御守り
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品書を見ている間も、注文した定食が運ばれてくるのを待つこの間も兼続はずっと妙な素振りを見せていた。
じっと黙って考え込むような様子を見せたかと思えば、斜め上を向いたり、どこか遠くを見て溜め息をついたりとなんだか落ち着かないのだ。
「おい、さっきから何をそわそわしている。
寝不足でおかしくなったか」
向かい合わせに座る三成は、挙動不審っぷりを目の前で見せ続けられて呆れていた。
「いや、名無しさんは今どの辺りにいるのだろうかと考えていた」
「きっと昼飯がてら休憩してるだろ」
真剣な顔つきのくせにありふれたことを聴いてくる男に、淡々と可もなく不可もない回答をした。
「名無しさんは疲れていないだろうか、元気だろうかと考えれば考えるほど誠に気になって仕方なくてな」
「おい。また都合のいい父性とやらを持ち出して心配しているのか」
「む、今は一人の男として名無しさんの身を案じているのだ。三成は心配ではないのか?名無しさんが体調を崩しているかもしれないのだぞ。しかし名無しさんは周りに気を遣ってばかりで一人で抱え込む性格だ、疲れたとか具合が悪いとか言い出せず一人苦しんでいるかもしれぬのだぞ」
「そうかもしれんが、あいつには絶対に気を遣うな、周りを利用しろくらいの勢いでうざいくらいに言い聞かせた。だからあいつ次第だ。
それに幸村と慶次がいる。あの二人なら色々と小さな変化にも気付くだろう」
「まあそうだ。だがしかし」
兼続は腕を組んで二回頷いたが、まだまだ言い足りないという顔をした。
「だがしかしだ。三成よ、もし名無しさんが慶次も幸村も手の届かぬ状況で危機に陥ったらどうする。もし旅の道程で名無しさんの麗しさに目をつけた輩が現れたらどうする。
其奴がもし隙をついて名無しさんを拐かしたらどうする。
捕らわれた名無しさんは何処に監禁され、薄汚い男共によって酷い仕打ちを受ける筈だ。
あの愛らしい魅力的な名無しさんの躰は下衆い欲求を高ぶらせた品性の欠片もない男たちによって淫靡な拷問にかけられるだろう。
そして名無しさんは助けてやめてと乞い続けても誰の耳にも届かない。ひたすら心も躰も陵辱され続けるのだ。
とんでもない……ああとんでもない。想像するだけで絶望的だ」
「……おい、もしが多いぞ。それにツッコミどころが満載すぎる」
よく喋る心配性な男の想像力豊かさに三成は呆れ果てた。
「名無しさんも大人だし、あいつは適当に慎重で危機意識は持ち合わせているぞ。
それに屈強な男二人を連れ立っている女など誘拐のターゲットに選ばれんぞ。ましてや慶次のようないかにも喧嘩の強そうな男が傍にいるんだ。名無しさんに手を出そうとする身の程知らずは普通いない。
しかもな、お前、名無しさんが監禁されて複数の男に輪姦されるシチュエーションを真っ昼間から即座に妄想できるお前のほうがよっぽどとんでもなく危険な男だ。エロ動画の見すぎだ」
「むむ、三成よ、最近の私はそこまで頻繁に動画視聴をしていないぞ」
「ああわかった、余計なことを聞いた。
いいか、名無しさんが道中危機的状況に陥るような展開など現実では起こり得ない。
それに俺らの手の届かんところにいるんだ。いくら心配したってムダだろ。仕事の割り振りのほうに注力しろ」
「そうだな。三成のいうとおりだ。私はこの地で成すべきことに全力で取り組もう。
実は、私は遠く離れても名無しさんを護ってやれるようきちんと備えをしたのだからな」
「ん、どういう意味だ」
自信満々に何かを告白しようとする兼続の様子に三成は嫌な予感がした。
***
名無しさんは馬車に座ったまま抵抗しない意を込めて両手を軽く上げた。
凶器を持って詰めてくる男二人に荷物のあるところを目線と顎の動きのみで訴えた。
本当は幸村と慶次に助けを求めたいが、幸村の位置からは馬車を挟んで死角となっていて男二人の存在が見えない。
慶次は少し距離が離れているし、馬車が止まったところが悲しいかな廃屋の外壁で遮られる位置関係で、慶次からも男二人は見えないのだ。
だから声を出せば、助けが来るよりも男が持つ小刀でブスリと刺されてしまうほうが速いと判断し危険を冒してまで助けを求めるのを諦めた。
「いいぞ、そんまま静かにしてな。そうすりゃケガしねぇで済む」
凶器をギラつかせる男が鈍い声で言った。
