小十郎と申します。またお会いできて光栄に存じます。このように直接お話をするのは初めてです」
小十郎の言葉にあれ、と目を丸くして以前の記憶を掘り起こしてみる。
「この前、名無しさんのところに行ったとき小十郎もいたんじゃ。名無しさんが気づいておったかは分からぬが、小十郎は名無しさんのことを前から知ってるっていうことじゃ」
記憶に辿りつく前に政宗が補足説明をしてくれて、なんとなく思い出せてきた。
そうだ、この人は政宗の側近の一人だったかも……と。
ややつり上がった形の眼鏡の奥で鋭い眼光を放つ男の人を見た気がする。
でも今、この小十郎という人にそんなキツい印象は感じない。
いたって穏やかで紳士的な雰囲気に思う。
「小十郎、名無しさんを部屋へ案内して欲しい。わし、幸村と慶次の部屋までついていくから」
「政宗殿いいんですよ。私たちはいつもどおり勝手にお部屋まで行けますから」
「部屋の仕様を少し変えてしもうたから説明する。名無しさん、またあとで!」
豪華になったか、部屋一面に金箔でも貼ったかと冗談も交えて三人で盛り上がりながら歩いていくのを見届けた。慶次のデカい笑い声が特に目立っていた。
「では名無しさん様、ご案内します。お荷物を」
お持ちします、と告げられ、流れるような動作に遠慮するのも忘れて手荷物を任せてしまい、小十郎のあとについて廊下を歩き始めた。
「ばたばたとしていて申し訳ございません。
我が主はもてなし好きといいますか、世話焼きといいますかそういう性格でして、ああして自分であくせくと動きたがる節があるんです」
「政宗様ですか、ええ、でもとても気を回してくださるのは素敵だと思いますけど」
「優しいお言葉をありがとうございます。
見た目にも年齢にも不相応なほどの世話焼きな面は、このような日常ではいいのですが困るときもあるのですよ」
「どのようなときですか?」
「おもに仕事上、より細かくいえば戦のときです。陽動作戦のときに自ら囮になりたがるタイプなのです。
あと、少数での奇襲部隊に率先して加わりたがります。私ども部下としては肝が冷えることばかり。あの方には命に関わるハイリスクなことを積極的にやって欲しくないのです。
下々の者に割り振りすべきだといつも言っています。
ああ見えて一国の主なわけですから、安全なところで大局を見ていて欲しいのです」
やれやれと困り顔でいう小十郎に好感が持てて、笑顔で応えた。
部屋に通されると、中は手入れが行き届いていて、一人では持て余してしまう広さがあった。
什器や寝具は勿論のこと、部屋風呂や手洗い場などもあり、長期滞在には困らない設えだ。
「物凄く立派なお部屋ですね。
わたし、飛び入り参加なのにここまでご用意していただいて、すみません、ありがとうございます」
内装設備全てに感嘆しつつ頭を下げると、小十郎が微笑みながら軽く頭を振った。
「とんでもございません。名無しさん様がいらしてくださり、私も政宗様も大変嬉しく思っております。
世話焼きなあの方ですが、どうぞ仲良くしていただければ幸甚です」
仲良く……と言われて少し照れてしまった。
小十郎の言葉に深い意味はないのだろうけど、なんだか自分が勝手に想像し過ぎてしまったのだ。
「ちなみに、この部屋のすぐ近くなのですが」
そういいながら小十郎が廊下に出て、やや早歩きで離れていき、ある部屋の戸の前に立って指先で示してくれた。
「ここが政宗様の居室なので、何かお困りごとやご不明点、必要なものがありましたら政宗様にどうぞご遠慮なく仰ってください」
「えっ、そうなんですか、そんな軽々しくしてもいいんですか」
いや、政宗様と部屋が近すぎます、というツッコミは控えることにした。
