御守り
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名無しさんと慶次が先ほどの飯屋の前まで戻ると、程無くして幸村も馬を引いて戻ってきた。
「幸村、ありがとう」
「いいえ、お待たせしました」
「お腹が空いたでしょう、お昼にしよう」
「ええ、それはもうとっても。お二人は町中を散策していたのですか?」
軽く立ち話をし、店内の空席も目立ってきた。
さて入店しようかというときだ。
幸村は、自分達に視線が注がれていることにふと気がついた。
少し離れたところから男三人組がちらちらと此方を見てきているのだ。
この小さな田舎町は旅の通過点になりがちで町の住人以外がいようとも何ら珍しくない筈だ。
馬を買い、車まで引いているのが一般的な旅人に比べて目立つのかもしれない。
長旅だし悪目立ちして絡まれることや野盗の標的にならぬよう、幸村は地味な色合いの軽装を選んでいた。
慶次ですら化粧も髪型もなんとなくいつもより控えめだった。
普段通りの派手で挑発的な見た目で来るかと思えば、少々自重気味なのだ。
名無しさんがいるから無用なトラブルを避けるためにそうしているのだろう。
もっとも慶次は長身と屈強な体躯だけで十分目立ってしまうため、外装を少し変えたくらいであまり効果はない。
それに、いかにも腕っぷしが強そうな彼に挑もうとする無謀な輩は滅多に現れることはない。
幸村は、男三人組が身綺麗な名無しさんを下卑た目で見ているような気がしていた。
己の偏見だとは思いながらも決して良い心地はしなかった。
「俺はもう食ったからそこら辺をぶらついてる」
「わかりました、適当に時間を潰していてください。町外れで落ち合いましょう」
またあとで、と互いに告げ合い、慶次が松風を連れ立って店前から離れていった。
「あ、慶次殿!」
幸村が大きめの声で呼び掛け、早歩きで慶次のもとへ向かった。
一言二言声をかけると慶次も頷いてまた歩き始めた。
幸村も名無しさんのところへと戻った。
「どうかしたの?」
わざわざ呼び止めて話しかけにいったことに名無しさんが不思議そうに聞いた。
「あまり遠くに行かないでくださいね、とお願いしてきました」
「そっか、万一はぐれちゃったら困るもんね」
「ええ。さあ、すごくお腹が空いてきましたよ。早くお昼ご飯が食べたいです」
「うん、さあさあ入ろう。なに食べようか」
昼食を待ちきれないと楽しそうにする幸村に、名無しさんも同調し飯屋へ入店した。
「幸村は気持ちよいくらい食べっぷりがいいね」
白米もメインも大盛にして平らげた幸村を見て名無しさんは笑顔を浮かべた。
「お腹が空いていまして」
特盛ではなく大盛を選択した幸村的にはいつもより控えたつもりだが名無しさんの目にはいつも通りの食欲と捉えられているようだ。
照れながら答える幸村は内心別のことも考えて周囲を観察していた。
「名無しさん、お疲れではありませんか?出発して初めての休憩ですから」
「うん、少し疲れたかな」
「この町を出てまた移動して夕刻にはもう少し大きな町へ着きます。そこで一泊します。お宿は小綺麗なところなのでご安心ください」
「ありがとう」
名無しさんにとって、自らを女性と扱い気を遣い続けてくれる幸村の優しさが嬉しくもあり少し恥ずかしくもあった。
店を出て、町外れまで馬に車を引かせて進んだ。
この方向に進むと目に見えて人も店も家も減少する。
その代わりに無人の廃屋や、骨組みだけが残った元が家だったか物置小屋だったか分からないものがぽつりぽつりと点在し、伸びきった野草の中には壊れた家財や什器も転がっていた。
廃屋の影から急に人が出てきた。
馬の歩を止めるべく、ぐいっと幸村は手綱を引っ張った。
馬車も急停止し、隣に乗る名無しさんも突然のことに驚いていた。
行く手を塞ぐように出てきた人影は複数で全員男だ。
幸村は頭の中で八人と数えた。
その八人の中には先ほど飯屋の前で盗み見てきた三人のうち一人がいるのを確かめた。
数が合わないなと少々気にはなったが、それよりも気にすべきは名無しさんの身の安全。
それが最優先事項だと心得ている。
名無しさんも危険を察したようで緊張した顔をしている。
だからこそ幸村はわざとらしいくらいの笑みで投げかけた。
