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あぁ、どうしよう。
もう悩み続けて二日目。
いよいよ当日になってしまった。
結局何も決められていない。
始業時間直前、飲み物欲しさに食堂付近をうろついていた。
これはほぼ毎日の習慣だ。
そんな折、幸村と顔を合わせてしまった。
このあたりで幸村を見るのは初めてではなかったが、後ろ姿を見かけたり、離れていたりとあえて立ち止まって話をするほどの距離感ではなかった。
でも今日は無視できるほどの距離ではない。
例の買い物以来、会ったのは初めてだった。
「名無しさん殿、おはようございます」
「おはよう、幸村」
「先日の楽しいお買い物以来ですね」
「そうだね」
ああいう買い物ひとつをとって、楽しいというポジティブな感想をくっつけて話しかけてくれるあたり、やっぱりいい人だなあと思う。
「幸村はこれから調練?」
「今日は、領内の警備です。天気もいいので、一日かけてぐるっと一周するくらい馬を走らせてみようかと思っています。ほんのり遠乗り気分で」
「そっかぁ、幸村体力あるねえ」
朝から爽やかな微笑みをたたえている彼は、いい人なだけでなく、将としても優秀だ。
しかもカッコいいときたものだ。
「名無しさん殿も今度、遠乗りしてみませんか?」
「え?!自信ないな……馬に乗ったことは殆どないし」
「私が補助しますので大丈夫ですよ」
「そっか……ま、前向きに考えてみます」
歯切れの悪い返事をしても、笑顔のままでいてくれる。
ハッキリしろ、この優柔不断、と詰め寄ってくる意地悪三成とは大違いだ。
「ところで、名無しさん殿、この前の話って憶えていますか?」
「この前の、というと……」
「私が名無しさん殿に相談がてらお食事したいっていった件です。タイミングを考えていたんですけど、なかなかお会いできなくて言えてませんで」
「あ、うんうん、憶えてるよ」
「突然ですが、明後日の夕食を一緒にいかがでしょう?どこか、外で食べませんか」
「明後日の……夜?」
「はい、今日、とか明日、とかもいいかなとは思ったのですが、突然過ぎるのであさって、というちょっと余裕を持ったつもりの提案なのです」
なんだか幸村らしい気遣いを感じる提案の仕方だ。
今すぐでも抱いてやろうか?などとこちらの都合お構いなしに迫ってくる変態兼続とは大違いだ。
「うん、いいよ。あ、お昼ご飯だと都合が悪いの?」
「いえ、お昼は物凄く悪いというわけではないのですが、ちょっと……」
夜に男性と二人で会う、いや、夜に限らず二人きりで会うとろくな目に遭わない、そんな気がするから昼ではダメかと聞いたのだが、なぜか難色を示された。どうしてだろう。
「ん?あ、いいのいいの。あたし、夜ご飯でも大丈夫だよ」
「私の都合ですみません、ありがとうございます」
明後日の夕御飯は外食に行くことで落ち着き、どの店で食べるかはお互いに考えてくる、ということになった。
幸村の食の好みは以前一緒に行った買い物のときに聞いて、なんとなく理解はしていた。
けれど、自分は、ここの店へ行きましょう、とおすすめできるほど引き出しを持っていない。
三成に相談してみるか、とも思ったが、
『お前な、大人の女のくせにおすすめの飲食店のひとつやふたつのストックすらないのか。すぐに俺から情報を引き出して楽をしようとするな。少しは考えろ。そして悩め、迷え』
……などとちくちくと嫌味を言われてしまいそうだ。
じゃあ兼続に相談するか、とも思ったが、
『また私を頼ってくれるとは嬉しいな。
そうだ!名無しさんの問題が解決した暁には、私へのささやかなご褒美として是非抱かせてくれないかな!』
……なんて、変態な交換条件を提示されるだろう。
兼続へ相談という選択肢は即棄てた。
相談しづらい理由を勝手に想像してはみたが、それ以前に幸村と食事に行く、ということを三成にも兼続にも言いづらいのだ。
何故だかわからないけれど、なんとなく言いづらいのだ。
やはり、誰かに頼ろうという魂胆がよくない。
諦めて自分で何とかすることにしよう。
そうして何を食べに何処に行くか、あれこれと考え始めてみた。
