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「お前、有休取れよ」
すぐ隣で作業中の三成がにわかに呟いた。
「上限まで溜まってるぞ」
「そんなに休み要らないからお金に換えてくれないかな」
「”よくある質問と回答“にすら載ることもない、愚か者が口にする浅はかでくだらん程度の低すぎる希望だな。断言してやる。そんな制度はない」
「だよねぇ」
最近の三成は休暇まで管理してくれるようになった。
言い方は冷たいけど面倒見がいいよなぁと思う。
「定期的に休みを入れればいいもののそうしなかった結果がこれだ。
こうして上限まで達したら増えんのだぞ。
お前損してるんだぞ。もっと効率よく計画的に出来んのか」
そういう三成だって全然休まないくせに……と、このへんまで出かかった。
「うーん、じゃあ今週か来週から週一で休むようにするよ」
「週一じゃ足りん、週二ペースにしろ」
「週二!それじゃあ土日もあわせて週四日休みだよ。そんなに休んでもやることないんだけど」
「いっそ、溜まりに溜まった日数分まとめて休んでしまえ。一気に消化できてすっきりする」
「いくらなんでもそれは長く休みすぎだよ。急に長いお休み貰えてもやること思い付かないし。
っていうか、そんなに長い間仕事しないとだらけておかしくなりそう。廃人になっちゃいそう」
「安心しろ、既にお前は適度におかしな人間だ」
「うわ、言い方ヒドい」
いつも冷たい三成といつも通りの遣り取りをしていると襖を叩く音がした。
『お話し中すみません』と聴き知った謙虚な声がした。
幸村だ。
三成が入ってくれと声をかけると、ゆっくりと戸が開き、なんとも気まずそうな恥ずかしそうな様子の幸村が入ってきた。
「三成殿、名無しさん殿、お話中にすみません。
その、お邪魔だったと思うのですが……」
「まったく邪魔ではない。
こいつ……名無しさんが公休以外にまったく休みを取らずにいるものだからなんとかしろ、とそういう話をしていただけだ」
「えっ?お休み?」
幸村が意外そうに大きく目を見開いた後、何故だかほっとしたような顔をしていた。
「そうだ、幸村からも言ってくれ。
とにかく休みを取れと」
こいつと言いかけ、幸村相手だから柔らかな口調に切り替える三成に対し、「この幸村大好きっ子め!」と心の中で野次を飛ばしていた。
「して、名無しさん殿は、どれくらいお休みをお持ちなのですか?」
「マックス40日だ。今期中にいっそ全て消化させたい。最悪の最悪30日~25日程度でも構わん」
成る程と、うんうん頷く幸村が何かを閃いた顔をした。
「では遊びに行きませんか?」
遊び?と自分も三成もきょとんとした顔で幸村を見つめていた。
「政宗殿のところへ」
幸村が突拍子もない提案をしてきた。
政宗の名前が出ると、三成は、あぁ、と納得した様子に戻っていた。
話を聴くと、どうやら幸村は一年に一度くらいの頻度で政宗のところに滞在することがあるのだそうだ。
そこで休暇を楽しみつつ客将としても働いたりするらしい。
近日、その予定があるから一緒に行かないかと提案してくれたわけなのだ。
「いい考えだな」
幸村贔屓の三成が機嫌良く首を縦に振っていた。
三成曰く君主の政宗のすぐそばでその国内情勢さえも覗き見ることが出来るメリットもあるのだとか。
他国との交流という観点からみても、幸村の人柄のよさや将としての優秀さなど、キャラクタ的にまさに適任だと思う。
「三成殿も行ったことありますもんね」
「え、そうなの!?」
つい驚いてしまった。
正直、三成と政宗はあまり仲良くないだろうと踏んでいて、その三成がわざわざ敵地に赴くとは思えなかったからだ。
「そうだ、以前行ったことがある。兼続もな」
「え……兼続も」
「そうだ、そうしたら案の定兼続と政宗は揉めやがった。
そこで俺は兼続と政宗二人の間に挟まれて散々な目に遭った。非常に疲れた。まったく良い思い出はない。
だからそれ以来、当分の間奥州には行かんと決めた」
三成が何かを思い出して物凄く嫌そうな顔をしているのを見て、笑いが込み上げてきた。
「まあ、いいだろう。政宗のところに行ってこい。
遠方の土地で休暇を存分に満喫してくればいい」
「じゃあ決まりですね」
「えぇっ、急だよ。わたし、まだ行くかどうか決めてないし、それに準備だって……」
「急でも問題ない。政宗のところはアメニティ関係が凄く充実している。
手ぶらで身一つで行っても大丈夫だ。全部面倒見て貰え」
荷造り要らずとはなんとも楽な話だ。
けれど、自分には拒否権はないのだろうか。
だって政宗にまた会うのもなんか気まずいし、道中、幸村と二人というのもかなり気まずいのだ。
「実は慶次殿も一緒に行くんです。
なので、出発のお日にちを慶次殿と打ち合わせして改めて名無しさん殿にお伝えしますよ」
「あ、慶次も一緒なんだ……」
つまり道中、幸村と二人っきりではないということだ。
自分の中での奥州行きを拒むための言い訳がまた一つ二つと消されていき、奥州行きはとんとん拍子に内定してしまった。
「三成殿、それでは本当に……いいんですよね?名無しさん殿をお連れしても」
「構わんよ。むしろ俺から頼んでいるようなものだ。名無しさんは長旅に慣れていないから、幸村と慶次で色々と助けてやってくれ」
「勿論です。しっかりとお守りし安心安全に送迎いたしますから。それでは」
幸村が三成に仕事関係の書類を渡すという本来の用を済ませると部屋から出ていった。
「三成、そんなに長く留守にしていいの?
