理解者
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「あたし、行かないほうがいいと思うんだけど。馬に乗れないし」
「ご心配は無用です。私が一緒に乗りながらお教えします。ときには車を牽かせますし。どうぞご安心を」
「でも、男同士の付き合いを邪魔するだろうから本当にいいよ」
「そんなの気にするな。野郎ばかりの場所にゃ綺麗な華が必要ってもんさ」
「でもなぁ……」
出発前日の夕方、最後の最後に悪あがき、拒否権を発動してみた。
長距離移動への不安や気の合う男同士の集まりに対する遠慮をアピールしてみたが、幸村も慶次も行きたくないなら無理しなくていい、やめようか、なんて全く言ってくれない。
拒否権は不発に終わった。
「私たちも名無しさんに来て欲しいんです」
「そうさ、さあ行こうぜ。伊達男と色男が首を長くして待ってるぜ」
二人とも、こんなに察してくれないのは絶対変だ。
これはわかっていてわざとやっているのだ。
とはいえ、もう諦めという覚悟は出来ていて旅の荷造りは既に済ませていた。
必要最小限に纏めた荷物は玄関先に置いてきた。
足りないものがあっても現地調達しよう、周りに甘えようと腹を括り、思いきって持物は極力控えめにしてみた。
滞在日程はおぼろげにしか決まっていないが、おそらく一月以上……いやもっとそれ以上の期間、馴染みの場所から離れて過ごすのだ。
心の中は九割以上、不安と緊張で溢れ返っている。
今夜は、いつもよりもかなり早い時間から寝床に臥せた。
眠れるか心配だが、明日は朝早くに出発だ。睡眠不足では幸村と慶次に迷惑をかけてしまうからしっかり寝ておかなければいけない。
ほのかな光源も灯さず室内を真っ暗にして、とりあえず目を閉じた。
三成に繰り返し言われた、周りに気を遣うな、頼れ、という言葉が頭の中で膨らんでいた。
すべてにおいて気を遣わないなんて実際は難しいけど、出来る限り上手く立ち振る舞いたいところだ。
暗闇で寝転がりながら、今後想定される様々なことを脳内シミュレーションし、眠気が訪れるのを待った。
***
出発に相応しい恵まれた天候だった。
慶次は愛馬松風に乗って先駆けし、休憩地点を確保してくれるとのことだ。
とにかく松風が速すぎて、自分が乗る馬車からは、慶次が駆けていく姿なんてあっという間に遠く小さくなってしまった。
「ところで、あたしが飛び入りで参加することは政宗様に伝わってるのかな?」
実は一番気になっていることを幸村に聞いてみた。
隣の彼は手綱を握りながら、少しだけ首と目線を此方へ向けてくれた。
「お話が決まってすぐに 名無しさんをお連れしますと御手紙は出したのですが、多分……私達が到着する直前もしくはほぼ同時くらいに政宗殿のお耳に入るかと思います」
「えぇー。でもそうだよね、急遽決まったことだし、向こうに情報が入るのはそういうタイミングになっちゃうよね……」
「大丈夫ですよ、政宗殿絶対喜んでくれますよ!」
「そうかな、迷惑にならなきゃいいけど」
「大歓迎されますよ!もし予告なしに名無しさんが登場する展開になっても、サプライズ要素があって凄くいいと思います。前向きにとらえましょう」
「うーん」
幸村は明るいなあと思った。
それに幸村なら慶次と並んで馬で駆けていくことも出来るだろうに、自分がいるせいでスローペースな馬車にご一緒してくれているのだ。
ありがたいけれど、気を遣わせてしまって申し訳無い気持ちのほうが大きい。
こういうこともあるから長旅は避けたかったのだが。
「名無しさん、変に気を遣わないでくださいね」
「え」
思っていることを言い当てられたようで狼狽えてしまった。
「名無しさんとお出かけが出来て私はとても嬉しく思っています。勿論私だけではなく慶次殿も。これから名無しさんの大切な休暇の始まりなのですからゆっくりのんびり参りましょう」
幸村がにっこりと万人に愛される笑顔でそう言ってくれた。
***
午前中いっぱい移動し、休憩地点として小さな町を訪れた。
昼食は幸村と一緒に摂るのだが、飯屋が満席の為、先に幸村は代わりの馬を見繕いに行った。