あんまり肩肘張るようなお高い店は相応しくない。
幸村と初めての外食だから、雰囲気のよさを追求し過ぎると、却って自分は緊張し過ぎてしまうだろう。
慣れない大人なお店に行くもんではない。
かといって、幸村が量を食べる人だとしても、いつも自分がランチに行く飯屋なんて新鮮さもセンスもなさすぎて案として出しづらい。
ああ、どうしよう。
明後日まで時間があるとはいえ、とても難しい。
いい考えが思い浮かばない。
――そんなこんなで考え続けて二日、ついに当日になってしまったのだ。
店選びのセンスもない自分だが、ないなりに考えを巡らせまくって、遂にひとつの結論には持ちこんだのだ。
「幸村、あのね、……回転寿司なんてどうかな」
考え抜いた末の結果がこれで、回転寿司という洒落っ気ゼロの提案は言うのも正直恥ずかしかった。
もっと他にいい案はなかったのか、と後悔の念が物凄い。
幸村の優しい笑顔が逆につらい。
「あ、お寿司ですか!いいですね!私、大好きですよ」
「……えっ、ホントにいいの?」
「ええ、わたしの案を出すまでもなく決定です。行きましょう」
でも、幸村はとても楽しそうに賛成してくれている。
優しい彼のことだから気を遣ってくれているのかもしれない。
もしもこれが三成相手だったら、ダサいだの、色気がないだのと物凄く馬鹿にされたのだろう。
店に着いて、待つこともなくボックス席に入ることが出来た。
席について二人分のお茶を淹れて、幸村にも渡すと礼を言われた。
「お水も飲む?」
「あ、お構い無く。私が取ってきますよ」
幸村が席から一度離れていった。
幸村はいつ“相談”を切り出してくるのだろう。
自意識過剰かもしれないけれど、嫌な予感がしてならないのだ。
何か言われても上手く切り返す自信がない。
そんなことを考えていると、すぐに幸村がお冷やを両手に戻ってきた。
「どうもありがとう、じゃあ食べよっか。
幸村何がいい?」
テーブルに備え付けてある注文用紙と鉛筆を持って聞くと、幸村がおや、という顔をした。
「名無しさん殿、回ってるのを取らないのですか?」
「あー、もっと子供の頃は回ってるのをそのまま取るのが楽しかったんだけど、今は握りたてを食べるのが好きで。おんなじ値段なら、そっちのほうがお得だし……ってあたし、ケチくさいかな」
「いいえ、ちっとも。最も美味しい状態で食べるのはいいことですよ」
「よかった。ただ注文するだけで、より美味しく食べられるから、ついついこうしちゃうんだよね。
ネタはぬるくなり過ぎてたり乾いてたりしないほうがいいし、軍艦とか巻物は海苔が湿気ってないほうがいいし」
「そうですね。
なんだか名無しさん殿のそういう感じ、政宗殿に似ていますね」
「え!?政宗様」
しまった、政宗の名を出されて、露骨に動揺してしまった。
幸村も何かに気づいてか気づかぬか、ふっと目を細めた。
「政宗殿もそういうタイプなんですよね。
的確で。何かを楽しむときはいっつも全力投球で。
彼のいいところなんです」
兼続は政宗と仲が悪い。
だから、兼続の友達の幸村も政宗と仲が悪い、とはならないのか。
心の中で違うことをぼやっと考えてしまった。
幸村からオーダーを取った。
握りは、鮪に鮭に穴子。
軍艦はネギトロ、イクラ、ウニ。
やはり彼は好き嫌いがないらしい。
自分も食べるものを適当に二三皿書いた。
幸村が店員もしくは中に入っている職人に声をかけようときょろきょろとしていたが、
「あ、すみませーん!」
つい自分で声を張り、片手まで上げて直ぐに店員を呼んでしまった。
その勢いに幸村が少し口を開け、呆気にとられたような顔をしていた。
「名無しさん殿って、なんだか逞しいですね」
「え、そう?注文の紙を渡しただけだよ」
「いや、私の先入観というか思い込みですが、こういうお食事デートのときは、男性がスマートに注文をこなさねばならないという考えがあって」
「……あ、そういわれると……そうだよね。あたし、あまり経験がなくて、つい張り切って注文をしちゃった。幸村のご意見のほうが多数派だよね、なんか恥ずかしい」
デートという単語にやや気をとられそうになったが、聞き流すように誤魔化し笑いをしてみせた。