いや、三成はあたしなんかいなくても十分仕事が出来るから、三成の仕事が回らないとかそういう意味じゃないんだけど」
「構わん、休め。そもそも兼続が不在のときに休日出番扱いにして、代休の消化で手一杯だったのも一因だ。働かせ過ぎた俺にも原因がある。
そしてお前は自分で気づいていないだろうが疲弊している」
「でも、いうほど別に疲れてないよ」
「もう少し余裕のある時間の流れの中で生活してみろ。此処から離れたところで落ち着いて自分を見つめ直してみろ。それに見知らぬ土地を見ることで多少勉強にもなるだろう」
「でも」
「でもが多い。とにかく行ってこい。道中は幸村と慶次にひたすら頼れ。あいつらもそれを望んでいる。
奥州に着いても馬鹿みたいに気を遣いすぎるなよ。
休みなのに疲れたら本末転倒だからな。
政宗に衣食住全て世話になれ。
いいか、お前が気を遣うんじゃなく政宗に気を遣わせるんだ。ついでにがっつり金も遣わせろ。
お前の休暇なんだ、お前の好きなように振る舞ってこい、わかったな」
「金つかわせろって……もう、三成ってば言いたい放題なんだから。
でもお気遣いいただきどうもありがとうございます」
政宗の財源を好き放題搾取しろとけしかけてくる自由勝手な三成の発言を笑わずにはいられなかった。
「政宗には遠慮は要らん。あいつはガキっぽく見えるが、羽振りが良くてもてなし上手だ。伊達に君主様じゃないというヤツだ。
存分に楽しませて貰いつつ思いっ切り金を巻き上げてこい」
さっきから三成はカネカネばっかり言うなぁと思いながら、まったく気を遣わないのは失礼だけど、のんびりしてみようかなあと前向きに考え始められていた。
「のんびりしようなんて緩いことを考えるなよ。絶対に気を遣うな。
お前は他人を利用するのが下手すぎるから、それくらい極端な心構えでいいんだ」
「あっ……はい、わかったよ」
読まれやすいことで有名な己の心を読まれて背筋がぴっと伸びた。
三成の言い方はやっぱりキツくてプレッシャーを感じるのだが、いつもよりも思い遣りが感じられて、少しだけ胸が痛くなった。
***
翌々日、始業開始と正午の丁度真ん中くらいの時間帯だった。
兼続が三成の部屋に勢い良く躍り込んでいた。
「聞いたぞ!三成!」
「いきなりなんだ。騒々しい」
「なぜもっと早く教えてくれぬのだ!いや、それよりもだ、何故名無しさんまで行くのだ。しかも暫く滞在すると聞いたぞ。
何かあったらどうする!?やはり私も同行したほうが」
「あぁ、そのことか。
絶対そういうことを言い出すから面倒臭いと思って言ってなかったのだ。
断言する。行くな、やめておけ。
お前が行けば、また政宗とやり合って幸村と慶次をはじめ周りに迷惑になるだろ」
声を張り上げる兼続に向ける三成の応対は至極事務的だった。
「まったく……三成は政宗が絡むとすぐ私を排斥しようとするな。
こと政宗の件に関してはいつも事後報告で……」
兼続がむすっとしながら不満を洩らし続けた。
三成は仕事を止めて机に肘をついたままで軽く溜息を吐いた。
「名無しさんが長く休みを取ることには賛成だろ?」
「勿論それに関しては大賛成だ!