「見知らぬ土地、広い城内ですから色々不慣れなことが多いと存じますが、名無しさん様の貴重な休暇のお時間を少しでも快適に過ごしていただきたいのです。
そんなわけで政宗様を存分にご活用ください」
「……あ、はい」
「遠慮は無用でございます。
もちろん、政宗様に言いづらければ私でも使用人たちにでも構いません。
何なりとお申し付けください」
ぺこりとお辞儀で締めくくる小十郎の言動はまるで敏腕執事かホテルの総支配人、そんな印象を受ける。
「では、私はお茶をお持ちしたらすぐに下がります。のちほど我が主が参りますゆえ。
政宗様は色々と名無しさん様のお手伝いをしたがると思います。逆にお手数をおかけしそうですが何卒宜しくお願い致します」
対外的には政宗を下げて会話をし続ける小十郎に慎み深さを感じつつ、くすりと笑ってしまう。
きっと政宗との信頼関係が大大前提にあっての、この小十郎の言動なのだろうと想像が出来た。
「あっ、小十郎さん」
はい、と小さく返事をする声色は心地好く表情は柔らかだ。
「早速で申し訳ないのですが、糸切りばさみをお借りしていいですか」
「承知しました。お持ちしますね」
リムレス眼鏡の奥の眼差しは優しさも知性も含んでいた。
***
『愛』
憎たらしいほど達筆な字体の護符は、まるでミシンでも使ったように細かく丈夫に縫われていて、ぷちぷちと一針ずつ糸をほどいていく作業はそこはかとなく面倒くさかった。
しかも一着だけではなく、下着を除く着替えの全てに珍妙なお札を縫い付けてくれたものだから、あとこれを何回も繰り返すのかと思うと本当に気が滅入る。
わりと着やすくてお気に入りの服ばかりだったのにとんでもないことをしてくれたな、兼続め、ととにかくイライラが募る。
こんな恥ずかしい事情があるのに理由も聴かず、黙って糸切りばさみを貸してくれた小十郎には心底感謝している。
縫い糸を一目ほどくそのたびに遠く離れた兼続へのイラつきを込めつつ、地道な作業を続け、やっとまず一着から全ての縫糸を外して愛のお札を取り去ったところで、戸をノックする音がした。
「はい」と応えると「入ってよいか」と声がした。
自分の予想どおり、小十郎の予告どおり、政宗が訪問してきた。
いまだお札つきの私服も取り去ったお札なんかも纏めてざっと鞄に放り込んで「はいどうぞ」と返事をした。
入室して来た政宗を改めてじっくりと眺めると、センスがいいなあと唸りたくなった。
メインが暗緑色の装いだが半衿の萌黄色が差し色になっていて全体的に地味すぎない。
着こなし方もかっちりとしすぎず、肩の力が抜けているようなラフ感とかこなれ感が格好いい。
髪色・髪型もバランスが良いし、特に前髪のセットは然り気無さ具合が完璧と思えるくらいだ。
前回逢ったときは政宗が訪問してきた側だったけど、今回は迎える側だから自領ゆえの余裕があるのかもしれない。
こういう颯爽とした政宗を見ると、自分って実はとんでもなくダサいかも、と突然気になりだしてしまう。
「ものすごく突然お邪魔してすみません」
「そんなに遠慮せんでよいって、わし的に超嬉しいサプライズじゃ」
「ありがとうございます。そう言って貰えて嬉しいです」
にっと笑って、片目を細める政宗にほっとする。
「なんというか、お久し振りです。
まさかまたお逢いできるとは思いませんでした」
「な、わしも名無しさんと逢えるなんて驚いた、しかも奥州で」
「ですよね、ほんとに。あり得ない展開でした」
「でもこうして実際有り得たわけで。わしと名無しさんって縁があるんじゃろうな」
そう堂々といわれて照れが込み上げたので少しだけ下を向き、話題を変えるのに丁度いいかもと気になっていたことを聴いてみることにする。
「政宗様、髪切りました?ここ最近?」
「……えー、なんでじゃ」
苦々しげに呟く政宗のこの反応ですぐに確信が持てた。