「なんかあたし色気がなさすぎ、ただの食いしん坊みたい。まぁ、食べるのは大好きだけどね」
「いえいえ、私も古くさい考えなんですよ。名無しさん殿のような能動的な振る舞いは凄くいいと思います」
幸村はきっと女性に対する礼儀をみっちり躾けられて育ったのだろうと想像出来た。
女性への礼儀プラスこの容姿に物腰の柔らかさ。
こりゃモテて当たり前だ。
「安心してください!私のほうがずっと食いしん坊ですよ。さあ頼んだお寿司が待ち遠しいですね。早く来ませんかね」
笑顔ではきはきと喋る幸村は、本当にお腹が空いているようだった。
頼んだ寿司が来て、食べ始めていた。
特に幸村は六皿も頼んでいたので全て注文が揃ったときにはテーブルが埋め尽くされていて、“これがホントの鮨詰め状態”となっていた。
幸村は、手掴みではなく、割箸を使って行儀よく食べていた。
一口で一貫ぱくりと口に収める気持ちのよい食べ方だった。
「私、名無しさん殿にお寿司が好きなことって言いましたか?」
「あ、ううん。幸村がお寿司好きなのは知らなかった。でもたくさん食べるって言ってたし、前のお買い物のときにお米系統好きっていう感じだったから」
「ですよね、偶然とはいえ、名無しさん殿のチョイスは素晴らしいですね」
幸村が寿司を好きかどうかは不知だったが、以前兼続が幸村は基本好き嫌いはない的なことを言っていたから、大丈夫だろうとたかをくくっていたのだ。
「幸村がお寿司好きで良かったよ。
実はね、何にしようかって、すっごく迷ったの。
初めて幸村とゴハン食べに行くのに、あんまり窮屈な大人っぽいお店だとお互い緊張するかなって思って。じゃあ、幸村は沢山食べるからビュッフェ的な食べ放題がいいかなぁとは思ったんだけど、立って食べ物取りに行かなきゃいけないでしょ。
ゆっくり話すなら、座りっぱなしでもオッケーで好きな量食べられる回転寿司がいいかなぁって」
言い訳のように話してみると幸村がはっとしたように眼を大きくした。
「……いや、そうでしたか。……すごい、うれしいです」
「そう?」
急にしんみりとした幸村の口調に戸惑ってしまった。
「そこまで、真剣に色々と考えてくださったんですから」
自分なりの一生懸命をその倍以上に良く捉えてくれる幸村は本当に人がいい。
「名無しさん殿の真摯な思いやりと気遣い、そしてやさしさを感じます。本当に嬉しいです」
「そうかな。大袈裟だよ。そんなに言って貰えるほどでもないと思うけど」
「いいえ、とても素敵です。私の為にこんなに考えてくださったんですよね」
「うん……そうだよ」
「なんだか素敵すぎて胸がいっぱいです。あ、でもお腹はいっぱいではありませんので、まだまだ食べますけど」
照れながら言う彼が可愛く見えてくすりと笑ってしまった。
まだまだ食べます宣言にそぐわぬ品のある食べ方はそのままで、さすが真田家のお坊っちゃま、と思わせてくれる。
上品かつ大量に食べていく幸村の前にはどんどん皿が積み重なっていく。
「ごちそうさま。ありがとう。
この前のお買い物でもお世話になってるのに。
また幸村にご馳走になっちゃって。ごめんね、ありがとうね」
「いいえ、私のほうが名無しさんの倍以上食べたんですから」
「でも、割勘っていう方法もあるし、せめて自分で食べたぶんは払うべきなのに……」
二次会的にもう一軒どこかへ寄る、なんていうこともなく真っ直ぐ城へ戻って来ていた。
部屋に戻るべく廊下を歩いていて、そのまま解散するような雰囲気だ。
結局、食事中、幸村の口からは相談ごとなど一度も出なかった。
此方から聞くのもやぶへびに思えて、もうこのまま最後まで何も言わないでおこうと思った。
「それでは、次にまたご飯を食べに行ったとき名無しさんにごちそうになります。それならどうです?」
「うん、それなら……いいかな」
「ほら、これは私の作戦ですよ。ご馳走したことを踏み台にして名無しさんと次の約束をしようとしているんですから。
こんなずるい私にお気遣いは無用ですから本当に気にしないでください」
「やだなぁ、幸村がずるいなんて思わないよ」
冗談めかして言ってくるので軽く笑いながら応えると幸村も穏やかに微笑み返してくれた。