「名無しさん、大丈夫です。このまま座っていてください」
無言でこくりと名無しさんが頷いた。
「何か御用でしょうか」
幸村は馬を降り、行く手を塞ぐ男どもに聞いた。
男衆は身なりも粗野で全身から品の無い雰囲気が湧いていた。
すると集団から三人の男が前に出てきた。
一人は頑強そうな肉体で、八人の中では一番強そうに見えた。
『中ボス』と幸村は頭の中で勝手に命名した。
あとの二人はそれほどでもなく見えたので『腰巾着A』『腰巾着B』とした。
「そう、用があるのはあんたらの持ち物全部さ」
「金になるもの全部出して置いてきな」
「そうすりゃ痛い目に遭わずに済む」
いかにもな台詞を並べ立ててきて幸村は薄く笑った。
「イヤだ、断る」
挑発的な言葉に場の空気が変わった。
***
今朝、三人を見送った後、三成は一人自室で執務に勤しんでいた。
毎日隣にいた名無しさんは今日から長期間不在だ。
書類作成、発送、確認、仕分けなど普段やることの無いこまごまとした事務処理を取り敢えず自分で全て出来たのだが、異常に時間がかかった。
作業自体を忘れてはいないものの久し振り過ぎたのだ。
休暇を取れと尻を叩いて追い出したのは自分とはいえ、居なければ居ないでスムーズに流れていたものが滞ってしまって非常に面倒くさいものだ。
そのせいもありどっと疲れが湧いてきて、急激に腹も減っていた。
業務効率が戻るまで一週間位はかかるかもしれないと思えた。
名無しさんが行っていた業務は兼続をはじめその他文官に割り振りしなければならない。
昼飯でも食いながら考えることにした。
当の兼続はなぜか今日午前半休を取っていて、まだ業務を開始していない。
朝、名無しさんら三名を見送るときもなぜか兼続はいなかった。
暑苦しいあの男のことだから、大袈裟に進発式やら激励会やらを企んで、ムダに熱のこもった見送りをするのかと思いきや姿すら見せなかったのだ。
名無しさんの長期不在を直前まで知らされなかったことにいじけてヘソを曲げてふて腐れたのか。
否、単純に所用があったのかもしれない。
なんにせよ変わり者のヤツの心理など理解は出来かねる。
兼続の部屋を覗いて、もしいれば飯に誘って業務の分担について話をするかと、あまり期待せずに部屋の戸を叩いた。
「誰かな」
兼続は部屋の中にいて、返事のしかたも不機嫌ではない。
意外だなと思った。
「俺だ」
「おお、三成か。入ってくれ」
見ると兼続は目が覚めて間もない雰囲気だった。
寝間着姿ではないものの髪をまだ結んでおらず少し白っぽい顔をしていた。
「お前、まさか今起きたのか」
「ああそうだ」
「なんだ、俺はてっきりお前が私用で午前休を取ったのかと思っていたから部屋にはいないと踏んでいたぞ」
「いや、恥ずかしながらつい先ほどまで眠っていた。緊急を要する作業が発生してな。
夜分から朝方にかけてずうっと取り組んでいた。欲をいえばまだ少々寝足りない感はあるな」
「そうか、珍しいな。ってことはまだ飯を食っていないな、食いに行こう。名無しさんが担当していた業務を誰にやって貰うか、細かいところを詰めたい」
「もちろんだ。名無しさんのことなら私が全て引き受けたい、受け止めたいと張り切って立候補したいのだが現実問題、全ては無理だからな。そこは三成の意見を聞いてしっかりと議論を深め決めていこうではないか」
寝起きかつ寝不足気味と主張するわりによく喋る男だと思った。
今日の好天に倣ってか、兼続は晴れやかに微笑みなから髪を結び、出掛けるための支度を始めていた。
***
名無しさんは少々驚いていた。
いつも物腰柔らかな幸村がまるで三成のような不遜な言い返しをしたからだ。
驚いているのは名無しさんだけではなく、ごろつき男ども同じようで、目を白黒させていた。
「おっ、おいおい兄ちゃん、あんた自分の状況分かって言ってんのか?こっちは数揃ってんだぞ」
「勝ち目があると思ってんのか、大人しく持ってるもの全部よこせってんだよ」
腰巾着ABが口々に言った。
「もう一度言います。絶対イヤだ。
ちなみに私は四兄弟の次男です。つまり兄でもあり弟でもあるのです」
絶対、と拒否を強調する彼に兄弟がいるのかと名無しさんは新情報を得た。
それにしても涼しい態度で相手を拒否嘲笑するところはまるで三成。
聞いてもいない余計な情報を発信するところはまるで兼続。