「わかる?なんでわかるのじゃ?」
「いや、なんとなく切りたてのような気がしたので」
「はあ、バレぬよう切りすぎぬ程度に切って欲しいと頼んだのじゃがな」
政宗のいわんとするところは分かるのだが、そんなオーダーの仕方があるのかと、つい笑ってしまう。
「だって、名無しさんに久しぶりに会えるのに、髪の毛だらしないままだとカッコ悪いじゃろ。でもこうやって髪切ったのバレてしもうたんじゃ、もっとカッコ悪いわ、あー恥ずかしいわ」
ぷうっとふくれるようにして、ガッカリと恥ずかしさをハッキリ示す政宗が途端に幼く見えてきて、ある感情を口に出さずにいられなくなった。
「政宗様、かわいいです」
「む、そう言われるともっと恥ずかしいわ」
「だって……本当に可愛いんですもん」
私のためにありがとう、なんて図々しくて口には出せないけれど、わざわざ髪を切って待ってくれていたなんて、凄く胸がきゅんとするのだ。
「名無しさんのほうがずっと可愛いわ」
「うっ、そんなこといわれると照れます」
もじもじとしていると顔も熱くなってきて、隠すように下を向いた。
「ふ、二人して揃って照れ合うなんて可笑しいわ」
片膝を立てて座っていた政宗が立ち上がって衣裳棚の前へ行った。
観音開きのそこを開くと、衣裳がずらりと並んでいた。
「ここにかかっている服、好きに使ってよいから」
「うわ、ありがとうございます。助かります」
これは物凄く助かる。
なにせ変態兼続のせいで最低限の私服が壊滅状態なんですから!と心の中で叫んでみた。
「な、名無しさん、夕飯まで時間あるから城内でも外でも好きに過ごしてよいから」
「ああ、はい」
とりあえず返事だけした自分を見て、政宗が軽くはにかんだ。
「でも、遠くから来て疲れてるじゃろ、部屋でのんびりしててもよいぞ、なんならお昼寝したって構わぬ」
「ふふ、お昼寝って、なんだか子どもみたいですね。でもそうですね、お夕飯までの時間はお部屋でゆっくりしようと思います」
自由行動OKだけど、無理して動き回らなくていいという政宗の気遣いが有り難かった。
実際、長旅で疲れていてゴロゴロしたいなと思っていたのだ。
しかもこの部屋には絶対寝心地が良いだろうというベッドが置かれていて、寝っ転がりたい欲求に駆られていた。
「あ!そうじゃ」
その気持ちを見抜くように俄に政宗がベッドに近づき、そこにぽふっと両腕と顎を載せた。
迫るような上目遣いでじっと見つめてくるので少しどきりとした。
「ん、どうかしました?」
「お昼寝するなら、わし、添い寝しようか?」
狡そうにつり上がる政宗の口元を見て更に心臓がぎくりとした。
「いやいや、大丈夫です!間に合ってます、一人で寝れます!」
政宗の冗談に勢いよく本気で答えてしまった。
「そんなに焦って拒まなくてもよいではないか」
けらけらと政宗は悪戯な笑い声をあげた。
「だって、いきなりそんな風に言われたら焦りますよ……」
「名無しさんって、いじりたくなるんじゃよな」
「急にいじられても、巧いことも面白いことも出来ませんよ」
「十分、おもしろいって。
わし的には冗談混じりの本気だったけど。
ま、わしは焦り過ぎぬようにする。
だって今回は名無しさんと触れ合う時間がたっぷりあるんじゃから、なーんも焦る必要なんてないからじっくりやるわ。
それに、わしには地の利があるからのう」
不適に予言してくる政宗に「ああ、そうですかねえ」と頼りない語尾で苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
きっと今回も自分は、彼に流され振り回される気がしてならない。
ここは奥州。
まだ休暇は始まったばかり。
それに部屋が近すぎる。
【アウェイな彼女、ホームの彼】
-End-