もう一方の男は荷物を見つけ、ガサガサと勝手に中をまさぐっていた。
人の荷物に勝手に触るなよと不快感を露にしたいが、命は惜しいから黙っていた。
この二人が幸村と慶次が戦った八人のごろつき達とどこまで仲間意識があるのかよくわからない。
戦況は幸村・慶次の勝ちが確定だから盗るもの盗って早いところずらかろうと急いでいるのは明らかだ。
男は焦りながら荷物を物色し続けている。
軽くて持ち運びの邪魔にならない財布を探しているのかもしれないが一番底に入れているからなかなか取れないようだ。
ようやく一つ何かを取り出したようだ。
が、男が背を向けているので何を取り出したかまではわからない。
荷物を漁る手を止めた男が不意に振り返った。
とんでもないものを見るような険しい目つきを向けてきている。
「おい、あんた何者だ」
さっき幸村も同じような言葉を浴びせられていたなと思ってしまった。
あんた誰ってこっちの台詞だと言いたいところだが「えっ」とだけ小声で返した。
「なんだよこれ」
そう言った男が見せてきたのは扇子だった。
広げられた扇子の色遣いは紅白、真ん中に大きく漢字一文字、その横には黒い丸がまるで花を形どるように配列されている。
見覚えのある物だった。
「これ、大一大万大吉と九曜紋って
石田三成の旗印と家紋だろ。あんた一体何者だ」
そのとおり、これは石田三成の物なのだ。
これがなぜ自分の荷物に入っているのか。
もちろん自分が入れたわけではない。
状況は切迫しているがすぐに予測ができた。
つまり仕込んでくれたのはこの扇子の持ち主、三成だろうと。
そしてこれは、もしかするとこの状況を打破できるチャンスかもしれない。
「わたしが持っているのは当然です。
石田三成はわたしの夫ですから」
小声でしかしハッキリとハッタリをかましてみた。
荷物を漁っていたほうの男は絶句していた。
その様子に凶器を握る男も戸惑い始めていた。
「訳あってこのような粗末な格好で旅をしているから信じがたいでしょうね。でもその扇が何よりの証明、それに此方と彼方で腕を振るう彼等は真田幸村と前田慶次。どちらも名の通った猛将です」
「マジかよ……」
荷物を漁っていた男が肩を落として、諦めるように手にした扇子を荷物の上にぽとりと置いた。
「えっ、えっ、もしかしてなんかやべえ感じか」
凶器を持つ男は頭の回転が良くないのか理解がワンテンポ以上遅いようだ。
扇子を手に取って不思議そうにしたり呑気に荷物を覗き見たりしているのでさらに追い討ちのハッタリをかますことにする。
「三成は冷静で大局を見る男です。
多少のことでは動じません。
しかし身内が害されたとなれば別。
あなたたちがここで強奪を成功させても身辺を全て調べ上げ地の果てまで追いかけ、必ずや然るべき報復の措置を取ることでしょう。あなたたちへの報復だけでは終わらず一族全てを根絶やしにするかもしれません」
この言葉が効いたのか男はぴたりと荷物を漁る動きを止めて凶器も懐にしまった。
「一族根絶やし!そりゃ勘弁してくれ。俺、石田の治める土地に叔父叔母従兄弟がいんだよ。すんません、本当にすんませんでした。許してください。呪わないでください、呪い殺さないでください」
「良いでしょう、さあ今すぐ立ち去りなさい。さすれば、あなたたちの顔も、働いた無礼も忘れましょう」
だっと全速力で走り去る男二人が見えなくなったところでふっと力が抜けた。
呪い殺すって随分オーバーな表現だなと思いながら荷物を膝の上に置いて三成が仕込んでくれた扇子を見つめた。
命の危機を救ってくれた代物だ。
三成が黙って愛用の扇子を荷物に入れてくれたのは、きっと旅の無事を願うお守り代わりの意味だろうとよきにとらえることにした。
乱された荷物を直そうと中に入っている着替えの服を一度出すことにした。
「……ん?なんだこれ!?」
あまりに驚愕して、緊張感の無い大声を上げてしまった。
ついさっき恐怖に震えていたのが嘘のようなくらいの大きな声だ。
なぜこれほど驚いたかというと、取り出した衣服の内側、背中部分に、おふだのようなモノが縫い付けられているからだ。
おふだに描かれた漢字は『愛』
また違う服を取り出してみた。
やはり『愛』の字のおふだが縫い付けられていた。
すぐにこのおふだの正体が理解できて頭痛がしてきた。
これは兼続愛用の護符だ。