「私だって、……思っていませんよ」
「えっ?」
「私だって、名無しさんに色気がないなんて思ったことありませんよ」
お互いにぴたりと足を止めていた。
同時に歩きながらの会話も止まった。
廊下の突き当たりのここが分岐点となり、自分と幸村の部屋は真反対の方向なのだ。
実際に幸村の部屋まで行ったことがないし、部屋の位置も聞いただけで完璧に把握はしていないのだが。
「名無しさんと一緒にいてわかったことがあります。
名無しさんは、先程いった政宗殿に限らず、私の周囲の友人たちを思わせます。
ときに三成殿のように合理的で繊細な視点で考え、政宗殿のようにその場で最善な選択肢を提案してくれたり、慶次殿のように勢いよく迷いなく声をあげてくださったり、兼続殿のように丁寧に解説くださったり」
「え、そう……かな。そんなこと言われたの初めてだよ」
「ええ、貴女からは皆のよい部分を感じますね。私が貴女に親しみや興味を憶えたのはそういう理由からかもしれません」
自分では気が付かなかった。
確かに彼らに感化されているところはあるだろうけど、幸村はそんな風に自分のことを見ていたのか。
ひと味違う彼の視点から繰り出される一言一言にいやな緊張感が高まってしょうがない。
「でも、それはきっかけにすぎませんね。
今、お会いするたび、話すたびにもっと貴女に近づきたくなる理由はまた別のところにあります」
そう言いながら、立ち尽くしたままの幸村はすっと一歩踏み出してきた。
「幸村?……ちょっと……、すごく近いよね」
「そうですね」
「これは近すぎるよ……」
「すみません、つい」
身体が幸村の両腕にとらえられていた。
力を込めない包むような抱き締め方は慮る彼の心遣いのように感じてしまう。
「貴女に惹かれているんです。
今日は相談したいなんて断りにくい言葉で誘って本当に卑怯でした」
幸村は決してその手に力を込めることはせず、ただ寄り添うようなままで話し続けてくれた。
「私の……名無しさんに向かう想いは友情ではなく恋愛感情です。
私は、貴女に恋をしています」
触れてくる幸村の腕に一瞬だけ力が入った気がした。
身体がぴくりと反応してしまった。
でもそれだけで、返す言葉は何も見つからない。
ただただ幸村の話を聞いているだけしか出来なかった。
抱き締められていて逆によかったかもしれない。
目が合ってしまったら、とんでもない方向に流されていたかもしれないからだ。
余韻を残すように幸村は最後まで肩に触れながらゆっくりと身体を離してくれた。
「ここで、おいとましますね。本当はお部屋まで送って差し上げたいのですが、まだ送り狼にはなりたくないので」
「あ、……うん……それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、名無しさん。また今度」
嫌な予感は的中した。
警戒していた”相談“の気配がないと思っていたら別の問題が発生してしまった。
幸村の告白は素直で真っ直ぐなもので、それ事態を嫌だということではない。
だけど、話しやすくて優しいと思っていた幸村にこの先どう接していけばよいのか全然わからなくなってしまった。
――後日談――
「幸村が昼間あまり出歩かないようにしているのは、俺らの間では有名な話だ」
「あ、どうして?」
「幸村が歩くとな、とにかく色んなモノを貰う。
昼飯食いに行って、帰ってきて、と城と街中を往復すると、カレーライスが作れるくらいだ」
「えー?何それ……!」
「あるときは米俵を貰い、更にじゃがいも10キロを貰い、玉ねぎを30個、人参50本。
持ち帰れないから適当に断れ、なんなら捨てろと俺はいつも言うのだが、幸村はあんな調子だから来るもの拒まず全部受けとるのだ。
お陰でいっつも道すがらリヤカーを借りて数々の戦利品を積んで帰る羽目になる」
「なんか、スゴいね」
「アイドル幸村伝説、プレイボーイ幸村伝説というヤツだ。こんなのほんの一部だ。まだまだネタは山ほどあるぞ」
心の中のひとつの疑問が解消された。
もうひとつの大きな問題は当分解決しそうにないが、少しだけ気が晴れた。
【ask out】
‐終‐