一足早い慶次に至っては、自分と幸村が着く前に、主食は勿論のことデザートまで食べ終えていた。
こちらの到着を待たず食事を済ませているのは、逆に気を遣わせないようにする彼らしい思いやりだと感じた。
腹が満たされた慶次は飯屋の外、軒先に出された長椅子にこれでもかというくらいに幅を取り堂々と座っていた。
「名無しさん、座りな」
「うん」
慶次が陣取っている幅を詰めてくれたので、空いたそこに腰かけた。
「疲れちゃいないか?」
「ちょっと疲れちゃった。黙って乗ってるだけなのにね。普段遠出なんてしないからだね」
「そうかい、無理なさんな。きつくなったら限界迎える前に幸村でも俺にでもすぐ言いな」
慶次が笑いながら頭を撫でてくれた。
慶次が嬉しそうなのは、きっと隠さず率直に疲れていると伝えたからだ。
「慶次の松風速いよね」
「ああ、足並み揃えることも出来なくはないんだろうが、気位の高い面もあるからストレスになりそうでな。こいつの自由にさせておいたほうがいいかと思ってな」
柱に繋いだ状態の松風を見ながら慶次が言った。
「なるほどね、この子の一番の理解者は慶次だね」
「かもな。こいつと俺はようく似てる。
縛られるのが肌に合わないからな」
「自由が好きってことかな」
「だな、ひとところに留まれないって性分さ」
「そう。でもそれって凄く大変なことでしょう」
そう言うと、慶次が珍しく固い表情をした。
自分としては何の気なしに言ったものだから少々戸惑ってしまった。
「そうかい?なんでそう思う?」
「え、だって何にも縛られないってことは、全部自分で決めなきゃいけないんだよ」
「確かにな。いや、それが俺はそういう風に言われたことがなくってな。
気楽でいいなとか自由に好きなように生きてていいなとか、そんなんばっかり言われてきた。まあ実際楽しくやってるけどよ」
「うん、あたしから見ても慶次は楽しそうに見える。けど、ぱっと見そうでも色々大変だと思うんだよね。
自由な分、後ろ楯も保証もないわけだし。
一人で解決しなきゃいけないことばかりだと思うし。ある意味自由は孤独だよ。あたしは自由を与えられてもうまく出来そうにないな」
「そうか……」
普段の快活な慶次が深く考え込むような様子を見せた。
「あたし何か変なこと言っちゃったかな」
「いや、そんなこたぁないぜ」
慶次が首を振ると束ねている長髪も揺れた。
彼は少し笑顔になったけど、まだ何かを考え続けているようにも見えた。
「ほら、あたしなんて雇われて決まった場所に住み込んで働いてお給料貰ってっていう人任せでお気楽な身分だよ。だから今のところから暇を出されて『どこへでも好きなところに行ってよし』なーんて言われても困っちゃうってこと。
確実に路頭に迷う。もっかい就職活動なんてキツいしなぁ……」
一連の発言を深刻に受け取られたくなくておどけて言えば、慶次が吹き出して笑ってくれた。
大きく口を開けて笑う様を見て、いつもの彼に戻ったと、ほっとした。
「名無しさんは面白いな。いや、響いたよ。色々な」
***
「名無しさん、乗ってみないか?コイツに」
立ち上がった慶次が柱に括った松風の手綱をほどき始めた。
「えっ。でも、あたしみたいなのが乗ることを許してくれないと思うけど」
「俺が一緒なら問題ない。それにコイツは名無しさんのことを受け入れると思う。ほら」
慶次がひょいと自分を持ち上げて松風の背に乗っけてくれた。
急に高くなって驚いたが、あたふたすると落っこちてしまいそうで、がちがちに緊張して不格好ながらもしがみつくようにしてバランスを保った。
次いで慶次も自分の後ろに乗った。
くっついて手綱を取ってくれる慶次に安心感と気恥ずかしさを感じた。
馬に乗るのは初めてではないのだが、どうもこのスタイルは照れが出る。
慣れることは一生ないだろう。
慶次が腿で松風を挟み、動くよう合図した。
「わっと」
ぐらりとした感覚につい声は出たが、意外にも松風はゆっくりと歩いてくれた。
まるで輿を牽かされているようにカポカポと、ゆっくりと。
「な、大丈夫だったろ」
背後の頭の上から慶次の声がした。
「幸村が戻って来るまで、ひと散歩としようか」
