ロングリード
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―ミスリード―
昼前、三成の部屋へ向かっていた。
書類一枚手渡すだけの用件で、重要度は決して高くない。事務員等を介して三成に届けていい程度のものだ。
しかし、なかなか時間が合わない彼と話す為、こういうとき意識的に直接部屋を訪ねるようにしているのだ。
最近では、名無しさんに逢えるかもしれないという淡い期待も抱いてしまっているのだが。
部屋の前まで来ると話し声が聞こえた。
三成と名無しさんだ。
この襖を開ければ名無しさんの顔を見られるし、挨拶から始まり世間話もできるだろうと思うと胸が躍る。
反面、三成とほぼいつも同じ空間で仲睦まじく業務を行っている様を見せられるのは複雑な気持ちにもなる。
けれど三成を恋敵と呼ぶには、自分は遠く足元にも及ばぬ存在だ。
まだまだ自分は名無しさんのことを知らなさすぎるのだ。
「……上限まで溜まってるぞ」
「そんなに……いらないから……」
風音や木々が揺れる音に混じり、断片的だがそう聞こえてきた。
男性側、三成から発せられた『溜まっている』という一言……これはもしかして……もしかすると、二人の枕事情というヤツだろうか。
否、彼らがこんな明るい時間からそのような会話をするとは思えない。
「お金に換えてくれないかな」
「愚か者が口にするくだらん程度の低すぎる希望だな。そんな制度は……」
「だよね」
「定期的に、……しなかった結果がこれだ。こうして上限まで達したら……」
続く会話から鑑みると、二人は金銭の授受も絡む関係なのだろうか。
先日、三成からは名無しさんと正式に交際はしていないと聞いていたから、てっきり想いを寄せ合いつつカラダを重ね合いつつも付き合いも結婚もしない微妙な関係だと勝手に想像をしていた。
……さて、兎に角ここまでの会話から察するに二人は金銭の授受をするいわば契約関係なのかもしれない。
が、それ自体はまったく責めるべきことではない。
愛しい女にモノを与えて悪いとは思わない。
けれど、自分から見れば想い合っているのが明らかな二人。
金銭的な損得感覚で結び付く必要はないと思うし、こう露骨にカネ云々と口にするなんて信じられなかった。
それに三成は資力はあるが堅実なタイプだ。
彼が高価な着衣携行品を纏っているのは立場上仕事上必要に迫られるからであって、プライベートは華美というよりシンプルで質素だ。
金目のモノで女を繋ぎ止める男ではない。
ましてや相手があの名無しさんなら尚更そんな真似はしないはずだ。
考えるほどに疑問は深まるばかりだ。
盗み聞きのようで憚られるのだが、もう少し二人の遣り取りを聞いてみたいと思う。
「お前……もっと効率よく出来んのか」
「んっ、じゃあ今週か来週から……」
「足りん、週2ペースにしろ」
「週2!それじゃあ土日もあわせて週4日だよ。そんなにやること……」
「いっそ……纏めて一気に」
「そんなに長くやることないよ。っていうか、そんなに……おかしくなりそう。廃人になっちゃいそう」
「安心しろ、既にお前は適度におかしな…」
愕然とした。
これは、どうとらえても情事の頻度を表しているのではないか。
今後、平日は週2、土日曜日は必ずセックスするという交渉をしている最中なのだ。
二人がそういう仲なのは覚悟していたが、よもや週4回も愛し合うということを直に聞いてしまった今この瞬間、諦めの悪い自分でも流石に落ち込むというものだ。
身の程をわきまえず彼女に想いを伝えてしまった己に降った天罰か。
やはり自分が二人の間に入る隙間なんて1ミリも無かったのだ。
二人の会話が一段落ついたのを確認し、落胆と精一杯の申し訳無さを込め「お話し中すみません』と呼び掛けた。
入ってくれ、と三成から返事があり、ゆっくりと戸を開けてみた。
室内には三成と名無しさんがいた。
彼らに、憔悴した表情を読まれぬよう俯きながら言葉を続ける。
「三成殿、名無しさん殿、お話中にすみません。その、お邪魔だったと思うのですが……」
「まったく邪魔ではない。こいつ……名無しさんが公休以外にまったく休みを取らずにいるものだからなんとかしろ、とそういう話をしていただけだ」
「えっ?お休み?」
予想外の展開に動揺し、暫し思考回路が停止したのも束の間、じわじわと湧き出る安心感や期待感は止まらなかった。
再起動した頭の中に現れた思いつきを口にすることに決めた。
「では遊びに行きませんか?」
自覚していたよりも自分は図々しく軽々しい卑怯な男だ。
そして諦めが悪い。
‐終‐