全面的に支持する。しかしだな何故政宗のところなのだ。まったく気に入らぬ。もっと他にあるだろうに……それに期間が長すぎる。
私がもっと早く知っていれば別の最上の休暇計画を練り出したというのに……」
いまだぶつぶつと不満を口にし続ける兼続に対し、三成はもう一度思いっ切り溜息を吐いた。
「名無しさんのためを思うなら、たまにはあいつを自由にさせてみろ。
お前が行って政宗とやり合えば、一番気を揉むのは誰だ?名無しさんだろう。それにな……」
三成が兼続をじろりと見た。
「また俺一人に留守番をさせるつもりか?」
「しかしだな」
「俺を孤立させ忙殺する気か?兼続が居ない間、俺がどれほど多忙を極めていたか分かるか?今度こそ俺を殺す気か?」
目付きも口調も更に険しくさせた三成が強く言い放った。
「ううむ、そこまで言われると痛い」
「名無しさん単独で行くわけではない。幸村と慶次がついている、大丈夫だ」
「まあ……そうだな、わかった。
可愛い子には旅させろ、というしな。
可愛い名無しさんには旅をして貰う。そう割りきることにする」
「そうだそれでいい。兼続はそんなに心配性だったか?なんだか、らしくないぞ」
「憂うのは当たり前だろう。
旅慣れていない名無しさんが体調を崩しやしないか等々考え始めると心配事が尽きぬ。
それに着いてからはもっと心配だ。
あの強欲の塊、奸佞邪智の化身伊達政宗の根城へ行くのだぞ。もう色々と危険過ぎる。
それにもしもだ、もしも、だぞ。
もし名無しさんが帰ってこなかったらどうするのだ」
「もしもしとしつこいな。別に。どうもせぬ」
「む、三成は随分自信があるのだな。名無しさんが離れないという自信が」
「自信ではない。至って現実的な話だ。幸村と慶次がいるから名無しさんの生命が脅かされる恐れはない。
それとは別にたとえ名無しさんが目新しい何かを見出だしても必ず此処に戻ってくる。名無しさんはそういうヤツだ。只それだけのことだ」
一瞬、三成の口元が僅かに綻んだのを兼続は見逃さなかった。
「万が一あいつが帰ってこなければそのときはそのときだ。己の魅力不足でも呪えばいいだろ」
ふっと兼続が吹き出して笑い始めた。
「やはり三成は時々凄く面白いことを言う。わかった、ようく納得出来た」
三成が寛容な態度で名無しさんを自由にさせてやるつもりなのか、それとも娯楽・策略の一環なのか、兼続にすら読めなかった。
「名無しさんのことをあれこれと心配するこの想い……これが娘を思う父親心に近いものなのかな」
兼続が顎に手を添えて考えるような素振りをして小声で呟いていた。
「何か言ったか?」
「いや、別に。ただの独り言だ」
訝しがる三成を兼続はわざとらしい笑顔で制した。
「都合良く父親面とはな。あいつを友人とも扱わず、異性として性的な対象と見做しているくせにな」
三成も兼続を一瞥もせずに呟いた。
「おや?三成、何か言ったかな?」
「別に。くだらぬお喋りは終了だ。ほら、仕事に戻れ」
三成がしっしっと追い払うように手を振って執務机に向き直ると、兼続も退室しようと背を向けた。
「ああ、三成」
戸を半分程開け敷居を跨ぎかけた兼続がぴたりと立ち止まった。
「私は名無しさんを性的な対象のみならず恋愛対象として見ている。
つまり父親目線で子のように名無しさんを見ているという感情よりも男目線で名無しさんを女として見ている感情の比重が圧倒的に勝っている。
だから名無しさんを子と思うのではなく名無しさんの子が欲しい、というのが本懐だ。無論、娘でも息子でもどちらでも是非欲しい」
兼続がはつらつと宣言すると、三成ががばっと顔を上げた。
「おい!そこまで聞いちゃいない。
何の宣言だ?
……本当に聞いていないことまでいちいち詳しく解説してくるヤツだな」
三成が呆れ顔でそう発しても、兼続は最後まで聞くこともなく既にこの場を去っていた。
【ロングリード】
‐End‐