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「え……、“豆腐を練り込んだ揚げないドーナツ”?
“米粉とてんさい糖で作ったやさしい甘みのクッキー”!?
これでいいの?こんな、意識高い系女子が好みそうなので本当にいいの?」
「これがいいんだ」
名無しさんは、兼続の言葉がすぐには信じられなかった。
なぜ名無しさんが兼続とこんな会話を交わしているのか。
とある理由からだった――
【エンカウント】
――時を戻して少し前、
彼女、名無しさんは、兼続の元を訪れていた。
「兼続、急なんだけど、お願いというか相談があるんだけど……」
「珍しいではないか。名無しさんの頼みならば何でも叶えてやりたい。なんだ、抱いて欲しいのか?」
「そんなわけないでしょ!もう……、やっぱりいい。一人でなんとかする」
「悪かった。名無しさんから私のところに来てくれたものだから、つい、舞い上がってしまったのだ。ちなみに私は明るいうちから房事に臨むのは何の問題もないぞ。
で、相談とはどのようなことかな?」
「………」
普通の女子ならこの整った笑顔で誘惑されれば心を撃ち抜かれることだろう。
しかし、今の自分は求めてもいない余計なセックスアピールを昼間から仕掛けてくる男に心は揺らがない。
思い切り呆れた顔を見せるべきだと即判断、即実施のうえ本題を話し始めることにした。
「三成にね、なにかお菓子を買ってきて欲しいって言われたの。
で、何系がいいの?
どの店で買えばいいの?って聞き返したんだけどさ……」
『お前のセンスに任せる。適度に期待しているぞ。
ただしとんでもない期待外れなモノを買ってきたときには俺のお前に対する評価は地に落ちる。
それ相応の覚悟をもって選んで来い。精々頑張れ』
「……なんて言われたの。だから困っちゃって」
「それは面白いな。三成から下された可愛い任務というやつか」
「まあ、お菓子を買いにいく、“おつかい”……なんて聞こえは可愛いけどさぁ。
何に使うのって聞いたら、今日幸村が遊びに来るからそのときに出すものだっていうの。
だったら、三成が自分で買いに行きなよって、三成の好みもハッキリとはわからないし、ましてや、幸村の好みなんて全然知らないしって言い返したらさ……」
『俺は、これから人と会う予定があり忙しい。
だからお前に買いにいくよう頼んでいる。
お前な、大人の女が茶菓子の一つも選べなくてどうする。
それにこれはまたとないチャンスだぞ。
城内一のプレイボーイと誉れ高い幸村からの評価も上げることが出来る、レアな機会なんだぞ。
こんな機会をお前に与えてやるんだ。
本来なら、俺は至極感謝されるべきなんだぞ。
さあ、最重要任務だと思い、普段の仕事以上に真剣に取り組め』
「あたし、幸村からの評価を上げたい訳じゃないのに……ちょっとはヒントをくれてもいいのにね。
……まあ、そんなわけで、兼続に買い物に付き添って欲しいの」
「よくわかった。最善を尽くし、必ずや名無しさんの助けになろう」
兼続は頷いては、張り切ってそう言った。
”幸村からの評価を上げたい訳じゃない”
そう困り果てる名無しさんの態度に、兼続が結構喜んでいることなど、名無しさんは気がつきもしなかった。
――そうして今、
名無しさんと兼続は二人で、自然派健康食品を扱う店へと来ているのだ。
「本当にこれを買っていいの?」
まだ信じられなくて、しつこくもう一度聞いてしまっていた。
「ああ。名無しさんは知らぬか?実は三成は健康管理に人一倍気を遣っている男だ」
「えぇー知らないよ!」
「だから、こういう凝った菓子には非常に興味を持つ」
兼続は三成の趣味嗜好まで知っているだけでなかった。
なんと三成は健康マニアだという情報を提供してくれた。
「あと幸村は基本なんでも喜んでくれる。女性からの厚意をむげにする男ではない。
つまり三成の好みだけ抑えておけば、このおつかい任務は大成功だ」
「なるほど、ありがと!」
兼続の勧め通り、豆腐ドーナツと米粉のクッキーを必要以上に買った。
自分が、食べたいのと兼続にお礼としてあげるためだ。
「どっちかっていうと、兼続のほうが健康オタクっぽい」
店を出てすぐに、気になって兼続へと質問していた。
三成は食品系健康マニアだとわかったが、自分から見れば兼続のほうが遥かに健康的な男子に見えるからだ。