「うん」
ゆっくりと歩く松風の上からみる景色は格別だった。
馬車に乗っているときと目線の高さが同じ筈なのに全く違った世界に見えた。
歩かせ続けて町外れまで来て、野道へ出た。
松風は段々速度を上げていた。
それでも自分を落とさないようあまり体を振らないで走ってくれているようだ。
道なりに進んでいくと草原が広がっていた。
人の往来がある道に比べると少し丈のある雑草が生え連なっていた。
「少しだけ駆けさせてやっていいか」
「いいよ!」
蹄の音が大きくなっているので、お互い掛け合う声も大きくなった。
「ありがとな」
「落ちないように頑張る」
「任せな、絶対落としゃしない」
慶次が脚を当てて合図すると松風が道からはずれて、草原に向けて走り出した。
大きく楕円を描くように広い草原を何周も走り回ってくれた。
町中をゆっくり歩いているときよりも、走っている今の松風は数倍楽しそうに見える。
けれど、幾度となく戦場を駆けていたかつての日常に比べれば全然物足りないのだろうなとも思う。
松風は走る速度を徐々に落とし、また静かに歩き始めてくれた。
歩くのを止めた松風から先に降りた慶次が両手を伸ばしてくれた。
当たり前のように体を預けると、ひょいと抱きかかえておろしてくれた。
「ありがと」
「楽しかったか?」
「うん、初めは少し怖かったけどだんだん楽しくなった。さっきの話の続きみたいになるけど、走ってるときは自由や解放感を感じたよ」
「そうか、なら良かった。いやがる名無しさんを無理矢理でも連れ出した甲斐があったってもんだ」
「ふふ、なあにそれ。確かにあまり気は進まなかったけどさ。慶次は、あたしが出不精すぎるのを見かねて連れ出してくれたの?」
笑いながら見上げてみると、当の慶次も笑ってはいるが何処か違うところに思いを巡らせているようだ。
「俺から見たら名無しさんはいつも何かに縛られて不自由そうだった。だから、たまには知らないところに連れて行ってみたいと思ってな」
「そう……」
「ああ。でも俺の思い違いだったかな」
「ううん、間違っては……いないと思う」
落ち着いたていで言葉を返したが、内心ひやりとしていた。
慶次には自分の抱えているものを色々と見透かされている気がしたからだ。
この話題から逃げるように慶次から松風のほうへと視線を向けた。
「もっと走りたかったでしょう。武将じゃないわたしが乗ったから気を遣わせちゃったね」
松風の首を撫でながら語りかけてみた。
「戦関係なしにただ人を乗せるっていうことを体験できて、こいつも楽しかったと思う」
「そうだと嬉しいな。わたしみたいな下手な乗り手に気を遣ってくれてありがとう。
紳士的なキミの優しさに感謝するよ」
そう言ったのを聞いて慶次がくくっと笑ってきた。
「名無しさん、こいつ牝馬なんだ」
「ひんば?」
「雌なんだ、女なんだよ」
「そうだったの!失礼しました」
自分と慶次の遣り取りに反応した松風の眼差しは、やれやれまったく、とまるで呆れているようにすら見えた。
「ほらよ、一人で好きなように走ってきな」
手綱を放し、とんと叩いて合図すると、そのとおりに松風が忽ち走り出して、また一帯を駆け回り始めた。
「あいつは少し好きに走ったら直ぐに帰ってくる。そしたら幸村のところに戻ろう」
「うん、彼女が満足したら戻ろう」
「彼女ってか……名無しさんは面白い呼び方をするなあ」
「そう?だって慶次の一番の理解者でしょ。
彼女とか恋人とか嫁って言っても過言ではないでしょう」
「ははは、変わり者って言われてる俺でもな、流石に馬とは愛し合わねえな」
「まあ、そっか。
ねえ、慶次も……女の人を好きになったりする?」
「そりゃそうだ、当たり前だろ」
なに言ってんだよというノリでぽんと頭に手を置かれたが、すぐに優しく撫でてくれた。
我ながらおかしな質問だとは思った。
けれど、今まで慶次と二人きりで長々と話すことはなかったし、傾奇者と呼ばれる彼が普通の恋愛観みたいなものを持っているか確かめてみたくなったのだ。
慶次に選んで貰える女の人って一体どんなタイプなんだろう――
漠然と興味が湧き始めてきた。
【理解者】
‐End‐