愛の護符は枚数が足りなかったのか知らないが『義』『毘』『兼』という護符が縫い付けられている服もあった。
当然これを縫い付けたのは百パーセントの確率で護符の持ち主、直江兼続にほかならない。
出発前日、自分が玄関前に荷物を置いたあと、服を抜き取り夜通し裁縫仕事をしたのだろう。
想像すると怒りと呆れを通り越して最早目眩がしてくる。
先程のごろつきが呪わないでと恐れおののいていたのは荷物の中からこんな状態の衣服を発見したからだ。
石田三成の妻、かつ、衣服に奇っ怪なおふだを縫い付けた怪し過ぎる呪術師と思われたに違いない。
自分の大声に反応して幸村と慶次が急ぎ駆けつけてくれた。
ごろつき勢は全て追い払ったようだった。
こんな恥ずかしい施しを受けた私服を彼らには見られたくなかったが、もう緊張の糸が切れて、疲れていて、素早く隠す気力なんてとうに残っていなかった。
***
「は!?兼続、お前本当にそんなことしたのか」
「うむ、本当だ」
語気を強めて問おうが、何てこと無いという風に兼続は頷いた。
「名無しさんの旅の無事を祈願してな、名無しさんの衣服一枚一枚に愛を念じた護符を縫い付けた」
三成は反射的に片手でこめかみを覆った。
この男はここまで飛び抜けて変態気質の強いヤツだったろうかと考えると片頭痛がしてくるのだ。
「お前、名無しさんに嫌われるとかそういうことまで考えなかったのか」
「うむ、確かに少々濃厚すぎる愛の形だとは思った。
だが名無しさんの命が懸かっているのだしあれこれ立案する時間もなかった。何故ならば名無しさんの旅立を寸前まで知らなかったからな」
根に持つような恨み節を聞かされて三成は呆れ顔を強張らせた。
「そんな限られた時間の中でも妙案だったと自負している。
詳しい話をするとな、『愛』の字の護符だけでは枚数が足りず『毘』『義』『兼』の護符も使用した。
特に毘の字は謙信公の御加護が受けられるから危険な長旅で何か争い事に巻き込まれようとも決して負けることはなく勝利をもたらすだろう!
義と兼は言わずもがな私の信条そして私自身を示す字。名無しさんの旅に私が同行し、全ての災厄から名無しさんを守り通すという強い気概が込められている!」
これでもかと得意満面に解説し続ける男を目の前にして三成はどこからつっこめばいいのかタイミングを掴めないでいた。
「名無しさんに気取られぬようこの妙案を完遂するには前日の夜、名無しさんが荷物を玄関に出したあと速やかに裁縫作業を開始し、翌日の出立までに仕上げなければならないという厳しい時間の制約があった。
そのうえ普段やりなれぬ裁縫ということもありなかなか骨が折れる作業であった。
だが下手なりに愛は溢れんばかりに込めて一針一針縫い進めた。
夜を徹し明朝まで時間がかかると事前に予測し、本日午前に半日休暇を取得していた。
私がついさっきまで寝ていてかつ寝不足なのはこういう背景があったのだ」
意気揚々とした語り口にようやく区切りがついたので、三成はまた頭を抱えながら発言することにした。
「まあ、色々とよくわかった。が、もうどこからどうツッコめばいいのかはわからん」
「一つ念押ししておきたい、下着には縫い付けていないぞ。さすがにそこまで度が過ぎれば単なる変質者になってしまうからな」
「断言してやる。十分変質者だ」
鋭く吐き捨てても兼続は怯みもせず更に喋りたがっている。
「そうは言っても、三成とて名無しさんに御守を授けただろう。私は知っているぞ……」
「何のことだ」
得意気に含みを持たせる兼続の言い方が忌々しかった。
やっぱり知っていたかと物凄く嫌そうな顔を見せて、三成は覚悟を決めた。
「嘉瑞招福を名無しさんの荷物に忍ばせていたことを私は知っている」
「ああそうだ。
有事の際に役立つかもしれんと思っただけだ。ああいうのがあれば万一アイツが行き倒れても身分証明なり金なりになるだろ。御守などというなんのアテにもならん願掛けの意味などこれっぽっちもない」
「ふふ、この気配り上手な照れ屋さんめ!
私は発見したとき大いに心が震えたぞ。
三成はやはり名無しさんを気にかけている、愛しているとな」
目を輝かせ興奮気味な兼続に三成は辟易した。
「うるさいヤツだな。それ以上口に出すな。声がでかい。
勝手に解釈するのは構わんがもっと静かにやれ」
御守代わりに黙って私物を忍ばせるという発想がこの男と同じだった。
三成はそれが最高に恥ずかしくて仕方がなかった。
【御守り】
‐End‐