「私も健康には気をつけている。だが食べるものについての知識や徹底ぶりは三成には負けるな。
私は単に好き嫌いはなく雑食で許容範囲が広い、そんなものだ」
「あぁ。兼続は食べ物のすききらいはないよね」
「そうだ。何をも好き嫌いなく受け付けることが出来る。それは食のみならず全てにおいてだ。有り体にいえば、芸術、文化、衣服、……まぁ挙げればきりがない」
「うんうん」
「そこで名無しさんに言っておきたい。
私は女の好みも幅広い」
「え、なに、いきなり。ストライクゾーン広い宣言……」
「しかし、この告白はどんな女でも好きだ、女好きだと積極的に主張するものではない。今、私の中では名無しさんが一番好みだ」
「はぁ……」
「名無しさんが綺麗系でも可愛い系でも地味系でも、小悪魔系でもお姉系でも派手系でも、どんな見た目であろうと好みだ!そういうことを言っておきたい。安心しろ」
「なに、……最後の安心しろっていうひとこと……」
「名無しさんがどのような系統に属しようとも問題なく受け入れられるということだ」
どうだ、と言わんばかりの満面の笑みの、この男に対し、おそらく自分は、ばっちり苦笑いを浮かべてしまっていることだろう。
――本当、こっちが聞いてないことまで喋るよなぁ……
けれど、歯並びがいい、模範的な笑顔だ。
はからずも、名無しさんはそんなことを思っていた。
***
――同日、同時刻、
三成は自室である人と会っていた。
その人は三成にとっては天敵ともいえる相手だ。
「もー、はるばる可愛い後輩に会いに来たっていうのにつれないなー」
「俺は貴方を先輩だと思ったことはない。
それに、会いに来た、じゃないだろう。
俺から貴方の部屋に出向くと言ったでしょう。なのに貴方がしつこく来たいというものだから仕方無くこうして迎え入れている」
「だって、この時間帯に君の部屋にくれば確率的に名無しさんに会えるかもしれないからさ、機会を逃す訳にいかないでしょ」
「そんなの俺の知ったことか。っていうか、ぼりぼり、ばりばり、うるさいんですが」
煎餅をかじりながら喋る竹中半兵衛に石田三成はうんざりしていた。
半兵衛は煎餅が入った袋を手にしていた。
そして、何かが入った風呂敷包みも持ち込んでいた。
「で、例のモノは?その中ですか?早くください。用件はそれだけですから」
「本当、つれないんだから。もうちょっと雑談しようよ」
「イヤだ」
「わ、そんな怖い顔しても元が綺麗だから女子たちみーんなハートを掴まれちゃうんだろーね。あー顔がいいって得だねぇ」
「貴方が言えた立場か。って、煎餅をこぼさないで下さい。畳の目の隙間に入る!掃除が面倒くさくなる!ほら、この上で食べて下さい」
三成が適当な紙を押しつけると、受け取った半兵衛はにっこりと笑った。
「ふふ、ありがとう。君って意外と面倒見がいいよねぇ。君をクールで綺麗顔なイケメンだとしか思っていない女たちに教えてあげたいよ。こんなギャップがあるんだよーってね、そしたらますます君はモテモテ、どう悪い話じゃないでしょ」
「絶対イヤだ。やめてください」
三成はじろりと凄みを効かせて睨んだ。
それでも半兵衛は、ほぼ敬語で接し続ける三成かわいさに笑顔を崩しはしない。
「そうだねー、そんなことしてまた色んな女が寄ってきたら不都合だよね。
本命の彼女が遠慮してひいちゃったら意味ないもんねー。せっかく、一人、また一人って過去の女を遠ざけていった努力の積み重ねが水の泡だもんねー」
「本命? 何の話だ?」
「それ俺に言わせる?名無しさんだよ。
君にとって、大事で、特別な、いとしのあの娘。
今日だって、俺に名無しさんを会わせたくないからテキトーに用事押し付けて外出させたんでしょ」
「何のことだか。まあ、おしゃべりな貴方と名無しさんが盛り上がって騒がれてはうざったいから今後はそういう目的をもって、そのような対処をするかもな」
「はいはいー素直じゃないね。冷たいねー、よく名無しさんは君のこの冷たさに付き合ってあげてるよ。
本当ならとっくに見放されてもおかしくないんだからね」
半兵衛がトーンダウンした声色と冷めた目つきで責めるように言っても、対する三成は慣れた様子で全く動じなかった。
「貴方に言われたくない。そうやって、小動物的、中性的な顔を雄っぽく作り変えて物事を有利に進めようとするクセ、まだやってるんですか」