仲良しだと口癖までうつるのかと緊張感の無いことを考えてしまった。
「どうやら、話のわからねぇヤツみてぇだな」
中ボス男がさらに前ににじり出てきた。
腰紐に差してるだけの安っぽい鞘から得物を抜くと、その他のごろつき共に合図をした。
幸村と名無しさんの周囲がごろつき男七人にぐるりと囲まれたが幸村には余裕があった。
「名無しさん、大丈夫ですよ、此方には強い味方がいますから、ほら」
幸村の声に呼ばれたように視線の遠く先には見知った大きなシルエットが現れた。
慶次だ。
松風はどこかに置いてきたようで堂々と大股で歩いてきた。
その辺で拾ったのか物干し竿っぽい棒を二本担いでいた。
「幸村の勘は的中だな!いや、遠くに行かなくって大正解だった」
慶次も余裕綽々、むしろ楽しそうだ。
「悪い勘は当たるものですね。さて慶次殿、大勢相手と一対一どっちにします?」
「じゃあ俺は大勢担当だ。幸村は賊の頭っぽいのを頼む」
周りを置いてきぼりにして、てきぱきと役割分担の打ち合わせをする幸村と慶次に、ごろつき衆も戸惑っていた。
「よし。ほら、まとめてかかってきな」
慶次は手振りで挑発しながら、物干し竿を片手に一本ずつ持って構えた。
ごろつき衆は萎縮しながらも取り敢えず三人かかっていくのだが、物干し竿を器用に振り回す慶次に全く近づけない様子だった。
残りのごろつき四人も二刀流物干し竿のリーチの長さにおろおろとするばかりで腰が引けていた。
武将と素人の地力の差は歴然で、実戦を初めて目の当たりにする名無しさんでも理解ができた。
慣れたように長い棒を両手で振るう慶次だが、名無しさんにとっての彼といえば二又矛のイメージがあった。
現地調達した間に合わせの武器で、しかも二刀流で大立ち回りを演じてくれる彼はいい意味で既存のイメージを壊し、頼もしさも驚きも感じさせてくれた。
幸村が名無しさんに近づいて、そっと囁く。
「今更ですが、こういうのは名無しさんに見せるには痛々しいというか生々しいので目を伏せっていても構いませんから」
「え、あっうん」
「見るにお察しのとおり慶次殿は絶対負けません」
「うん」
慶次と幸村がいるから名無しさんはそこまで怖くはなかったのだが、幸村の気遣いの言葉で更に安心感が増した。
「おいおい、兄ちゃん、無視すんなよ。あんたの相手は俺だ」
中ボス男がしゃしゃり出てきた。
「本当にやる気でしょうか?そちら勢に勝目はないので撤退をお勧めします」
「あ、馬鹿にしてんのか」
中ボス男が苛ついた声とともに刀を振りかざした。
かんっという薪を割るような快音がして、音の大きさに名無しさんは身を竦めた。
目の前の幸村は男の一撃をそつなく受け止めていた。
いつから準備していたのだろう幸村の手には木刀が握られていた。
名無しさんも目にしたことがあるもので、主に調練などで使用される模擬的な武器によく似ていた。
「名無しさん、私も絶対に負けませんのでどうぞご安心を」
微笑む口元とは対照的に本気の目付きに変わる幸村は目一杯の力で刃を押し返し、男がよろけたのを見て距離を詰め、刀を持つ男の右手めがけて打ち込んだ。
鍔だけに当たった一打で男の手から刀が落ちた。
直接打撃がないものの痺れたように自らの手を擦る男は茫然としていた。
「あんた何者なんだ」
「はい、真田幸村と申します」
「ああ……なんだよ。運がわりぃ。
ツイてねぇ。とんでもねえのに挑んじまったな。相手を間違ったよ」
頭を横に振って戦意喪失を示す中ボス男の様子から勝負が終わったと見受けられた。
幸村は本当に腕が立つんだなと実感しつつ、十文字槍以外にも武器を扱えるんだという、慶次の件と同様に既存のイメージの払拭が出来た。
少し離れたところにいる慶次は終始七人のごろつきを圧倒し、相変わらずごろつき達は何一つ攻撃出来ていないようだった。
遠くを見ていると耳のすぐ傍で、ずりっと地面をする砂音がした。
横目で気配を感じて、その方向を向いた。
いつの間にか男二人がそこにいた。
幸村と慶次に注目し過ぎて、近づかれていたことに全く気づかなかった。
「騒ぐなよ。荷物と金をよこしな」
一人の男がそう言った。
気分の悪くなる声質だった。
不快感を態度で示したいところだが、もう一人の男が無言で小刀を突きつけてきて声が出なかった。
(続く)