「そりゃね、使えるときまで使うよ。俺の生まれ持ったアドバンテージだもん。
使えるもんは使わなきゃ、腐っちゃう」
「本当、貴方は小賢しい。どうせあいつにはいい顔しかしてないんだろう。
そういう貴方の本質、あいつが完全に理解してくれている……なんて思うなよ。
貴方の、軍師としての残酷さとか非情なところをあいつはわかってない。
だから、隠し通すつもりなら最後までやりきって下さいよ。
貴方のそういう部分を知って、あれが酷く落ち込んで使いものにならなくなったら俺が迷惑するんだからな」
「真っ当な諫言をどうもありがと。
……そこはちゃんとするよ。
俺だって、名無しさんが好きで可愛いくて仕方ないから」
半兵衛は抑えた声で言い終えると、空気を変えるように、持ってきた風呂敷包みをどんと置いて中身を広げてみせた。
「はーい、これが三成くんご所望の例のモノでーす」
風呂敷から出した数冊の書物を重ねると、三成の前に突き出した。
軍略についての書物だった。
「今後は借りっぱなしはやめて下さいよ。
次に読むヤツのことも考えて」
「はいはい、ごめんねー。でもさ、急に戦の勉強なんてどーしたの?」
「別に。俺だってたまには戦に出る。
内政執務ばかりで、なおざりにしていてはそれこそ腐る。ただそれだけだ」
「ふーん。あ、俺、弟子はとらない主義だけど三成ならいいよ。俺の天才的軍略、手取り足取り教示しちゃうよ」
「絶対イヤです。そもそも貴方みたいな人に人材育成の能力はない」
「大当たりー。俺もそういう指導力ってないと思ってる。三成は人を見る目あるねー」
「はいはい、どうも。あ、ほら!また煎餅のかけらが散らかってる!食うなら食う、喋るなら喋る!どっちかしか出来ないなら片方に集中して下さい」
――だから、この人を部屋に入れるのはイヤなのだ。
俺の部屋も、俺のペースも、全てとっ散らかしていく。
畳の上を掃除しながら、三成は心底イラついていた
***
目的の買い物をすみやかに終えることができた二人は帰路へとついていた。
「兼続、ありがとね」
「いや、名無しさんの役に立てて嬉しく思う」
兼続は、やっぱり優しい。
どこまで本気でモノを言っているのか、いまいち掴めないけれど。
一聞けば十返ってくるような感じだけど。
聞いてもいないことまで答えてくれて、しかもそれは変質者的な発言がほとんどだけれど。
兼続にはワガママを言いやすい、甘えやすい。
最近うっかり気づいてしまったのだ。
これは他の誰に対しても出来ることではない。
なにかと意地を張って無理をしがちな自分にとって、兼続のような人は貴重な存在かもしれない。
「ところで名無しさん、私も報酬として何か欲しい」
「え?!なに、また変なこと言わないでよ、させないでよ」
前言即撤回。やっぱり兼続は変な男だ。
「こら、何も言わぬうちから人を変質者のように言うな」
「だって、兼続は大体あやしげでしょ……」
爽やかに笑いながら、さもまともぶっているが、今日の一連の言動を見つめ直してから言えと思う。
「そう、名無しさんの口づけが欲しいな。
無論、唇と唇を重ね合わせるほうだ」
「ほら!やっぱりそういう系のことを言う……やだよ、恥ずかしい」
「わかった、では百歩譲って頬に口づけで我慢する。どうだ、悪い条件ではないだろう」
「絶対イヤだ、こんな明るい時間にこんな公の場で出来るわけないでしょ」
来たよ、策士の人種の常套手段。
譲歩してるように惑わせてくるこういうの、本当に交渉上手だ。
「ふ、今さら恥じらうとは、本当に可愛くてわがままな奴め」
「わがままで結構です」
――兼続にだけだよ、ここまで遠慮なく言えるのは。
心の中でこっそり唱えてみた。
こっちが何を言い返そうが、口悪く反抗しようが、決して怒らず、嘘くさい笑顔ですべて受け止めてくれる。
笑みを絶やさずに悠然と歩く兼続を横目にさっさと先に歩いていくことにした。
先に城門までたどり着き、死角になるところから顔をのぞかせて兼続が来るのを待っていた。
「先に行ってしまうとは、ひどいではないか」
「そうでもないと思うよ」
兼続の手を引っ張って、頬にキスをした。
「今日は、ありがとね」
兼続は見たことのないような驚いた顔をしていた。
「ここなら誰にも見えないから」
「本当にくれるとはな。嬉しいな。こんなこと、そなたからは初めてだ」
「欲しいって言ったのは兼続でしょ。
言っておくけど今日だけです。たまたまです。特別だからね」
「強烈な念押しだな。だが嬉しすぎる。ありがとう」
自分の大胆さに驚いたけど、きっと兼続のほうが何倍も驚いている。
初めて策士の人種に勝てた、そんな気がした。
キスをしてあげたから、お礼にあげようと思っていたお菓子は自分のものにしてしまおう。
そんな、がめついことも密かに企んだ。
***
「三成、買ってきたよ……え?!」
「あ、名無しさん!やったー!会えたね。
今日の俺、ツいてる」
戸を開けて、名無しさんは驚いた。
部屋の主、三成のほかに、この人、竹中半兵衛もいたからだ。
幸村がいるならばまだ納得できるが、半兵衛がいることはまったく予想だにしていなかったのだ。
露骨にはしゃぐ半兵衛とは正反対に、三成は、間が悪いぞと訴えるがごとく渋い顔をしていた。
「これは半兵衛殿、お久しゅうございます」
兼続が律儀に挨拶をした。
「兼続、久しぶりだねー、出張お疲れさま。君が帰ってくるの、三成、名無しさんをはじめ、みーんな心待ちにしてたよー。
特に三成、目の下にクマ作って弱りながら仕事してたからね」
「少し黙ってください」
鋭い言い方と目線で、三成が半兵衛を牽制した。
「はいはい。じゃあ、俺はこれでおいとまするね。これ以上ふらついてると官兵衛殿に呪い殺されちゃうから」
会釈する兼続と名無しさんの横を半兵衛は華麗にすり抜ける瞬間、唇を名無しさんの頬に触れるか触れないかの際どいところまで近づけた。
「名無しさん、また俺と遊ぼうね、また二人っきりで、ね」
耳打ちともキスともとれる仕草も、この言葉も、部屋に残る全員の目と耳にはっきりと印象づけられたのだった。
半兵衛は、兼続の姿を見て直感していた。
――新たなライバル発見!
三成ばっかりに気をとられていたけど、三成のお友だちのこの子、直江兼続も名無しさん狙いであって然るべきだよね。
この子出張で不在だったからさ、俺としたことが当たり前に気づくべき存在をついつい見落としちゃってた。
ま、これは人生の先輩でもある俺直々のご挨拶よろしく宣戦布告ってことで。
ありがたーく受け取ってよね、兼続!
兼続は、半兵衛の言動で容易に想像がついていた。
――竹中半兵衛か、
成る程な、石田三成、伊達政宗、まだいるなとは予想していたが、次はこの人……か。
見目愛くるしい容姿と熟練の手腕で以て、名無しさんを堕とすつもりか。
無礼を承知で言うが、心の中でならば構うまい。
この男、相当な厄介者だ。
隙あらば、あっという間に名無しさんを自分や三成などが手の届かないところまで持っていくくらいのことを平然とやるだろう。
こんなに挑発的に見せつけてくるのだからな。
去っていった半兵衛の言動にどう反応していいか固まったままの名無しさんと、明らかに殺気立った空気を放っている兼続の両者を前に、三成は盛大にため息をついた。
――なぜ、俺が空気を読まねばならんのだ。
「おい、名無しさん」
「は、はい?」
呼ばれて、はっと目的を思い出した名無しさんが三成のほうを向いた。
「で、何を買ってきた?兼続が一緒だということは、どうせ助言を得たんだろう」
「え……あ、うん。これ、です」
「ほら見せろ。まったく、ヒントを与えてはこいつの成長にならないではないか」
名無しさんの手から菓子折りをひったくるようにして奪った。
「おい、兼続。こいつを甘やかしすぎだ」
「……あぁ、まぁ、いいだろう。三成が与えた任務は少々酷だし、圧力が過ぎる。困っていた名無しさんを放っておけなかったのだ」
三成がびしっと声を掛けたことで兼続も緊張感をしまい込み、落ち着きを取り戻した。
「まったく……」
――なぜだ、なぜ、俺が場を取り成し、こいつら二人に気を回さねばならん。
面倒臭い。
あの人の所為だ。
竹中半兵衛め、余計な真似をしやがって。
部屋の主の俺のことを考えろというものだ。
非常に迷惑極まりない。
イラつく三成だったが、買ってきた品を見て、たちまち機嫌を直し始めた。
「合格だな。上出来だ。俺はこういうのが好きだ。まぁ、お喋りな兼続の助けがあったからだな」
「本当に好きなんだ!三成ってヘルシー志向な健康オタクなんだね!」
「……悪いか?」
「ううん、ギャップがいいよ。すんごく好感持てる」
そう名無しさんが言ったあとに兼続の笑い声が響いていた。
張りつめた空気はもう消失していた。
【エンカウント】
‐End‐